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夜市 3

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 広場に近付くにつれ、喧騒が大きくなる。
 親子連れや、夫婦なのか、恋人同士なのか……連れ立って歩く姿が増えてきて、篝火が焚かれた広場を目指して進む。
 まだ十代前半のように見える少年が数人、横をすり抜けていって、先の雑踏に消えていく。
 学舎にいた頃、王都の夜祭に、あんな風にして駆けていったことを思い出す。俺と、ギルと、ハイン。そして、学舎の友人たちと……。
 あそこを去ってから、皆の名を思い出さないよう、極力考えないできた。
 俺と関わるのは良くないことのように思えたから。いつか罰が、友にも手を伸ばすと思ったから。……いや、あれは多分言い訳で、自分の意思で手放したと思う為に、捨てたのだ。
 ハインとギルは傍に居てくれた……だからそれで充分だと……他は要らないと言い聞かせて。
 なくしてしまった友を、失くなったことにしたのはどうやら自分だったと、今になってようやっと気付いた。サヤに言われて、俺はやっとそれを認めたのだ。

「どうかしましたか?」

 俺の横を歩いていたサヤが、俺にそう声を掛けて来た。
 どうやら笑っていたらしい。
 思い出していたのだ、いつぞやの夜祭の時のこと……。

「うん。学舎にいた頃のことを思い出したんだよ。
 王都の夜祭にね、友人たちと行ったことがあったなって……。ギルとハインと、あとは……クリスタ様と、ルオード様、ユーズ様と……テイク、シザーもいたなぁ。
 クリスタ様があんな風に走って、ユーズ様に怒られたんだよな……体調管理する気が無いなら帰れって。ルオード様が、まあまあって取り成してたんだけど……その後ろでクリスタ様は、舌を出して、まるで反省してなくて……。結局最後はユーズ様が背負って帰られたんだったなって」

 生成りの短衣に水色の袴、薄茶の腰帯を纏うサヤが、俺を見上げて微笑んだ。
 紫紺の鬘に少し、違和感を感じる。けれど、笑顔の眩しさは損なわれたりしない。質素な色合いの衣装も、サヤをくすませたりなどしないのだ。

「クリスタ様は、アギーのご子息様なんだ。ルオード様とユーズ様は、クリスタ様の従者だった。とはいっても、二人とも子爵家の貴族なんだけどね。
 アギーは子沢山の公爵家なんだよ。御兄弟が多くて……クリスタ様は……真ん中くらい?    十何番目かのお子だったと思う。
    生まれつきの体質で、お身体が強くないんだ。
 二週間以上前から体調管理を徹底して、なんとか夜祭に行くことを承諾してもらえて、やっと出歩けると思ったのに、グダグダ小言が五月蝿いって怒って喧嘩して……ふふ。で、負ぶわれて帰る背中でも、ごめんなさいって愁傷な声音で言っているのに、顔は不貞腐れてて……。でもユーズ様は、それで許しちゃうんだよ。仕方ないですねって」

 俺の横で、手が触れるか触れないか、ギリギリの位置を歩くサヤ。
 ルオード様とユーズ様は、出世されて近衛になられたと聞いた。
 クリスタ様は、お身体のこともあるし、アギー領に戻られているかもしれない……もしくは、王都で文官でもしてるかな……彼の方の気性じゃ、似合わないにも程があるけど。

「テイクは鼻が効くんだよ。
 彼の鼻で美味いと判断した食べ物は大抵美味いんだ。料理人の息子なのに何故か学舎にいてね。
 世界放浪、食べ歩きの旅に出たいから入ったって言うんだ。護身術も語学も学べて、地理、歴史にも詳しくなれるからって。それで、世界中のものを食べて研究して、世界一の料理人になるのだって言ってた。
    ハインもね、彼だけは、邪険にしないんだ。仲の良い素振りは全然しないのだけどね、一目置いてるんだよ。テイクの料理とか、テイクに食べさせる自分の料理とかには、物凄く目をギラギラさせてさ、で、テイクが怖いって俺に泣きつくんだ」

 話しているうちに、広場に入った。篝火の数が増え、少し暑い。広場に二重の円を描くように、屋台が出ていて、背中合わせになるように設置されているので、全ての屋台を巡るためには四週する必要がある。まずは広場の外縁をゆっくりと歩きながら、俺は視線を巡らせた。

