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命の価値 5

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 嫌な顔をして笑う兄上に、それが言えなかった。言えていたら、あの人は死なずにすんだかもしれないのに。
 僕だけにして。僕が嫌いなら、僕だけ壊せばいい、なんでそうしてくれない、ずっとお願いしてるのに、なんでそうしてくれないんだ‼︎

「…ィ、レイ!」

 全身を圧迫されて息が詰まった。
 全力で暴れて、少し緩んだ隙に息を吸い込むと、汗の匂いがした。

 あ…………。

 あのひとも、こうしてくれた……。

「悪かった。すまん!    そんなつもりじゃなかったんだ!
 お前が、生きる算段をしてなかったって、サヤが言うから……また自分を犠牲にすりゃ済むとでも思ってんだと……すまん!」

 必死に謝るギルの声が、頭の上の方からした。
 気がついたら、頬がギルの胸板に押し付けられていて、俺はどうやら、抱き締められていた。
 直前の、ぐちゃぐちゃしていた思考と、引きずり出してしまった嫌な記憶に吐き気がする。
 これ以上圧迫されたら吐くっ!
 なんとかギルを押しのけて、込み上げてくる吐き気を必死で抑えた。
 落ち着け、落ち着け、あれは昔のことだ。俺はもう間違わない。誰も犠牲になんてしない。あの人みたいにしない。俺はもう、何もできない子供じゃない……。

「悪かった……、ちょっと、混乱、しただけだから……」

 なんとかそう言えるようになって、俺はその場にへたり込んだ。
 ヤバかった……。また崩れてしまうかと思った……。
 工事が待ったなしで、刺客に狙われてるって状況で、部屋に引き篭もってられるわけがない。
 安堵から盛大なため息を吐いていると、ギルが湯飲みに水を注いでくれた。
 それを震える手で受け取って、一口だけ飲んだ。

「ほんと悪かった……。
 あれは別段、お前を責めるつもりで言ったんじゃなかったんだ……。
 兇手に襲われた時、お前が、身を守ることを、一切考慮していない様に見えたとサヤが言うから……いつもの悪い癖が出てんだと思って、ついあんなことを口にした。
 サヤを犠牲にしてでもなんて、言うべきじゃなかった」
「……いいよ……俺もおかしかったんだ……。
 ギルが本心から、そんなことを言わないことくらい、分かってる」

 分かっていたのに……重なってしまったんだ。

 居心地悪く二人して沈黙した。
 お互い何を言えば良いのか迷っている感じ。
 俺は、今、晒してしまった醜態が、どうせギルに話さなきゃならないことの一部だということを、どう伝えようかと考えていた。
 崩れてしまいかけたばかりなのに、あの人のことを口にするのが怖い……。
 だが、言わなければギルは心配するんだろうし、気に病むだろう。
 良い機会であるのかもしれない……。そういえば、サヤにも言いかけて、言えないままでいた。
 そんな風に思っていると、頭を抱えていたギルが、先にぼそりと、言葉を吐いた。

「……あんなこと言った直後に、お前にまた不快な思いさせたらごめんな。
 けど、俺は、サヤがお前の傍に居てくれて、本当に良かったと、心底思ったんだ。
 サヤが逃げないでいてくれたから、お前が今ここに居る。
 さっきのお前見ると、そうとしか思えねぇよ……。
 お前さ……サヤを逃した後、自分は、どうするつもりだったんだ?」

 そんな風に聞かれて、あの時の俺が何を思っていたろうと、思考を巡らす。
 サヤを上手く逃すことができたら……。
 俺は木立の中に身を投じだろう。兇手の持つ飛び道具を無効化する為には、それしかない。
 そして、サヤが行ったと逆方向に逃げるつもりだった。
 川には飛び込まない。俺を確実に追ってもらう為に。
 兇手は逃げる俺を優先して追う。
 正確に息の根を断つことを目的にしている筈だから、俺の身体を確保するために、俺を取り囲もうとするだろう。
 そうして、息絶えたことを確認したら、俺の、髪と眼を、証拠として持ち帰るだろう。
 暗殺ではなく、山賊や盗賊だと思わせる為に、残りの身体は処理されるだろう。顔を潰して川に流すのが妥当か。
 だからせいぜい足掻いて、時間を稼ぐ。
 時間を稼いだだけ、サヤはより安全になる。
 俺は誰も犠牲にせず、相手も目的を達することが出来る。
 そうなれば、もう、サヤは大丈夫だ。

「……………………」

 おれ、は、俺の助かる道は、思い描いていなかった。

「ほらな……。
 それをサヤは感じたんだな。だから怯えた。
 兇手が追いついてきたら、お前が自分を囮に使いそうで怖かったから、腕をベルトで繋いだそうだぞ。
 衛兵が護衛をすると申し出てくれたのに、まるで頓着しないで、いらないと断って、戻る道すがら、次にあんなことがあった時は、ちゃんと一人で逃げるようにと説教されて、自分が狙われたことを分かってるのかと問い詰めたら、分かってる。サヤじゃなくて良かったって、言ったんだよな。
 自分が死ぬのを、当たり前みたいに受け入れていて怖いって、サヤは言ってたんだ……」

 サヤの表情の意味がそんなことだったなんて……考えつきもしなかった。
 サヤは、俺を心配して、怒って、泣いて、ギルを呼んでくれたのか……。
 結局また、全部、俺の為……。

「……俺はサヤに感謝してる。
 お前に逃げろって言われたのに……逃げずに、お前を護ってくれた……あの娘は、俺たちからお前が奪われるのを、護ってくれたんだ……」

 そう言ったギルが、急に泣きそうな顔をして、俺の頭をぐしゃりと掻き回した。
 そのまま首に手が回されて、引き寄せられて「無事で良かった……」と、すぐ耳元で声がして、これじゃあまるで、俺がいなくなると困るみたいだと思った。
 ギルは優しいから、こんな俺でもいないと困ってくれるのか……?
 与えてばかりで、ギルは何も得ていないと思うのに……。

「ギルは、俺が死ぬのが、嫌?」
「当たり前だ!」
「十二年の投資が無駄になるから?」
「ああもう、お前ほんとバカだな!    今俺そんな話ししてたか?    してないよな⁉︎」

 首に腕を回されたまま、ギルは最低だ!    と、耳元で叫ぶ。
 グイグイと力を入れられて首が苦しい。

「そんなの、お前が大切だからに決まってんだろうが!」

 言われたことの意味が理解できなかった。
 出来なかったけれど、大切だと言われたことに、身体が勝手に反応し、ブワッと顔が熱くなる。

「は?    え?    何言ってるんだ?」
「お前なぁ……親友だって言ってんのに……なんでそこんとこにその反応なんだ……」
「や、だってな……お、俺はギルに助けられてばっかで、何かしてやれたためしがないのに、大切ってことは無いって……」
「はぁ?   あのなぁ、お前は損得関係で友情が成立するって解釈してんのか?   そう思ってんなら殴るぞ」
「思ってないから!   けど……」

 どうにも釈然としない。ギルに大切だと断言される理由が……。
  だけど、ギルは仕方ないなという風に笑う。

「まあ、どうせ自覚してないよな。
 けど、お前は俺たちを救ってるよ。だから、大切だって思うのは、当たり前なんだぞ」

 そんな言い方されると、顔を上げられない……。
 顔の熱が落ち着くまでギルが見れなかった。
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