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大店会議 3

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「どういうわけだそれは……」

 誰かの呟きが聞こえた。うん。もっともな意見だ。今のじゃ俺も分からない。
 そのつぶやきに答えるように、マルは視線を一巡りさせて、ニコニコと説明をはじめた。

「つまりね、今年の氾濫対策は、二段構成になってるのですよ。
 今年の氾濫を防いだ後、次の構想に移る予定です。
 まずは、基礎段階の作業で、今年の川の氾濫を防ぎます。
 雨季が終わったら、その作業に補強を加えて強化し、道と橋の作り変えを行います。
 それがこの図です。川の断面を描いたものなんですけどね」
「……そうか、断面……」

 また誰かの声だ。視線をやると、土建組合のどちらかの発言であるように思えた。
 それを聞いたマルが、図を指差してどれが何かの説明をしていく。

「ここが川。ここは現在畑の部分です。川よりの畑は潰すことになりますねぇ。
 道も当然、沈みます。雨季の間少々不便ですけど、川の北側の道は塞がない予定なので、メバックとの往来に不便はありませんよ。
 ここに、壁を作っていきます。板壁は一枚で結構。その壁の後ろに隙間無く、土入りの袋を積み上げていきます」
「土入りの袋?」
「土を盛るんじゃなくて、袋なのか?」

 ザワリと会議室に疑問の声が湧き上がる。
 しばらくそのざわざわした声が会議室の空間を埋めていたが、そのうち後方でトントンというか、ゴンゴンっと、机が叩かれた。

「あの!   なんで袋詰めなのか、聞きたいんすけど……それは、強度を上げるための作業なんだよな?    あっ、で、ですか⁉︎」

 土建組合の後継の方だったか。若干血の気の引いた顔でアワアワしている。
 喋り慣れてない感じだ。気持ちが急いて、言葉を選び間違ってしまったみたいだな。
 俺は気にしてないよという気持ちを込めてニコリと笑っておく。
 後継は真っ赤になってしどもどしていたが、マルが話し出すと、意識はそちらに切り替えられた。

「ああ、はい。そうなんですよ。これは、要は岩の代わりですねぇ。一定の作り方をきちんと守っていただけると、結構な強度のものが完成する予定です。
 現物、見てみたいですか?」
「みっ……み、見たい……です」
「そうこなくっちゃねぇ。あ、じゃあすいません、あれお願いします」

 マルが、ワドに声を掛けると、ルーシーが部屋を出た。
 暫くすると、布に包まれた何か大きなものを抱えた数人の使用人と共に帰還する。それを室内の、中心地に運び、布を広げると、数個の袋詰め……昨日作った土嚢だった。

「これが現物です。ちょっと待ってくださいね。今積みます」

 そう言って、マルがひょこひょこそちらに歩いていき、数個の土嚢をよいしょと積み上げる。
 荷物の中に一つだけ収まっていた円匙えんし(スコップ)を手にとって、パンパンと叩いてならしていく。
 昨日練習してるので、マルでも案外簡単に形を作れた。整えた岩を重ねたような、台形の形が出来上がる。隙間は少なく、綺麗に形が整っていた。

「まあ、こんな感じです。これをもっと高く、幅広く、長くつらねていくんですけどね。
 土をただ盛るのに比べると、比較にならない強度なんですよ。なにせ、水で流そうと思っても、なかなか削れませんからねぇ」

 ほぉ……だとか、おお。だとか、感嘆の声が上がる。
 さっきの後継が、なんだかワクワクとした顔で、それを観察し……また口を開いた。

「な、なあ……側で見ても……?」
「ええどうぞ。なんならくずして作り直してもらってもいいですけど。
 ふふふ、これ、画期的でしょう?    正直ほんと、鳥肌ものだと思うんですよぅ。
 特に、長期間天候と戦う必要があるあなた方、結構これ、使えるんじゃないかって思っててねぇ……作り方と、使い方。普段なら、情報料次第でお伝えするんですが……」

