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後遺症 8
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その後は、明日からの予定を話し合うこととなった。
工事が続くのは七の月二日までとなっているが、雨季が始まれば、即その場で終了となる。
マルも呼ばれ、今後の計画を聞くこととなった。
「雨季の間は川の様子を観察、状況により土嚢壁の補強と修繕を行います。
計算上は問題無い予定なんですけど、雨量次第ですし。
とはいえ、どうせ作業が出来る日は殆ど無いでしょうからねぇ。この期間に、今後の予定を組んでいこうと思ってます」
マルはそう言い、大まかな予定を口にする。
「雨季の間も経過観察と警備は続ける必要があります。実際、妨害めいたことが起こってるわけですし、王家の支持をわかりやすい形で表明しておきたいですからね。
ルオード様も御察しの通り、ここでのレイ様の立場は結構中途半端で。
使える配下が従者二人。
この氾濫対策も、正妻様には反対されてまして、外出時にこっそり始めましたからねぇ。
近日中にお帰りになるんですが、レイ様がどんな責め苦を受けるか気が気じゃありませんよ」
軽い感じにマルは言うが、きっと、見た目よりはずっと心配してくれてるんだろうな。
わざわざルオード様に吹き込む辺り、利用する気というか……。
「何故反対されたんだい? 嘆願と、工事の内容を見る限り、反対される理由が無い様に思うのだけど」
「正妻様は、領地運営にあまり関心をお持ちでいらっしゃいませんからねぇ。
今までの運営で成り立っているのだから、今まで通りで良いと仰せだったんですよ。
とはいえ、それだと氾濫の度に出費が大きいですし、その負担は民に税金として降りかかります。下手をすると人死にが出る可能性もある。
あとレイ様は、農家の皆が、生活のゆとりが持てないことを危惧されてまして」
「ゆとり?」
首を傾げるルオード様。
俺は、ユミルとカミルの姿を、脳裏に思い浮かべていた。
「実例を挙げますと……今回、畑を潰した家族の一つに、氾濫の度に家族を失った者がおります。
幼い姉弟と、祖父の家庭なのですが、父親は氾濫が原因の怪我が元で、母親は、病で。
この病も、薬で完治できるものだったそうですが、氾濫によって潰れた畑や家屋の再建に、なけなしの財を回した為、悪化させて亡くなったと」
その内容に、ルオード様の表情も曇る。
「当然、幼い姉弟を残された祖父も無理をすることとなりました。年齢以上に身体を痛め、現在は畑に出ることもままならず、十四歳になった姉が、家庭を支えている状態です」
「とまぁ、こんな風に氾濫で命を犠牲にする様な状況を、憂いてらっしゃるのですよ。
これは決して特殊な例ではなく、大なり小なり、どの家庭でも抱えている問題なのです」
「それは……確かに問題だな……。
成る程……、それで工事を強行することにしたのだね。療養中の領主殿には……」
「話が入っていない可能性が高いですねぇ。
それに……レイ様はもう十二年程面識が無いそうで、領主様の病状も、分かりません。
レイ様は立場上、ご自身から領主様に接触することを許されていないそうで。
一応、病に臥せってしまわれる前は、精力的に働いてらっしゃいましたし、民からの評判も悪くないご領主様でしたよ」
父上の話題が出た時、どきりとした。
ルオード様の視線がマルに向く。
「君の耳にはどの様に届いている?」
「……正直、探らない様に気をつけてましたから、一般的な内容しか入ってませんよ。
ジェスル絡みは結構厄介ですからね。中途半端なちょっかいは掛けるべきじゃないと思いまして」
その言葉に、ホッとしてしまう自分がいた。
父上……。状況を知りたい気持ちはあるけれど、接触を許されていない俺には、ただ快復を願うことしか出来ない。
だけどそれ以前に……父上が、俺をどのように思っているかを、考えたくない。
俺を六歳で学舎にやってくれたのは、あの人と、父上だ。
だから、愛情が無かったわけではない……。セイバーンにいた頃も、忙しい領地管理の合間に、定期的に、俺と話す時間を用意してくれていた父上。
けれど、学舎へ行ってからは……誓約により、接触の許されていない俺は、手紙を書くことも出来なかった。
