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命の価値 4
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サヤが落ち着きを取り戻すまで、ギルはサヤにされるがまま、黙ってただ待っていた。
普段のギルなら女性に甲斐甲斐しく世話を焼くのだけれど、サヤの場合、下手に触れたら逆効果かもしれないと考えた様だ。
触れようとしなかったサヤが、自らギルに触れたとはいえ、逆が許されるかどうかは別だと思った様子。だから、縋るサヤに根気強く声を掛け、慰めていた。
「レイ、お前そっちの隅行ってろ。サヤに話聞く。
けど、視界から外れるなよ」
「あのさぁ……ここに兇手が来るとでも? 心配しすぎだと思う」
「お前が心配しなさすぎてるだけだ。窓に近付くなよ。できれば階段の陰に入っとけ」
サヤの手がやっとギルの腰から離れたので、ギルはそう言って俺を追いやった。
サヤに一声掛けて、対角線上にある玄関横に移動する。
だから俺も、言われた通り、階段裏で壁に寄り掛かった。
二人の会話は聞こえない。
ただ、サヤの話をギルが、顔を歪め、聞いているのが気にかかる……。
サヤはギルに何かを語り、時折涙を見せた。
ギルが、サヤに手を伸ばしそうになってハッと止まるのを何度も見かけた。
玄関前にはギルの乗って来た馬が、繋がれてもいないのに、のんびり草を食んで待っている。
玄関閉めに行ったら駄目かな……などと、ちょっと現実逃避をしてみたりしつつ、ただ待った。
…………………………くそ……なんか凄く、イラつく……。
サヤに何かをしてしまったんだろうことは、重々理解した。そうしてしまったことを謝る気もあるし反省する気もあるのに……っていうか、もう何度もそれをしているはずなのに、なんで、こんなことになってるんだろう……。
なんでギルに助けを求めたんだ……。
サヤのあの行動……サヤが、呼んだんだよな……ギルを。
たぶん、マルに頼んだんだろう。
わざわざメバックにいるギルを、呼ぶほどのことか?
俺、そこまでされる様なこと、本当にした? してたのだとしても、こんなに、全く、俺に自覚が無いなんてこと、あるんだろうか……。
何か、もやもやとした気分が、サヤと話すギルを見ていると、キリキリとしたものに変わっていく気がした。
俺には気付けないような何かが、ギルには通じる。ギルとは共有できているのだと思うと、気分が良くない……。
そんな風に思っていた時、ギルがポンと、サヤの頭に手を乗せたものだから、俺の中のイライラがグッと一気に質量を増した。
触れるな……。
それは俺だけだった筈なのに。
サヤは一瞬だけピクリと反応したものの、抵抗しなかった。
少し肩がが強張っている様にも見えたけれど、拒まなかった。
「それはそうと、ハインはどうしたんだ。まずハインには相談したのか」
「ハインさんは……その……それどころじゃない風です…………」
「……あー……分かった。言わなくていい、想像できた。相談できないわな……」
一通りの話を聞き終えたらしいギルが、そんな会話をしながらこちらに二人で連れだって戻ってくる。
だがその途中でピタリと足を止めた。
サヤが、玄関の方へ視線をやっている。
「すいません……何か用事があるみたいです。ユミルさんが、走ってきてるみたいで……」
「ん? 行ってこい。レイの護衛なら俺がしとくさ。悪いが今日もまた泊めてもらうぞ」
「はい……その、本当にすいません、お忙しいのに……」
「馬鹿。呼ばれない方が腹立つっつーの。サヤが行ってる間に、話しとくから、とりあえず先に、化粧直してこい」
ギルにそう促され、はにかみながら礼を言ったサヤが、ほんの少し微笑んだ。
痛い……。
階段を駆け上がっていくサヤを見送ったギルが、玄関に向かう。
放置していた馬を適当な場所に括り付けて、やって来たユミルに少し待っている様に言い含めているのが、途切れ途切れに聞こえた。
俺の役割が減っていく……。
サヤが、ギルでも良いなら、ギルの方が良いに決まってる……。
だって、存在の価値が違うから。望まれない俺と、そうではないギル。まあ、そもそもの問題か。親にすら、必要ないと思われる様な人間が、生きているだけで、誰かを犠牲にしてしまう様な人間が、一体なんの役に立つって言うんだ? 役に立つ気でいたことの方が、おかしいのかもしれない。
