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足枷 1
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会議が無事終わり、俺は応接室にて羽を伸ばしている。
サヤはルーシーと着替えに行き、ハインは各組合長に渡す、資材などの発注書を準備中だ。
マルは何やら昨日の続きのようで、大手を振って資金集めが出来ると部屋に帰ってしまった。
本来なら、俺が一人で応接室にいるのも変なのだが、ギルが一応の、護衛がわりであるようだ。店の方をワドに任せ、ここで一緒にくつろいでいた。因みに俺は執務机で書類の確認。ギルは長椅子に伸びている。
「まあ、無事終わって良かったけどな……明日からどんな予定なんだ?」
「ん? 明日一日は、寄付、貸付の受け取りと、資材の発注やら人員手配やらに使う予定だよ。明後日には、セイバーンに戻る。あっちで資材の受け取りや、置き場所を確保しないとだし」
「ふぅん……。で、サヤはどうするんだ」
「…………どう、するって?」
「馬鹿、お前ずっとそうやって有耶無耶にしてるけどな、もう限界だぞ。
明日には帰り支度も始めるんだろ? サヤにどうするか言ってやらねぇと、色々差し支えるんじゃないのか?」
ギルに言われるまでもない。それは俺も重々承知している。そして結論は既に出ていて、それしかないのだと納得もしている。
ただ、少々悩んでいた。
「……ここに、残るように説得する予定だよ……。サヤはここに残って、資材発注の手はずの確認と管理を、お願いしようと思ってる」
そう伝えると、ギルは、伸びていた長椅子から身を起こした。
じっとこちらを見据えてくる。そうしてから、低い声で「それでいいのか」と、問うてきた。
だから、溜息と共に「よくないと思ってるよ」と、答える。
ギルはそれに、少々面食らった顔をした。なんだよ……だって、うだうだ一人で悩むくらいなら、相談しろって、そっちが言ったんじゃないか。
「良くないと思うから、悩んでるんじゃないか。
夏場の男装は無理だ。ただでさえ俺の周りは人不足で、業務内容が過酷なんだから。男装の厚着で過ごせるわけないだろ。しかもこれから氾濫対策……炎天下で野外活動だ。マルじゃなくてもぶっ倒れるよ。
……とはいえ、ここでも環境は同じだ……。サヤは耳が特殊だから……女性の装いで過ごすことに、苦痛を感じる場合もあるみたいで……。ここで、普通に女性の格好をして、平穏に生活できたならと思っていたんだけど、どうやら俺の見込みは甘かったらしい。サヤが怖い思いをせずに過ごそうと思ったら、男装しておくしかないみたいだ……。
まあ、セイバーンでの過剰労働は論外だとして、ここなら、ギルやワド、ルーシーが、サヤを気遣ってくれるだろう? 街中は無理でも、この屋敷の中でなら多少羽も伸ばせる。
だからやはり、セイバーンより、ここの方が、サヤには良い環境だ。
それに……異母様たちの目が無いというのは、重要だよ。命に直結する身の危険が無い。例え……サヤの気持ちが、どうであろうと、それが一番大切だ」
異母様は、きっとまたサヤに手を出す。俺が何かを持とうとすることを、拒みに来るだろう。
異母様の引き抜きは、そのうち成功する。上手く逃れられる幸運は、きっと続かない。
そもそも、引き抜きで済むとも限らない。
サヤの男装がバレる危険や、異母様の手がサヤに伸びることを考えると、選択肢は他に無い。
「……まあ、サヤの精神面が心配だから、異母様たちがセイバーンを離れている時くらいは……ちょっと数日、遊びに来るくらいは……許さなきゃいけないかなと、多少、妥協する気持ちになっているんだけど」
俺のそんな物言いに、ギルはチッと、舌打ち。「妥協になってねぇよ」と宣った。
うん……分かってるよ。でも、それしかサヤを守る方法が無い。
きっとサヤは怒る。そして、俺の夢のことを心配する。でも、夢で死ぬ訳じゃない。
それなら何を一番優先するかは、決まってる。
「けどサヤは絶対納得しないよなぁ。だからどう言おうかって、悩んでる。
あと……サヤの傍にいてやれないという部分がね……。怖い思いをした時に、また我慢を強いるのかと思うと……これが本当にサヤの為になっているのかと、考えなくもない……」
今日までサヤと過ごす中で、気付いたことがある。
サヤは、不安な時、俺に触れてきたり、俺が触れるのを許す節があるのだ。
とはいえ消去法で俺が選択されているのだと分かっている。
この世界にはサヤの身内も、カナくんもいない。サヤの周りに女性の知人は少なく、事情を知らない者には縋りにくいだろう。