母上に、成績や、報告の手紙は出していたけれど、事務的な内容の返事が季節ごとに来る程度。父上からは、何も無かった……。ただ一度も……。
「バンス別邸の食料入出荷等、探りやすいものは確認してますが、極端に量が増減したり、少しずつ削られていたりといった不審な点はございませんねぇ。医者の出入りもあります。生きてはおられますよ、確実に」
「そうか。ならば当面は良い。
姫の書簡。あれがあれば、レイシールの立場を守るには足りる筈だ。
成人前とはいえ、今までの二年間、領地管理を行ってきたことと、土嚢壁を完成させたという実績もある。
クリスタ様からの支援金の中に、アギー公爵からの親書もあると伺っている。何かあればちらつかせれば良い。
あとそうだな……明日は、私も挨拶に伺おう。近衛の正装で」
「うわぁ、至れり尽くせりですねぇ。後が怖い気もしますけど……」
「そんなことより、レイシールの配下は早急に増やすべきだ。何故今までに用意してこなかった」
「無理ですよ。レイ様の気質上。ハインすら、手放そうとするんですから。
サヤくんは、身寄りがないですし、保護する手段が他に無いから雇いましたけどね。それだって、ギルに預けようとしてたくらいですよ」
マルの告げ口に、ルオード様が額に手をやって大きく溜息を吐く。
「……家族も、身内が貴族に仕えるという恩恵を受ける。
多少の危険や問題は、賃金で補えば良いと思うのだけどね……。
レイシール、君も貴族なら、全うすべき責任がある。自身を守る為に、部下を増やすべきだよ」
そんな風に言われ、俺はつい、言い返してしまっていた。
「いけません! 取り返しがつかないことも多々あるのです。特に異母様や兄上は……あまり、寛容な方では、ありません。
私は、そうまでして仕える者を得なければならない程、困ってはいません……!」
ここは違うのだ。ただ、建前だけの話じゃない。本気で命を賭けなきゃならなくなる。
ハインや、サヤに負担を掛けてしまうけれど……自身や家族の命を天秤にかけてまで仕えてほしくはない。
マルは、情報操作の腕があるし、俺の部下ということを伏せているから良い。
サヤやハインは身を守ることが一応は出来るけれど、一般の使用人には、全く武術の心得が無い者も多いのだ。
俺は、そんな奉仕に報える主人にもなれない。
命を賭けなきゃいけないような生き方は、間違ってる。
そうだ、俺の為に命を賭けるなんて、根本が間違ってる、ハインも、サヤも、本当なら……っ。
「あの!そんな言い方、やめて下さい!」
腹の底で暴れ出した恐怖に、一瞬気を取られた。
その隙に、サヤがルオード様にくってかかり、想像してなかった事態に度肝を抜かれてしまった。
さ、サヤ駄目だよ! その方は常識的なことを仰ってる、何も間違ってないんだ!
「高給の為に家族の命を天秤にかけろと仰る、その神経を疑います!
騎士、貴族階級は仕方がないのかもしれません、そういった役職であり、立場なのでしょう。納得はできませんけれど!
貴族階級の身分ある方は、手当もありますし、家名や財産が身を守ってくれるでしょうけれど、民にはそんなものありません! 家族を失って、職も失って、残った者だけで生きていくことが、どれほど苦しいものか、想像したことはありますか⁉︎ それがどんな不条理な死でも、受け入れるしかないんですよ⁉︎
先程の、ユミルさん姉弟の話を、なんだと思って聞いていたのですか‼︎」
「サヤよせ! この国の常識に則って考えれば、普通のことなんだよ!
それにサヤのその態度は不敬にあたる、口を慎みなさい‼︎」
「不敬? それがなんやいうの! 口答えも許さんて、そうやって人を押さえ込んでるて、なんで分からへんの‼︎
ほんまに真面目に、民の声聞こうとする人は、口調や身分にとやかく言わへん! 耳に痛いことくらい聞いとける!
そんなハリボテみたいな当たり前に胡座かいとるから、鈍感になっていくんや! 人の死を、数を数えることにしていけるんや‼︎」
何がサヤをそこまで怒らせたのか、分からない。けれど、咄嗟にサヤの頭を抱え込む様に抱き締めた。そのまま身体で庇う。これ以上、口を開けさせてはいけない。サヤが斬り捨てられてしまう!
「申し訳ありませんルオード様、この子はまだ子供です。どうかご慈悲を!
これは私の部下です。責任は私が、どうかっ」
サヤを失えない。そんなことになったら俺は生きていけない。サヤだけは、どうか!
