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設計図 2

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 マルがとんでもないことを口にした。
 生まれつき……。た、確かに獣人は、生まれつき……急に、その姿で生まれる。
 しかし、サヤは少し考える素振りを見せた後、首を横に振ったのだ。

「……違うと思います。
 獣人は、遺伝子の変異ではない、別のものです。
 クリスタ様の病は、人の全てに機能として備わっているものの、欠損です。
 でも獣人は、そうではなく……、……ああ、でも普通に考えたら……うん、近いものではありますね。その説明をしようと思うと……ん……」

 眉間にしわを寄せて、サヤは暫く沈黙した。
 手を動かし、新しい裏紙を取ると、サヤの国の言葉で何かを書き込んでいく。それは、平仮名、片仮名、漢字が入り乱れていて、酷く難しいものだった。たまに、その文字をぐるりと円で囲み、または上から塗りつぶし、何かを突き詰めていく様子を見せる。
 そんなふうに暫く時間を過ごしてから、サヤは眉間にしわを寄せた、難しい表情のまま、もう一度口を開いた。

「……すいません……上手く。説明出来るか分からないのですけれど……私が知っている限りのことを、お伝えする努力は、してみますね。
 えっと、まず先天性異常には、二通りがありまして、一つが、ただ偶然、なにかしらの特徴が備わってしまったものや、母体からの影響などにより異常が発生してしまったものを言います。
 たまたま、その人だけがそうなっただけで、子孫にも、影響は及びません。
 もう一つが、遺伝子に刻まれ、子孫にまで受け継がれていく特徴です。遺伝子疾患と表したりもします。
 これを説明しようと思うと、今度は遺伝子の説明をしなくちゃいけないんですよね……。私もこれは、流石に詳しくは、教わってなくて……」

 サヤでもかなり、難しいと思う内容である様だ。すごく悩みながら、サヤは新たな裏紙に、人型をひとつ、描き込んだ。

「遺伝子とは、人の設計図……のような、ものです。
 例えば私という設計図は、私の父と、母から、半分ずつ受け継がれています。
 父の設計図は、父の父と母、私にとっての、祖父と祖母から、半分ずつ。
 人は、生命として宿ったとき、その両親から贈り物として、半分ずつの遺伝子を受け取ります。それが生命の理で、ずっとずっと昔からそうやって連なって来ていて……マルさんのおっしゃってた先祖返りというのは、一つ前を飛ばし、数代前の特徴が、顕著に現れた場合のことを言い……」

 と、そこまで話して、俺たちの状況に気付いた様子だ。

「……申し訳ありません、上手い説明が、出来なくて……」
「いや、良いんだ……。多分俺たちより、マルは理解できてる筈だし。
 ごめん、一生懸命理解しようとは思ってるんだけど……なんかもう、想像もできない内容で……」

 難しすぎるよね……っ⁉︎
 もう一体自分がなんの話を聞いているのかも分からなくなってしまった。
 ハインに至っては、右から左に聞き流している様子で、理解を放棄したと顔に書いてある。
 サヤは、もう一度考え出した。
 両手で頭を支える様にして、また暫く悩む。

「分かりやすく……。
 では……私という人間が、先祖から引き継がれてきた遺伝子という名の設計図、二万五千枚から作られているとします。
 その設計図は、私の父と、母から、半分ずつ引き継がれました。
 父の設計図は、父の父と母、私にとって祖父母から、半分ずつ。つまり私の中には、祖父母の遺伝子が二割五分ずつ、引き継がれています。曽祖父母の遺伝子はさらにその半分の一割二分五厘……ずっとずっと昔からそうやって連なって来ています。
 つまり、半分は捨てられ、半分が残され、それが私の子孫にも続いていくわけです。
 それでえっと……先天性異常とは、その設計図の一部に、写し間違いがあったようなものです。その所為で、一部の機能に誤作動が出てしまうようになった状態です」

 ああ、それならば分かりやすい。
 ハインも、さっきの話よりは分かった様子で、小さく頷いている。
 よかった。ホッとしつつ、話の先を待つ。

「それで……その設計図、兄弟だと、自ずと似たものになりますよね」
「ああ、それはそうだな。半分捨てるのだとしても、半分は同じものが選ばれるのだろうし」
「そして、全く血縁関係の無い人にも、似た様な設計図は案外あったりするんです。
 例えば……瞳が、一重になる設計図とか、髪が、癖っ毛になる設計図とか」
「ああ、そういう細かいのも設計図にあるのか。うん、たくさんの人が持つ特徴、似ている設計図が存在するというのは、理解出来た」

 そこでサヤは、また悩み出した。
 俺たちが、凄く難しい要求をしていることが、その姿から伺える。
 エーオーとエービーだとオーは生まれなくて……とか、何かよく分からない呪文のようなものを呟きながら、裏紙に不思議な文字を書き込んでいたのだが、その手を途中酢でピタリと止める。

「うん……やっぱり獣人は、先天性異常ではないと、思います……。
 神話とはいえ、もともと一つの種として存在していたのだから……私の世界での、白色人種や黒色人種といった分類にあたるのだと。異常ではなくて……!」

 そして、ハッとしたように、顔を上げた。

「あの、前に話した、麦の選別の話、覚えてますか⁉︎
 実が沢山実り、風に強い特徴のものを選び、残していくと、その特徴が強化されるって話ですけど……あれに、似ています!
 似たような特徴の設計図が多くなると、その項目が強化され、その特徴が現れる!
 獣人の特徴が、急に現れるのは、これではないでしょうか。
 設計図の中に、獣人の特徴が現れるものが紛れていて、それの量が多くなったり、重複したりしていると、強く表現され、獣人となる!
 つまり、獣人として生まれたということ自体が、先祖返り、隔世遺伝……と、なります。……推測の話ですけど」