サヤを異界の者だと知っていて、触れられる相手が、俺しかいないのだ。だから余計、俺に触れられることに、気を許しているのだと思う。
「震えていても、縋るものがない……。そんな環境にサヤを置く……。
俺がサヤにしてやれることって、それくらいしかないのになって……。
駄目だなほんと。不甲斐ない主人で申し訳ないよ」
不安な時くらい、慰めてやりたい。抱きしめて落ち着けるなら、いつでもそうしてやりたいけれど、傍にいることが最大の害になるのだから救いが無い。
結局俺がサヤの為にできることは、サヤが望まないことを押し付けることだけなのだ。だけどそれでしか、サヤを守れない。
「明日、お願いするよ……。なんとか言葉を尽くして、分かってもらう。
ギル、サヤを頼めるかな……。ギルの所なら、俺も安心していられるから」
きちんと綺麗な笑顔ができている自信はなかったけれど、なんとか笑ってギルにそうお願いする。するとギルは、しばらく押し黙ったまま、俺を見つめていた。そして、視線を鋭くする。
「…………まあ、俺としては良いけどな……。
けど……さ……。なあ、もし、サヤの体調と、異母様の問題をどうにか出来るなら、お前はサヤを、傍に置いてやる覚悟が、あるのか?」
真剣な顔でそう聞かれ、ちょっとびっくりしてしまった。改まって聞くことか?サヤを守ってやる気があるのかなんて、愚問だよな?今更確認することじゃない。
「サヤを守るのは、初めから決まってることだよ」
そう答えた俺に、真剣な顔でギルは言った。
「本心……そう思ってんなら、な。離れるべきじゃ、ねぇと思うぞ」
「……? いや、無理だよ。俺の傍が一番危険なんだって、分かってるだろ?」
何故ギルがそんなことを言うのか、意味が分からなかった。
そもそも、サヤを男装させるなって言ったのはギルだ。性別を隠す為に厚着をせざるをえないサヤだから、夏の暑さの中で、従者の仕事をこなしていくのは無理だと、そう言ったのだ。
過酷な労働環境に加え、異母様や兄上という、取り払えない危険と隣り合わせ。
サヤを連れ帰るなんて、論外じゃないか。
そう思ったのだが、ギルの意見は違うようだ。
「言ったよな。サヤを守れるのは、お前だけだって。
俺も、お前が心配してる通りだと思うよ。サヤが心底辛いときに、お前、離れてて良いのか?
あいつが苦しかったり、怖かったりしてんのをさ、知らないままでいて、良いのかよ?
本当に大切なら、お前がサヤをきちんと見ておくべきだと思う。お前の手が届く場所に、居させるべきだ」
静かな声音で、真剣な顔で、そんな風に言われ、俺は言葉に詰まった。
たった独りの孤独……。
幼かった頃に感じた、あのなんともいえない、居心地の悪さを思い出す。
必要とされていない、望まれていない。なのに、そこに在るしかない……。
父上に自分から近寄ることは許されておらず、そうすると必然的に、父上と共にある母からも遠去かるしかなかった……。
けれど、幼い子供に孤独は耐え難く、異母様に、兄上に縋るしかなくて、独りでなくなる代償に、持つこと、得ることを更に禁じられた。それを血肉に刻み込む為に……っ。
つい、引き摺られそうになった記憶に急いで蓋をした。
一気に膨らむ恐怖の渦に飲み込まれないよう、頭をギルの話に集中させる。
「サヤ、怒ったよな。無かったことにされたくないって。
あれはさ……お前を失くしたくないっていう、あいつの本音だろ。
お前がそれに応えないでどうするよ?男は女守ってなんぼだろうが」
そうだよ。守らなきゃいけないんだ。サヤをあんな風にしたくないんだ。だから……。
「守る為に、離れるんだろ。
俺だって、俺自身でサヤを守れたらと思うけど、俺自身が害なんだから……」
過去にも、恐怖にも抗えない、役立たず……。
俺が持ってしまったから、失くなった。愛おしいと思ってしまったから、選別された。そして俺はそれに抗えず、羽根を散らし、骨を砕いて、動かなくなる……。
灰色の外套が視界の端をちらついた気がした。
反射的に身を硬くした俺の肩が掴まれ、顔を上げると、酷く険しい顔をしたギルが執務机の向かいで、俺を睨みつけていて、怯んでしまった俺に、イラついた声音で言うのだ。
「あのなぁ! お前、いつまでそうやって、何もしないでいようとすんだよ⁉︎
誰がお前を役立たずにしてんだよ⁉︎ お前自身だろうが‼︎」
ギルは感情表現が大袈裟なタチだ。すぐに抱きつくし、撫で回すし、笑うし怒る。
だけど何やら憔悴したような、疲れたような声音で、吐き出すように声を荒げるのを見たのは、久しぶりだった。
随分と見てなかった……ギルが、脆さを見せるところ……。
「何もやってねぇのに、役立たずって決めてんのは、お前自身だろうが!
