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獣 4

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 何者かが訪れたのは、そろそろ日付が変わろうかという頃合いだった。
 ピクリと反応したサヤが、大窓の方に視線を向けたのだ。
 ギルさんっ、と、小声で名を呼び、扉を指差す。ギルは心得た様に、扉横に移動して、腰の小剣を抜刀し、ハインも俺の横に移動して来た。そしてサヤは、先ほど反応した大窓横に移動する。

「交渉役か?」
「分かりません……外は、雑音が多くて……でも、一人じゃないです」
「あれ?   複数なの?」
「チッ。なら、兇手の方かもな」
「わざわざ起きてる時に来るかな?」
「知らん。俺は兇手に狙われたことねぇんだから」
「ごもっとも」

 言葉少なにやり取りしつつ、警戒は怠らない。
 俺も、腰帯に挟んである小刀を手に取った。
 襲撃の日からは一応、念入りに鍛錬し直してる。多少マシになっている筈だ。守られる立場とはいえ、隙があれば加勢くらいしても良いだろう。

「交渉役なら、扉から来ると思うんですけどねぇ…」

 と、相変わらずの緊張感無い声音でマルが言い、あ。と、気付いた様に顔を上げた。

「片足が無いですから、変則的な足音でしたら、交渉役ですよ」

 それを聞いたサヤが、即座に床に寝そべった。

「…………はい。杖?   のような音がします」
「義足でしょう。なら交渉役ですね」

 床に伝わる足音を聞いたらしい。起き上がったサヤは、窓の外にもう一度警戒を飛ばしつつ、逡巡する素振りを見せた。するとギルが「俺が行く」と、扉の外に向かう。
 扉を開け放したまま、出て行ったギル。暫くすると「あらぁ?   気付かれたのねぇ」と、女性の声がした。え⁈   女性⁇

「思ってたより手練れなのねぇ。そんな匂いじゃなかったんだけど……。はぁい、マルクス。約束通り来たわよぅ」

 部屋に入って来たのは、黒い外套を纏った、長身の女だった。
 女だということは、声で分かるのだが……顔は見えない。鼻から下だけが見える、陽除け外套の様なものを纏っているからだ。
 背が高かった。ハインと同じくらいか。義足だというが、足取りに不安定さは皆無で、コツリと鳴る左足が実際見えていなければ、気付かなかったかもしれない。
 左足は、太腿からが、棒だった。

「やぁ、お昼ぶりだねぇ。悪いね。ちょっと遠かったでしょ」
「どってことないわよぉ。三本足になれば、走るのだってさして支障無いんだからぁ」

 符丁か?   三本足の意味が分からない……。
 ギルがパタンと扉を閉め、俺の方を見てギョッとしなければ、俺は気付くのにもう少し、遅れていたと思う。

 ハインが、蒼白だった。
 だが、そんな彼の状態になど頓着せず、マルと交渉役の会話が始まる。

「外にいるのは誰?」
「あらぁ?   そこにまで気付かれてるのぉ?   でもそっちの子は、そこまで敏感そうじゃ無いわよぉ?」
「サヤくんがね、手練れなんですよ。全盛期の貴女を思い出すくらいにね」
「へぇ……興味深いわぁ。外にいるのは草。横槍が入らない様に、張っててくれるって言うから、連れて来ただけよぉ」

 交渉役の視線が、サヤに向いた。スンスンと、鼻を鳴らす。少し首を傾げてから、今度は視線が俺の方に向いて、にまぁと、口元が笑った。

「この坊やが……レイ様なのねぇ」
「ええ、僕の主人です」
「良かったわねぇ。貴方みたいな人の主人になってくれる人、奇特だわぁ」
「ホントですよねぇ」

 なんか……気の抜ける会話だ……。二人とも口調が間延びしているからかな……。
 とりあえず、このまま世間話みたいなのが続くのもいただけないので、口を挟むことにする。