俺の腕を振りほどこうとするサヤを押さえつけ、「お願い、黙って」と、サヤに訴えた。
サヤの気持ちは、その優しい言葉は嬉しい。けれど、この世界にはこの世界の常識がある。
いくら心を痛める内容であっても、それを受け入れるしかないんだ。
だけどそれが出来ないから俺は、部下を持たない方を選ぶ。俺は………?
あ…………サヤが怒ったのは、俺の為だ……。
俺が言葉に出来ない葛藤を、俺のかわりに口にしたのだ。
俺の考えは間違ってない、正しいと、肯定する為に怒ってくれたのだ。
「良い、レイシール、その子の言葉はもっともだ。
すまない、君が民に愛される理由は、きっとそこなのだな……」
ルオード様の言葉に、サヤが暴れるのをぴたりと止めた。
「そうか……そうだな、本当に、その子の言う通りだよ……。
我々は、民に口を利くことを許していない……、民の声が、届くはずがないな。
サヤといったか、その子の言葉が、民が飲み込んで、耐え忍んでいる部分なのだな」
髪をぐしゃりとかき回し「私の視野が狭かった。本当に、恥ずかしい限りだ」と、息を吐く。
ルオード様は、お怒りになっていない……、サヤの不敬を、咎める気も無い様子だ。
膝の力が抜けた。
「レイ!」
サヤが腕を伸ばし、俺を支えてくれたけれど、お礼を言える程、俺は今、穏やかな気持ちじゃないからね⁉︎
「サヤ……なんであんなこと言った……。ルオード様じゃなかったら、切り捨てられてたって、文句言えないんだぞ⁉︎」
俺の言葉に、サヤがカチンときたのを悟った。うわっ、火に油を注いだ。俺の馬鹿!
「レイの思想が間違うとるみたいに言うのがおかしいやろ!
そもそも、高給なんやから命かけるんくらい妥協せなあかんって考え方が、大間違いやわ‼︎
洒落にならんハイリスクやのに、リターンが給金以外ほぼ無いやんか! 上がそないな考えでおるから、いつまでたっても上下間のミスマッチが解消されへんねん!
それにそもそも、優しいことを、間違うたことにしてしまう社会が、正しいはずないわ‼︎」
「もう黙って! それにサヤの国の言葉は分からないんだよ!」
だから不敬になるんだって‼ と、とっさにそう言い返すと、サヤの目から雫がこぼれ落ちた。ボロボロと、止まらない。
う、うわあああぁぁ⁉︎ なんで泣くの⁇⁉︎ 俺が言い返したのに傷付いたってこと⁉︎
怒って泣き出したサヤに泡を食った。化粧、化粧が落ちるから、泣いちゃ駄目だ!
「ど、怒鳴って悪かったから! ごめん、分かる言葉で言ってくれたら、ちゃんと考えるから……っ」
「や、やり直しや、失敗がきかん、人生は、間違うとる。
レイが、ユミルさんや村の人、大切にしてるんを、ちゃんと本当の意味で、理解してもらわなあかん思うたんやもんっ。
失敗出来ひんのに、自然災害は、避けられへんのや……。せやから仕方なしに、命がけの仕事、選ばなあかんのんやんか……、なんでそれに気付かへんの、なんでそれを当たり前に出来るん? ユミルさん、それで……っ。
せやのに! あんな言い方、腹が立った‼︎」
ああもぅ……。
怒るに、怒れない……。
サヤをなだめる為と、顔を隠す為に、もう一度頭を胸に抱え込んだ。
そこに、ハインが怒鳴り声を聞きつけた様子で、慌てて駆け込んでくる。
「し、失礼いたしました!
