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執着 6

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    戻った俺たちを、サヤはにこやかに迎え入れた。「おかえりなさいませ。支度は整ってますから、食堂へどうぞ」と、微塵も曇りのない笑顔で言うのだ。

 食堂には、配膳の済まされた麺麭パンが並び、ギルも席に着いていた。俺たちが室内に入ると、少し遅れてマルが「おはようございます」とやって来る。

「遅い」
「遅くないですって。みんなの朝が早すぎるんですよ」
「お前……主人より遅く起きて来る部下ってどうなんだよ……」
「昨日は遅くまで仕事してたんですよ。大目に見てくださいって」

 ギルとマルがそんなやりとりをし、サヤがクスクスと笑いながら、汁物を配る。
 今日一番朝が早かったのはサヤだ。集会場の調理場で朝の賄い作りを既に終えているのだから。なのに、戻って早々あんな稽古……駄目だ。頭がどうしても考えてしまう……。
 沈んだ表情になってしまっていたのだと思う。サヤが俺の隣の席に着き「先程はすいませんでした」と謝罪してきたので、慌てて首を振った。

「いや……こっちこそごめん……ちょっと……その」
「今日のは特別、吃驚させてしまう鍛錬だったんですよ。
 ギルさんに相手をしてもらえる最終日だったもので、突きと蹴り無しの、投げ業のみで行なっていましたから。
 普段はあそこまでじゃないんですよ?間合いもそこまで詰めなくて良いんですけど……」

 そう言われて、サヤがひたすらギルに肉薄していたのを思い出す。
 そう……か。ギリギリで避けて、あんなに踏み込んでいたのは、そういうことだったか……。
 けれど、それでもサヤの腕や足に切り傷があったことは事実で、正直簡単に安心できる心境では無い。

「最後は俺の勝ちだったな。足使ったから反則だ」
「もう。両手に刃物を持たれると、さすがに投げにくいです。あれは譲って下さい」
「お前、刃物を手放す様にする関節技もあるって言ってただろ。それ使え」
「むうぅ……。次は勝ちます」

 大人気ない態度な気がするぞ、ギル……。
 投げられ、参ったと言っていたのに……そう思いギルを睨むと、ギルは肩を竦めてから朝食に手を伸ばす。
 朝の食事は具沢山の汁物と麺麭だ。俺たちも人足達と同じものを食すのだが、野菜と切られた腸詰めがごろごろした汁物は食べ応えがある。量としては充分だ。

「あ、この汁物食べ易いや。朝の肉って重いけど、これなら僕も大丈夫」
「本当だな。なんか汁も美味い……なんで白いんだか不思議だけどな……」
「良かった。汁物はお代わりもありますよ。白いのは牛乳入りだからですね」
「牛乳⁉︎」
「コクが出て美味しくなるし、栄養満点です」

 当然のことの様にサヤは言うが、ギルとマルは驚愕の顔だ。
 俺はシチューも牛乳を使っていると知っているので驚かない。
 牛乳は日持ちしないので、今まであまり使っていなかったのだが、サヤが来てからは結構定期的に購入していた。
 日持ちしないのが原因で、栄養価が高いのに結構安価なのだ。だから賄いにも最適。

「そういえばサヤくん、今日の景品、大丈夫そうかな」
「はい、牛乳から乳脂も沢山取れましたし、お昼に卵白も沢山余るので、丁度良いのが作れます」
「景品?」
「そうそう。遊戯ですから景品が必要でしょう?やる気も出ますしねぇ。
 土嚢作りで優秀だった班には菓子を進呈するんですよ」
「菓子かぁ。サヤは菓子も作れるんだよなぁ……お前本当なんでもありだな」
「いえ……たいしたものは作れませんから……ほんと、ほんとですよ?」

 和気藹々とした会話に、やっと気持ちが落ち着いてきた。
 俺は会話がひと段落したところで、ギルに問う。

「ギル、今日は……?」
「ああ、昼にうちの荷物がまた来るから、その馬車で戻る。
 これで一応、お前のところからの注文は終了。あとは、契約が纏まったら、また知らせに来ることにするから。まあ、半月後くらいか」
「そうか……」
「あ、それまでにサヤとハイン、その衣装の着心地とか、修正箇所とか、不満とか、なんか要望があったらまとめとけよ。売り出す前に、極力そういうのは洗い出しておきたいからな。急を要する内容は手紙で送れ」

 ギルが二人にそんな風に言うので、そういえばハインもサヤ考案の従者服だったなと思い至り、改めて視線をやった。
 短衣と細袴は見た目の変化が見られないが、よく見てみれば、不思議な形状の上着だった。上着の前と後ろで丈が違うのだ。後ろの方が、少し長い。しかし、そのお陰で腰の剣は上着の中に隠れず、ちゃんと柄が出ている。

