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兇手 2
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「貴方が一班の班長か」
「人は見かけじゃねぇよな? お互いによ」
「そうだな。貴方のそれが演技じゃないならそうだね」
「へぇ…演技だと思うのか?」
「基本は、素だと思ってる。けど、素行悪そうにしてるのは演技だね」
俺の返答に、男の笑みが深くなった。
そっちが俺を観察してるのと同じ様に、俺もしてるんだよ。と、笑っておく。
「一班は常に成績が良かった。最下位は未経験だ。
特に、土囊積みが優秀だ。他の面々も評価は高いんだが、積むことに関しては、貴方が突出してる」
「そうだろ? 俺は優秀なんだよ」
「その腕でよく十日間、凌いだと思うよ。賞賛に値する」
「……へぇ……マルの旦那に聞いたのかよ?」
「いや、何も。ただまぁ、俺も似たようなものだからかな」
男は、この暑い最中もずっと長袖を着用していた。作業中も、指示を飛ばし動かないことが多かった。しかし、現場を隅々まで見て、班を上手く統率している。利き手は左である様なのに、食事は右手を使っていた。
「延長の意思があるかどうかを聞きたい。貴方の成績なら、日当を銀貨一枚とするのも吝かではないくらいに、評価してるよ。出来れば残って欲しいな」
「……あんた俺の腕、使えねぇの分かってんだよな?」
「腕を使うだけが仕事じゃないだろ」
一班は練度が非常に高い。しかし、土嚢の数が少ない。だいたい一人が作れる平均的な分量が、常に不足している。けれど、不満の声が上がらなかったのは、この男の人徳と、手腕故だと思う。
初対面の印象の悪さそのままの人物なら、班を上手く使うことは出来なかったろう。
「不便は不便だよな…。だけど、だからって何も出来ないわけじゃないだろ。
貴方は腕が使えないぶんを補うものを持ってる。だから延長して欲しいと思うだけだ。
それに……多分貴方は、腕を隠して仕事を受けた訳じゃないだろ」
俺の弁に、今までニマニマ笑っていた男の視線が、初めて揺れた。
この男は、たまに左手も使っていた。だが長時間は使わない。多分、使えない。だが、利き腕だから、つい何かの折に、先に動くのは左手だ。例えば、無精髭の生えた顎をざらりと撫でたり……。
俺は自身の右手を男の前に突き出した。
薬指と中指の傷。白いそれは、くっきりとよく見える。男の前で、拳を握る。しかし、薬指は上手く曲がらず、中途半端に浮いた状態だった。これが、俺の手だ。
「敢えて選ばれたんだよな。工事の遅延と妨害を狙って。
どちらに雇われたかは分からないけど、貴方は仕事に責任と誇りを持ってる。それは日々を見てれば知れることだ。
始めのあのひと騒動と、今の俺とのやりとりが、本来の仕事ぶん?きちんとこなす辺りが義理堅いな」
「……腕がこんなだからな。まともな仕事なんてそうそうねぇんだよ」
やっと俺から視線を外した男が、そう言って腕を組んだ。
袖口から大きな傷がちらりと見える。
「全く使えねぇわけじゃ、ない。暫くは動く。が、すぐに震えてきやがってよ」
「だが、貴方の土嚢積みは素晴らしいよ。人を使ってあれをやれるところが特に。
マルには、早々に知られたのか?だが、何も言わなかったんだろう?
マルの評価は正しいよ。腕の事情を含めても、雇うだけの価値がある」
「……あんた、俺はあんたを抱けるって言ったのに、侮辱だとは思わねぇのか」
そんな風に男が言うから、俺はチラリと視線をサヤにやった。
若干、嫌そうではあるが、体調を崩したりはしていない……。
「口先だけだったからね。本気で言ってる奴の気持ち悪さはそんなもんじゃないからな」
俺のその返答に、男は目を見開き、次の瞬間吹き出した。
ツボに入ってしまったらしい。机に突っ伏すようにして、ひたすら笑う。
そして、最後に「降参だ。アァ腹いてぇわ」と、呻いた。
「あんた寛大だなぁ。マルの旦那があんた推す意味分かっちまったわ」
「……随分マルと親しいような口振りだな」
「そりゃそうさ。俺ぁとっくに、旦那の軍門に下っちまってるからなぁ」
…………は?
