139 / 1,121
獣 3
しおりを挟む
ハインと、夕飯の賄い作りを終えたサヤが戻り、マルとサヤが、情報交換の時間を取ることとなった。
おかげで夕飯が一時間ほど遅れてしまった。ギルが空腹の限界を訴えて、やっと夕飯となったのは、八時を過ぎてから。
マルは久々だと大喜びでサヤの料理に舌鼓を打った。
「なんかねぇ、やっぱりサヤくんの料理は美味なんだって実感したんですよ。
食べるのが面倒くさくなるのは、わざわざ美味しくないものを、頑張って食べる気が起きないからなんだって分かりました」
「今更だな……」
「僕、一生餌付けだけはされないと思ってたのに……サヤくんにはされちゃいましたねぇ」
「御託はいいから黙って食え」
マルとギルがしょうもない会話を繰り広げている。この二人は、なんやかんやいいつつ、二人でこんな風に話していることが多い。
けれど、今日はギルが乗り気ではないから、いまいち会話に発展性が無い。理由は分かっている……ハインだ。
ハインは黙々と食事をしている。
特に話すことがない時は、いつもそうではあるけれど、今日は特に、寡黙だった。
昨日、マルが人足の中に兇手を潜ませていた話をした時、彼は激怒した。マルが帰ったら斬って捨ててやると口走り、人足に紛れた彼も、斬りに行こうとした。
必死で止めたのだ。言葉を尽くして、体も張った。ギルは殴られ、口内を切ってしまった程だ。
それで結局、最後にはとうとう、命令する……という形になった。
マルや兇手の彼を害することを禁止したのだ。
俺が、兇手を利用した作戦を提案した時は、まるで絶望したかの様に打ち拉がれ、蒼白になっていた。
それ以後、この状態だ。ハインは、周りの空気がヒリついていると感じる程に、張り詰めていた。
「ご馳走様。美味でした。さぁて、英気も養ったことですし、この後の準備を始めないとねぇ。
レイ様って本当に運が良いですよぅ。通常、交渉役を呼ぶには、数日掛かるんですから。
今回は、僕が一人借りてるので、連絡役が一人メバックに滞在してくれてたんですけどね、その方が交渉役を買って出てくれました」
食器を重ねつつマルが一人で喋っている。
それに合わせて、ハインの鬼気が膨れ上がる。
言葉は発しないが、眼はおかしなほどにギラついていた。
まるで内側に、炎を燃やしているかの様。
「サヤくん、お茶だけ用意しておいてもらえる?
場合によっては数時間話し込むことになるだろうから」
「はい。あの、お茶受けも用意できますよ? クッキーでしたら、半時間ほどあれば」
「えっ⁉︎ じゃあお願いしても良い?」
のほほんと平和な会話を交わすマル。ハインの殺気を感じていない訳ではないだろうに……マルも大概、物事に動じないよなぁ……。そう思いつつ、俺も食事を終え、食器を片付けに掛かる。サヤに手渡そうと席を立つと、ハインの後ろを通り過ぎる時、押し殺した声が俺に問うて来た。
「…………兇手と関わるという意味が、分かっているのですか……。
一度踏み込んでしまったら、もう引き返せないのですよ。二度と」
「勿論、分かってるよ。
だけど万年人手不足の俺が使える手段は限られる。兇手でもなんでも、使えるなら使うと、決めたんだよ」
「エゴンなどの為に、そこまでする必要がどこにあるのです……」
「エゴンの為だけじゃない。工事を無事終わらせる為でもあるし、俺が自分を守る為でもある」
「何故、私に言って下さらないのです⁉︎ 黒幕は、突き止めたのでしょう? 誰でも、私が始末をつけて来ます。必ず。命に代えても!」
「俺は、お前をそんな風に使う気はない。それに、誰かの命を絶つ様な解決を図る気も無い」
食器を、サヤに手渡す。
不安そうな顔のサヤに、大丈夫だよと笑いかけておく。
ギルとマルを伴って、先に戻っておくよと伝えて、俺は自室に向かった。
「……胃に穴が空きそうだ…………」
腹を摩りつつ、渋面のギルがそう零す。
俺も少々疲れていた。そりゃ、反対されるだろうなってことは分かっていた。ハインは過保護だしな。けど、まさかあそこまで頑なだとは思っていなかったのだ。
むしろ……違和感が強い。
ハインは、手段を選ばない。俺を守る為なら、自分は卑怯な手だって平気で使う。
なのに、なんで俺が、兇手を使うことにあそこまで拒否反応を示すのか……。
普段のあいつなら……使えるものはなんでも使おうとする筈だ。
「まあ僕は、彼がああなる可能性は高いと、思ってましたけどねぇ。
あの反応があるってことは、僕の予想は当たってるのかな?