サヤはまだ幼い為、感情が高ぶりますと、言葉が雑になるのです。異国の者である為、この国の常識にも、言葉にも疎く……。私の教育が行き届いておらず、申し訳ありません! ルオード様への不敬は私が詫びます。どうか寛大なご処置を……」
状況を見て、やばいと悟ったらしい。俺たちの前に立ち、頭を深く下げる。
その様子に、ルオード様は笑った。
「そんなに慌てないでくれないか。私は、別に咎めようとは思ってないよ」
そこにマルが口を挟む。
「レイ様、僕、ルオード様と明日からの警備配置について話し合っておきますから、サヤくんを落ち着かせて来て下さい。
まだ幼いとはいえ、 サヤくんだってもう従者なのですから、その態度は改めないと駄目ですよ。そこ、ちゃんと言い含めておいて下さいね」
工事が続くのは七の月二日までとなっているが、雨季が始まれば、即その場で終了となる。
マルも呼ばれ、今後の計画を聞くこととなった。
「雨季の間は川の様子を観察、状況により土嚢壁の補強と修繕を行います。
計算上は問題無い予定なんですけど、雨量次第ですし。
とはいえ、どうせ作業が出来る日は殆ど無いでしょうからねぇ。この期間に、今後の予定を組んでいこうと思ってます」
マルはそう言い、大まかな予定を口にする。
「雨季の間も経過観察と警備は続ける必要があります。実際、妨害めいたことが起こってるわけですし、王家の支持をわかりやすい形で表明しておきたいですからね。
ルオード様も御察しの通り、ここでのレイ様の立場は結構中途半端で。
使える配下が従者二人。
この氾濫対策も、正妻様には反対されてまして、外出時にこっそり始めましたからねぇ。
近日中にお帰りになるんですが、レイ様がどんな責め苦を受けるか気が気じゃありませんよ」
軽い感じにマルは言うが、きっと、見た目よりはずっと心配してくれてるんだろうな。
わざわざルオード様に吹き込む辺り、利用する気というか……。
「何故反対されたんだい? 嘆願と、工事の内容を見る限り、反対される理由が無い様に思うのだけど」
「正妻様は、領地運営にあまり関心をお持ちでいらっしゃいませんからねぇ。
今までの運営で成り立っているのだから、今まで通りで良いと仰せだったんですよ。
とはいえ、それだと氾濫の度に出費が大きいですし、その負担は民に税金として降りかかります。下手をすると人死にが出る可能性もある。
あとレイ様は、農家の皆が、生活のゆとりが持てないことを危惧されてまして」
「ゆとり?」
首を傾げるルオード様。
俺は、ユミルとカミルの姿を、脳裏に思い浮かべていた。
「実例を挙げますと……今回、畑を潰した家族の一つに、氾濫の度に家族を失った者がおります。
幼い姉弟と、祖父の家庭なのですが、父親は氾濫が原因の怪我が元で、母親は、病で。
この病も、薬で完治できるものだったそうですが、氾濫によって潰れた畑や家屋の再建に、なけなしの財を回した為、悪化させて亡くなったと」
その内容に、ルオード様の表情も曇る。
「当然、幼い姉弟を残された祖父も無理をすることとなりました。年齢以上に身体を痛め、現在は畑に出ることもままならず、十四歳になった姉が、家庭を支えている状態です」
「とまぁ、こんな風に氾濫で命を犠牲にする様な状況を、憂いてらっしゃるのですよ。
これは決して特殊な例ではなく、大なり小なり、どの家庭でも抱えている問題なのです」
「それは……確かに問題だな……。
成る程……、それで工事を強行することにしたのだね。療養中の領主殿には……」
「話が入っていない可能性が高いですねぇ。
それに……レイ様はもう十二年程面識が無いそうで、領主様の病状も、分かりません。
レイ様は立場上、ご自身から領主様に接触することを許されていないそうで。
一応、病に臥せってしまわれる前は、精力的に働いてらっしゃいましたし、民からの評判も悪くないご領主様でしたよ」
父上の話題が出た時、どきりとした。
ルオード様の視線がマルに向く。
「君の耳にはどの様に届いている?」
「……正直、探らない様に気をつけてましたから、一般的な内容しか入ってませんよ。
ジェスル絡みは結構厄介ですからね。中途半端なちょっかいは掛けるべきじゃないと思いまして」
その言葉に、ホッとしてしまう自分がいた。
父上……。状況を知りたい気持ちはあるけれど、接触を許されていない俺には、ただ快復を願うことしか出来ない。
だけどそれ以前に……父上が、俺をどのように思っているかを、考えたくない。
俺を六歳で学舎にやってくれたのは、あの人と、父上だ。