「あの、マル……とりあえず、お互いの自己紹介が必要だと思うんだけど」

 だが、俺の差出口は、お気に障った様だ。

「あらぁ、あたしは貴方たち、知ってるから問題無いわぁ。あたしの自己紹介なら、必要無いでしょう?   知らない方が身のためだろうしねぇ」

 嘲る様な、値踏みする様な視線を向けられる。
 目は見えないのだが、チリチリとした視線を感じるのだ。
 一瞬、ゾクリと背中を撫でられた。けれど……異母様の視線に比べれば、害意なんて、無いも同然だ。あの視線に晒されて来たことを、幸運だったと思えたのは初めてだな。そう思いながら、見返す。
 彼女の名前、俺は知らないと困ると思う。彼らとの取引を必要としているのだから。

「俺は知らないと困りますよ。貴女方と取引をする気で、来て頂いたので。
 ここで名乗るのが無理だと言うなら、場所を移します。俺と、貴女と、マルの三人で話をしましょう。それなら、名乗って頂けますか」
「レイ!」
「ギルは、聞かない方が良いよ。お前は使用人を沢山抱える身なんだしね。
 場所を移しましょうか。それとも……」
「駄目です‼︎」

 ガシリと、腕を掴まれた。
 ギリギリと締め上げる様な、強い力。
 視線をやると、ハインが、懇願する様な顔で俺を見ていた。

「お願いですから、やめて下さい……。貴方を、関わらせたくない……」
「あらぁ、酷い言われようだわぁ。貴方の主人、もう関わってるようなものじゃなぁい?」

 交渉役の言葉に、ハインは酷く、傷付いた顔をした。
 俺を掴み、締め上げていた手の力が緩む。

「もう九年も関わっているのでしょぉ?   その間、よくバレなかったわよねぇ?
 まぁ、貴方の血、随分と薄い様だから、殆ど人と変わらなかった……からかしらねぇ。
 でも……それでもやっぱり、違うんだもの。普通なら、誤魔化せなかったと思うわぁ。その坊やと、そっちの商人さん、余程人が良いのか、鈍感なのか……ねぇ?」

 怯えた様に、視線が彷徨う。
 こんな状態のハインは、あまり見たことがない。けれど、二度ほど経験がある。印象に残っているから、よく憶えている……。
 俺を刺した直後と、置いていくと、言った直後。
 だから、とっさに腕を振り解いて、掴み返した。

「大丈夫だ」

 怯えなくていい。
 お前が怖がる必要なんて無いんだ。何を聞かされたって、今までのお前が、お前じゃなくなるわけじゃないだろう?
 瞳を覗き込んで、言い聞かせる。そんな俺たちのやり取りをよそに、交渉役は、急に動いた。

 部屋を風のような速さで突っ切り、サヤに肉薄する。
 片足が義足だとは思えないような素早さだ。
 それに対し、サヤも動いた。彼女は油断してはいなかった。俺たちの会話の間にも、集中を切らさなかったのだ。
 迫って来た交渉役の右腕が胸元に伸びた。その腕を、半歩だけ後退したサヤの左手がふんわりと掴む。次の瞬間、交渉役の膝が崩れていた。

「ぃっ⁉︎」

 くぐもった悲鳴。交渉役の腕を離し、飛び退るサヤ。そして、俺を背に庇い、前に立つ。

「次は、関節を外します」
「いったぁ!   今のなにぃ⁇」
「あぁ、だから言ったのに。サヤは手練れですよって。
 彼女の体術は特殊ですから、予測は難しいと思いますよ?」
「それにしたってぇ、あたしに土をつけるだなんて、尋常じゃないわよぉ~。草が変な動きするから、絶対人じゃねぇだろって言うからぁ、この娘も獣人だと思ったのにぃ」
「匂い、どうでした?」
「人だったわぁ。ちょっと変だったけどぉ」
「そうでしょうねぇ」

 獣人?

 ギルが、息を詰めたのが分かった。
 俺の掴んでいたハインの腕に、グッと、力が篭るのが伝わってきた。
 獣人……。ハインは…………人じゃ、ない?
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