なら、全部を詳らかにしてなかったのは正解でしたねぇ」
ギルの呟きに、意味深な言葉を返すマル。
その言葉に胃を刺激されたのか、ギルが渋面になる。じっとりと半顔でマルを見下ろすが、マルはそんな視線など意に介さない。にんまりと笑って、ギルを見上げた。
「全部伝えてたら、絶対僕、生きてないですよ」
「お前……まだ他にも何か企んでやがるのかよ……。ハインを刺激して楽しいか?」
「楽しいわけないでしょ!
ガクブルですよ、正直本当に生きた心地しないんですから。
けどまぁ……僕ら、一蓮托生なんでしょう? それなら、ハインにだって幸福になってもらわないと困っちゃうのでね」
「ガクブルってなんだよ……」
「あ、サヤの国の言葉です。ものすっごい怖いのを表現する言葉だそうでねっ」
パッと顔を輝かせて、ガクガクブルブルすることの略式だそうでと語り出すマルに、ギルが真面目な話ししてたんじゃないのかよ⁉︎ と、溜息を吐く。
その言葉にマルは、あ、そうでした。と、我に返った様子を見せて、更にギルの精神を削っていた。
全部を伝えてたら……か。それはつまり、俺の思惑とは別に、マルの思惑も、今回のことには含まれている……ってことだよな……。
「マル……兇手を俺が使おうとすることに、ハインがあんな風に抵抗する理由を、お前は知っているのか?」
そう問う。
と、たぶんね。という返事が返った。
普段、基本は陽気なマル。
どんな物事にも動じないし、状況を楽しんでいる。彼にとって、目の前で起こることの全てが情報なのだ。だから、予想外のことが起こると、とても楽しそうにしている。そして、考えに没頭すると、頭の中の図書館に意識が篭るから、表情が固まり、抑揚に乏しい喋り方になる。
食べることよりも知識に貧欲で、食事を忘れてすぐにぶっ倒れる。
そんな奇怪な所が変人だと評されていたわけだが……。
そんな彼が、珍しく、無表情でも、楽しげでもない視線を、俺に向けた。
「僕はね、期待しているんですよ、レイ様に。
ねぇ、レイ様。貴方はハインのこと、どう思ってますか?」
「どう……って? ハインは、ハインだよ」
「彼が何であれ、彼を受け入れられると、自分を信じることが出来ますか?」
「???」
急に真面目に、そんなことを言い出したマルについていけない。
同じ質問を、マルはギルにも贈った。
「九年の時間を信じることができますか?
僕はね、全部が全部、幸せにならなきゃ駄目だと思うんですよ。
だからね、ちょっと痛いくらいは、我慢してもらわないと。
ハインの為だと思うんですよ? ずっとひた隠しにしておけることじゃないとも、思うんです。
特に、レイ様はこれから、人目を引くことになりますからね。自ずとハインもその視界に収まってくることになるわけで、そうすると、彼のことに察しがつく人間も、きっと皆無じゃない。
その時になって、第三者からもたらされた情報が、悪意によるものだったら……僕が今からやることより、酷い結果を招くと思うんですよ」
それ、つまり酷い結果を招くこと自体は決定されてるってことなのか?
だけど、それでも必要だって、言うんだな。
「それはそうと、俺が人目を引くことになるって、どういうこと……」
「あはは、そりゃそうでしょう。そうする為に動くって、僕、前言いましたよ?