「腕の不備は二日目に指摘されたんだよ。ただ情報と引き換えに居座って良いって言われてよ。
こっちの知ってることはもう全部伝え済み。骨折り損だったなぁご子息様。
まあ、ただ金貰うってのは俺の性分に合わなかったんでな。賃金ぶんは俺の払えるもんで払わせてもらった」
「……それはどうも」
「お貴族様ってのは……鼻持ちならねぇ奴らばっかだと思ってたのになぁ……。
あんた、随分毛色が違うな。生き辛そうだぜ」
そう言われて、俺は生き辛いのだろうかと考えた。
ん……たしかに、ひと月ほど前までは、そうだった。けど……。
「どうかな……。今は案外、幸せだと思えるんだがな」
一人でいる必要は無いと、皆が、言ってくれたから……。
持てと、望めと、言ってくれたから……。
俺を、必要だと、言ってくれたから……幸せだ。
「……あんた、その顔はやめた方が良いんじゃねぇか?……マジで抱けそうだぞ」
男が半眼で舌舐めずりするものだから、ゾワリと身の毛がよだった。
「やめてくれ。その趣味は無い。で、延長するのか、しないのか、どっちなんだ」
「ここまで言われてまだ雇う気あんのかよ……ほんと胆が据わってんな……。
する。あとな、三十人程は上手く使う自信がある。もう少し人数を任せてくれりゃ、もっと良い仕事をするぜ」
「分かった。念頭に置いておこう」
男が席を立ち、口笛を吹きながら去って行った。
サヤがサッと、男から距離を取ったのは恐怖故であろう。俺も怖かった。こいつマジだと思った。
俺は鳥肌の立った腕をさすりつつ、ギルを振り返る。
「なぁ、俺一体どんな顔してたんだ?」
「後ろに居たのに見てるわけねぇだろ」
「……じゃあなんでそんな……笑ってるんだよ……」
「や、だいたいどの顔かは推測できるからな」
「ええぇぇ」
ま、いいんじゃねぇの? と、ギルは言う。
「あのおっさん的には抱ける顔だったってだけで、他はそうとは限らないだろ?」
「思い出させるなよ!」
「人は見かけじゃねぇよな? お互いによ」
「そうだな。貴方のそれが演技じゃないならそうだね」
「へぇ…演技だと思うのか?」
「基本は、素だと思ってる。けど、素行悪そうにしてるのは演技だね」
俺の返答に、男の笑みが深くなった。
そっちが俺を観察してるのと同じ様に、俺もしてるんだよ。と、笑っておく。
「一班は常に成績が良かった。最下位は未経験だ。
特に、土囊積みが優秀だ。他の面々も評価は高いんだが、積むことに関しては、貴方が突出してる」
「そうだろ? 俺は優秀なんだよ」
「その腕でよく十日間、凌いだと思うよ。賞賛に値する」
「……へぇ……マルの旦那に聞いたのかよ?」
「いや、何も。ただまぁ、俺も似たようなものだからかな」
男は、この暑い最中もずっと長袖を着用していた。作業中も、指示を飛ばし動かないことが多かった。しかし、現場を隅々まで見て、班を上手く統率している。利き手は左である様なのに、食事は右手を使っていた。
「延長の意思があるかどうかを聞きたい。貴方の成績なら、日当を銀貨一枚とするのも吝かではないくらいに、評価してるよ。出来れば残って欲しいな」
「……あんた俺の腕、使えねぇの分かってんだよな?」
「腕を使うだけが仕事じゃないだろ」
一班は練度が非常に高い。しかし、土嚢の数が少ない。だいたい一人が作れる平均的な分量が、常に不足している。けれど、不満の声が上がらなかったのは、この男の人徳と、手腕故だと思う。
初対面の印象の悪さそのままの人物なら、班を上手く使うことは出来なかったろう。
「不便は不便だよな…。だけど、だからって何も出来ないわけじゃないだろ。
貴方は腕が使えないぶんを補うものを持ってる。だから延長して欲しいと思うだけだ。
それに……多分貴方は、腕を隠して仕事を受けた訳じゃないだろ」
俺の弁に、今までニマニマ笑っていた男の視線が、初めて揺れた。
この男は、たまに左手も使っていた。だが長時間は使わない。多分、使えない。だが、利き腕だから、つい何かの折に、先に動くのは左手だ。例えば、無精髭の生えた顎をざらりと撫でたり……。
俺は自身の右手を男の前に突き出した。
薬指と中指の傷。白いそれは、くっきりとよく見える。男の前で、拳を握る。しかし、薬指は上手く曲がらず、中途半端に浮いた状態だった。これが、俺の手だ。
「敢えて選ばれたんだよな。工事の遅延と妨害を狙って。
どちらに雇われたかは分からないけど、貴方は仕事に責任と誇りを持ってる。それは日々を見てれば知れることだ。
始めのあのひと騒動と、今の俺とのやりとりが、本来の仕事ぶん?きちんとこなす辺りが義理堅いな」
「……腕がこんなだからな。まともな仕事なんてそうそうねぇんだよ」
やっと俺から視線を外した男が、そう言って腕を組んだ。
袖口から大きな傷がちらりと見える。
「全く使えねぇわけじゃ、ない。暫くは動く。が、すぐに震えてきやがってよ」
「だが、貴方の土嚢積みは素晴らしいよ。人を使ってあれをやれるところが特に。
マルには、早々に知られたのか?だが、何も言わなかったんだろう?