 獣人自体が、先祖返り。それは、衝撃的な話だ。俺たちの祖に、獣人が含まれているということなのだから。獣人は、悪魔の使徒、人ではなく獣……そう言われているのに、我々には獣人が、含まれている⁉︎

「そんなことが、起こりえるのか⁉︎」
「起こりますよ。同じ人で、違う種であるだけなら。
 あ、私だって、そうなんですよ?私の祖は、ホモ・サピエンスですって、これも前に、話しましたよね」

 サヤの話にこくりと頷く。
 その話はとてもよく覚えている。情報の共有が、文明の発展には不可欠だと学んだ話。

「それ、正しくは違うんです。
 確かに、私の祖は、大部分がホモ・サピエンスなのですけれど、実は、ネアンデルタールも、含まれているんですよ。
 私の設計図の話でいきますと……二万五千枚のうち、五百枚から六百枚の設計図が、ネアンデルタール由来なんです」

 頭が吹き飛ぶかと思った。
 二万五千枚のうち、たった五百枚程度とは言え、何千、何万と過去の時代の人から、引き継がれてきた設計図が、サヤの中に五百枚も残されているというのだ。
 ずっと過去に滅んだ種の記録が、サヤの中にある……。

「一度や、二度の交配では、その様にはならないでしょうね……」
「そうですね。私の沢山の先祖が、何人も何人も、種を超えて結ばれてきた証です。
 だから、たまたま、偶然、何かの事故……なんてものではなく、愛し合って、結ばれてきた結果なのだと……あっ、その……し、幸せな結婚だったのだと、思いたいですよね」

 何に照れたのか、サヤが急に赤くなってしまった。
 交配とか、結ばれるとか、その手の言葉に反応したのかな……。
 そして、視線を巡らせた拍子に、ハインが、真っ青になっている姿が視界に入り、ギョッとする。

「ど、どうした⁉︎」
「……な、なんでも、ございませ……」
「なんでもない顔してないからな⁉︎   獣人の話が、辛かったのか?」

 前も、こんな顔になっていた。死を選ぼうとしたあの瞬間の。そう思ったから、咄嗟に手を、ハインの頬にやった。

「なんでもありませんから‼︎」

 声を荒げて、振り払われた。
 自分から振り払っておいて、俺に触れてしまったことを悔やむみたいに、顔を歪める。
 そのまま両手を握りしめ、俯いてしまった……。
 そんなハインの様子に、俺と、サヤは顔を見合わせる……。だが、マルは意に介さず、話を続けて来た。

「サヤくん、設計図は、必ず半分ずつ、引き継がれるのですか」
「はい。両親からは必ず、半分ずつと決まっています。これは、絶対なんです。ただ、親の中の設計図の半分なので、祖父母のもの九割、それ以外の先祖のもの一割、みたいになることも十分考えられます」
「……ということは、僕の場合も、確率的に考えれば、祖父の要素は四半。曽祖父の要素は八半引き継いでいるということですね。設計図を、何がしかの方法で選び、選別することは可能ですか」
「それは……多分、できないのじゃないかと……。性別や、髪の色や、つり目、タレ目などの特徴を、選んで生み分けるなんてこと、できないですから」
「そうですか。残念です。
 似た設計図を持つ者同士が交配した場合、一部要素が重複する……先祖返りの構造……。
 設計図の量、人が二万、獣人が五千と仮定して、それが顕著に現れるならば交配によって特徴の多いものを選び掛け合せれば、より獣人化の進んだ人種が作……」

 ブツブツと呟くマルは、いつの間にやら頭の中の図書館に移動していた様子だ。
 その呟きを耳にしたハインが反応し、顔を上げる。
 怒りに歪んだ鬼の様な形相で、そのままマルの襟首を掴み、乱暴に引き寄せた。

「五月蝿ぇ‼︎   その耳障りな話を、これ以上俺の前ですんじゃねぇ‼︎」
「は、ハインさん⁉︎」
「重要なことですよ。あなた方獣人が、人の一部だと証明できる可能性が……」
「そんなもんは、どうだっていい!   糞尿まみれの汚ねぇ話を、俺に聞かせるな‼︎」
「ハイン、落ち着けって……」
「何をそんなに……ああ、貴方は番号……」
「黙れって、言ったろうが‼︎」
「⁉︎‼︎」

 ハインが、マルの傷口を掴んだ。
 痛みに悲鳴も上げられず、マルが肩を抑えて蹲る。あまりにあまりな所業に、俺は咄嗟に、何も言えなかった。
 足元に蹲ったマルを、ハインが犬歯をむき出しに、威嚇するように唸りながら、見下ろす。
 ブルブルと震えているのは、怒り?   恐怖?   ああ、違う。俺が兄上に斬られた時の、怒り方だ。怒りや悲しみや恐怖が全身を支配して、自分の気持ちが整理できない、衝動のままに、暴れてしまいたくなっている顔だ。
 だが、そこでハインは、動きを止めた。
 自分の腕を、両手で拘束するかの様に、爪を立てて握りしめ、歯を食いしばる。
 顔を伏せ、荒い呼吸を繰り返し、自分を抑え込もうと必死で足掻いているのが、俺の目には明らかだった。
 だってこの姿も、前よく見ていた。学舎にいた頃に……。

「獣人の、話は、するな……っ。俺の耳のないところで、好きなだけやりやがれ。
 今は、……今は、クリスタ様の、病の話でしょう。
 ルオード様に、サヤを疑われている。それをどうするかという、話のはず。
 職務を遂行して下さい」

 絞り出すそうにそう言って、ふらりと足を扉に向け「お茶を入れて来ます」と、執務室を出て行った。
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