貴方の立ち位置をフェルドナレンに作るんですよ。そうなるに決まってるじゃないですか」
「え゛っ、決まってるってどういうこと⁉︎」
「身分でレイ様を守るんじゃないんですよ。人の目を向けることで貴方を守るんです。
ですから、人の目が貴方を注目するのは必然です。避けられません」
駄目だ……説明されても全然意味がわからない……。
だけど、もう進み出してしまっているわけだから、今更どうにもならないんだよな……。
「……まぁ、良いけどね……。
とにかく、今からハインにとって、知られたくないことを俺は知らされて、でもマルはそれを必要だって思ってるんだね?」
「はい」
「それは、前もって教えてもらうわけには、いかないんだ?」
「たぶんって言ったでしょう? 僕は特殊な嗅覚とか持ってないですから、情報からの判断しか出来ないんですよ。
十中八九、僕の考え通りだと思いますけど、確実ではないので、言いたくないです。それに、見ないと分からないとも思うんですよ」
「?」
「当事者同士でないと、分からないんですよ。
それに、思ってても見てみたら違った……なんてことになるのも嫌なので」
「………言ってることの意味が全然分かんねぇよ……」
ギルも分からないか……だよね。
けれど、マルが、必要なことだって言うのなら……それは、信じて進むしか、ないってことだよな。
ギルを見上げると、ギルも俺を見ていた。
ハインとの九年。それは、ギルも同じく共有した九年だ。
喧嘩ばかりしているけれど、二人に絆があることは、知ってる。
「俺にとって……ハインは、ハインだよ。何を知らされようと、俺の知ってるハインが、そうじゃなくなるわけじゃないだろ。俺は、ハインが好きだよ」
「……今更だろ。今から何が出てきたところで、たいして変わらねぇと思うけどな」
「じゃあ、それを、事実を知った後、ハインに伝えてあげて下さい。
そうすれば多分、僕の首の皮も繋がります……。正直僕の命が掛かってるのでホント、お願いしますよ。
一応サヤくんにも守ってってお願いしておいたんですけどね……ハインが本気だと卑怯な手を駆使してきますから、サヤくんの腕を掻い潜ってくる可能性もあるんですよ!
レイ様、お願いします。僕が刺される前に必ず止めて下さい」
「いや、もう命令してあるから……マルは刺されないよ。兇手の彼も」
「流石レイ様! 頼りになますねぇ‼︎」
だから僕の首、まだ繋がってたんですね! 実は六割の確率でハインに殺されると思ってたんですよ! と、いつもの調子に戻ったマル。
言動が軽いからいまいち信憑性に欠ける……。けれど、彼が俺たちを一蓮托生だと言い、みんなが幸福にならなければいけないと言ったのは、その通りだと思うから……その言葉を信じることにする。
……まぁ、もうさ、マルの奇行は今更だし。部下にするって決めた時点で覚悟はしてる。だから、あれも用意したんだけどね……。
「交渉役は、何時頃来るの?」
「深夜です。人目を避けるとどうしてもそれくらいの時間になるのでね」
「そうか……で。兇手を使ってエゴンを救出するって話、マルは却下って言ったけど、結局どうしようと思ってるんだ?」
兇手の彼らに『忍』という別の生き方を模索する話。
そのついでに、エゴンを救出し、黒幕の殻を奪うと共に、横領の証拠を確保しようと提案した俺だったが、マルには、それでは足りないと言われ、却下されたのだ。
結構良いこと思いついたと思ったのにな…。俺の天啓ってその程度でした。
「んふふ。レイ様の案も悪くはないんですよ? だけどね、もっと貧欲にならなきゃと思うんですよ。
これも前、言いましたよね?最大限の利益を得るべきだって。
わざわざ兇手まで使うんですよ? 相手と同じ土台に立つんです。なら、実力の差を見せつけてやらないとねぇ。反抗する気が起きないように」
兇手社会は実力が全てですからね。と、マルは言う。
使う兇手の実力差を見せるってことなのか?何か違う意味にも聞こえたが……マルの考えてることは複雑すぎて読めない……。
「まあ、任せて下さいよ。そこは僕がきっちり詰めときます。
悪い様にはしませんから、大船に乗ったつもりでいて下さい。そのかわり、ハインの舵取りは任せますから。ホント、頼みますから」
兇手よりハインが怖いのか……。まあ、あいつ恨むと長いしな……。
エゴンを救出したら、サヤの腕の怪我についても謝罪してもらう方が良いかな……多分あれもまだ根に持ってるよな……。