 マルがにこやかにそう言って、場所を譲る。
 すると、土建組合の後継は土嚢の手前で足を止めた。

「え……積むだけじゃ、ないのか?」
「勿論違いますよ。細々とある手順。これが一つ抜けると、一段階強度が落ちる。下手をすると、用を成さないものになってしまいます。注意点はいくつも有りますよ。
 更にね、この程度積むだけならご覧の通り、僕にだって出来ますよ。だけどこれをもっと長く、厚く、高く積み上げなきゃいけない。結構技術とコツが、必要だと追うんですよねぇ。
 あ、そうだ。川の補強期間に、組合さんから人員を出してくれるなら、これの方法、覚えて帰って頂けるよう手配しますよ。
 実戦で土嚢の作り方と積み方を、嫌という程身体に叩き込めます。
 それの場合、情報量は必要無いです。人件費と相殺ということで手を打ちますからねぇ」

 但し、十人以上、最長ひと月の期間参加してくださいね。と、マルが言う。
 席についたままの組合長は、渋い顔をした。しかし、後継は期待に満ちた顔を紅潮させている。なんか食い付きが良い青年だ。
 そしてマルが何を狙っていたかも、察することができた。
 土建組合か。川の補強にかれら専門職を無料で借りようってことなのかな。
 そう考えたのだが、更に声を掛けた。

「因みにね、災害時の対応としても有効ですよ。例えば豪雨の時ですねぇ。
 これで建物を囲えば、雨が流れ込むのを防ぐことにも使えるんですよ。
 建物の入り口に枠を作るだけで効果が出ます。人は跨いで通れますから、害にもなりません。
 まあ、声を掛けていただければ、土建組合と同じ条件で引き受けますよぅ」

 ほう……と、職人組合の組合長が興味を示す。
 雨季に被害が出るのは、なにも川だけではない。街の中も水浸しなのだ。
 職人組合の今の組合長は確か大工だ。
 火災、災害時に呼び出され活動する大工には、使い道があるらしい。こちらも食いついたな……マルの思い当たっていたのはこっちか?
 だが、ニコニコしている顔からは何も伺えない。

 他にもいくつか質疑応答が繰り返された。費用の内訳や工事にかかる期間などについてだ。
 そこで、日雇いや専門職を招集しての突貫作業となることも告げられる。なにせ雨季は目の前なのだ。

「他に質問はございませんか。
 ……では、ここで休憩を挟みます。
 一時間後に、またこちらまでお願いします。戻れる方は、一旦組合や店舗に戻って相談等していただいても構いません。では、四時に再開致します」

 ハインがそのように声を掛けると、一同は各自思う動きを始めた。
 大急ぎで部屋を出て行く者、知り合いの組合長を捕まえて話し出す者。ただ席に座り続け、なにか考えている者……。それぞれを見渡してから、サヤに視線をやり……慌てて立った。
 サヤの元に向かう者が一人いたのだ。
 サヤも当然それに気付き、視線をそちらにやっていた。

「こんにちは。傷のお加減は……大事無かったですか?」

 サヤの元に向かう俺の耳に、そんな言葉が聞こえた。
 低い……少し掠れ、冷えた声音だった。
 サヤから三歩離れた距離。黒尽くめのウーヴェだ。

「はい。大丈夫です」
「そうですか、よかった……。
 やはり……女性だったのですね」
「…………」

 やはり……と、言った。
 確信は持っていなかった……ということなのかな?
 そう考えつつ、俺が足を早めると、ウーヴェはこちの動きに気付いていたようで、道を空けて頭を下げた。
 そのまま進み、サヤを俺の後ろに下がらせる。

「面を上げてもらって構わない。昨日は……サヤが世話になったようだね」

 若干、言葉に棘が含まれるのを抑えることができなかった……。とはいえ、小声で、周りに聞かれぬよう、そう口にする。
 俺の言葉に、ウーヴェが視線をこちらに向けてくる。俺はその目を見返した。

「昨日は……こちらの不手際の尻拭いを、そちらの方に負わせてしまう事態となりました。本当に、申し訳なく思っています。
 ……この方は、ご子息様の、……懇意の方なのですね……」