「サヤさん、ごめんなさい、切り方を間違えちゃった人がいて……。薄切りで良かったのに微塵切りにしてしまったんです」
「どれくらいの分量?」
「全部です! 夜の賄いぶんを全部刻んじゃったんです」
「ああ、大丈夫ですよ。それは一旦、炒めておきましょう。明日の調理に回せば良いです。
代わりに、明日の材料の玉葱を至急薄切りにしてもらえますか。私も手伝いますから、みんなで分担して……」
化粧を直したサヤが、階段を駆け下りて来て、そのままユミルに捕まった。
連れだって別館を出ていく。その様子を、ギルが見送ってから、くるりとこちらを振り返った。
「……はぁ……お前の馬鹿さ加減には、正直ちょっと絶望するぞ」
そんな風に言われ、イライラが爆発しそうになる。
「そう。申し訳ないね、不甲斐なくて」
「…………その様子だと、本気で分かってねぇんだな……サヤが泣くわけだ」
そう言われてカッとなった。怒りのまま声を荒げようかと口を開く俺に、ギルはズンズンと大股で近寄って来てから首根っこを引っ掴む。
「離せ!なにすん……っ!」
「お前の部屋行くぞ。玄関前で大騒ぎすんな、サヤに届く」
俺の返事など聞く気もないという様子で、そのまま階段に足を向けた。
「サヤが何に怒って、何に泣いてたのか、教えてやる。
まずは、お前の意味不明な言動の理由を教えてもらうからな」
「離せっ! 自分で歩く!」
「はいはい」
まるで子供を相手にする様な態度に腹が立った。
そのまま先に進んだギルが、勝手に俺の部屋に入って行く。俺も後に続くと、ギルはそのまま長椅子まで行き、そこにどかりと腰を下ろした。
「サヤはお前の従者だ。お前を守るのも仕事の一つだ。なのに、なんで開口一番が、逃がす算段だったんだ?」
前置きなしに、唐突に切り出したギルの言葉が、どこを指しているのかはすぐに検討がついた。
「そんなの、当然だろ。サヤに飛び道具の相手させろって? 無手のサヤに?
あの時は、まさか素手で矢を叩き落とすなんて真似ができると思ってなかったから、無茶だと思ったんだ。だから助けを呼びに行けと言った」
「無茶でもなんでも、それが従者の仕事だ。
お前を守るためにサヤは傍に居るんだ。
こんな言い方はしたくないが、貴族であるお前は、サヤを犠牲にしてでも、生き残る算段をすべきだった」
「はっ?何言ってるの?」
あまりの違和感に笑ってしまった。
なんで俺を残して、サヤを犠牲にするの。あの兇手は、俺が目的だったんだよ?
何それ、なんでギルがそんなこと言うんだ。そんな、そんな……。
「俺を狙っている相手に、なんでサヤを差し出す必要が?
俺一人で済むのに、そんなことする意味がどこにあるの」
「あるだろ。お前は貴族。守られるべき立場だ」
「守る価値があればね、それで良いんだと思うよ。だけど、この俺を? 何、言ってるんだよ?」
守られるべき立場……。ここは、そんな場所じゃない。守ってるんじゃない、閉じ込めてるんだ。
ドロドロとした、黒いものが胸の奥で渦巻いている。
いつもなら気持ち悪くて仕方がないそれが、今の俺にはどうでもよかった。そんなものよりもだ。
「俺一人で良いって言ってるんだ。なのになんで、他を差し出す必要が?
ああ、俺はそういう産まれ方したからか。俺の所為だって、なんでもかんでも……こっちの気持ちなんて関係なしに、勝手に供物にしていくのか。
ギルも、それを俺に強いるっていうのか?
ふふ……そんなの…………そんなのは、まっぴらなんだよ!
俺は誰も巻き込みたくないし、自分で支払える対価は自分で支払う!
それがなんで許されないんだ! ふざけるなよ‼︎」
あの人みたいにしたくない。
あんなのはもう、ごめんなんだ!
誰かを壊されるくらいなら、俺は自分が壊れた方がいい。
こんな、必要とされやしない人間なんて、居るだけで誰かを不幸にする人間なんて、いなけりゃいいんだ‼︎
「要らないんだから、もうそれでいいんだよ‼︎
俺はもう間違わない! 俺の所為で誰かが壊れる、後いくつ、俺のために壊されるんだ、もう、一つだってごめんなんだ、何ひとつ嫌なんだよ‼︎」
嫌な顔をして笑う、兄上。
何度間違えば覚えるんだ? あと何人、必要だ?
そう言ってまた笑うんだ。ギルや、サヤに視線をやって、餌を見つけたとばかりに、楽しそうに……!
ほんと性悪だな、悪魔そのものだよ。これで幾つ、お前のためになくなったんだ?