「シザーは……ほとんど喋らないんだ。目も糸みたいに細くて、開いてるんだか閉じてるんだか、分からない。
    ギルなみに体格が良くて、肌が黒くて、南の方の異国の血が流れてるって言ってた。セイバーンにいるんだけどね……。ずっと南の、小さな町の衛兵の子なんだ。
 どうしてるかな……もう卒業したよなぁ……あ、俺より一つ下の学年だったんだ。
 すごく温和なんだけど、肌の色を揶揄われるのだけは嫌いで、怒ると、目がうっすら開くんだよね……物凄い、怖いんだ。喋らないから余計怖い」

 そして俺が知る中では、シザーが一番強かった。
 まるで筋肉の質が違うのだ。身体能力が軒並み高く、学年内どころか、学舎内で一二を争う程に強かったと思う。指に障害が残り、剣を握れなくなった俺に、根気よく短剣の扱いを教えてくれたのは、ギルとシザーだったな……。面倒見の良い、優しい奴だった。

「懐かしい……なんか久しぶりに思い出した……。っあ、ごめんっ。俺の話ばっかしてた」
「ううん。なんや、凄い楽しい。
 レイが学舎の時のこと話してくれたん……初めてやね」
「……日々に追われて、時間が無かったもんな……」

 思い出してはいけないものだったから……きっと辛くなると思っていたから……。
 でも、今俺は、少しの苦しさと、たくさんの喜びを感じている。
 彼らと共に過ごした時間は、俺の人生の中で、辛くも苦しくもない、幸せなひとときだった。
 そして、もしかしたら、まだ繋がっているかもしれない……そんな幸せと。
 忘れようとしていた俺を、みんなが許してくれるなら……。

「……あの頃は、屋台といえば揚げ芋だったんだけどな……。あ、丁度あそこにあるし、買ってみよう。サヤも食べる?」
「揚げたお芋……すぐお腹いっぱいにならへん?」
「そう?じゃあ、二人で分けて食べる?」

 何気にそう聞くと、さやがきゅっと口を閉じ、若干恥ずかしそうに視線を彷徨わせる。学舎では、友人同士で普通にそうしていたから気にしていなかったが、サヤの様子に慌てて今の無し!と、言おうとした。
 けど、サヤがその前に、コクリと頷く。

「……おおきに」

 ありがとうって、言うってことは……だ、大丈夫なんだよな?

「ちょっと待ってて」

 サヤを道の端に残し、屋台に足を向ける。串に刺さった揚げ芋一本を購入し、ついでに、隣の店で腸詰めも買った。これも定番だったんだ。
 サヤの元に戻り、揚げ芋を持ってもらい、腸詰めに巻かれた萵苣を千切ってから、腸詰めの先の方に巻く。反り返っているそれを、逆向きに折ると、子気味良い音を立てて、腸詰めが割れた。

「これも、半分。
 腸詰めって、普段あまり食べないんだけど……屋台で売られてると、やたら美味そうに見えるんだよ」

 そう言って差し出すと、サヤは可笑しそうに笑い、受け取ってくれる。

「パリパリの皮が、ものすごう、美味しそうやわ」
「あー、確かに。ちょっと焼き過ぎなくらいが美味いよな」

 串に刺さった揚げ芋は四つで、これもはじめの二つを口で引き抜き、残りを串ごとサヤに渡す。サヤは串の両端を持って横から芋を齧って食べる。その姿がなんとも愛らしい。
 腸詰めの油で少し手が汚れてしまったが、サヤが手拭いを差し出してくれたので、礼を言って手を拭いた。

