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獣 11

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 生まれや前世の行いなど関係なしに、病や不幸が起こるなら、当然、獣人が生まれる理由も、違ってくる。
 サヤの理屈で言うなら、ハインは何も汚れてない。獣人は、ただそう生まれたというだけの、人でしかないのだ。
 そうか、お前はそれに、救われたと感じたんだな。今なら、それが分かる……。

「サヤ……ハインを救ってくれたのは、多分、君だ」
「え?   な、なんの話ですか?」
「いや、良いんだ。こっちの話だから……でも、サヤは女神だよ。俺にとっても、ハインにとっても」
「あ、あの……レ、レイシール様……恥ずかしい話はやめましょうって言ったじゃないですか……」

 腕の中のサヤが身動ぎするが、おれは彼女を離せなかった。
 あの話が無かったら、彼はもっと絶望していたのだと思う。
 もしかしたら、昨日も、思い止まってはくれなかったかもしれない。
 たとえ一時的にではあっても、ハインは残った。この時間は、サヤが作ってくれた時間だ。
 腕の中のサヤの温かさを、噛み締める。この温かさが、ハインの気持ちを少し溶かしてくれていたのだと思うと、ことの外、愛おしく感じた。

「ありがとうサヤ」

 君は本当に、俺の女神だ。
   ここに君がいることを、俺は、喜んではいけないのだと思う。だけど……。
   このぬくもりがここにあることを、好ましく思わずにはいられない。

 ……何故サヤは、異界の者なのかな……。

 この娘はこの世界に必要なのだと思う。
 サヤを手放したくない……こんなに愛おしいのに……帰さなきゃならない…………。
 俺にも、ハインにも、この世界にとっても、彼女は救いであるのに。
 何故、帰さなきゃならない……サヤの世界で、サヤは幸福でいられるのか?   カナくんは、サヤを大切にしてくれるのか?   正直、そうは思えない……。
   サヤを嫌いだなんて、思う奴に、なんでサヤを、託さなきゃならない……。
 俺の方が絶対に、サヤを好きなのに……カナくんより絶対に、大切にするのに……サヤをここに引き止めておくにはどうしたら良いだろう。サヤを手にい……っ!

 駄目だろ⁉︎

 急いでサヤを身体から引き離した。
 今自分が導き出そうとしていた言葉が、鼓動を早くしていた。
 なんて恐ろしいことを……。そんなこと、考えちゃ駄目だって、分かってる筈なのに!    

「レイシール様?」
「あっ……ご、ごめん。サヤを抱きしめたまま、思考に没頭しそうになって……」

 無理やりひねり出した言い訳に、サヤの目が丸くなる。
 そうして破顔した。クスクスと笑う。

「それは、確かに困っちゃいますね。
 レイシール様、下手をしたら、数時間固まってしまいますから」

 疑いなく信じてくれた様子で、笑うサヤが眩しい。
 帰してあげなきゃ駄目だ。そう約束した。家族も、想い人も待っている、サヤの世界なのだ。なのに、何を考えてた……いつからそんな、自分勝手なことを、望むようになってしまったんだ……。

「さあ、話はこれくらいにしよう。この問題は、もうしばらく保留だ。雨季が来たら、嫌でも時間が山程出来る予定だからね。その時じっくり考えよう」
「雨季が来たら?」
「そう。川の氾濫さえ無ければ、凄く暇だ。長雨で外出がままならないんだよ……。雨に監禁される心地なんだ」
「ああ、それは確かに暇そうです」
「それに、サヤはもう、いい加減、眠らないと。夜が辛いよ」
「うーん……やっぱり全然、眠くならないです……」

 小机の湯呑を手に取ったサヤが、こくんとそれを飲んで、また小机に戻す。そして、畳んで端に寄せていた上掛けに手をやった。
 眠くならないと言いながらも、寝るための準備を始めたので、俺も長椅子から立ち上がる。
 すると、サヤがまた「あの…」と、声を掛けてきた。

「お仕事は、ひと段落されたんですよね?」
「うん。もう今日はすることが無い……どうやって時間を潰すかな…」
「じ、じゃあ、まだここに、座っていてもらえますか?」

 え?   だけど……邪魔じゃないかな。

「その……近くにいて下さった方が、いざという時お守りしやすいですし……長椅子は広いので、レイシール様が座ってらっしゃっても、私はちゃんと寝転がっていられますし……えっと……」

 しどもど言葉を探す素振りを見せるサヤが、うつむき気味に言い淀む。その頼りなげな表情に、胸を射抜かれた。
 可愛い……。これはあれか、独りが寂しいということなのか?甘えられてる?
 どうしよう……むちゃくちゃ嬉しい……だけど顔に出すな。なんか、駄目だそれは。

「う……ん。いいよ。じゃあ、ここで本でも読んでおくよ。ちょっと待ってて」

 平静を装って、本棚に向かう。
 本を探すふりをしつつ、顔の火照りを気合いで誤魔化すため、心よ凪げと、呪文の様に繰り返した。
 本を選んでいる余裕なんて無くて、適当なものを手に取って長椅子に戻ると、サヤが長椅子の奥に身を寄せてくれていたので、どこに座ろうかと悩む羽目になる。
 足元はなんか……意識しすぎてる気がする……。かといって、腰の辺りも自分からはちょっと……うう……。

「こちらにどうぞ」

 手でポンポンと、サヤの太腿の辺りの空間を叩かれた。なのでそこに失礼する。

「せ、狭くないかな……」
「大丈夫ですよ。じゃあ、その……あ、ありがとうございます。……おやすみなさい」
「うん、おやすみ……」

 ドキドキしつつ、本を開いたけれど、駄目だった。
 文字が幾何学模様に見えるのは初めてだ……全然頭に入ってこない。
 別に密着してるわけでもないのに、妙に意識してしまう。
 しばらく目を泳がせつつ、なんとなく惰性で頁をめくっていたら、さして時間の経たないうちに、サヤの息づかいが、規則正しくなっていることに、ふと気付く。
 姿勢を変えず、視線だけを向けると、彼女はあっさり、眠りに落ちていた。
 ……寝れないって言ってたのに、案外早かったな……。それとも……俺が側にいる方が、安心、出来たということなのか……?
 しばらく、サヤの寝顔を見つめていた。
 思った以上に、あどけない表情……。瞳を閉じているサヤは、幼く見えるな……。
 前の時は、顔色の悪さが目に付いたけれど、今のサヤはふっくりとした唇も桃色だし、頬も血色が良い。相変わらず睫毛が長くて、きめの細かい肌がとても柔らかそ……駄目だろ見ちゃ!   女性の寝姿を眺めるだなんて、あまりにも、配慮に欠けた行為だ。

 慌てて視線を逸らし、手元に戻す。今度こそ読書だ。これ以上サヤを意識してまうと危険だ。
 すると、自身が眺めているものに唖然とした。
  こんな時に、これを選ぶとは……アミ神の采配?   それともただの偶然?
 俺が選び、膝に乗せていたのは、何故か、フェルドナレンの神話集だったのだ。
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