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命の価値 8

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 鶏肉のハーブ焼きは絶品だ。
 サヤがローズマリーと呼ぶ草なのだが、なんで鶏肉がこんな美味になるのか不可解でならない。
 作り方は案外単純なのだ。
 刻んだ大蒜とローズマリーを、阿利布油たっぷりの鍋で、まずはゆっくり熱を通す。香りが出たら強火にし、一口大に切り分け、塩、胡椒で下味をつけて、小麦粉を表面にまぶしておいた鶏肉と、皮付きのまま、適当な大きさに切った馬鈴薯を投入。表面をこんがりと焼く。そうしたら、再度塩、胡椒で味を整えてから赤茄子を放り込み、柑橘類の汁をぶっ掛け蓋をして蒸す。以上だ。
 胡椒はやや高価なのだが、サヤの使い方は無駄がない。
 通常胡椒は、辛みで他の味が飛ぶほどの量を一気に使うのだが、風味付け程度にしか使用しないのだ。
 だから、賄いで、ハーブ焼きをする時の使用は許可していた。俺だって美味な方が良い。
 ていうか、胡椒……今までなんであんな使い方してたのかと思う今日この頃だ。舌がピリピリするだけで美味じゃなかったよなと、今更気付いてしまった。

「うわああぁぁ、草なのに美味い……ありえねぇ~」
「マジか⁉︎    草だったのかこれ!   異国の野菜じゃねぇの⁉︎」

 呑気だと言っていたルカが、ギルと一緒に騒いでいる。
 ハインは不機嫌ながらも黙々と食事をし、ウーヴェは食卓に着いたまま、微動だにしない。
 サヤは俺の横でニコニコと笑顔を振り撒いていた。
 ウーヴェとハイン以外には基本、緊張感は無い。
 食堂の窓にはとばりが下ろされていて、中は伺えなくしてあるし、いざとなればサヤの耳があるのだから、こちらとしては、充分に周りを警戒している状態なのだが、ウーヴェからしたら、無防備もいいところなのだろう。ガチガチだ。
 いつまで経っても食事に手をつけようとしないので、俺はちょっと、意地悪をしてみることにした。

「ウーヴェ……食事に信用が置けないか?   なら俺が毒味に一つ、食べて見せようか」

 そう言って、ウーヴェの皿に肉叉フォークを伸ばす……ふりをする。
 すると、慌てたウーヴェが、違います!   と弁解して、ハーブ焼きを一つ、急いで口に放り込んだ。
 次の瞬間、目を見開いて、咀嚼する。ほらな。と、俺は笑った。

「美味だろう?   鶏肉の料理では、俺はこれが一番好きだな」
「う……は、はい……。とても、美味です」
「ありえねぇよなぁ、これが賄いだぞ。おんなじもんを人足が食ってんだからよぅ……」
「へ?   ええぇ⁉︎」

 あ、やっと表情が動いた。
 愕然としたウーヴェが、原価は?   食費は?   と不思議な部分に食いついてきた。それにはサヤが答える。

「費用としては、一般の賄いと大差ないんですよ。
 通常の現場で賄いとして出されるのは、燻製や乾物が主なのですよね?    手が掛かっているぶん、費用が嵩むけれど、調理が必要無く、日持ちがするのでそちらを利用されていたのだと思います。
 ただ、それだと毎日同じようなものばかりになりますし、美味じゃないですし、栄養も偏るし、体調管理に向きません……。お金を掛けた意味が、あまり無いでしょう?
 ですから、乾物は極力減らして、傷物だとか、あまり日持ちしないものであるとか、安価な食品を仕入れて賄いを作っています。大量購入するので、少し値引きして頂けますし。
 それに、セイバーンは小麦の生産地ですから、麺麭パンに関してはかなり安く工面できるので」

 その言葉に、まさかサヤ様が賄いを?   と、問う。
 こくりと頷くサヤに、ルカが「サヤ坊おかわり!」と、皿を突き出したものだから、ウーヴェは慌てた。

「ば、バカッ!   この方は……っ」
「ウーヴェ」

 咄嗟に呼んで、唇の前に指を立てる。

「……き、貴族の従者の方に、坊、呼ばわりはやめなさい……」

 若干苦しかったがなんとか誤魔化した。
 そんなウーヴェに、ルカはあっけらかんと「サヤ坊がかまわねぇって言ったんだよ」と答えている。サヤも「私の方が年下ですし、様付けされる方が落ち着きません」と言うものだから、ウーヴェは困ってしまったようだ。

