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命の価値 11

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 話し終えるまでに掛かった時間は、ほんの一時間程度だった。
 母のことを伏せ、異母様らとの誓約のことを伏せ、としていくと、語れることは削られる。
 しかも、たった数日の出来事だものな……。その中でも、あの人と共に過ごした時間は少ない。語れることは、本当に、少なかった……。
 俺は長椅子で横になっていた。
 思いの外、削られた。何って、気持ちをだ。
 あの人の記憶が頭の中で廻るのだ。笑顔が。声が。髪の隙間から覗く美しい瞳が。頭を撫でる、カサついていた手が。左の額にあった大きな傷が。足を引きずって歩く後ろ姿が。……っ。ああ!

 両腕で目元を隠した。
 駄目だ、泣くな。
   あの人を死なせたのは俺だ。俺がそれを引き寄せた。言い逃れなんて出来ない。
   なにが心配だっただ。結局俺は、人恋しさで、甘えて、あの人を巻き込んだ。
 温もりを手放したくなかったんだ。
 俺のことを知らない、優しい人につけ込んだ。
 結果が、これだ。
 だからもう二度と、誰も巻き込みたくなかった……俺のせいで刈り取られる命なんて、作りたくなかった……!    だから人形でいなきゃいけなかった。だけどそれも出来なくて……、ギルの優しさに甘えて、周りの優しさに甘えて、俺は結局今こうして、ここにいる。
 気持ちが淀んでいた。悪夢の後のように。俺は間違ってしまったと、そんな風に考えてしまう。怖くて、身が震えた。
 俺は間違ったかもしれない……いや、きっと間違ってる。ギルやハインが今ここにいることが……サヤが今、ここにいることが!
 どうしよう、あの人みたいにしてしまう。今からでも、どこか安全な場所に……っ。やっぱり俺との縁なんて断ち切ってもらった方がいい、その方が絶対に良い!    だってそうだろう、たまたま今まで皆無事でいたというだけで、これから先なんて保証されていないんだから!
 俺と時間を共有していくってことは、常にその危険と隣り合わせってことで、それがこれからもずっと続くってことで、そんな状況にみんなを、巻き込みたくない……っ!

「酷い顔になってんぞ」

 ギルの声に、俺はびくりと身を震わせた。

「今考えてること当ててやろうか。
 どうやって俺たちを遠ざけよう。あんな風にしたくない。また間違ってしまった。
    そんな風なこと、ぐるぐるぐるぐる、飽きもせず考えてんだろ」
「……腕があるのに、顔が見えてるわけないだろ」
「バッカ、こんな時のお前の顔なんか、見飽きるぐらいに見慣れてる」

 ハインは部屋を出て行った。お茶を入れなおしてきますと、それだけ言って。
 サヤは、自室だ。少し、気持ちを落ち着けてきますと、退室した。
 両目を赤くしていたから心配だ。きっと怖かったろう、嫌な話を聞かせてしまった。自分の身がこんな危険なものに委ねられているだなんて考えたら、いてもたってもいられないだろう。
 そうだ、今が良い機会かもしれない。サヤをギルに託して、意匠師として、メバックで暮らせば良いんだ。サヤを元の世界に帰す方法が分かるまで、そこで安全に……。
 ガシッと、頭を鷲掴みにされた。

「くだらねぇこと考えんな。今お前、すげぇ良からぬこと考えてんの、筒抜けだぞ」
「良からぬことって……」
「良からぬに決まってんだろ。
 俺はお前の親友辞めねぇし、ハインはお前の従者辞めねぇよ。サヤだってきっとそうだろ。お前が何企もうと、絶対にお前との縁は切らない。
   お前の過去がどうだろうと、何が起こってようと、覚悟してるって前言ったよな。聞いても、やっぱ変わんなかったぞ、俺の気持ちは。
 俺は、お前の親友辞めねぇよ。これからも絶対。お前の傍にいる。これは、俺たちが自分で決めることだ。俺たちの領分だ。お前が口出しすることじゃない」

 そう言ってから、頭を掴んでた手を離して、一度撫でた。
 そうしてから「よく、話してくれたな……。本音を言えば、もっと早く聞きたかったけどな」と、言葉を続ける。

「そうか……。そうだよな……、お前優しいから、全部自分の所為だって考えちまったんだなってのは、よく分かった。
 けど……俺は、その人は、自分のために動いたんだって、思うけど」
「は?」

 ギルの言い出したことの意味が分からず、俺は腕で顔を隠したまま聞き返す。

「その人はさ、お前ほっとけなかったんだよ。
 お前のことを大切にしたいって思ったんだよ。
 時間なんて関係ないだろ?    誰かを大切だって思えるかどうかなんて。
 お前と触れ合って、お前を好きになったんだよ。お前のために何かしてやりたいって、思ったんだよ。
 自分がそうしたいって思ったから、動いたんだ。
 傭兵やってたって人が、命引き換えにしてでもなんて、考えてなかったと思うぞ。出来る。してやれると思ったから、動いた。
 結果は……まあ、あれだったけど……お前を恨んじゃいない。自分で決めて動いた結果だから。
 ……聞いてる限り、その人は、そんな人だ。
 話を聞いただけの俺に何が分かるって、思ってるかもしれないけどな……分かることもあるぞ。その人がお前にどんなことを思ったか、とかは、たぶん」

 俺たちと一緒だろ。と、ギルは言った。

「だから、自分が納得するために動いたんだ。その人自身にも、何かあったのかもな、お前を守りたいって思う理由が。
 けどお前は、その人に申し訳なく思うよりも、先にすることがあるだろう?」
「…………何を?」
「感謝。
 ごめんよりも、その人が望むのは、ありがとうだって、気がする」

 もうこいつ嫌だ……、俺を泣かそうとでもしているのか?
 だけど言われた言葉には、何かひどく納得できるものがあって、何かがストンと、胸に収まった気がしたのだ。
 あの人は最後、なんて言った?
 いつか、会いに来いって言った。それが別れの言葉だった。
 あの先がどうなるか分かっていたと思う。分かっていたから俺を残して行った。恨み言ではなく、会いに来いって……。死ぬつもりなんてなかったんだ……。絶対生き抜いて、俺と再会する気でいたはずなんだ……。
 そうだ、きっとあの人は、そういう人だった。

「お前はもう子供じゃないし、ましてや一人じゃない。
 しかも今は、立場ってもんがあるだろ?領主代行様。
 エゴンを切って捨てる気がねぇんなら、足掻くしかない。
 少なくとも、腕が二本しかなかった子供のお前より、俺たちと居るお前の方が、伸ばせる腕の数が格段に違う。
 な。
  その人が、お前の為に用意した道を、お前はちゃんと、自分の足で進んだんだ。それで、俺やハイン、サヤが今、ここに居るんだ。
 その人が望んだものをお前はちゃんと掴んでんだ。胸を張れよ。
 友達を作れって言ったんだろ。それは、今のお前を、その人が望んだってことなんだぞ」

 間違ってねぇよ。
 と、ギルは言った。
 そうなんだろうか……本当に?
 だけど聞きたい人は、もういない。
 でも……間違ってないと言ってくれる友が、いる。

「死なないでくれよ……」
「縁起でもないこと言うな。誰が死ぬか」

 その為に色々やってんだぞこっちはと、ギルは笑った。
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