マルの評価は正しいよ。腕の事情を含めても、雇うだけの価値がある」
「……あんた、俺はあんたを抱けるって言ったのに、侮辱だとは思わねぇのか」
そんな風に男が言うから、俺はチラリと視線をサヤにやった。
若干、嫌そうではあるが、体調を崩したりはしていない……。
「口先だけだったからね。本気で言ってる奴の気持ち悪さはそんなもんじゃないからな」
俺のその返答に、男は目を見開き、次の瞬間吹き出した。
ツボに入ってしまったらしい。机に突っ伏すようにして、ひたすら笑う。
そして、最後に「降参だ。アァ腹いてぇわ」と、呻いた。
「あんた寛大だなぁ。マルの旦那があんた推す意味分かっちまったわ」
「……随分マルと親しいような口振りだな」
「そりゃそうさ。俺ぁとっくに、旦那の軍門に下っちまってるからなぁ」
…………は?
「腕の不備は二日目に指摘されたんだよ。ただ情報と引き換えに居座って良いって言われてよ。
こっちの知ってることはもう全部伝え済み。骨折り損だったなぁご子息様。
まあ、ただ金貰うってのは俺の性分に合わなかったんでな。賃金ぶんは俺の払えるもんで払わせてもらった」
「……それはどうも」
「お貴族様ってのは……鼻持ちならねぇ奴らばっかだと思ってたのになぁ……。
あんた、随分毛色が違うな。生き辛そうだぜ」
そう言われて、俺は生き辛いのだろうかと考えた。
ん……たしかに、ひと月ほど前までは、そうだった。けど……。
「どうかな……。今は案外、幸せだと思えるんだがな」
一人でいる必要は無いと、皆が、言ってくれたから……。
持てと、望めと、言ってくれたから……。
俺を、必要だと、言ってくれたから……幸せだ。
「……あんた、その顔はやめた方が良いんじゃねぇか?……マジで抱けそうだぞ」
男が半眼で舌舐めずりするものだから、ゾワリと身の毛がよだった。
「やめてくれ。その趣味は無い。で、延長するのか、しないのか、どっちなんだ」
「ここまで言われてまだ雇う気あんのかよ……ほんと胆が据わってんな……。
する。あとな、三十人程は上手く使う自信がある。もう少し人数を任せてくれりゃ、もっと良い仕事をするぜ」
「分かった。念頭に置いておこう」
男が席を立ち、口笛を吹きながら去って行った。
サヤがサッと、男から距離を取ったのは恐怖故であろう。俺も怖かった。こいつマジだと思った。
俺は鳥肌の立った腕をさすりつつ、ギルを振り返る。
「なぁ、俺一体どんな顔してたんだ?」
「後ろに居たのに見てるわけねぇだろ」
「……じゃあなんでそんな……笑ってるんだよ……」
「や、だいたいどの顔かは推測できるからな」
「ええぇぇ」
ま、いいんじゃねぇの? と、ギルは言う。
「あのおっさん的には抱ける顔だったってだけで、他はそうとは限らないだろ?」
「思い出させるなよ!」
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