だから、愛情が無かったわけではない……。セイバーンにいた頃も、忙しい領地管理の合間に、定期的に、俺と話す時間を用意してくれていた父上。
けれど、学舎へ行ってからは……誓約により、接触の許されていない俺は、手紙を書くことも出来なかった。
母上に、成績や、報告の手紙は出していたけれど、事務的な内容の返事が季節ごとに来る程度。父上からは、何も無かった……。ただ一度も……。
「バンス別邸の食料入出荷等、探りやすいものは確認してますが、極端に量が増減したり、少しずつ削られていたりといった不審な点はございませんねぇ。医者の出入りもあります。生きてはおられますよ、確実に」
「そうか。ならば当面は良い。
姫の書簡。あれがあれば、レイシールの立場を守るには足りる筈だ。
成人前とはいえ、今までの二年間、領地管理を行ってきたことと、土嚢壁を完成させたという実績もある。
クリスタ様からの支援金の中に、アギー公爵からの親書もあると伺っている。何かあればちらつかせれば良い。
あとそうだな……明日は、私も挨拶に伺おう。近衛の正装で」
「うわぁ、至れり尽くせりですねぇ。後が怖い気もしますけど……」
「そんなことより、レイシールの配下は早急に増やすべきだ。何故今までに用意してこなかった」
「無理ですよ。レイ様の気質上。ハインすら、手放そうとするんですから。
サヤくんは、身寄りがないですし、保護する手段が他に無いから雇いましたけどね。それだって、ギルに預けようとしてたくらいですよ」
マルの告げ口に、ルオード様が額に手をやって大きく溜息を吐く。
「……家族も、身内が貴族に仕えるという恩恵を受ける。
多少の危険や問題は、賃金で補えば良いと思うのだけどね……。
レイシール、君も貴族なら、全うすべき責任がある。自身を守る為に、部下を増やすべきだよ」
そんな風に言われ、俺はつい、言い返してしまっていた。
「いけません! 取り返しがつかないことも多々あるのです。特に異母様や兄上は……あまり、寛容な方では、ありません。
私は、そうまでして仕える者を得なければならない程、困ってはいません……!」
ここは違うのだ。ただ、建前だけの話じゃない。本気で命を賭けなきゃならなくなる。
ハインや、サヤに負担を掛けてしまうけれど……自身や家族の命を天秤にかけてまで仕えてほしくはない。
マルは、情報操作の腕があるし、俺の部下ということを伏せているから良い。
サヤやハインは身を守ることが一応は出来るけれど、一般の使用人には、全く武術の心得が無い者も多いのだ。
俺は、そんな奉仕に報える主人にもなれない。
命を賭けなきゃいけないような生き方は、間違ってる。
そうだ、俺の為に命を賭けるなんて、根本が間違ってる、ハインも、サヤも、本当なら……っ。
「あの!そんな言い方、やめて下さい!」
腹の底で暴れ出した恐怖に、一瞬気を取られた。
その隙に、サヤがルオード様にくってかかり、想像してなかった事態に度肝を抜かれてしまった。
さ、サヤ駄目だよ! その方は常識的なことを仰ってる、何も間違ってないんだ!
「高給の為に家族の命を天秤にかけろと仰る、その神経を疑います!
騎士、貴族階級は仕方がないのかもしれません、そういった役職であり、立場なのでしょう。納得はできませんけれど!
貴族階級の身分ある方は、手当もありますし、家名や財産が身を守ってくれるでしょうけれど、民にはそんなものありません! 家族を失って、職も失って、残った者だけで生きていくことが、どれほど苦しいものか、想像したことはありますか⁉︎ それがどんな不条理な死でも、受け入れるしかないんですよ⁉︎
先程の、ユミルさん姉弟の話を、なんだと思って聞いていたのですか‼︎」
「サヤよせ! この国の常識に則って考えれば、普通のことなんだよ!
それにサヤのその態度は不敬にあたる、口を慎みなさい‼︎」
「不敬? それがなんやいうの! 口答えも許さんて、そうやって人を押さえ込んでるて、なんで分からへんの‼︎
ほんまに真面目に、民の声聞こうとする人は、口調や身分にとやかく言わへん! 耳に痛いことくらい聞いとける!
そんなハリボテみたいな当たり前に胡座かいとるから、鈍感になっていくんや! 人の死を、数を数えることにしていけるんや‼︎」
何がサヤをそこまで怒らせたのか、分からない。けれど、咄嗟にサヤの頭を抱え込む様に抱き締めた。そのまま身体で庇う。これ以上、口を開けさせてはいけない。サヤが斬り捨てられてしまう!
「申し訳ありませんルオード様、この子はまだ子供です。どうかご慈悲を!
これは私の部下です。責任は私が、どうかっ」
サヤを失えない。そんなことになったら俺は生きていけない。サヤだけは、どうか!