「サヤ坊はすげぇぞ。料理の腕前はいっぱしだし、この細っこい腕で結構な怪力持ちだし、さっきも見たろ、強ぇってもんじゃねぇよ。
    ガキなのに従者ってのは伊達じゃねぇな。そのくせ顔はその辺の女より別嬪ときた。ホント嫁に一人欲しいわ」
「…⁉︎
   ルカ‼︎    し、謝罪しろ!    失礼だぞ‼︎」
「あ?    冗談に決まってんだろ。男は嫁に貰わねぇよ」    

 知らぬが花ってやつだ。
 嫁に欲しいと口にされた時は、俺も若干引きつってしまった。
 知っているウーヴェは冷や汗をかいてしまっているな。俺の顔色を伺って挙動不審気味になっている。心臓に悪いやり取りで申し訳ない。けど俺の方をなんでそんなに気にするんだ……。

「ウーヴェ、まずは腹ごしらえだ。しっかり食べなさい。食べないと頭が働かないというのは、方便じゃない。本当だ」
「そうですよ。お腹が空いていると、悪い方にばかり考えが行ってしまいますし、良いことないです」

 俺とサヤに促されて、ウーヴェはおずおずと食事を始めた。食べ始めれば、途中辞めは出来ない。サヤの料理は美味だからな。
 そして、他愛ない会話を楽しんだ。食事の時くらい、ゆっくりのんびりしたら良いと思うのだ。
 現場の話には、ウーヴェも興味を示してくれた。特に、遊戯を行なっていると言った時の驚愕ぶりは面白かった。景品が菓子だと聞いて、仕入値を聞いてきたので、手製だと答えたら更に驚いていた。ほんと、サヤには助けられっぱなしだな。

「サヤのお陰で、現場はとても良い雰囲気なんだよ。
 やはり、食事が美味だと仕事がはかどる。手間は掛かるが、皆が喜んで作業に勤しんでくれているのが分かるから、俺も日々が充実しているんだ。
 が……当面、見回りには出れないか……少し残念だな」

 そう言って溜息を吐く俺に、サヤが「少しの間だけですよ。きっとマルさんが、すぐに犯人を見定めて下さいます」と、慰めの言葉を掛けてくれる。
 そのやり取りに、ウーヴェの表情が固まった。だから俺は先手を取る。

「心配するな。エゴンではないよ。
 あの場では、悪漢に襲われたと言ったが、正しくは兇手きょうしゅだ。其方の父のやり口にはそぐわない。もし、そうであったなら、もうマルが結論を出しているしな」

 その言葉に、ハインの眉間にシワが刻まれた。
 まあ、兇手ではないけど、手は出してきてるからなぁ。文句の一つも言いたいところなのだろう。
 だが、先程のこともあるし、ギルが隣で牽制しているので、グッと堪えていた。
 耐えるハインへ感謝の視線をやってから、今一度ウーヴェを見る。

「二年もの間、付き合いがあるのだから。
 エゴンがそういった手段を取る人間ではないくらいのことは、承知している」
「金の為なら人を騙すし、酷い手口も平気で使う男ですよ‼︎」
「そうだな。だが、権力に対しては低姿勢だよ。
 逆らうべきでないものには、逆らわない。私の様な……貴族とは名ばかりの、大した力を持たない者相手にも、慎重に行動するくらいにはね」

 俺の言葉に、ウーヴェが虚をつかれた顔をする。
 俺は、仮面を被った人たちの、顔色を伺って生きて来た人間だからね。君が思っているより、ずっと臆病なんだよ。
 内心でそう語りつつ、顔には出さないよう、にこりと笑う。
 表情だけじゃなく、いろいろな部分から人は内心を語る。
 貴族社会はそれを探り合うのが日常であるから、どうしたってそれに長けてしまうという、ただそれだけのことなんだけど。

「今回、工事の妨害に、幾人かが手を出して来ている。
 その中の一人にエゴンがいるのだけど、よくよく考えたら違和感ははじめからあったんだ。
 もともとエゴン自身は、貸付を渋る程度の、些細な抵抗しかしてこなかった。
 マルが、虫が二匹と言った時凄くビックリしたんだけど、今思えば、この違和感にビックリしてたんだな。
 エゴンが手を出すとすれば、誰かを使ってとなる筈で、自ら動くとは思えなかった。
 だから、宿屋組合長との取引はエゴンらしい行動だよ」

 だが……マルが言っていた、途中から方針がすり替わったと表現されていた方……。
 なかなか飛ばないと言われていた方の動き方が、飛ばないのではなく、飛びたくなかったのだとしたら、意味が違ってくるなと思った。
 先程ちらりと考えた、役人の更に奥にいる者。
 それが俺よりも上に立っていると判断されたなら、エゴンは嫌々ながらでも、動くだろう。
 ただ、彼の性格からして、言い訳が出来る、建て前程度の動きに止めるのではないかと思えた。
 だから、なかなか飛ばない。そう表現される動きになったのではないか……?
 うん………ちょっと見えて来た気がするな。