そんな風に考えながら、交渉役が出向いてくるまでの時間を待つこととなった。
おかげで夕飯が一時間ほど遅れてしまった。ギルが空腹の限界を訴えて、やっと夕飯となったのは、八時を過ぎてから。
マルは久々だと大喜びでサヤの料理に舌鼓を打った。
「なんかねぇ、やっぱりサヤくんの料理は美味なんだって実感したんですよ。
食べるのが面倒くさくなるのは、わざわざ美味しくないものを、頑張って食べる気が起きないからなんだって分かりました」
「今更だな……」
「僕、一生餌付けだけはされないと思ってたのに……サヤくんにはされちゃいましたねぇ」
「御託はいいから黙って食え」
マルとギルがしょうもない会話を繰り広げている。この二人は、なんやかんやいいつつ、二人でこんな風に話していることが多い。
けれど、今日はギルが乗り気ではないから、いまいち会話に発展性が無い。理由は分かっている……ハインだ。
ハインは黙々と食事をしている。
特に話すことがない時は、いつもそうではあるけれど、今日は特に、寡黙だった。
昨日、マルが人足の中に兇手を潜ませていた話をした時、彼は激怒した。マルが帰ったら斬って捨ててやると口走り、人足に紛れた彼も、斬りに行こうとした。
必死で止めたのだ。言葉を尽くして、体も張った。ギルは殴られ、口内を切ってしまった程だ。
それで結局、最後にはとうとう、命令する……という形になった。
マルや兇手の彼を害することを禁止したのだ。
俺が、兇手を利用した作戦を提案した時は、まるで絶望したかの様に打ち拉がれ、蒼白になっていた。
それ以後、この状態だ。ハインは、周りの空気がヒリついていると感じる程に、張り詰めていた。
「ご馳走様。美味でした。さぁて、英気も養ったことですし、この後の準備を始めないとねぇ。
レイ様って本当に運が良いですよぅ。通常、交渉役を呼ぶには、数日掛かるんですから。
今回は、僕が一人借りてるので、連絡役が一人メバックに滞在してくれてたんですけどね、その方が交渉役を買って出てくれました」
食器を重ねつつマルが一人で喋っている。
それに合わせて、ハインの鬼気が膨れ上がる。
言葉は発しないが、眼はおかしなほどにギラついていた。
まるで内側に、炎を燃やしているかの様。
「サヤくん、お茶だけ用意しておいてもらえる?
場合によっては数時間話し込むことになるだろうから」
「はい。あの、お茶受けも用意できますよ? クッキーでしたら、半時間ほどあれば」
「えっ⁉︎ じゃあお願いしても良い?」
のほほんと平和な会話を交わすマル。ハインの殺気を感じていない訳ではないだろうに……マルも大概、物事に動じないよなぁ……。そう思いつつ、俺も食事を終え、食器を片付けに掛かる。サヤに手渡そうと席を立つと、ハインの後ろを通り過ぎる時、押し殺した声が俺に問うて来た。
「…………兇手と関わるという意味が、分かっているのですか……。
一度踏み込んでしまったら、もう引き返せないのですよ。二度と」
「勿論、分かってるよ。
だけど万年人手不足の俺が使える手段は限られる。兇手でもなんでも、使えるなら使うと、決めたんだよ」
「エゴンなどの為に、そこまでする必要がどこにあるのです……」
「エゴンの為だけじゃない。工事を無事終わらせる為でもあるし、俺が自分を守る為でもある」
「何故、私に言って下さらないのです⁉︎ 黒幕は、突き止めたのでしょう? 誰でも、私が始末をつけて来ます。必ず。命に代えても!」
「俺は、お前をそんな風に使う気はない。それに、誰かの命を絶つ様な解決を図る気も無い」
食器を、サヤに手渡す。
不安そうな顔のサヤに、大丈夫だよと笑いかけておく。
ギルとマルを伴って、先に戻っておくよと伝えて、俺は自室に向かった。
「……胃に穴が空きそうだ…………」
腹を摩りつつ、渋面のギルがそう零す。
俺も少々疲れていた。そりゃ、反対されるだろうなってことは分かっていた。ハインは過保護だしな。けど、まさかあそこまで頑なだとは思っていなかったのだ。
むしろ……違和感が強い。
ハインは、手段を選ばない。俺を守る為なら、自分は卑怯な手だって平気で使う。
なのに、なんで俺が、兇手を使うことにあそこまで拒否反応を示すのか……。
普段のあいつなら……使えるものはなんでも使おうとする筈だ。
「まあ僕は、彼がああなる可能性は高いと、思ってましたけどねぇ。
あの反応があるってことは、僕の予想は当たってるのかな?
