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後遺症 1

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 六の月二十九日。もう、雨季が目前だ。

 俺たちは、貴重な二日間を費やして事後処理を終了させた。
 とはいえ、でっち上げの内容だ。強盗団が使用人寮と間違い別館に侵入し、返り討ちにあいました。というもの。
 普通に考えて無い。そんな馬鹿げた理由で間違って強盗に入るなんて、どこの間抜けな駆け出し悪人か。
 まあ、理由なんてどうでも良い。結論が出ればなんだって良いのだ。
 ジェスルの関わる金策に絡む使用人が、欲をかいて横領に手を染めていた。そのことに気付かれたと勘違いし、兇手を使って俺を始末しようとした。それを隠す為のものなのだから。

「もう少し、警戒を続けるべきです。
 まだ二日しか経っていないのですよ?もし近場に潜伏して、レイシール様を狙っていたらどうするおつもりですか!」
「あのな、じゃあ後何日警戒すれば、安全だと思えるんだ?   十日か?   一月か?   一年か?
 はっきり言って、何日経とうが不安だろう?   そして何日待っても安全を確認できる術は無いんだよ。
 それならもう、思い切ってしまった方が良いじゃないか!」
「雨季まであと数日です。最低それまでは待ってください。雨季が過ぎれば、見回りの再開を……」
「それじゃあ工事が終わってるだろ!」
「もう終わりまで待てば良いでしょう!」

 早朝からこんな感じだ。
 夜着を脱ぎ捨て、着替えをしつつ、ハインと押し問答を繰り返していた。
 人足の中に刃物傷のある者はおらず、兇手は交じっていない。それは判明したというのに、残り一人の行方が知れない所為で、日常が取り戻せない。
 だが、兇手の警戒と事後処理とで、俺の忍耐は底を尽きた。
 一刻も早く、日常を取り戻したくて仕方がなかった。

 はじめは、さして意識していなかった。部屋に戻ると、なんとなく気分が塞ぐのも、疲れの所為だと、そんな風に考えた。
 血塗られてしまった部屋の片付けやら、聞き取り、埋葬等の事後処理に追われつつ、工事の進捗状況確認や、一応の問題解決を、関係者に報告したり、やることが山積みだったから、疲れもするだろうと。
 多分、まだ気持ちの整理も出来ておらず、興奮状態だったのもあるだろう。
 夜遅くまでいろいろなことに追われ、倒れるように眠った。
 そして、夢を見た。
 母に手を引かれて歩く、いつもの夢だ。
 その夢で、母に握られた俺の手は、何故か血に染まっていた。                                                                                                                        叫び、サヤに起こされ、その時は、ただいつもの夢だと、それで済んだ。けれど……。
 気付いてしまったのだ。

 実際の俺は、手を汚していないことに。

「おはようございます。レイ様、早朝から申し訳ないのですが、報告です」

 着替えの終わらないうちに、マルがやって来た。
 昨日と同じ服装……こいつ、寝てないな……。だからこそ、こんな早朝から報告に来てるんだろうが……。
 ハインとの喧嘩腰なやり取りも疲れてしまっていたので、そちらは中断して、報告を聞くことにした。俺も、少し頭を冷やさなきゃならない。ハインの心配は最もだと、頭では分かっているのだ。

「まず執事側です。
 ジェスルの金策に、こちらは気付いていない。横領なんて起こっていなかった。
 執事は立場を守り、これからも忠実に任務を遂行すれば良い。
 今まで通り、高級家具や調度品、礼服や装飾品は購入可能。ただ、無かった横領は、これからも無し。という形で、落ち着かせることになりました。
 ジェスルに、僕たちが金策について知っていることは伏せます。
 結構寛大な処置ですねぇ。ただし、次にレイ様を害する気を起こすなんてことがあれば、容赦しませんと、伝えてあります。
 我々は常に情報を得ています。あんなこともこんなことも知ってます。裏切った瞬間、ジェスルの親族がどうなるか、そして貴方自身がどんな末路を辿るか、覚悟しておくように……とまあ、そんな内容ですかね」
「……ものすごく端折ってないか?」
「知らない方が良い部分は端折りましたよ?」
「というか……八割がた、知らなくて良いことなのか?」
「伏せとくのも情報管理のうちですからねぇ」