だんだん腹が立ってきたぞ、俺は! お前がいつまでもそうやって、お前自身を貶めてるから、俺はずっと、苦しいままだ‼︎
一番苦しいのはお前だって分かってるから、ずっと堪えてきたけどな……こっちだっていい加減、限界だっつーの!
俺はな、知ってんだよ!十二年お前見てきてんだよ!
お前はずっとそうやって、お前自身から目を逸らしてっから、俺の方がお前をよほど知ってんだよ‼︎」
呆気にとられた俺の胸ぐらを掴んで引き上げる。
ガタンと椅子の倒れる音がして、執務机越しに首を締め上げられて息が詰まる。
「ちょっ……はな、せっ、て……」
「離すか。お前、もうガキじゃねぇだろ。
何も出来ないふりしてんじゃねぇよ! いい加減自分を見ろよ‼︎
過去がお前の足枷なのは知ってるよ。それが俺の想像よりよっぽど過酷だったってことも、薄々分かってるよ。
けどお前、それが今のお前に何か関係あるか。今動かねぇ理由になんのかよ?
惚れた女より、自分の過去抱えとく方が大切かよ?
守りたいって口先だけで言ってんなよ! 手の届かない場所にやって、どうやって守るってんだ!」
息が、マジで止まった。
惚れた女って……ちょっ、ちょっとまって⁉︎ なんで知ってる⁇
サヤはルーシーと着替えに行き、ハインは各組合長に渡す、資材などの発注書を準備中だ。
マルは何やら昨日の続きのようで、大手を振って資金集めが出来ると部屋に帰ってしまった。
本来なら、俺が一人で応接室にいるのも変なのだが、ギルが一応の、護衛がわりであるようだ。店の方をワドに任せ、ここで一緒にくつろいでいた。因みに俺は執務机で書類の確認。ギルは長椅子に伸びている。
「まあ、無事終わって良かったけどな……明日からどんな予定なんだ?」
「ん? 明日一日は、寄付、貸付の受け取りと、資材の発注やら人員手配やらに使う予定だよ。明後日には、セイバーンに戻る。あっちで資材の受け取りや、置き場所を確保しないとだし」
「ふぅん……。で、サヤはどうするんだ」
「…………どう、するって?」
「馬鹿、お前ずっとそうやって有耶無耶にしてるけどな、もう限界だぞ。
明日には帰り支度も始めるんだろ? サヤにどうするか言ってやらねぇと、色々差し支えるんじゃないのか?」
ギルに言われるまでもない。それは俺も重々承知している。そして結論は既に出ていて、それしかないのだと納得もしている。
ただ、少々悩んでいた。
「……ここに、残るように説得する予定だよ……。サヤはここに残って、資材発注の手はずの確認と管理を、お願いしようと思ってる」
そう伝えると、ギルは、伸びていた長椅子から身を起こした。
じっとこちらを見据えてくる。そうしてから、低い声で「それでいいのか」と、問うてきた。
だから、溜息と共に「よくないと思ってるよ」と、答える。
ギルはそれに、少々面食らった顔をした。なんだよ……だって、うだうだ一人で悩むくらいなら、相談しろって、そっちが言ったんじゃないか。
「良くないと思うから、悩んでるんじゃないか。
夏場の男装は無理だ。ただでさえ俺の周りは人不足で、業務内容が過酷なんだから。男装の厚着で過ごせるわけないだろ。しかもこれから氾濫対策……炎天下で野外活動だ。マルじゃなくてもぶっ倒れるよ。
……とはいえ、ここでも環境は同じだ……。サヤは耳が特殊だから……女性の装いで過ごすことに、苦痛を感じる場合もあるみたいで……。ここで、普通に女性の格好をして、平穏に生活できたならと思っていたんだけど、どうやら俺の見込みは甘かったらしい。サヤが怖い思いをせずに過ごそうと思ったら、男装しておくしかないみたいだ……。
まあ、セイバーンでの過剰労働は論外だとして、ここなら、ギルやワド、ルーシーが、サヤを気遣ってくれるだろう? 街中は無理でも、この屋敷の中でなら多少羽も伸ばせる。
だからやはり、セイバーンより、ここの方が、サヤには良い環境だ。