 その言い方に、うっとなる。
 や、なんか、含みを感じたのだ。あえて濁した様な……。
 だが、挑む様だったその視線は、俺からサヤに移された途端力を無くし、何か諦めたかの様な……淀んだものに変わった。そして、自嘲気味にふっと、笑う。

「何故男装までさせて……と、お聞きしたい所なのですが……。傷をつけてしまった以上、申し開きも何もございませんね……。如何様にでも処分して頂いて……」
「ちょ、ちょっと待て。
 ……すまないが、ここで話せる内容では無いのだ。場所を移して構わないか」

 違和感を覚えてそう持ちかけた。
 どうにもこの男の様子が、飲み込めなかったのだ。
 会議の間は、ずっとこちらを睨む様だった。俺やサヤ、ギルを値踏みする様に見ていた。
 なのに自分から声を掛けに動き、サヤにまず聞いたのは傷の具合だ。
 昨日のことは伏せるとした筈なのに、なぜこの場で声を掛けた?
 更に俺に、何か含みのある物言いをする。
 そして、この目だ……。
 なんでそんな目をするのかが分からなかったが、その目のままでいさせるべきではないと思った。そんな……諦めることに、慣れた様な目を。

「先に外で待つ。遅れて出てくるといい。裏庭にいる。
 行こう、サヤ」
「はい。では、後程また」
「え…あ……」

 挨拶を受けた程度に見えるよう振る舞ったつもりだ。
 そして外に向かう途中、ハインに裏庭だと告げる。承知しましたと黙礼したハインは、多分ギルに報告をして、遅れてやって来ると思う。
 部屋を出る前に周りをさらりと伺うと、エゴンの姿は無かった。
 退室組に含まれていた様だな。
 なら、気兼ねなく話ができそうだ。

「申し訳ありません……。気付かれているかどうか……確証が持てなかったんです。
 斬られた際に、受け止められて……その……なんとなく、その後ぐらいから、違和感が……。
 敢えて言葉で確認されたわけではないですし、それまでと態度が変わったという風でもなく……気の所為かなって……」

 裏庭に向かう道中、サヤがそう言った。
 俺はその言葉を聞きながら溜息をつく。

「確証がなくても……今後は、可能性がある以上は、報告すること。
 それによって取れる方法が全然変わってくるし、状況も変わる。
 ……どうしたもんかな……サヤが女性だと知っている人間が、部外者に出てしまった……か。
 まあ、黙っとくようお願いしてみるしかないね」
「……申し訳ありません……」
「サヤが悪いんじゃないよ。報告が無かったのはいけないことだったけど……今後は気をつけてね」
「はい」

 今後……か。今後がどうなるか、余計分からなくなってしまったな……。
 あのウーヴェって男がどう出るか……何を考えているのか……全く見えてこないから。
 信頼を置けない者に、サヤが性別を詐称していることが知られてしまった事実に、不安を感じつつ、俺は取れる手段を取る以外、やれることもないのだと自分に言い聞かせた。

 ウーヴェは、程々の時間を空けて、やってきた。
 俺とサヤに気付くと、キュッと口を噛み締め、少し逡巡してからこちらに歩いてきた。
 俺はサヤを見て、心配そうなその顔に、案じなくて良いと、告げる。
 ウーヴェが俺に何かを企んでいるとは思わない。例え企んでいたとしても、この場でそれをする意味が無い。だからまず、あの場で話ができなかった理由を説明しようと思った。この男の人となりを知らなければならない。

「わざわざすまない。とりあえず、其方にお願いしたいんだが……。
 サヤは……私の従者だ。故あって、性別を隠している。だからあの場で、今のサヤと、従者のサヤが同一だということを前提で、話できなかった。
 どうかその様に承知して頂きたいのだが……良いだろうか」

 俺の言葉に、ウーヴェが面食らった顔をする。
 一体何を言われているのか分からないと言った顔だ。
 うーん…やっぱり、何か誤解が色々入り乱れている気がするな。ちょっと説明しないと駄目か。