なら、全部を詳らかにしてなかったのは正解でしたねぇ」
ギルの呟きに、意味深な言葉を返すマル。
その言葉に胃を刺激されたのか、ギルが渋面になる。じっとりと半顔でマルを見下ろすが、マルはそんな視線など意に介さない。にんまりと笑って、ギルを見上げた。
「全部伝えてたら、絶対僕、生きてないですよ」
「お前……まだ他にも何か企んでやがるのかよ……。ハインを刺激して楽しいか?」
「楽しいわけないでしょ!
ガクブルですよ、正直本当に生きた心地しないんですから。
けどまぁ……僕ら、一蓮托生なんでしょう? それなら、ハインにだって幸福になってもらわないと困っちゃうのでね」
「ガクブルってなんだよ……」
「あ、サヤの国の言葉です。ものすっごい怖いのを表現する言葉だそうでねっ」
パッと顔を輝かせて、ガクガクブルブルすることの略式だそうでと語り出すマルに、ギルが真面目な話ししてたんじゃないのかよ⁉︎ と、溜息を吐く。
その言葉にマルは、あ、そうでした。と、我に返った様子を見せて、更にギルの精神を削っていた。
全部を伝えてたら……か。それはつまり、俺の思惑とは別に、マルの思惑も、今回のことには含まれている……ってことだよな……。
「マル……兇手を俺が使おうとすることに、ハインがあんな風に抵抗する理由を、お前は知っているのか?」
そう問う。
と、たぶんね。という返事が返った。
普段、基本は陽気なマル。
どんな物事にも動じないし、状況を楽しんでいる。彼にとって、目の前で起こることの全てが情報なのだ。だから、予想外のことが起こると、とても楽しそうにしている。そして、考えに没頭すると、頭の中の図書館に意識が篭るから、表情が固まり、抑揚に乏しい喋り方になる。
食べることよりも知識に貧欲で、食事を忘れてすぐにぶっ倒れる。
そんな奇怪な所が変人だと評されていたわけだが……。
そんな彼が、珍しく、無表情でも、楽しげでもない視線を、俺に向けた。
「僕はね、期待しているんですよ、レイ様に。
ねぇ、レイ様。貴方はハインのこと、どう思ってますか?」
「どう……って? ハインは、ハインだよ」
「彼が何であれ、彼を受け入れられると、自分を信じることが出来ますか?」
「???」
急に真面目に、そんなことを言い出したマルについていけない。
同じ質問を、マルはギルにも贈った。
「九年の時間を信じることができますか?
僕はね、全部が全部、幸せにならなきゃ駄目だと思うんですよ。
だからね、ちょっと痛いくらいは、我慢してもらわないと。
ハインの為だと思うんですよ? ずっとひた隠しにしておけることじゃないとも、思うんです。
特に、レイ様はこれから、人目を引くことになりますからね。自ずとハインもその視界に収まってくることになるわけで、そうすると、彼のことに察しがつく人間も、きっと皆無じゃない。
その時になって、第三者からもたらされた情報が、悪意によるものだったら……僕が今からやることより、酷い結果を招くと思うんですよ」
それ、つまり酷い結果を招くこと自体は決定されてるってことなのか?
だけど、それでも必要だって、言うんだな。
「それはそうと、俺が人目を引くことになるって、どういうこと……」
「あはは、そりゃそうでしょう。そうする為に動くって、僕、前言いましたよ?