それに……異母様たちの目が無いというのは、重要だよ。命に直結する身の危険が無い。例え……サヤの気持ちが、どうであろうと、それが一番大切だ」
異母様は、きっとまたサヤに手を出す。俺が何かを持とうとすることを、拒みに来るだろう。
異母様の引き抜きは、そのうち成功する。上手く逃れられる幸運は、きっと続かない。
そもそも、引き抜きで済むとも限らない。
サヤの男装がバレる危険や、異母様の手がサヤに伸びることを考えると、選択肢は他に無い。
「……まあ、サヤの精神面が心配だから、異母様たちがセイバーンを離れている時くらいは……ちょっと数日、遊びに来るくらいは……許さなきゃいけないかなと、多少、妥協する気持ちになっているんだけど」
俺のそんな物言いに、ギルはチッと、舌打ち。「妥協になってねぇよ」と宣った。
うん……分かってるよ。でも、それしかサヤを守る方法が無い。
きっとサヤは怒る。そして、俺の夢のことを心配する。でも、夢で死ぬ訳じゃない。
それなら何を一番優先するかは、決まってる。
「けどサヤは絶対納得しないよなぁ。だからどう言おうかって、悩んでる。
あと……サヤの傍にいてやれないという部分がね……。怖い思いをした時に、また我慢を強いるのかと思うと……これが本当にサヤの為になっているのかと、考えなくもない……」
今日までサヤと過ごす中で、気付いたことがある。
サヤは、不安な時、俺に触れてきたり、俺が触れるのを許す節があるのだ。
とはいえ消去法で俺が選択されているのだと分かっている。
この世界にはサヤの身内も、カナくんもいない。サヤの周りに女性の知人は少なく、事情を知らない者には縋りにくいだろう。
サヤを異界の者だと知っていて、触れられる相手が、俺しかいないのだ。だから余計、俺に触れられることに、気を許しているのだと思う。
「震えていても、縋るものがない……。そんな環境にサヤを置く……。
俺がサヤにしてやれることって、それくらいしかないのになって……。
駄目だなほんと。不甲斐ない主人で申し訳ないよ」
不安な時くらい、慰めてやりたい。抱きしめて落ち着けるなら、いつでもそうしてやりたいけれど、傍にいることが最大の害になるのだから救いが無い。
結局俺がサヤの為にできることは、サヤが望まないことを押し付けることだけなのだ。だけどそれでしか、サヤを守れない。
「明日、お願いするよ……。なんとか言葉を尽くして、分かってもらう。
ギル、サヤを頼めるかな……。ギルの所なら、俺も安心していられるから」
きちんと綺麗な笑顔ができている自信はなかったけれど、なんとか笑ってギルにそうお願いする。するとギルは、しばらく押し黙ったまま、俺を見つめていた。そして、視線を鋭くする。
「…………まあ、俺としては良いけどな……。
けど……さ……。なあ、もし、サヤの体調と、異母様の問題をどうにか出来るなら、お前はサヤを、傍に置いてやる覚悟が、あるのか?」
真剣な顔でそう聞かれ、ちょっとびっくりしてしまった。改まって聞くことか?サヤを守ってやる気があるのかなんて、愚問だよな?今更確認することじゃない。
「サヤを守るのは、初めから決まってることだよ」
そう答えた俺に、真剣な顔でギルは言った。
「本心……そう思ってんなら、な。離れるべきじゃ、ねぇと思うぞ」
「……? いや、無理だよ。俺の傍が一番危険なんだって、分かってるだろ?」
何故ギルがそんなことを言うのか、意味が分からなかった。
そもそも、サヤを男装させるなって言ったのはギルだ。性別を隠す為に厚着をせざるをえないサヤだから、夏の暑さの中で、従者の仕事をこなしていくのは無理だと、そう言ったのだ。
過酷な労働環境に加え、異母様や兄上という、取り払えない危険と隣り合わせ。
サヤを連れ帰るなんて、論外じゃないか。
そう思ったのだが、ギルの意見は違うようだ。
「言ったよな。サヤを守れるのは、お前だけだって。
俺も、お前が心配してる通りだと思うよ。サヤが心底辛いときに、お前、離れてて良いのか?
