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獣 13

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 日が移り変わる時間に、俺たちは食堂に集合していた。
 調理場にある裏口を利用する為だ。
 そこには黒い装束に身を包み、頭巾と仮面で顔も髪も隠した一団が集結していた。

「なんの悪夢だ……」

 ギルが胡乱な目で見下ろしているのはマルだ。
 彼はサヤと同じ服装だ。つまり、黒い装束なのだが、女装だ。ほんと、なんの悪夢だ。
 ご丁寧に紅まで引いて、しっかり化粧してあったりするのがまた怖い。目元は仮面で隠れているので、鼻から下しか見えないのが救いだ。
 そして、にやぁと笑ったマルが口を開く。

「そりゃあ、徹底的にやりますよぅ。正体バレたくないんで」

 俺は足元の床が崩れたかと思った。ギルも気絶しそうになっていた。ハインは眉間のシワが尋常じゃない。
 マルの喉から出た声が、甲高い、女の様な声だったのだ。

「凄いでしょうこれ。ある特殊な薬草を煎じたものなんですけどねぇ。くそ不味いんですが、半日ほど声が変わるんですよぅ。分量で声の高さもある程度調節できるんですけど、食べ物の味も麻痺するのが難点で……」
「やめろ、喋るな、気色悪い……」

 耳を塞ぐギルに、酷いなぁと、マルが肩を竦める。
 目元の仮面は、目に空いた穴の部分に、色硝子が使われていて、瞳の色を少し変化させている。
 同じものをサヤも身に付けているのだが、彼女の姿勢の良さと、騎士のような凛々しさは健在だ。彼女だけは、身体に武器らしきものは一切身に付けていない。補整着も外し、メリハリのある肢体を黒一色に纏めたサヤは、神秘的な程だ。今は頭巾で見えないが、黒髪を下ろせば、とても美しいのだろうと思う……。
 ……駄目だ。我慢だ俺。今回は、黙って見送ると決めたんだから。

「そんな顔しないで下さい。大丈夫ですから」

 俺を見たサヤが、そんな風に言う。その声に狼狽えてしまった。サヤの声も変わっていたのだ。いつもより高い。マルほどの違和感は無いが、サヤの声とは全く違った。
 サヤも、マルの使った薬草を利用したらしい。

「声もこうですし、髪も目の色も隠してますし、女性の装束です。普段の私を連想する人はいないですよ」
「う……うん……。そうだな。同じとは、思わない。……凄いな」

 うん。連想しないと、思う……けれど……それでも、怖いな。
 俺は、少し迷ったけれど、結局サヤを呼んだ。
 その両手を握り、額に押し当てる。

「出来るだけ、無茶は、しないでくれ……。どうか、自分の安全を一番に考えてほしい。
 サヤに何かあったら、俺はサヤの家族や、カナくんに、顔向けできない……」
「そんな、大げさですよ。大丈夫、他の皆さんもいらっしゃいますし」
「兇手の諸君も同様だ。必ず無事で戻ってほしい。
 本当に危ないと思ったら、引き返して良い。何よりもまず、自身の命を優先してくれ。
 その時は、次の方法を考えれば良いんだから」
「はい……。無茶しないように、気を付けます」

 サヤの隣に立つマルにも、釘を刺しておく。

「マルも、お前は無茶しないとは思うけど……ちょっとでも嫌な予感がしたら、予感に従えよ。勘違いでも良いから……」
「レイ様……心配性の母親みたいになってますよ……。
 そんなに心配しないで下さいって。彼らは兇手の中でも結構な手練れの部類なんですから」
「だから余計に言ってるんだ。責任感だって強いってことだろ。
 けど俺は、仕事の成功より、命を優先してほしいって言ってるんだよ。兇手じゃない。忍の仕事だ。いつもとは違う、初めてのことをするんだから」
「分かってます。取り返しがつく方を選ぶようにしますから」

 女の声で違和感しかないが、マルが苦笑しつつ、首肯した。
 この運動神経無い奴を連れて行くって……本当に大丈夫なのか……。

「三時間で目処が立たなければ戻ること。
 任務完遂次第、集合地点を目指すこと。
 遠吠えを聞いたら、即離脱すること。
 緊急連絡は犬笛を使うこと。
 一組、任務は?」
「エゴンの回収。生存優先。手段は任意。殺人は無し。目撃されずに遂行出来れば最良」
「二組」
「執事の脅迫。手段はマルクス任せ。殺人は無し。目標以外に目撃されなければ最良」
「現場でマルクスなんて呼ぶんじゃないわよぅ?」
「狐って呼ぶわ。狐みたいだもの。この娘は夜ね」
「真っ黒だものね。夜だわ」

 マルが狐。サヤが夜と呼ばれるらしい。
 で、男三人と、ハインをずっと見ていた女性が一組。よく食べてた娘と、ひたすら存在感の薄い女性が二組となる様子だ。

 任務の確認の後は、マルの運搬準備となった。普段は薪を運ぶ為の背負子にマルを座らせる。そして縄でギュと、数カ所を縛った。なんというか……なんともいえない光景だな……。背負子に座る女装男を少女が背負った状況に、何を言えばいいっていうんだ……。

「うああぁぁ、想像以上の地獄絵図だ……」
「ギル……気持ちは分かるけど、なら尚更言葉にするな……」

 なんの冗談だと言いたくなるこの状態で、彼らは至って真面目に、本館に潜入する。
 いや、冗談の様な状況で良かったと思おう。サヤが背負子なしにマルを背負うのに比べれば……直接女装男がサヤにしがみつくより断然マシだ。

「じゃ、後はいつも通りよぅ。行っておいで。良い報告を、待ってるわぁ」
「行って参ります」

 はじめからマルを背負って出発するのは、マルが即座に何かやらかしそうだからだろうなぁ……。
 サヤは、本当にたいした苦でもない様子で、足並みも軽く闇に消えた。それを見送った胡桃さんも、現場の管理者として集合地点に移動するらしい。
 義足の足を、自在に操りつつ闇に消えようとした彼女が、思い立った様に足を止めて、終始無言で状況を見守るのみだったハインに向けて、何かを投げ渡す。

「万が一の場合は、目一杯吹き鳴らしなさいな。
 獣人なら、近ければ耳が千切れそうな騒音だけどぉ、結構遠くでも聞き取れるから、駆けつけるわぁ。護衛を抜けるお嬢ちゃんの分、主人の守りが手薄だものねぇ。
 普段はこんなことしないんだけどぉ、マルクスの主人でもあるし、貴方と同族のよしみってことで。
 まぁ、使うかどうかは、任せるわぁ」

 それだけ言って、闇に紛れて行ってしまった。
 ハインは受け取りはしたものの、それをどうしてよいか、迷っている様子だ。結局、最後は上着の隠しにしまっていた。
 俺たちも、見送りを済ませた為、自室に戻ることにする。
 ちらりとハインを見るが、彼は何事もなかったかの様に、いつもの不機嫌そうな仏頂面だ。
 その襟に、盾の飾りもきちんとある。

 あぁ、眠れぬ夜の始まりだな……。
 どうかみんな、怪我無く無事に、戻ってくれ。
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