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秘密 4

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 沈黙が続いた。
 ルオード様は、表情を固め、ただ俺を見ている。
 俺もルオード様を見つめていた。こちらから視線を逸らすつもりは無かった。
 虚言は色々吐いたが、主張が間違っている気はしていない。
 サヤがただ、クリスタ様を思いやって、知識を晒したことは疑いようがないし、クリスタ様の体質が病だろうが、呪いだろうが、どうだっていいというのも本心だった。
 俺は、ここでサヤが口にしたこと全てにおいて、自身の利益の為の発言はないと断言できる。だから見て貰えば良いと思った。見ていれば、サヤがただ優しいということが、ちゃんと見える。そう思ったのだ。

「斬るのは、君からなのか」
「ええ。責任は私の元にありますから。ああ、マルはお咎めなしでお願いします。
 サヤの知識を、サヤからだと言って提案したところで、まともに取り合ってもらえないと思いましたから、マルに身代わりをお願いしたのです。学舎主席の肩書きはやはり有効ですね。誰もが彼の案だと疑いもしませんでしたから」
「我々も、見事に踊らされたわけか」
「言っておきますが、あれは確かに素晴らしいものですよ。
 マルもそれを認めたから、この様な役を引き受けてくれたのです。
 それとも、マルではなく、サヤの知識だと知ってしまったら、価値が違ってくるのですか?」

 俺の挑発に、ルオード様の眼光が鋭くなる。
 が、腰の辺りにあるサヤの手が、キュッと握られ、小さく俺を叩き、抗議しているのが分かって、つい苦笑が漏れてしまった。
 ん。ガラにもないことをしているとは思う。けれど、マルではなく、サヤなら価値が下がると思うような方ではないと知っているから、こうして釘を刺してるんだ。この方は、きっとちゃんと評価しようとされる。サヤを疑ったからといって、それで目が曇ったりはしない。そんな方だ。だけど、さっきの言い方は俺もちょっとカチンときたんだ。嫌味くらい許してくれ。

「……そこまで覚悟をしていると言うなら、そうさせてもらおう。
 土嚢の有用性を見極める任務と共に、その子供も見極めさせてもらう。
 だが、信頼のおけない者を、クリスタ様に近づける気持ちは無い。クリスタ様は、館の方に滞在させて頂く」

 あ、それなら家具の手配もないし、丁度良い。ていうか、むしろ嬉しい。そう思ったのだが、何故かサヤが、抗議の声を挟んでくる。

「あの、それは、いけません。
 あっ、その……ほ、本館では、理由無しに、壁紙や、帳を、クリスタ様用に調整しては、下さらないと思うのです……。その……失礼がない様に、対処はされるでしょう。けれど、それは、クリスタ様には、色々な意味で、負担になるかと……。
 あの、ここは、レイシール様が全ての裁量を、されております。
 た、例えば……帷を取り替えたり、壁紙を塗り替えることも、許して頂けるかと、思うのです……」

 サヤの言葉に、ルオード様の表情が、また険しくなった。
 しかし、震えながらもサヤは、言葉を止めない。

「私を、見極めるなら……私の言うことが、どう作用するか、見極める、ことも、必要かと、存じます。
 それで、クリスタ様の、負担が減るならば、重畳。増えるならば、私が、怪しいと、その結論を、出すのが、早まるだけでしょう?」

 もう本当に……この子はどこまでもブレない……この状況で、まだクリスタ様の心配か。
 ここまで言うからには、ちゃんと考えがあるのだろう……ならいい、どうせ引かないのだろうしな。

「ええ。壁を塗ろうが、床を塗ろうが構いません。
 クリスタ様の負担は少ない方が良い。どうせ無理を押してここに来るのでしょうし……。来たは良いけれど、寝込んで過ごすだけだなんて、嫌ですから」

 ただでさえ彼の方は強引だ。無理を押し通す。しかも、自分にもそれをするからたちが悪い。
 身体は悲鳴を上げているのに引き下がらないとか、本当やめてほしいと思う。見ているこっちも、辛いのだ。

「私は極力、クリスタ様に、近寄らない様に、致しますから……」
「……情報を伏せられていたのは、弱みを晒さない為なのですよね?
 ならば接触する人間も、少ない方が良いのでは?」

 サヤの言葉を、俺からも援護しておく。
 実際、本館に滞在することになれば、クリスタ様はきっと、弱味を見せようとはしないだろう。例え、陽の光が苦手だと知られていようとも、陽の下で平気そうに過ごすくらいの見得は切ってしまう方だ。
 ここならば、使用人の目もないし、近衛の出入りもある。クリスタ様の不安要素は俺たちだけだと、そう匂わせておいた。