「ぁぁぁああああ、嫌だ、いやだ、ちゃんとやります、だから、どうか、もうまきこまないで。
ぼくは、いうとおりにする。ぼくがいやなら、ぼくだけとって! ぼくだけこわせばいいじゃないか‼︎」
普段のギルなら女性に甲斐甲斐しく世話を焼くのだけれど、サヤの場合、下手に触れたら逆効果かもしれないと考えた様だ。
触れようとしなかったサヤが、自らギルに触れたとはいえ、逆が許されるかどうかは別だと思った様子。だから、縋るサヤに根気強く声を掛け、慰めていた。
「レイ、お前そっちの隅行ってろ。サヤに話聞く。
けど、視界から外れるなよ」
「あのさぁ……ここに兇手が来るとでも? 心配しすぎだと思う」
「お前が心配しなさすぎてるだけだ。窓に近付くなよ。できれば階段の陰に入っとけ」
サヤの手がやっとギルの腰から離れたので、ギルはそう言って俺を追いやった。
サヤに一声掛けて、対角線上にある玄関横に移動する。
だから俺も、言われた通り、階段裏で壁に寄り掛かった。
二人の会話は聞こえない。
ただ、サヤの話をギルが、顔を歪め、聞いているのが気にかかる……。
サヤはギルに何かを語り、時折涙を見せた。
ギルが、サヤに手を伸ばしそうになってハッと止まるのを何度も見かけた。
玄関前にはギルの乗って来た馬が、繋がれてもいないのに、のんびり草を食んで待っている。
玄関閉めに行ったら駄目かな……などと、ちょっと現実逃避をしてみたりしつつ、ただ待った。
…………………………くそ……なんか凄く、イラつく……。
サヤに何かをしてしまったんだろうことは、重々理解した。そうしてしまったことを謝る気もあるし反省する気もあるのに……っていうか、もう何度もそれをしているはずなのに、なんで、こんなことになってるんだろう……。
なんでギルに助けを求めたんだ……。
サヤのあの行動……サヤが、呼んだんだよな……ギルを。
たぶん、マルに頼んだんだろう。
わざわざメバックにいるギルを、呼ぶほどのことか?
俺、そこまでされる様なこと、本当にした? してたのだとしても、こんなに、全く、俺に自覚が無いなんてこと、あるんだろうか……。
何か、もやもやとした気分が、サヤと話すギルを見ていると、キリキリとしたものに変わっていく気がした。
俺には気付けないような何かが、ギルには通じる。ギルとは共有できているのだと思うと、気分が良くない……。
そんな風に思っていた時、ギルがポンと、サヤの頭に手を乗せたものだから、俺の中のイライラがグッと一気に質量を増した。
触れるな……。
それは俺だけだった筈なのに。
サヤは一瞬だけピクリと反応したものの、抵抗しなかった。
少し肩がが強張っている様にも見えたけれど、拒まなかった。
「それはそうと、ハインはどうしたんだ。まずハインには相談したのか」
「ハインさんは……その……それどころじゃない風です…………」
「……あー……分かった。言わなくていい、想像できた。相談できないわな……」
一通りの話を聞き終えたらしいギルが、そんな会話をしながらこちらに二人で連れだって戻ってくる。
だがその途中でピタリと足を止めた。
サヤが、玄関の方へ視線をやっている。
「すいません……何か用事があるみたいです。ユミルさんが、走ってきてるみたいで……」
「ん? 行ってこい。レイの護衛なら俺がしとくさ。悪いが今日もまた泊めてもらうぞ」
「はい……その、本当にすいません、お忙しいのに……」
「馬鹿。呼ばれない方が腹立つっつーの。サヤが行ってる間に、話しとくから、とりあえず先に、化粧直してこい」
ギルにそう促され、はにかみながら礼を言ったサヤが、ほんの少し微笑んだ。
痛い……。
階段を駆け上がっていくサヤを見送ったギルが、玄関に向かう。
放置していた馬を適当な場所に括り付けて、やって来たユミルに少し待っている様に言い含めているのが、途切れ途切れに聞こえた。
俺の役割が減っていく……。
サヤが、ギルでも良いなら、ギルの方が良いに決まってる……。
だって、存在の価値が違うから。望まれない俺と、そうではないギル。まあ、そもそもの問題か。親にすら、必要ないと思われる様な人間が、生きているだけで、誰かを犠牲にしてしまう様な人間が、一体なんの役に立つって言うんだ? 役に立つ気でいたことの方が、おかしいのかもしれない。
「サヤさん、ごめんなさい、切り方を間違えちゃった人がいて……。薄切りで良かったのに微塵切りにしてしまったんです」
「どれくらいの分量?」
「全部です! 夜の賄いぶんを全部刻んじゃったんです」