「不満……?快適です。
 昨日のサヤの様に肩が出るのはちょっと…と、思っていたのですが、これは出ませんしね。
 腕を動かすと背中がスッとするのが不思議です」
「背中心に細工があるからな。実はその上着は俺も作る予定。良いよなこれ」
「……ギルは普段帯剣しないでしょうに……」
「…良いんだよ。この形が気に入ってんだから」

 ハインが腕を動かすと。背中心が一部開く。しかし、中には布が当ててあるので、本当に穴が空いているわけではないのだが、それでも涼しいらしい。
 爽やかな若草色の上着は、ハインに良く似合っていると思った。

「絽の生地を当ててあるから中は見えねぇんだよなぁ。ほんとこれ、秀逸だ……」
「脇もそうしてあるのですね。手が込んでます」
「お前のは同色で目立たない様にしてあるけど、俺のは色を変えようと思うんだよな。それはそれで良いんじゃないかと思って」
「色を変えるのも良いですね。きっとかっこいいと思います」

 ニコニコと笑みを浮かべサヤが言う。と、サヤはまだ鍛錬中の肩出し膝出しの衣装のままであることに気付いて、慌てて視線を逸らした。
 なんでみんな気にせず普通に話してるんだ……だが着替えて来なさいとも言い難い……。
 俺がサヤの方を見れないまま、食事は進み、食べ終えたサヤが食器を片付ける。

「申し訳ありません、先に失礼して、身なりを整えて来ます」
「いってらっしゃい」

 サヤが退室して、俺はやっと緊張を解いた。
 なんであんな格好で鍛錬してるんだ……薄くとも上着一枚でも着ていれば、切り傷が減ると思うんだが……。

「ギル……サヤは鍛錬の時……いつもあの服装なの?その……妙齢の女性なのに、あれは……」
「あー……俺も言ったんだけどな……服を数枚駄目にしたら、勿体無いからって練習着がああなったんだ。初めの数日は、ちょっとトチることも多かったからな……」
「ギルのことですから、躊躇して剣筋がブレたりしていたのでしょう?
 変な動きをするから生傷が増えるのですよ」
「あのなぁ……俺が好きこのんでサヤに刃物向けてねぇの分かってるよな……。お前じゃないんだから、そんな簡単に割り切れなかったんだよ……」
「それで怪我をさせていたのでは本末転倒ですね」
「……殴るぞ?」

 青筋を浮かせたギルがそう言って拳を握る。
 ハインは素知らぬ顔で、食事を続けている。こいつほんとブレないな……。安定の皮肉だ。
 反省の色がないハインと、サヤを怪我させてしまっている負い目があるギル。だから結局ギルが折れた。はぁ……と、溜息をついて拳を下ろす。

「まあ、サヤの国では別段変わった格好ってわけでもないらしいぞ。もっと短い細袴とか、肩どころか鎖骨の出る服とか、臍の出る服とか女でも普通に着るらしい。意味分からん」
「破廉恥な国なのですね」
「天国の間違いだろ?まあサヤは、あまり露出する服は着たことないって言ってたけどな」

 俺は絶対目のやり場に困って外出できないな……。サヤがあまり着たことないらしい事にホッとした。そんな肌を晒す格好していたら、襲ってくれと言っている様なものだろうと呆れるしかない。だが着てなくても無体を働かれかけたのだから、サヤの不安は相当だよなと思った。

「夏の盛りはもっと凄いらしいぞ。水遊びの時は下着同然の服装らしい」
「ちょっ……何聴き出してるんだよ!」
「水に入る専用の服装なんだとよ。胸当てと下穿きしかないらしいぞ。図面も書いてもらったから見るか?」
「要らない!余計なこと言うな!サヤが体調崩す様な話をよくもまあ聞いたな⁉︎」

 まさかそんな話をさせていたとは。
 だがギルは「サヤの世界では日常らしいからな。別段気持ち悪くなったりもしてないみたいだったぞ」と、取り合わない。
 なんでギルとそんな話をしてそんな図を描いているのか、その状況に至った理由を考えると凄くモヤモヤした。サヤが、ギルに相当気を許しているのだと分かるから、余計だ……。くそっ。

「まあ冗談はさておきだ。
 メバックでやっておくことは無いのか?あるなら言っとけよ」
「あ、じゃあ商業会館に寄って、僕の資料が出来てるか確認しておいてもらえます?出来てたら即、送ってほしいんですけど。ああ、でも送るのが三日後になる様なら、僕がそちらに一日戻るので、必要ありません」
「ややこしい事頼んでくるなよ……まあ、やるけど」
「ギルはそう言ってくれると思ってましたよ」
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