 報告という名の、伏せ事だらけな話を聞かされる。これ、報告になってるか……?
 執事側の落とし所であるらしい。多分、きっとものすごく聞くに耐えない酷い言葉の飛び交う、死んだ方がマシと思うような恐喝をしてきているのだと思うが、そこは報告出来ないと判断されたらしい。
 マルの鬼役は有名だ。学舎で伝説みたいに、語られていた。相手の趣味や性癖、幼い頃の珍事や家族の秘め事。どこでどうやって調べてきたんだか、相手の記憶を探っているのじゃないかと錯覚してしまいそうな話を淡々と無慈悲に積み上げられ、条件を飲まないと、この先も漏らしますよとチラつかせるのだ。
 それを例の、頭の図書館に片足を突っ込んだ状態でされると、地獄の審判を受けている心地であるらしい。
 俺がマルと同学年になるずっと前に、マルの鬼役は禁止されているので、俺自身はマルのその手管を片鱗しか見たことがない。
 ただ、学舎の卒業生の中には、マルを見ただけで失神してしまう程のトラウマを抱えた人物もいるので、相当なのだと思う。
 貴族であるその人物は、ただの一市民であるマルになんの手出しもできない。恐怖に雁字搦めなのだ。
 ただ、一般人でしかないマルが理由もなしに、貴族相手にそんな荒業に出るわけもなく、その人物は、マルに相当なことをしでかしたという噂だった。

「で、エゴンの方ですが、長年氾濫対策資金の寄付を着服していたのを、息子に告発されたとしました。まあ、ある意味その通りですからねぇ。
 その為、息子への咎めはありません。ただ、店は取り潰しますし、全財産没収。家屋も処分し、横領分の返済に当てます。
 ああ、貸し付けている分は、他の金貸しに割り振り、回収を任せることにしました。酷い内容のものも多いので、借り直し等、管理方法は各店に任せます。手間を取らせますからねぇ、回収分は全て店の収入してもらうかわりに、えり好み無しで引き受けてもらうのを条件にしました。
 あと、ウーヴェの仕事は、彼がきっちり分けてましたので、ウーヴェにそのまま引き継がせることになりました。
 この処分で、エゴンに対する不満は回避できるでしょう」

 長年の横領という罪を、命で贖わないことへの不満を回避する為に、エゴンの貸付た分の回収を他の店に割り振るとした様子だ。回収分が全て店の収益と出来るなら、文句は無いだろう。しかし……。

「それだと、ウーヴェがメバックから離れなれないんじゃないのか?」

 上着の留め金を引っ掛けつつそう聞く。
 店は取り潰され、全財産も没収となるのだ。貸し付けた金が少しでも返るなら良いことなのかもしれないが、それでは返済が残る限り、針のむしろであるメバックに残り続けなくてはならない。そう危惧して聞いたのだが……。

「ええ。離しませんから。エゴンだけ労役で罪を償った後、他領の親戚を頼ることになりそうです」
「えっ、ちょっ、ど、どういうこと⁇」
「ウーヴェを雇います。
 とはいえ、今レイ様の元へは置けませんから、当面はメバックの商業会館使用人に偽装です。
 僕と一緒ですね。あ、組合長の協力は取り付けてありますから、問題無いですよぅ」
「ちょっと!何がどう進んでるのか端折りすぎだ、ちゃんと説明しろ!」

 たった二日で一体何がどうなってる⁉︎ウーヴェを雇うとか聞いてないし!

「はあ、説明は良いのですが、結構長い話になりますし、朝食の後にしませんか?」

 流石に徹夜明けは空腹であるらしい。
 最近きちんと時間通り、三食食べる生活を続けていたからか、前より空腹に耐えられなくなったらしいのだが、それが普通だから。やっと正常な人間になりつつあるようだ。
 そんなわけで、朝食の後に、改めて報告を聞くこととなった。
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