「君は昨日、サヤの髪色を見た筈だ。
 あの特徴的な色をしているものだから、サヤは特定されやすい。
 男装で過ごすことを常にしているのでね、女性の姿は晒せないのだ。
 だから、君がサヤの性別を知ってしまった以上、今の姿と同一の者だと知った以上は、黙っていてくれとお願いするしかないのだよ。
 どうか、聞き入れてもらえないだろうか……。性別が周りに知られてしまうことは、サヤを危険に晒すことなのだ」

 周りっていうか、主に俺の身内とその家臣なんだけど……。
 とりあえず周り全部ってことにしておく。
 俺のお願いに、ウーヴェはより一層混乱したような顔になる。

「……。従者?    男装が常?    女性が……従者⁉︎
 こっ、この方は、あなた様のその……思者なのですね……?    だから従者と偽ってらっしゃる?
 あれは……ご子息様が、うちの内情を探ってらしたのでしょう?    ならもう……」

 おもっ…⁉︎
 頭が一瞬、真っ白になった。
 ちっ、違う、断じて違うから!

「違う!    サヤは、そういった理由で素性を隠しているのではない!
 い、色々事情があるので、詳しく述べるわけにはいかないが、そのような誤解は、サヤの名誉を汚す。サヤは、言葉の通り、従者をしているのだ。
 それに、何故私が其方の内情を探らねばならない!」
「おもいもの……?」
「さっ、サヤはそのような言葉を口にするな!    俺は断じて、そう言った目で見たりしてないからな⁉︎」
「えっ、いえ……その、どういった意味なのですか?」
「聞くなああアァァァァ‼︎」

 一瞬でその場が修羅場と化した。
 というか、俺の頭が大混乱だった。
 サヤは不思議そうに首を傾げ、ウーヴェは状況が分からないのか、頭を抱えて、え?    なに?    みたいな感じになっていて、俺といえばもう騒ぐしかできない。
 サヤに聞かなかったことにしろと言っても、納得できませんという顔をされ、更に慌てた。だっ、だってな、知らなくていい言葉なんだよ!    これは、その……その手の類の……とにかく、関係ないことなんだ‼︎

「教えて貰えないと、全然理解が出来ません!」
「理解しなくて良い!    知らなくて良いことだ‼︎」
「それを判断するのは私ですよね!」
「こればかりは違う!    とにかくウーヴェ、そういうのではないんだ‼︎」
「え、ええ……それはとても、納得できました……意味を知らないでらっしゃるとは……」

 俺たちのやりとりに、ウーヴェが呆然としつつも、そう答える。
 その反応に、サヤは更にムッとした顔になった。
 自分だけが分かっていない。そのことが納得できないのだと思う。だが俺としては、教える必要は全く感じない!    知っておくべきとも思わなかった。だから、そのまま話を変える。

「サヤは、友人が治安のよろしくない地区に使いに出されるのを心配して、護衛の為に同行したまでだ。
 なのに、内情を探るとは、どういった意味だ。
 私が何故、その方の内情を探る必要があるというのだ」

 前のやりとりのせいで、緊張感もなにもあったものじゃないが、こちらの発言の方が問題なのだ。思者のことは、もう忘れてくれ!

「そ、それは……」

 ウーヴェが言い淀む……。
 と、そこで足音がした。ハインだ。いつもの眉間にしわを寄せた顔で、こちらにやって来て、場の雰囲気がなんともいえないものであるのを見て、片眉を上げる。
 すると、サヤがここぞとばかりに口を開いた。

「ハインさん、おもいものとは何ですか⁉︎」
「サヤ!」
「妾。情婦。ですが?」
「答えるなあアアァァァァ‼︎」

 お前は何でそう、物事に頓着しないで卑猥な言葉を平気で解説するんだ‼︎
 俺の絶叫に、ハインはなにを騒いでるんだという顔をし、サヤはへなへなと座り込んでしまった。ほらあああぁぁ‼︎

「……状況が分からないのですが、今一体何の話をされていたのですか?
 何故サヤが思者など口にしているので?」
「解説する前に聞け‼︎」
「も、もう分かりましたから、言わないでください‼︎」

 真っ赤になった顔を両手で抑えて、サヤが裏返った声で叫ぶ。
 俺も座り込んでしまいたかった。
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