「ああ、大丈夫ですよ。それは一旦、炒めておきましょう。明日の調理に回せば良いです。
代わりに、明日の材料の玉葱を至急薄切りにしてもらえますか。私も手伝いますから、みんなで分担して……」
化粧を直したサヤが、階段を駆け下りて来て、そのままユミルに捕まった。
連れだって別館を出ていく。その様子を、ギルが見送ってから、くるりとこちらを振り返った。
「……はぁ……お前の馬鹿さ加減には、正直ちょっと絶望するぞ」
そんな風に言われ、イライラが爆発しそうになる。
「そう。申し訳ないね、不甲斐なくて」
「…………その様子だと、本気で分かってねぇんだな……サヤが泣くわけだ」
そう言われてカッとなった。怒りのまま声を荒げようかと口を開く俺に、ギルはズンズンと大股で近寄って来てから首根っこを引っ掴む。
「離せ!なにすん……っ!」
「お前の部屋行くぞ。玄関前で大騒ぎすんな、サヤに届く」
俺の返事など聞く気もないという様子で、そのまま階段に足を向けた。
「サヤが何に怒って、何に泣いてたのか、教えてやる。
まずは、お前の意味不明な言動の理由を教えてもらうからな」
「離せっ! 自分で歩く!」
「はいはい」
まるで子供を相手にする様な態度に腹が立った。
そのまま先に進んだギルが、勝手に俺の部屋に入って行く。俺も後に続くと、ギルはそのまま長椅子まで行き、そこにどかりと腰を下ろした。
「サヤはお前の従者だ。お前を守るのも仕事の一つだ。なのに、なんで開口一番が、逃がす算段だったんだ?」
前置きなしに、唐突に切り出したギルの言葉が、どこを指しているのかはすぐに検討がついた。
「そんなの、当然だろ。サヤに飛び道具の相手させろって? 無手のサヤに?
あの時は、まさか素手で矢を叩き落とすなんて真似ができると思ってなかったから、無茶だと思ったんだ。だから助けを呼びに行けと言った」
「無茶でもなんでも、それが従者の仕事だ。
お前を守るためにサヤは傍に居るんだ。
こんな言い方はしたくないが、貴族であるお前は、サヤを犠牲にしてでも、生き残る算段をすべきだった」
「はっ?何言ってるの?」
あまりの違和感に笑ってしまった。
なんで俺を残して、サヤを犠牲にするの。あの兇手は、俺が目的だったんだよ?
何それ、なんでギルがそんなこと言うんだ。そんな、そんな……。
「俺を狙っている相手に、なんでサヤを差し出す必要が?
俺一人で済むのに、そんなことする意味がどこにあるの」
「あるだろ。お前は貴族。守られるべき立場だ」
「守る価値があればね、それで良いんだと思うよ。だけど、この俺を? 何、言ってるんだよ?」
守られるべき立場……。ここは、そんな場所じゃない。守ってるんじゃない、閉じ込めてるんだ。
ドロドロとした、黒いものが胸の奥で渦巻いている。
いつもなら気持ち悪くて仕方がないそれが、今の俺にはどうでもよかった。そんなものよりもだ。
「俺一人で良いって言ってるんだ。なのになんで、他を差し出す必要が?
ああ、俺はそういう産まれ方したからか。俺の所為だって、なんでもかんでも……こっちの気持ちなんて関係なしに、勝手に供物にしていくのか。
ギルも、それを俺に強いるっていうのか?
ふふ……そんなの…………そんなのは、まっぴらなんだよ!
俺は誰も巻き込みたくないし、自分で支払える対価は自分で支払う!
それがなんで許されないんだ! ふざけるなよ‼︎」
あの人みたいにしたくない。
あんなのはもう、ごめんなんだ!
誰かを壊されるくらいなら、俺は自分が壊れた方がいい。
こんな、必要とされやしない人間なんて、居るだけで誰かを不幸にする人間なんて、いなけりゃいいんだ‼︎
「要らないんだから、もうそれでいいんだよ‼︎
俺はもう間違わない! 俺の所為で誰かが壊れる、後いくつ、俺のために壊されるんだ、もう、一つだってごめんなんだ、何ひとつ嫌なんだよ‼︎」
嫌な顔をして笑う、兄上。
何度間違えば覚えるんだ? あと何人、必要だ?
そう言ってまた笑うんだ。ギルや、サヤに視線をやって、餌を見つけたとばかりに、楽しそうに……!
ほんと性悪だな、悪魔そのものだよ。これで幾つ、お前のためになくなったんだ?
「ぁぁぁああああ、嫌だ、いやだ、ちゃんとやります、だから、どうか、もうまきこまないで。
ぼくは、いうとおりにする。ぼくがいやなら、ぼくだけとって! ぼくだけこわせばいいじゃないか‼︎」
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