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夜市 1

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 明日の再決定には、費用を半分にするという案を提出し、賛成票を狙うことに決定した。あの後も色々話し合ったのだが、有効そうな打開策はあれ以上に出てこなかったのだ。
    明日の昼まで時間があるのだし、何か思いついたら、また話し合うということで、締めくくられた。
 マルは言葉通り、夕食時以外はひたすら部屋に篭っていた。
 こうなったら邪魔するわけにはいかないので、俺たちも各々が時間を過ごす。ギルは何かしら仕事が忙しい様で、店の方に行ったきりだし、ハインも、何かしていたのだが、いつの間にやら姿がない。とはいえ、何処かでなにかしらの仕事をこなしてるのだろうし、別段用があるわけでないので、俺も部屋に戻っていた。そんな訳で、今はサヤが俺についていて、俺の複雑に結わえられた髪を解いている。そう…いつもなら紐を解けば髪は勝手に解れていたのだが、今日は複雑でそうもいかなかったのだ。

「明日はどんな風にしましょうか」
「明日も……するのか……」

 若干絶望してしまった。別に誰かの視線が痛かったわけではないのだけれど、もっと凄いことになったら嫌だなと思ったのだ。貴婦人の夜会用の頭みたいにだけはしないで欲しい……。

「嫌ですか?    でも、本当によく、似合ってらっしゃったんですよ?」
「……。だってこれ、本来は、女性の髪型なんだろう?」

 サヤが異母様に引き抜かれ掛けた時、男の髪型だと嘘を付いたのはつい先日だ。
 あとでそれが嘘であり、サヤの国の男性は基本的に短髪だと知った。そして、女性が主に結わえているのだと。
 なら、俺は本来女性のする髪型をしてるってことだよ……ね。
 そう考えると気落ちしてしまう。しかし、サヤは俺のその言葉にムッとした顔になった。

「違います。
 女性がすることが圧倒的に多いのは、女性に長髪が多いからです。男性の長髪の方だっていますし、結わえますよ。中国という国の一部族には、辮髪べんぱつという髪型があって、男性が長い三つ編みされてたりしますし」

 え、そうなの?
 なら、それほど恥ずかしいことではなさそうだ。胸を撫で下ろす。

「もうっ。それに、ちゃんとかっこよく見える様に考えてます。
 女の人みたいにはしてないです。そんなこと心配してたんですか?」
「い、いや……サヤがきちんと考えてくれているのは分かってるよ。
 ただその……俺は……母似だからさ。なんとなくその……昔の様に間違えられたら嫌だなと、思ってしまって……。
 学舎にいた頃とか、ふざけて女性扱いしてくる奴がいたり、女物の服を着せられそうになったり、色々あったんだよ。それで若干……苦手意識があるというか……。まあ、サヤが悪いんじゃなく、女顔なのが諸悪の根源なんだけどね……」

 女に見られることが嫌なのだ。ただでさえ不甲斐ないのに……サヤにまでそんな風に扱われたら男としての自信を失ってしまいそうなのだ。
 今はハインより背が伸びたし、流石に間違えられないと思うけど、いつまで経っても可愛いとか女顔だとか言われてるので、つい警戒してしまう。
 今までは、俺もサヤも似た様な髪型だったから、気にしてなかった。でも今日みたいにゴテゴテと飾り立てられてしまうと、なんだか社交界や夜会の貴婦人みたいで、なんとなく嫌だったのだ。

「私は、レイシール様が今のお顔で良かったって思いますけど……」

 思考に没頭していたときに、そんなサヤの呟きが聞こえて、俺はつい振り返ってしまった。
 解いていた髪が引っ張られて、ピッと頭に痛みが走るが、それよりサヤの発言に意識がいっていた。

「なんで?」

 俺の顔って、サヤの好みに沿うものなの?    それなら満更でもないのだけど……。と、少し期待したのに、サヤは何故か、しまったという顔。
 意図せず呟いてしまったらしい。そして、俺から視線を逸らす。……なに、その反応は……。

「サヤ……どういう意味?」
「えっ、いえ……その……レイシール様のお顔は、う、美しいので……好きですよ?」
「違うよね。さっきの言葉は違う意味で言ってたよね」
「ええっ……いえ…………たいした意味ではないので……」
「たいした意味じゃないなら、言えるはずだね?」

 じっとり目を見上げてると、サヤが凄く困った顔をした。
 両手の指を所在無げにモジモジとさせつつ、視線を逸らし、それでも黙っている。
 俺がさらに見つめ続けていると、言うまで引かないと、やっと理解してくれた様だ。

「い、え……あの……は、はじめだけ、ですよ?」

 と、謎の発言。

「ちゃんと、分かるように、教えて」
「うううぅぅ……その……泉から、出た瞬間に、目が合いましたよね?」

 え?    はじめって、そこ?    本当に一番初め。サヤに出会った瞬間のことだった。

「凄く綺麗な女の人だと思って……しかもその上に落ちてしまったから……私、本当に気が動転してて……つい触れてしまったんです、レイシール様に……」

 凄く後悔した!    聞くんじゃなかった‼︎

「さ、サヤは俺を、女だと思ったから、触れたの⁉︎」

 思い出した、ゆさゆさ揺すられ、頬を触る感触……。あれはサヤが、俺を女だと思って警戒していなかったからだったのか。そういえば、はじめのはじめから、サヤは俺に触れてたんだよな……。

「はじめだけですよ⁉︎    喋ったら声が低かったし、立ったら背が高くて……ちゃんと分かりましたよ⁉︎    髪の毛も長かったし、それで余計に勘違いに拍車が掛かってただけなんです!」

 いや、それ……顔だけ見てたら分からなかったって言ってます……。
 グサグサと、心臓に短剣を突き立てられた様な心地だ。俺は胸を押さえて打ちひしがれた……。
 なんてことだ……サヤに勘違いされていたなんて……。サヤは女顔なら警戒が緩むのだろうか……。そりゃ、悪気が無かったのは分かってる。でも男として見られてないのだと改めて実感した心地だ。
 ……………………………………あれ?
 ……まさかとは思うけど……サヤが、俺を怖がらないのって…………女顔だから?    男だと、思われて……ない、から?

「あの、でも、もしもですよ?    もしも初めて出会ったのが、ハインさんやギルさんだったら、私多分、逃げ出してます。きっと怖くて、あそこにいられなかったと思うんです。
 だから、勘違いしてしまったのは申し訳ないのですけど……はじめに出会えたのがレイシール様で良かったなって……。
 それに、今はそんな風に全然、思ってませんよ?」

 サヤが一生懸命そんな風に言ってくれるけれど、俺は自分の気付いてしまったことの衝撃から立ち直れなかった。
 サヤは、俺にだけ警戒が薄い。
 傷の手当てすら逃げたって、ギルが言った。
 確かに前から、出会った日から、サヤは俺には触れてた。髪を結わえてくれたし、馬車で手が触れたりもしたし、日に日に警戒が緩んできて、肩に触れても、抱きしめても怖がらなくて……。
 でもそれが、男として警戒してないだけって意味だったら…………。

「う、うん……そっか。良かった」

 口先だけでそう答えたけれど、俺はその衝撃から全く抜け出せていなかった。
 サヤは俺を男扱いしてないだけ………。
 男の範疇に入れられていないだけ………。
 考えてみればそうだよな……なんで俺だけって、不思議に思うべきだった。
 サヤは見られるだけでも警戒してた。
 ギルとの初対面なんて、震え上がっていたのだ。
 女性を見る目で見られることに過剰反応するのに、俺だけ平気なんておかしい。だって俺は……サヤのことが好きなのに……。サヤを女性として見てると自覚してる。なのにサヤは、怖がらない……。
 サヤが俺を警戒してないのは……警戒するに値しないから……でもそのお陰で、俺はサヤのそばに居られる……。サヤの大切な記憶に分類しててもらえる……。ならこれでいいのかな。そもそも、サヤはカナくんが好きで、俺なんか元から眼中に無いんだし……男として見られてない以前の話で……。
 なんだろう……分かってたのになんか、凄く、痛い……。
 サヤにとって俺って、なんなんだろう…………。

 考え出したら、モヤモヤなのか、イライラなのかよく分からない感情が、胸の奥を掻き毟りだす。
 俺って、なんなの?    女友達の分類?    ルーシーと一緒に思われてる?
 そう考えると凄くイライラしてきた。
 でも、サヤに必要とされてる。生物的には男なのに、怖がらないでいてもらえてると思うと、モヤモヤするのだ。嬉しいのか、腹立たしいのか、全然分からない。

 俺が沈黙したからか、サヤはまた、俺の結わえられた髪をを解しにかかる。
 しばらくされるがままに任せ、俺は一人モヤモヤとイライラを募らせていた。

「はい、終わりました。
 癖がついてしまってますから、湯で濡らした手拭いで拭きますね。もう暫く、じっとしておいて下さい」

 手桶につけた手拭いを取り出し、絞る。
 それを使い、俺の髪を少しずつ、丁寧に湿らせていくサヤ。髪の癖が落ち着いてきたら、今度は柘植櫛でもって梳いていく。
 心地良くて、好きな作業のはずなのに、今はなんだか、あまり嬉しくない……。
 モヤモヤとイライラがずっと胸を圧迫していて、それが煩わしくて仕方がない。
 落ち着けよ……女顔なのは今更。間違われるのも今更だ。学舎にいた頃なんて、サヤみたいな可愛らしい勘違いじゃすまない奴らだって沢山いたじゃないか。
 サヤの勘違いなんて、ささやかなものだ。お嬢ちゃんと声を掛けられたわけでもないし、なんで女物の衣装を着てないのかって言われたわけでもない。今日まで女だと思われてたこと自体気付かなかったのに、今更怒るって度量が狭すぎだ。
 そんな風に自分を、一生懸命宥めていると、ふうっと溜息が聞こえた。

「それにしても……今日はなんだか騒がしいですね。何かあったんでしょうか……」
「え、騒がしい?」

 思いもかけないサヤの呟きに、つい聞き返す。
 俺には何も聞こえない……いつも通りの静かな夜だ。そう思ったのだが……。

「何かずっと、ざわめきの様なものが聞こえるんです。
 こちらの夜って、とても静かだったから……なんで今日はこんなに騒がしいのか……なんだか不安ですね」

 事件とかじゃなければ良いんですけど……と、心配そうな声音だ。
 サヤに言われると、なんだか俺も気になりだした。
 衛兵が出てくる様な騒ぎでも起こってるのか?ギルに聞いてみた方が良いだろうか。
 俺がそう考えた矢先、サヤの髪を梳く手がピタリと止まる。

「あ……ギルさんがいらっしゃいました」

 そう呟いてから柘植櫛を小机に置き、足早に扉に向かう。相変わらず俺には聞こえもしない足音で誰かを察する……どうして分かるんだろう。

「サヤ、なんでギルだと思うの?」
「ストロークが長いので。背の高い、足の長い方です。
 ここではギルさんが断トツですから、分かりやすいですよ」

 ストローク……って、なんだ……。
 俺がそう聞く前に、サヤが扉を開く。すると、今扉を叩こうとしていたといった姿勢で停止した、ギルが立っている。ちょっとびっくりした顔だ。

「ギル、調度良かった。サヤが外が騒がしいって言ってるんだけど、何か騒ぎでも起こってるのか?」

 ストロークが何かは後で聞こうと思いつつ、俺がギルにそう聞くと、ギルは顔の前で手を振りつつ苦笑顔だ。そんなもんまで聞こえてんのかよ。と言いつつ、説明してくれた。

「違う。けど、実はそれで声掛けに来たんだ。
 すっかり忘れてたんだけどな、今日から夜市だぞ。明日以降はどっちに転んでも忙しくなるんだし、ちょっと息抜きでもして来ないか?」
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