「やっぱり、国が違うと、様変わりするんやねぇ。
 私の国では、揚げ芋は細長く切って揚げるんやわ。串に刺さんと、紙の器に入れてある。
 反対に、腸詰めは串に刺して売ってはるんよ」
「へー、サヤの国の屋台なら、定番は何?」
「うーん……わたあめ……?    砂糖を熱で溶かして、雲みたいにふわふわになったんを棒に絡め取るんや」
「なにそれ……魔法?」
「そんなわけあらへんやろ?    熱で溶けた砂糖を風で巻き上げるとな、空気中で冷えて、また砂糖に戻るんや。そうしたら、細い糸みたいになってるんや」
「へええぇ、凄い。見てみたいな。他には、どんなのがある?」
「焼きとうもろこし。湯掻いてあるのんを、牛酪と醤油を塗って……醤油って、分かる?」
「調味料なんだよな?    どんなもの?」
「大豆を湯掻いて発酵させたのを絞った汁?」
「………大豆で調味料って、聞いたことないよ……」

 他愛ない話をしながら広場を歩き、気になるものがあれば買って、分けて食べた。小物を売る屋台を冷やかし、遊戯場で的当てをし、ただ話しながら歩く。
 サヤは終始和かにしていて、俺の話に優しい微笑みを絶やさなかった。たまにサヤを見る男の視線が気になりはしたが、サヤが意に介さない様子なので、とりあえず流しておく。
 人が多く、一度サヤの肩に人がぶつかりそうになった為、サヤを俺の右側に移動させた以外は、恙無く過ごせていた。喉が渇いて、飲み物を買おうと屋台を覗くと、サヤは炭酸の果汁割りを注文したのでびっくりした。それ、美味しい?    俺はなんか苦手なんだけど……。だけどサヤは、とても美味だと言う。
 サヤの国にも炭酸の飲み物は多くあり、好きだったのだそう。なんだか意外だ……。

 広場を一周して回るだけで、結構疲れた。
 篝火が暑いし、人も多いし、夜とはいえ汗を掻く。ちょっと休憩しようということで、広場から伸びる路地の一つに入る。どことなく、サヤが疲れているように見えたのだ。こんな人混みを、長時間歩き回ったら疲れるよな。路地の壁に凭れ掛かって、行き交う人々を見つめる。

「けっこう腹が、ふくれたな……」
「何種類食べたやろね……六つ?   最後は甘いもんが欲しいなぁ…」
「ええっ、腹一杯って言ってんのに甘いもの?」
「屋台、甘いもの全然あらへんかったもん。京都ではな、お祭りの最後は五平餅を絶対に食べるんや。わらび餅でも、大判焼きでも、ベビーカステラでも、なんでもええけど……お祭りの最後は甘いものやの。なんや違うと、落ち着かへん……」

 そんな風に言い、口を尖らせるサヤ。
 その仕草がとても幼げで、なんだか近しく感じて、つい口元が綻ぶ。
 我儘を言っている風なのも、甘えられているようで心地が良かった。

「サヤの国は、甘いものが豊富なんだな。屋台でも甘いものが沢山あるんだ。
 うーん……甘いもの………」

 何かあったかな?
 記憶の中を探り、そういえば、揚げ麺麭の屋台は甘いなと気付く。
 麺麭に砂糖をまぶしてあるのはあまり好きじゃない。だからさっき素通りしたのだ。

「ちょっとそこで待ってて。すぐそこだから、買ってくる」
「えっ、私も……」
「大丈夫。ほんの、二、三軒先だから。サヤは休憩してて」

 そう言い置いて、路地にサヤを残し、俺は喧騒の中に戻った。
 なんだか、身が軽い。サヤと二人だからなのかな。いつも肩の上にのし掛かっている、重りが無い。
 街人のような服装をし、髪を隠し、サヤと楽しむ夜市。
 買ったものを、半分に分けて食べて……なんだか……そう、まるでそこらを歩いている、恋人たちのようだ。
 …………こっ……っ⁉︎

「……違う……そういうんじゃ、ない」

 つい、そう例えてしまっただけだ。サヤは夜市が初めてで、買ったものを分けて食べるのは、友人だから。学舎でも、みんなでそうやっていたんだ。だから、そういうんじゃ、ない。……なに頭沸かしてるんだ俺……。
 少し後ろめたい気持ちになってしまいつつ、揚げ麺麭を購入し、踵を返す。
 うーん……見事に砂糖でザラザラしている……これもやはり、半分なんだろうか……。
 そんな風に考えながら、視線の先の路地を見て、息を飲む。
 サヤの周りに、男が三人。壁を背に、サヤが立っている!

「サヤ!」
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