あいつが苦しかったり、怖かったりしてんのをさ、知らないままでいて、良いのかよ?
本当に大切なら、お前がサヤをきちんと見ておくべきだと思う。お前の手が届く場所に、居させるべきだ」
静かな声音で、真剣な顔で、そんな風に言われ、俺は言葉に詰まった。
たった独りの孤独……。
幼かった頃に感じた、あのなんともいえない、居心地の悪さを思い出す。
必要とされていない、望まれていない。なのに、そこに在るしかない……。
父上に自分から近寄ることは許されておらず、そうすると必然的に、父上と共にある母からも遠去かるしかなかった……。
けれど、幼い子供に孤独は耐え難く、異母様に、兄上に縋るしかなくて、独りでなくなる代償に、持つこと、得ることを更に禁じられた。それを血肉に刻み込む為に……っ。
つい、引き摺られそうになった記憶に急いで蓋をした。
一気に膨らむ恐怖の渦に飲み込まれないよう、頭をギルの話に集中させる。
「サヤ、怒ったよな。無かったことにされたくないって。
あれはさ……お前を失くしたくないっていう、あいつの本音だろ。
お前がそれに応えないでどうするよ?男は女守ってなんぼだろうが」
そうだよ。守らなきゃいけないんだ。サヤをあんな風にしたくないんだ。だから……。
「守る為に、離れるんだろ。
俺だって、俺自身でサヤを守れたらと思うけど、俺自身が害なんだから……」
過去にも、恐怖にも抗えない、役立たず……。
俺が持ってしまったから、失くなった。愛おしいと思ってしまったから、選別された。そして俺はそれに抗えず、羽根を散らし、骨を砕いて、動かなくなる……。
灰色の外套が視界の端をちらついた気がした。
反射的に身を硬くした俺の肩が掴まれ、顔を上げると、酷く険しい顔をしたギルが執務机の向かいで、俺を睨みつけていて、怯んでしまった俺に、イラついた声音で言うのだ。
「あのなぁ! お前、いつまでそうやって、何もしないでいようとすんだよ⁉︎
誰がお前を役立たずにしてんだよ⁉︎ お前自身だろうが‼︎」
ギルは感情表現が大袈裟なタチだ。すぐに抱きつくし、撫で回すし、笑うし怒る。
だけど何やら憔悴したような、疲れたような声音で、吐き出すように声を荒げるのを見たのは、久しぶりだった。
随分と見てなかった……ギルが、脆さを見せるところ……。
「何もやってねぇのに、役立たずって決めてんのは、お前自身だろうが!
だんだん腹が立ってきたぞ、俺は! お前がいつまでもそうやって、お前自身を貶めてるから、俺はずっと、苦しいままだ‼︎
一番苦しいのはお前だって分かってるから、ずっと堪えてきたけどな……こっちだっていい加減、限界だっつーの!
俺はな、知ってんだよ!十二年お前見てきてんだよ!
お前はずっとそうやって、お前自身から目を逸らしてっから、俺の方がお前をよほど知ってんだよ‼︎」
呆気にとられた俺の胸ぐらを掴んで引き上げる。
ガタンと椅子の倒れる音がして、執務机越しに首を締め上げられて息が詰まる。
「ちょっ……はな、せっ、て……」
「離すか。お前、もうガキじゃねぇだろ。
何も出来ないふりしてんじゃねぇよ! いい加減自分を見ろよ‼︎
過去がお前の足枷なのは知ってるよ。それが俺の想像よりよっぽど過酷だったってことも、薄々分かってるよ。
けどお前、それが今のお前に何か関係あるか。今動かねぇ理由になんのかよ?
惚れた女より、自分の過去抱えとく方が大切かよ?
守りたいって口先だけで言ってんなよ! 手の届かない場所にやって、どうやって守るってんだ!」
息が、マジで止まった。
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★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~)
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
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