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後遺症 5

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 朝食の時間までずっと惰眠を貪った。
 寝過ぎて頭が痛い。けれど、膨れ上がってきていた恐怖をもう一度、押し込めることには成功した様だ。
 着替えを済ませて、俺を呼びに来たサヤとともに食堂に行くと、

「やぁ、おはよう、レイシール」

 ルオード様が、食卓についていた。……え?   う、嘘⁉︎

「あ……あの……まさか……こちらに?」
「ああ、昨夜はギルバートの部屋で世話になった。久しぶりに色々話せて、有意義だったよ」
「も、申し訳ありません!   私が……指示を……っ!」

 子爵家の方なのに、近衛をされている方なのに、まさか元使用人の住居に泊まらせてしまうだなんて⁉︎   しかもギルのいる客間にって⁇
 あまりにも無礼な対応に血の気が下がった。慌てて謝罪を始めようとする俺を、ルオード様は手を振って遮る。にこやかに笑みを浮かべて言った。

「いや、館へと案内されかけたのだけどね、私が我儘を言ったのだよ。
 知り合いが一人もいない、しかも家主すら不在の館なんて居心地が悪すぎると思わないか。
 それに、ここならギルバートも、ハインも、マルクスもいる。旧交を温めたかったんだよ」

 だから私の来訪自体を、伏せてもらっているよ。と言う。
 優しい笑顔、優美な物腰は記憶の通りだ。
 そして実際、こちらの不敬を歯牙にもかけていない様子で、それよりも体調はどうだと気遣われてしまった。
 席を立ち、こちらに歩いて来たルオード様が、俺を少しだけ見上げて言う。

「昨日は驚いた。別人の様に立派になっているのだからね。
 ああ、背は抜かれてしまったな」

 立派……。本当にそうなら、良かったのに。

「ルオード様は、王家の……近衛になられたと伺いました……お祝い申し上げます」
「ふふ、ありがとう。とはいえ、末席だよ」
「部隊の長をされていらっしゃるのでしょう?流石ルオード様です」

 近衛に加わるだけでも相当だ。なのに、この方はこの若さで、部隊の一つを率いているのだ。
 柔らかい物腰だけれど、模擬戦では緻密な作戦をきめ細かく管理する見事な将だった。よく覚えている。
 優れた騎士であり、優れた軍師。同じだとは思えない。同じ、妾腹の方とは……。

「ギルバートから、賄いがつくのだと聞いた。我々の部隊は結構な大食漢が多いのだが、大丈夫かい?」

 ……何か不思議なことを言われた。
 賄いがつく?   部隊?   大食漢⁇
 何の話なのかと首を傾げていると、食堂にマルがやって来た。彼が最後の一人だ。欠伸をしながら挨拶をする。

「おふぁようございます。
 あー……ルオード様、どうも、ご無沙汰です」
「やあマルクス、おはよう。
 すまないな、部隊の到着は明日になると思う。大事無いか?」
「ああ、ぎりぎり大丈夫でしょう。明日の昼にメバックの衛兵部隊を帰すことになってるので」
「ま、マル?   ちょっと……」

 何の話をしているのか、分からないんだけど……。

 ギルが、顔を抑えて視線を逸らした。サヤも何か、オロオロと挙動不審気味だ。
 ハインは調理場に消えた。逃げたのか、汁物を温めに行ったのか……どっちだ。

「ああ、レイ様、お待たせしました。楽しみが到着です。まだお一人だけですけど、期日通りに」
「楽しみ?」
「ええ。前にお伝えしてたでしょう?メバック衛兵の借受期間が終わりますから、次の警備要員ですよ」
「………は?   ルオード様は、近衛の、部隊長だよ?」
「ええ。そうですよ?」
「…………ちょ、ちょっと、冗談だよな?」
「まさかぁ、王族の近衛部隊引っ張り出す冗談なんか、かましませんよ。
 ちゃんと正式に受理された派遣ですから安心して下さい。伏せてたのは、極秘の遠征訓練扱いだからです」
「おまっ、お前……何考えてるんだー⁉︎」

 ルオード様の目を気にする余裕など吹き飛んだ。王族近衛部隊を警備に呼ぶって意味が分からないから‼︎
 どんなコネを使ったんだ⁉︎    いくら、いくら学舎で一緒に学んだ間柄とはいえ、そんな、あり得ないだろー‼︎

「いえ、僕のコネではなく。レイ様、貴方のコネです」
「俺にそんなコネあるわけないだろ⁉︎」

 王族の方になんて遠目にでもお会いしたこと無いよ‼︎
 叫びすぎて酸欠になった。ヨロヨロと机に手をつく俺を心配して、サヤが椅子を引き、座らせてくれた。
 ちょっと、ほんと、何がどうなってる……これはいったい、なんの悪夢だ……?

「レイ様のコネですよ。正確にはクリスタ様経由ですねぇ。
 土嚢の軍事における有用性を、レイ様と交友のあった貴族の方々に手紙でお伝えした所、クリスタ様に高く評価して頂けました。その結果、王族の方、姫様の目に触れることとなり、レイ様は近衛になられたルオード様、ユーズ様とも親睦があったということで、この状況です。ほら、レイ様のコネでしょう?
 で、実地訓練が必要ですから、土嚢の作り方、積み方をお教えするついでに、経過観察を兼ねた警備をやって頂けることになったんですよ。
 なんと無償です。食費はうち持ちですけど。有難いですねぇ」

 意識が飛ぶかと思った。
 しかもニコニコ話すマルの横でルオード様までニコニコしているのだ。

「私は嬉しいよ。レイシールと、こんな形で再開できたことを、誇りに思う。
 こちらに来る際、アギー領も通るので、クリスタ様にもお会いして、ご挨拶して来た。
 レイシールのことを、とても気にしておられたよ。ちゃんと元気にしているのかとね」

 そんな風に言われ、ぎゅっと、心臓を掴まれた心地を味わう。
 不義理をした俺に、そんな言葉を、掛けて下さるなんて……。

「……クリスタ様は、今、どうされておいでなのですか……」
「アギーにて、療養中だよ。元々、お身体が強くないからね。それでも、あの方なりに元気にされているよ。
 ……家の事情で、卒業間近に退学したと聞いた。私は長らく知らなかったんだ。悪かったね」
「いえ……私が、誰にもお伝えせず、去ったからです。……不義理なことをして、申し訳ありませんでした」
「良いんだよ。君にとっても急なことだったのだから。
 気持ちの整理が出来なくて当たり前だ。皆、ちゃんと分かっているよ。
 今回の知らせは、皆嬉しかったと思う。君の安否が知れたし、珍しく頼ってもらえたからね。
 レイシールは人の世話ばかりして、なかなか頼って来てはくれない子だったから」

 手が伸びて来て、俺の頭を優しく撫でた。
 胸の奥につっかえていたものが、一つ取れた様な、気持ちが軽くなる、優しさに溢れた手つき。

「そうやって、もう少し、周りに助けてもらえるようになりなさい。
 君は一人で頑張ろうとし過ぎだ。君が思う程、人は完璧ではない。誰だって、他に支えられて、なんとかやっていってるだけなんだよ」

 自立していて、常に穏やかで、素晴らしい方。クリスタ様の従者をされていたルオード様は、誰かに支えられている様には見受けられませんでしたよ……。
 内心、苦くそんな風に思いつつも、ありがとうございますと、口は動いた。
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