「先程ウーヴェは、無関係とは思えないと言ったな。
 自らここに来て、そう言うからには、エゴンと何かあった。違うか?」

 そう問うと、驚愕の顔から、更に血の気が下がった。当たりだな。
 予想できるのは、エゴンの動きに、指示していた相手が痺れを切らしたか……怒りを買ったか……その辺りだろう。
 そして、エゴンが極力逆らわず、低姿勢となる相手と言えば……。

「……今迄、散々な仕打ちをして来ているご子息様に縋るなど……その様なことが許されないのは、重々、承知しているのです」
「うん。でも、俺しか居なかったんだろう?   貴族絡みなんだな」
「しかも、もう……貴方様に、刺客が差し向けられているというのに……」
「はは、そこは気にしなくて良い。相手の動機の主な部分は、エゴンの動きではなく、氾濫対策の方だと思うよ。エゴンはついで。巻き込まれたのだと思う。
 すまないな。多分、俺の所為でもあるんだ」

 そう言うと、ウーヴェは堪え切れなくなった様に、涙を流した。そして、いいえ、違いますと首を振る。
 その肩にルカが腕を回す。

「まったく、しょうがねぇ親父さんだよな。お前、ほんと貧乏くじ引くよなぁ」

 そう言いつつ、手を離さない。その姿が、なんだか俺にとってのギルや、ハインを思わせて、俺は胸が暖かくなる。

「良いんだよウーヴェ。言って。話を聞く約束だったろう?
 してやれることがあるかどうかは分からないから、安請け合いは出来ない。
 しかし、セイバーン領内のことなら、頼まれなくても俺の領分だよ。これでも一応、領主代行という生業なんだ」
「切って捨てる方が、手っ取り早い筈です」
「それは嫌いなんだ。やらなければならないとしても、最後の最後にしたい。
 前も言ったろう?貴族らしくあろうとはしてるんだけど……俺は結構、不出来なんだよ」

 ハインが苦虫を目一杯口に放り込んで噛み砕いている様な顔だ。
 切って捨てれば良いのに!   と、全身で言っているが、そこは堪えてもらう。
 そんなハインに、ギルが「レイなんだから仕方ねぇだろ。諦めろ」と、諭している。

 この二人はまだ、話の先に気付いていない。
 けれど、きっと俺が何を言おうと、関わろうとしてくるのだろう。そんな二人だ。
 マルは……どこまで察したろうな……けど、彼ならもう、相手を見定めているかもしれない。
 かつては関わりたくないと言っていた貴族社会だけれど、俺に恩を返すと自ら俺に言う程には、覚悟をしているってことだろうし。もしくは、身を隠し続けるなり、取引で安全を確保するだけの自信があるってことだろう。

 サヤは……?

 視線をやると、サヤは黙って、俺を見ていた。
 今までの話で、何をどこまで知ったかは、正直分からない。
 ただ、静かに俺の言葉を聞いている。どうするのかを、問うている。そして、視線が絡まると、ふんわりと微笑んだ。任せてとでもいう様に。
 関わるなと言っても……駄目なんだろうな……。命の危機にすら、迷いもしなかった娘なのだし。

 エゴンが、俺より上に立つと判断した者。
 しかし、異母様や兄上ではありえない。あのお二人は、まだ工事のことを知らないはずだし、狙うなら、俺ではなく、俺の周りだ。
 だから、身内ではない。その近辺だな。
 異母様や兄上と関わりがあって、俺のセイバーン男爵家内での立ち位置を知っていて、それでも、俺を消して構わないと思い、行動できるような位置にいる相手。
 俺を狙ってくれるなら、俺は動ける。命を粗末にする気は無いけれど、俺の周りを狙われるより、余程動きやすい。相手には、覚悟してもらおう。ここはセイバーンだ。うちの領民を好き勝手されてたまるか。

「父が……姿を消しました……。
 俺は昨日、夜のうちに家から出されました。好きな所に行けと。荷物も用意されていて……問答無用でした。
 父は、自分はもう、行けるところまで行くだけなのだと、最後に言葉を残しました。
 今朝、もう一度話し合おうと店に戻ったのですが、閉まったままで……。
 半日探し回ったんです!   でも……分からなかった……」

 ウーヴェの言葉は俺の予想を超えていた。
 まさかのエゴン失踪。どういうことだ?
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