俺の腕を振りほどこうとするサヤを押さえつけ、「お願い、黙って」と、サヤに訴えた。
サヤの気持ちは、その優しい言葉は嬉しい。けれど、この世界にはこの世界の常識がある。
いくら心を痛める内容であっても、それを受け入れるしかないんだ。
だけどそれが出来ないから俺は、部下を持たない方を選ぶ。俺は………?
あ…………サヤが怒ったのは、俺の為だ……。
俺が言葉に出来ない葛藤を、俺のかわりに口にしたのだ。
俺の考えは間違ってない、正しいと、肯定する為に怒ってくれたのだ。
「良い、レイシール、その子の言葉はもっともだ。
すまない、君が民に愛される理由は、きっとそこなのだな……」
ルオード様の言葉に、サヤが暴れるのをぴたりと止めた。
「そうか……そうだな、本当に、その子の言う通りだよ……。
我々は、民に口を利くことを許していない……、民の声が、届くはずがないな。
サヤといったか、その子の言葉が、民が飲み込んで、耐え忍んでいる部分なのだな」
髪をぐしゃりとかき回し「私の視野が狭かった。本当に、恥ずかしい限りだ」と、息を吐く。
ルオード様は、お怒りになっていない……、サヤの不敬を、咎める気も無い様子だ。
膝の力が抜けた。
「レイ!」
サヤが腕を伸ばし、俺を支えてくれたけれど、お礼を言える程、俺は今、穏やかな気持ちじゃないからね⁉︎
「サヤ……なんであんなこと言った……。ルオード様じゃなかったら、切り捨てられてたって、文句言えないんだぞ⁉︎」
俺の言葉に、サヤがカチンときたのを悟った。うわっ、火に油を注いだ。俺の馬鹿!
「レイの思想が間違うとるみたいに言うのがおかしいやろ!
そもそも、高給なんやから命かけるんくらい妥協せなあかんって考え方が、大間違いやわ‼︎
洒落にならんハイリスクやのに、リターンが給金以外ほぼ無いやんか! 上がそないな考えでおるから、いつまでたっても上下間のミスマッチが解消されへんねん!
それにそもそも、優しいことを、間違うたことにしてしまう社会が、正しいはずないわ‼︎」
「もう黙って! それにサヤの国の言葉は分からないんだよ!」
だから不敬になるんだって‼ と、とっさにそう言い返すと、サヤの目から雫がこぼれ落ちた。ボロボロと、止まらない。
う、うわあああぁぁ⁉︎ なんで泣くの⁇⁉︎ 俺が言い返したのに傷付いたってこと⁉︎
怒って泣き出したサヤに泡を食った。化粧、化粧が落ちるから、泣いちゃ駄目だ!
「ど、怒鳴って悪かったから! ごめん、分かる言葉で言ってくれたら、ちゃんと考えるから……っ」
「や、やり直しや、失敗がきかん、人生は、間違うとる。
レイが、ユミルさんや村の人、大切にしてるんを、ちゃんと本当の意味で、理解してもらわなあかん思うたんやもんっ。
失敗出来ひんのに、自然災害は、避けられへんのや……。せやから仕方なしに、命がけの仕事、選ばなあかんのんやんか……、なんでそれに気付かへんの、なんでそれを当たり前に出来るん? ユミルさん、それで……っ。
せやのに! あんな言い方、腹が立った‼︎」
ああもぅ……。
怒るに、怒れない……。
サヤをなだめる為と、顔を隠す為に、もう一度頭を胸に抱え込んだ。
そこに、ハインが怒鳴り声を聞きつけた様子で、慌てて駆け込んでくる。
「し、失礼いたしました!
サヤはまだ幼い為、感情が高ぶりますと、言葉が雑になるのです。異国の者である為、この国の常識にも、言葉にも疎く……。私の教育が行き届いておらず、申し訳ありません! ルオード様への不敬は私が詫びます。どうか寛大なご処置を……」
状況を見て、やばいと悟ったらしい。俺たちの前に立ち、頭を深く下げる。
その様子に、ルオード様は笑った。
「そんなに慌てないでくれないか。私は、別に咎めようとは思ってないよ」
そこにマルが口を挟む。
「レイ様、僕、ルオード様と明日からの警備配置について話し合っておきますから、サヤくんを落ち着かせて来て下さい。
まだ幼いとはいえ、 サヤくんだってもう従者なのですから、その態度は改めないと駄目ですよ。そこ、ちゃんと言い含めておいて下さいね」
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転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
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