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仮面 6

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 石焼風呂の視察を無事終えた俺たちは、雨足の強まった中を、別館に戻って来た。
 少し体調を悪化させてしまった自覚があったので、誰かに何かを指摘される前に休んでおくことにする。

「少し疲れたから、部屋で休むことにするよ」

 常時体調不良というのは、こんな時便利だ。特別理由を追及されない。
 出迎えてくれたルーシーは、是非そうして下さいとばかりに、俺を部屋へ急き立てたので、そのまま付き従ってもらい、部屋に戻る。ディート殿も俺に同行しようとしたが、サヤに呼び止められ、足を止めていたので、先に行っておくと伝えておいた。

「もぅ……大丈夫だったんですか?  無理しないで下さい、本当に」
「はいはい。もう今日は大人しくしてる。悪かった」

 心配を掛けてしまったことを詫びて、上着だけ脱ぎ、長椅子で横になることにする。
 俺がちゃんと横になったのを見届けて、ルーシーは俺に上掛けを掛けてから、部屋を後にした。まだ日常業務が沢山あるのだろう。
 廊下に出る際、ルーシーが誰かに気付き、声を掛けていたから、多分ディート殿が戻られたのだと察する。だが、入ってくる様子は無い。俺が休むことを聞いて、入室を遠慮してくれたのだろうか。普段なら、気にせず入ってもらうのだが、正直、表情を取り繕うのに疲れていたので、有難かった。

 しんと静まった部屋で、ただ天井を見上げた。
 そうすると、思い出されるのは先程の会話で、聞きたくもなかった母のことが、どうしても脳裏を過る。
 ここには、母の話をする者は、居ない。ハインは孤児で、親のことになんかに頓着しなかったから、ずっと避けてこれた。夢の中だけで手一杯だと、そう思っていたし、母の何を聞いても、気に触るだけだと分かっていたから。
 それにしたって、ディート殿に、母が声を掛けただなんて……俺と変わらぬ年齢だから気になっただなんて……とんだ茶番だ。
 人の記憶は美化されると言うけれど、母の中の俺は随分とすり替わっていたものだと、そんな風に考えてしまって、母を悪く考えねば気持ちが収まらない、そんな子供っぽい自分にも嫌気がさした。

「……考えたって、しょうがないだろ……」

 思い出したくないのに、溢れてくる過去のことを、頭から振り払う。
 考えたって仕方ない。母は、もうこの世の者ではないのだ。過去だって変わらない。
 あの時、何を思って死のうとしたのか、俺を巻き込もうと思ったのか、その心境は理解出来ないし、したいとも思わない。
 なかったことにしたまま、十年過ごして、勝手に逝った。もうそれで良いじゃないか。それ以上は知りたくない。
 だって事実は変わらないのだ。母は俺の死を望み、それが叶わず、俺から離れた。それだけだ。

 それが全てだ。


 ◆


 なんて懐かしい光景だろうか。
 はじめに思ったのは、そんなこと。
 小さな家の、食卓の上に、俺は木切れを積み上げて遊んでいた。
 その向かい側で、長い灰髪を首の後ろで一括りにしただけの、化粧すらしていない母が、食卓に肘をつき、頬を支えながら、ニコニコと俺を見ている。
 幼い……。
 母が、幼かった。
 俺は幾つなのだろう。こんな風にしていたということは、2歳か、3歳前後なのだと思う。なら、母はこの時、まだ20歳かそこらの年齢……?

 もうひとつ、のっかるかなぁ?

 俺を見ていた母が、不意にそう言い、俺は、目の前にある、木切れが三つ積み上がった場所に視線をやる。
 もうひとつ?これのうえに?そんな風に思いながら、近くの木切れを手に取ると、それは積み上げた木切れを支える一部であった様で、カラリと崩れてしまった。

 泣きそうになる。
 自分がしでかしたことなのに、誰かに邪魔されような心地になって、うー、と、唸ると、母が笑った。

 もういっかい、のっけられるかなぁ?

 もういっかい?   もういっかいすればいいの?   崩れたのはいけないことではないらしい。もう一回すれば良いのだと分かって、今度は慎重にしようと、漠然と考える。
 木切れを、机の上から横に避けて、真ん中の広い場所に、ひとつ置いて。そこからは無心だった。ただ積み上げようと、それだけ考え手を動かして、母が俺を見ていることすら意識に無くて。

 すごぉぃ、レイ、六つ、のっかったねぇ

 そんな声が掛かり、ハッと気付いたら、ガタガタに重ねられた木切れが、なんとか六つ、重なっていたのだ。

 父様がいらっしゃったら、ごほうこくしようねぇ
 はじめて六つ、つめましたって言ったら、きっとほめて下さるわぁ
 レイはがんばり屋さんだって、言って下さるわねぇ

 そう言われると、嬉しくなった。
 ニコニコ笑う母が嬉しそうで、父上のことなど聞いてすらいなくて、ただ母に笑った。
 母が笑うから楽しい、嬉しい。そんな風に、単純に。

 もうすぐ雨季ねぇ……。
 父様、しばらくいらっしゃらないかなぁ?
 今年はどうかしら、ひどいことにならなけりゃ、良いのだけど……。
 フェルくん、どうしてるかなぁ?   レイも、兄様に会いたいねぇ。

 母は、窓の外を眺めながら、とりとめなく話す。
 たまに、瞳が翳り、何か悲しそうにされて、だけど俺の方を向く時は、笑顔になる。
 できるだけ、笑っていられたら良いのにと、そんな様子の母を見ながら、俺は思うのだ。
 それが、あの頃の日常だった。
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