貴方の立ち位置をフェルドナレンに作るんですよ。そうなるに決まってるじゃないですか」
「え゛っ、決まってるってどういうこと⁉︎」
「身分でレイ様を守るんじゃないんですよ。人の目を向けることで貴方を守るんです。
ですから、人の目が貴方を注目するのは必然です。避けられません」
駄目だ……説明されても全然意味がわからない……。
だけど、もう進み出してしまっているわけだから、今更どうにもならないんだよな……。
「……まぁ、良いけどね……。
とにかく、今からハインにとって、知られたくないことを俺は知らされて、でもマルはそれを必要だって思ってるんだね?」
「はい」
「それは、前もって教えてもらうわけには、いかないんだ?」
「たぶんって言ったでしょう? 僕は特殊な嗅覚とか持ってないですから、情報からの判断しか出来ないんですよ。
十中八九、僕の考え通りだと思いますけど、確実ではないので、言いたくないです。それに、見ないと分からないとも思うんですよ」
「?」
「当事者同士でないと、分からないんですよ。
それに、思ってても見てみたら違った……なんてことになるのも嫌なので」
「………言ってることの意味が全然分かんねぇよ……」
ギルも分からないか……だよね。
けれど、マルが、必要なことだって言うのなら……それは、信じて進むしか、ないってことだよな。
ギルを見上げると、ギルも俺を見ていた。
ハインとの九年。それは、ギルも同じく共有した九年だ。
喧嘩ばかりしているけれど、二人に絆があることは、知ってる。
「俺にとって……ハインは、ハインだよ。何を知らされようと、俺の知ってるハインが、そうじゃなくなるわけじゃないだろ。俺は、ハインが好きだよ」
「……今更だろ。今から何が出てきたところで、たいして変わらねぇと思うけどな」
「じゃあ、それを、事実を知った後、ハインに伝えてあげて下さい。
そうすれば多分、僕の首の皮も繋がります……。正直僕の命が掛かってるのでホント、お願いしますよ。
一応サヤくんにも守ってってお願いしておいたんですけどね……ハインが本気だと卑怯な手を駆使してきますから、サヤくんの腕を掻い潜ってくる可能性もあるんですよ!
レイ様、お願いします。僕が刺される前に必ず止めて下さい」
「いや、もう命令してあるから……マルは刺されないよ。兇手の彼も」
「流石レイ様! 頼りになますねぇ‼︎」
だから僕の首、まだ繋がってたんですね! 実は六割の確率でハインに殺されると思ってたんですよ! と、いつもの調子に戻ったマル。
言動が軽いからいまいち信憑性に欠ける……。けれど、彼が俺たちを一蓮托生だと言い、みんなが幸福にならなければいけないと言ったのは、その通りだと思うから……その言葉を信じることにする。
……まぁ、もうさ、マルの奇行は今更だし。部下にするって決めた時点で覚悟はしてる。だから、あれも用意したんだけどね……。
「交渉役は、何時頃来るの?」
「深夜です。人目を避けるとどうしてもそれくらいの時間になるのでね」
「そうか……で。兇手を使ってエゴンを救出するって話、マルは却下って言ったけど、結局どうしようと思ってるんだ?」
兇手の彼らに『忍』という別の生き方を模索する話。
そのついでに、エゴンを救出し、黒幕の殻を奪うと共に、横領の証拠を確保しようと提案した俺だったが、マルには、それでは足りないと言われ、却下されたのだ。
結構良いこと思いついたと思ったのにな…。俺の天啓ってその程度でした。
「んふふ。レイ様の案も悪くはないんですよ? だけどね、もっと貧欲にならなきゃと思うんですよ。
これも前、言いましたよね?最大限の利益を得るべきだって。
わざわざ兇手まで使うんですよ? 相手と同じ土台に立つんです。なら、実力の差を見せつけてやらないとねぇ。反抗する気が起きないように」
兇手社会は実力が全てですからね。と、マルは言う。
使う兇手の実力差を見せるってことなのか?何か違う意味にも聞こえたが……マルの考えてることは複雑すぎて読めない……。
「まあ、任せて下さいよ。そこは僕がきっちり詰めときます。
悪い様にはしませんから、大船に乗ったつもりでいて下さい。そのかわり、ハインの舵取りは任せますから。ホント、頼みますから」
兇手よりハインが怖いのか……。まあ、あいつ恨むと長いしな……。
エゴンを救出したら、サヤの腕の怪我についても謝罪してもらう方が良いかな……多分あれもまだ根に持ってるよな……。
そんな風に考えながら、交渉役が出向いてくるまでの時間を待つこととなった。
0
お気に入りに追加
837
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。
Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる