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大店会議 6

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 甘く見ていたのだと思う。
 正しいこと、必要なこと、それは必ず求められると、そんな風に思っていたのかもしれない。
 今まで通りで良い筈がない。それは皆に伝わっていると思う。けれど、今まで通りであることと、新しいことをする……というのは、また違う壁の中に隔離されていることであるようだ。
 一つを飛び越えるだけでは駄目で、息を合わせるのが難しい……そんな感じか。
 可能性は考えていたが、覚悟が甘かったと言わざるを得ない。後半の会議は、反対意見が続出し、紛糾していた。
 前例が無い。だとか、失敗できない挑戦は危険である。だとか、急に思いついたような方法は選ぶべきでない。だとか、本当に対策費用の内に収まるのか。だとか、雨季目前に危険である。だとか、川の氾濫が今後は落ち着くかもしれないのに…。だとか。
 なんかもう、山のように言い返されて俺は戸惑っていた。
 まさかこんなに反対されるとは……賛成をもらえるかなと思っていた、材木組合すら反対票だ。中立をギリギリまで維持するかなと思ってた内からも反対が出ていた。

「あのなぁ!    かもしれないで物事に対処してんじゃねぇよ、今後に備えるための対策だろうが‼︎
    氾濫しないかもしれないぃ?    なら氾濫し続けたらどうすんだ⁉︎」

 ギルがキレ気味だ。
 途中から、なんか言い掛かりっぽくなってきてるしな……。言葉の揚げ足取りみたいになってたりとか。反対のための反対。そんな感じになってしまっている。気の所為……なのかな……。
 とはいえ、俺が口を開けば圧力になってしまうので、ただ黙って見守るしかできない。
 そのことを歯痒く思いながら、俺は少々焦っていた。
 最終的には、決を採ることになる。
 票の数が、片側の意見三割を切るまで続けられるわけだが……。
 今回参加者は十三人。賛成が五人に満たなければ、反対で終わるということだ。
 今のままだと、不味い……。

「だいたい、その土嚢とやらを使った氾濫対策を行ったとしても、ちゃんと氾濫が起きなくなるかどうかなど、誰が保証できるというんだ」
「だから、初めてのことに保証なんざ願うだけ無駄だろう!
    だけど、今のままでどうすんだよ?    今までと同じ結果しか出ねぇよ!    場合によっちゃ、人だって死ぬんだぞ?
    自分のことに置き換えて考えろよ。家族や親戚が、毎年死ぬかもしれねぇって思ってられるのか⁉︎    俺は嫌だね‼︎」
「そんな、感情論で言われてもねぇ……」
「大金つぎ込んで、ダメでしたってなるよりは……」
「馬鹿野郎!    金で解決してられるうちに、しないでどうする!」
「その金での解決すら危ぶまれてるんだと、いい加減分からんのか!」
「やる前から分かってたまるか!」

 言い合いをしているのは主にギルと、酒造組合オレクだ。だがその周りもざわついていて、コソコソとした会話が、あちこちで上がっている……。
 いつもは、こんな風じゃない……。なんだ?
 言い合いになるようなことは滅多に無く、皆もう少し、冷静だ。
 それに……空気が、妙だ。どこか重苦しい……。
 視線を巡らすが、これと言って引っかかるものを見つけることは出来なかった。
 とりあえず、今確実に賛成票を上げているのは三人。
 ギルと、商業会館レブロン。青果組合ヘクターだ。
 ヘクターはあまり面識が無いというか……青果と精肉は、街の店主の持ち回りだ。だから基本的に、大人しい人が多く、あんな風にはっきり意思表示をするとは考えていなかった。
 意見がある程度固まったら、多い方に手を挙げる……という印象なのだ。
 その中で珍しく手を挙げている。意見を言うでもないんだが……意思表明してもらえただけ有難いよな。
 ウーヴェだが、後半の会議から、ずっと俯き気味だ。
 元々が謝罪目的での参加だった訳だし、後継として参加している者は、票は与えられるけれど、長の意見と一緒であることが多い。なので、土建組合の後継は、何か歯軋りしながら反対票だ。どうやら、長にそうするよう指示されてるみたいだな。
 うーん……どうすべきだこれは……。溜息が漏れる。
 そんな俺の手元に影が落ちる。サヤだった。机の上にある茶を取り替えに来たようだ。
 とっくに冷めてしまったそれを手に取り、新しいものと入れ替えると、俺の耳元で呟きを零した。
 ……………?

「すまない。ちょっと良いか」

 議論の最中に俺が介入することはまず無い。当然介入するわけではないのだが……俺は場の空気を一旦切り替える為にあえて声を上げた。

「少し、退席する。すぐ戻るが、しばし休憩としよう」
「では、レイシール様が退席の間、休憩とします」

 ハインの言葉で、俺は席を立った。サヤを伴って退室する。
 まさか、途中でサヤが声を掛けてくるとは思ってなかったな。話があるって、何なんだ?    あえてあそこで言うのだから、緊急のことなのだろうし……。
 部屋を出た途端、サヤはくるりと向きを変えた。

「あのっ!」
「ちょっと待ってサヤ。ここはまだ駄目だ。使用人の出入りがあるから。
 裏庭に行こう」

 早口にそう伝えて、裏庭に向かった。
 こちらは基本、生活空間だからな。ギルの店の使用人は通るが、街の長らが連れて来た使用人は立ち入らない。先程ウーヴェをこちらに呼んだが、それは他の使用人の目を避けたからだった。
 サヤは耳が良いから、誰かが近付けば分かるとは思うのだが……一応念を入れておく。じっとされていれば気付けないわけだし。
 裏庭に到着すると、急いた様子でサヤが振り返る。

「あのっ!    何か、根回しがあった様子です」
「……根回し?」

 サヤの言葉に、首を傾げる。

「はい、どなたが何の組合所属の方が分からないのですけれど、会話が……。
 何でですかって、聞いてる人に対して、厄介ごとになるからだと。
 睨まれるのはごめんだって……。
 それと、賛成じゃなかったのかって聞かれてる人が、色々しがらみがあるんだよって……。
 会話に紛れての小さなやりとりでしたけど、確かに聞きました」

 …………それは……。

「ああぁ……そうかぁ。そうだよなあぁ、なんか議論の内容が変だと思ったんだ」

 溜息が出た。だけど、それは仕方がない。これも駆け引きのうちだ。
 何も悪事を働いているわけじゃない。ただ、セイバーンの川の補強工事で、そのような手段が取られるとは想像していなかった。
 直接利益に関わることでもないしな……。なんでだ?
 首を捻らずにはいられない。誰の、どんな目的か、いまいち、理解できない。

「まあ、仕方ないな。その辺も考慮して、準備をしていなかったこちらが悪い。
 サヤ、根回しも駆け引きの内だ。俺たちに出来る事は、無いよ。決着がつくまで静観するしかない」
「そ、そんな……でも……」
「俺が意見を挟むのは、圧力でしかない。
 不利だからって、それをするのは卑怯だろ?    だから、それは出来ないよ」

 帰るよと促して、来た道を戻る。
 サヤはまだ何か言いたそうにしているけれど、こればかりはね……。貴族だからって理由で押し切ることはしたくない。
 それよりは、少しでも予算を確保して、土嚢作りに出せる資金を増やす算段をする方がいい。
 そんなことを自分に言い聞かせながら来た道を戻ると、途中でサヤが前に出た。

「前に、参加者様方が、いらっしゃいます」

 ああ、俺が休憩で出たから、気分転換に出た者もいるのだろうな。
 視線を上げると、後継二人が何か言い争っていた。なんだ?    なんでその取り合わせ?

「えっと……喧嘩?    お前それでいいのかとか、人のこと言えるのかとか、そんな会話ですね……呼び捨て……知り合い?」

 便利だなぁ、耳が良いって。
 サヤの後を歩きつつそんな風に思っていると、ウーヴェがこちらに気付いた。さっと端に寄って、頭を下げる。
 もう一人がその動きでこちらに気づき……っ。
 サヤを見て、視線が張り付いた。
 サヤが緊張したのが分かる。俺の眉間にもシワが寄る。咄嗟にサヤを呼んで、下がらせると、土建組合の後継が、俺に気づき、慌てて頭を下げた。こいつ……サヤに見惚れた……。
    なんとなく、ムッとしてしまったのだが、それもおかしな話だ。慌てて笑顔を取り繕う。

「どうした、何を揉めていた?」
「………見苦しいものを申し訳ありません。些末なことです、お気になさらず」
「些末って……お前なぁ!」
「御前だ馬鹿、慎め!」

 何か言い返そうとした土建の後継の頭を、ウーヴェの手が無理矢理下げさせる。
 前半の会議といい……この後継は直情型だな。頭で考えるより、動いてしまうたちの様だ。
 土建後継の不敬な振る舞いに、ウーヴェの方が青い顔だな。
 俺はウーヴェが平謝りを始める前に、口を開くことにした。

「すまぬ。まだ名を覚えていない……土建組合の後継、名は?」
「へっ、俺?」
「バカっ!」
「良い。他の貴族の前は気をつけた方が良いが……私は練習台だと思ってもらって構わないよ。こういった場は初めてのようだし、失敗は大目に見よう」

 多分、サヤを見たのも、率直に可愛いとか、美人とか、そう考えてのことで、他意は無いと思うので、自分にも寛容であれと言い聞かす。
 後継は、俺の言葉に顔を真っ赤にしつつ、しどもどと返答を返す。

「な、名は……ルカ……で、す……」
「ルカ。ウーヴェと縁があるのだな」

 正反対に見える……なかなか良い取り合わせじゃないか。そう思った。
 ルカはまだ二十歳かそこら…そんな感じだな。橙色の髪と目だ。色が揃うとは、珍しい。

「ご子息様は、ウーヴェとなんで……あ、貴族だから親父さん繋がりか」
「ばっ、お前本当に馬鹿か‼︎」
「良い。が、私の前以外では本当、慎むほうが良いぞ、ルカ。今までに其方、三回くらい処罰されている」
「エェッ!」
「ご冗談を……それはご子息様故の回数ですよね?世間はそんなに甘くありませんよ。本来なら五回は天に召されております……」
「まじで⁉︎」

 これを後継ってちょっと厳しくないか、土建組合……。
 ついそう考えてしまうほど、あけすけな性格の様だ。だが面白い。不敬ではあるのだが、それに腹が立つかというと、そんな感じはしないのだ。友人の多そうな男だな……。
 この様な男だから、ウーヴェとつるんでいられるのかもしれない。金貸しというのは、元来嫌われるものだ。きっとウーヴェがどこか気難しい雰囲気なのも、家業故なのだと思うし。
 だがこいつは、ウーヴェを囲う柵も壁も、ズカズカ踏み越えて入ってきそうだ。
 想像するととても微笑ましく思えて、俺はつい笑ってしまった。

「ウーヴェ、良い友だと思う。
 私も、ギルバートが友であることに、何度も救われた。
 お前にとってのルカが、そうであればと願うよ。其方、先程より、余程良い顔だしな」

 青くなったり赤くなったり、心は休まらない気もするが、ウーヴェには必要なものだと思う。
 ではな。と、言い置いて、会議室に戻ろうとすると、お待ち下さい!    と、呼び止められた。

「ん?    どうした」
「あ…………そ、の……ご、ご子息様に、お聞きしたい、ことが……」

 つい、呼び止めてしまった。そんな感じだな。自分で自分の行動に慌ててしまっている様子のウーヴェに、俺は足を止めた。
 そちらに向き直って待つが、なかなか口を開かない……。

「その……会議の、行く末を……どう、思われますか……」

 やっと開いた口から溢れたのが、そんな問いだった。
 行く末……。どうって、聞かれてもな……。

「それを私が答えると、其方らの意思を尊重できぬ。今は慎ませてもらう」
「な、何故……ご子息様は、資金調達がお望みでしょう?」
「それにも答えられぬ。私は、其方らの意見に介入する気は無い」

 望みを言えば、意を汲んでしまうだろ?
 言外で仄めかすと、ウーヴェは悔しそうに俯いた。
 状況が読めていない様子のルカは、ただキョトンとしている。

「ウーヴェ。これは関係ないことだ。其方の意思で良い。余計なことは考えるな。良いね」
「余計なこと……」
「余計なことだよ。君の意思以外は、必要ない。それ以外は、今は全て、忘れて良いんだ。大丈夫だよ」

 あまりに苦しそうだったので、つい、そう声を掛けてしまった。
 会議の内容に、家業の罪は何も関係しない。
 そもそも、ウーヴェに罪があると決まったわけでもないのだ。
 自分から捕まえてくれとか言う奴だし、絶対気負ってるよな…。

「ルカ、ウーヴェは少し、疲れていると思う。気遣ってやってくれ」

 それだけ伝えて部屋に戻る。さて、もうそろそろ決を採る時間だ。気落ちしてる暇は無い。


 ◆


 俺が部屋に戻ってからの議論は、半時間程で終了となった。
 結局、収拾のつかない言い合いに終始した感じだ。
 意見が翻された感じの者はおらず、場の雰囲気も芳しくない。
 ウーヴェは相変わらず俯き気味で、何故だかルカはご立腹の様子だ。
 まさかあの後喧嘩になってないよな……俺、何か余計なこと言ったかな?少し心配になってしまった。
 ギルは、疲れた様子だ。賛成意見のうちの殆どはギルが述べていたから、あの暖簾に腕押し状態の議論を一身に浴びた感じだ。申し訳なく思う。だが、疲れていてもギルはギルで、諦めてねぇぞと言わんばかりに、目が爛々としている。

「では、決を採ります。前回同様、賛成、もしくは反対が三割以下で、決定。それ以外は明日再度、決の採り直しとします。十数える間に、挙手にて表明を」

 淡々としたハインの声。
 気持ち的には歯軋りしてるだろうから、多分後で荒れるなぁ……。ああぁ、だからウーヴェの尻尾を掴めと言ったのにって、絶対にぐちぐち言われる……。
 気分は最悪だったけれど、顔には出さない。顔色だって、きっと読まれるから。
 だから視線を下に落とし、俺はただ時を待つ。

「では、はじめます。賛成の方は挙手。一、二、三」

 衣擦れの音がして、多分ギルやレブロンらが挙手をした。
 そして次に、ガタンという音。誰かの椅子が鳴った音かな。その後なにか小声で叱責し合うような、ごにょごにょとしたやりとりがあった。

「四、五、六、七、八」

 そのあとは一切の無音だ。ああ……これは無理だったかな……。まあ、仕方がないか。
 溜息をつき、九を聞きながら、顔を上げ、あれ?と、首を傾る。
 ルカが、手を挙げていたのだ。ギル、レブロン、ヘクター。合わせて四票。ああ、ルカは堪えられなかったのかな。長が最悪だって顔で、腕を組んでるし。まあ、奔放そうだものな……。でも、有難いと思うよ、ルカ。

「十。五票です。明日、再度決を採ります」

 五票?
 十、という声と同時に、視界の端で動いたものがあったので、視線をやると、ウーヴェだった。
 俯いていない……。ちゃんと視線を上げて、手を肩の辺りまで上げている。
 こちらを見ることもせず、隣のエゴンが凄い顔をしているが……それすら無視して。

「明日、再決も二時からとします。
 不参加は不可。必ず、全員参加で、お願いします」
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