「……分かった。ならば、そうしよう」

 ルオード様も、折れることにしたらしい。
 背中越しに、サヤがホッと息を吐く。

「レイシール……君が学友とて、私はそれを考慮しない」
「重々承知しております。どうぞお好きな様に、ご見聞下さい」

 最後にそんな言葉を交わし、ルオード様は踵を返した。そのまま執務室を退室し、パタンと扉が閉じられる。そして執務室は、俺とサヤだけになった。
 ……はぁ……疲れた。
 意味分かんない……なんでルオード様は、あんな風にこじれたんだ……。

「ごめんサヤ……色々と、嫌だったろ……」
「いえ、私が失言してしまったのが、そもそもの、原因です……」

 サヤの隣に腰を下ろすと、思いの外、自分が疲れていると分かった。頭が重い……。
 ルオード様が感情を露わに、声を荒げる姿など、久しぶりに見た。
 何が原因だ。クリスタ様の、伏せてあった情報をサヤが知っていた。それはまあ、驚くだろう。そしてクリスタ様の体質を、病だと言った。……そう思いたくなかったのだとしても、だからって、サヤを疑うとか、悪魔の使徒とか、荒唐無稽すぎるし、飛躍し過ぎだ。
 考えろ、なんだ。サヤを必要以上に警戒する理由……何かある筈だ……。

「あの、申し訳、ありませんでした。
 私、注意されていたのに……口にする前に、レイシール様に、確認すべきでしたのに……。私の所為で、変な疑いまで招いて、ほんと……」

 額を抑え悩む俺に、何を思ったか、サヤが落ち込んだ顔で謝罪してきて、俺は思考を一度中断することにした。
 そんな顔しなくて良い。別にサヤの所為だとは、思っていないから。
 サヤの頭にポンと手をやって撫でつつ、違うよと言っておく。

「あれは、俺の責任だよ。俺が注意しておくべきことだった。
 それに、クリスタ様の来訪は、ほんと突発的だった。対処出来ないのは、ある程度仕方がない。それよりも、今はサヤの方が気になる」

 震えてるのだ。これはもうルカのことばかりじゃないだろう。明らかに、ルオード様とのやりとりが怖かったんだ。こっちにおいでと促して、サヤを暫く抱き締める。
 あんな風に殺気を向けられたり、あらぬ疑いをかけられれば、やはり怖いだろうと思う。犯罪を犯してもいないのに、罪人扱いされたようなものだ。しかも、ただ優しさ故の行動を疑われてしまったのだから。
 悪魔の使徒か……サヤはそんなものじゃない。けれど、異界の人間だ。この事実は絶対に伏せなければならない。
 ということは、このサヤを、ありのまま受け入れてもらう必要があるということだ。
 子供が知っているにはおかしい知識量……か。それは確かにそうなんだけど……サヤは、本当は十六歳だって言ったところで、やっぱりその知識量は異常なわけで……。サヤの強さだって、異界からこちらに来た所為で身についたものもあるとはいえ、その実力自体は、サヤ自身が磨き上げたものだし……。でも、それをそのまま言ったところで、やはり説得力には欠けるよなぁ。
 サヤがただ優しい性質なのだというのは、見ていればすぐに分かることだと思うが、知識量と強さに関しては、どう納得させたものか……。
 そんな風に考えつつ、サヤを腕の中に収めていたのだけれど、程なくすると、あの……と、サヤの声。

「もう、大丈夫ですから……」

 そう?確かに震えは、随分治ったように思うけど……。

「サヤ、顔が赤い。本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「ちょっと、逃げない。熱を確認するから」

 この時期は、気温と湿気が不安定で、蒸したり暑かったり、かと思えば冷たい強風が吹き荒れたりで、よく体調を崩すんだ。気候の不安定さに、人も脆くなる。悪魔に付け入られやすくなる時期なのだが……サヤの国では、こんな時期の病を、どんな風に考えるのだろうな。
 サヤを逃さないよう肩を掴んだまま、襟元から首筋に手を当てる。

「……?……熱ってわけじゃなさそうだな……けど、やはり少し横になっておく方が……」
「い、いいえ!   大丈夫です!   それよりも、発注書とか、ギルさんへの手紙だとかを処理してしまいましょう!」
「今日はもう無理だよ。明日朝一で早馬を出すしかないから、今慌てても仕方がないし……」
「でも、用意しておきましょう。夕刻以降は近衛隊の方の到着や、もしかしたら、異母様のご帰還も、あるかもしれません」

 サヤの言葉に、それもそうだと、俺たちは明日以降の準備を進めることにした。
 それが終われば、なんならハインと合流して、掃除の手伝いをしても良い。
 ついでに、先程のことを報告する必要もあるしな。

 お互い執務机に向かい、それぞれの作業を始めることにした。
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