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交流 4

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 また人の波の間を進む。
 歩きながら周りを見渡し、屋台の商品を確認していく。ついでにガラの悪そうな通行人も確認しておき、さりげにサヤの視界から遮断する。
 今日も活気があって良いな。雨季の前は、特に人通りも多く、俺は気持ちが高揚する。
 王都には無い、こういう雑多とした雰囲気が、俺は結構好きなのだ。
 セイバーンは、田舎だからか、人も勤勉で、腕の良い職人が多い。だがやはり、田舎だからか、商売っ気が薄いのだ。
 さっきみたいに、物は良いのに店番の意識が低いってのは典型的だな。街を発展させていこうと思うなら、意識の切り替えが必要だ。
 悪く無いと思うんだよな……土地柄も、位置も。なのにセイバーンは、いまいちパッとしない。このメバックはアギー領とも近いのだから、もっと栄えても良い筈なのだ。
 まあそんな訳で、ああやって苦言を呈する、という形で、意識改革中なのである。

「よう、調子はどうだ」

 懇意にしているという店は、装飾品を扱う店だ。
 置いている品数はあまり多くない。猫背の、細い男が一人、木箱に腰を掛け、客寄せするでもなく、ぼーっとしている。俺を見ると、人好きする顔に笑みを浮かべた。

「あ、旦那。毎度どうも。
 調子は良いも悪いもないというか……いつも通りですね」
「客寄せしろよお前……せっかくモノはいいのに売る気ねぇのかって話だろ」
「気になる人だけ見てくれたら充分ですよ。大した量も置いてないし」

 朗らかにそう答えるそいつに、俺は溜息を吐いた。
 性格も良いし、こうして人と喋るのが苦手という訳でもないのに……接客しない。
 品数は確かに少ないが、量があれば良いってもんじゃない。あるものをどう売るかだろうがと、毎回言っているのだが……まあいい、とりあえずサヤだ。
 そいつが言う通り、並べてある品はたったの五つ。
 首飾り一つに、指輪が二つ、髪飾りが二つだ。
 そのうち、今回初めて見るものは二つあった。髪飾りと指輪だ。
 へぇ……今回のも、なかなかのもんだ。
 感心して見ていた俺の横にサヤがやって来て、両手を口元に当てて、驚嘆の声を押し殺す。
 目は隠れて見えないが、その様子はもう丸分かりだった。物凄く、楽しそうだ。
 たった五つでも、見る価値のある装飾品だと、俺も思う。
 サヤもやっぱり女だよな……男装ばかりさせるのは可哀想だ。

「気に入ったのか?どれだ?」

 サヤの視線が一点集中しているように思えたので、そう聞いてみる。
 こっちを向いたサヤの表情は外套の所為で伺えないが、少し逡巡する素振りを見せてから、一つを指差した。
 それは、2センチかそこらの、小さな蝶の連なり。新しく増えた髪飾りだった。
 羽を開いていたり、閉じていたり、そんな蝶が、不規則に繋がっている。金と銀で作られているようで、二色の金属の配置すら絶妙だ。今すぐにでも動き出し、飛び立ってしまいそうなくらいだな。

「すごく、綺麗です……。言葉にできないくらい……渡りをしている蝶ですか?」
「渡り?」
「蝶は、普通単体でしょう?でも集団で鳥のように、海を渡る蝶が、私の国にはいるんです。
 小さな蝶らしいんですけど……そんな蝶を、題材にされているのかなって」

 一つとして、同じ形の蝶がいない。しかも、羽は翅脈が丹念にくり抜いてあり、陽の光の反射を表現しているのか、たまに小さな宝石らしき石が、はめ込まれていたりもする。
 よく見ると、頭の向きは揃っていた。進む方向は一緒……だから、渡りをしていると言ったのだろうか?   結構な観察眼だな。
 美しさを気に入ったのだろうが……渡りをする蝶か……初めて聞いたな。

「へぇ、海渡りの蝶を、知ってるんですかお嬢さん。
 これは、地元のお伽話を題材にしてるんだけど、海を渡る蝶って、本当にいるんだ」

 店番の男が、嬉しそうにそう答える。こいつ自身が手掛けたものだし、題材を言い当てられて嬉しいのだろう。そんな男に、サヤは少し朱のさした頬で、こくりと頷き答えた。

「はい。越冬のために、暖かい地に旅立つんです。
 中には二千キロも飛ぶものがいると言われ……あっ、す、すいませんっ。ごちゃごちゃと喋ってしまって……」

 もしかして、こいつも興奮してたのか?
 態度がおっとりしっぱなしだから気付かなかったが、口数が増えてるし、つい自分の世界のことを口にしてしまっている。それに気付き、縮こまってしまった。
 男はキョトンとした顔だし、なんとも思っていないだろうが、俺は助け舟を出すことにする。これくらい買っても全然釣りがくる。良い具合に消費してくれて嬉しいくらいだ。

「じゃあこれな。幾らだ」
「ぎ、ギルさんっあの……」
「金貨一、銀貨七、銅貨五、半銅貨一、四半銅貨一枚です」
「おお、良い感じだ。相変わらず細かいな。
 サヤ、じゃあこれで、釣りは幾らだ?」

 また通貨を投げて寄越す。今度は金貨二枚だ。
 サヤはまた暫くそれを眺め、逡巡したが、すぐに計算を終えて口を開く。

「銀貨二枚、銅貨四枚、四半銅貨一枚です」
「よし。
 ちなみに、こいつは装飾品の工房の職人なんだ。
 普段は注文のあったものを製作する立場だが、こうやて、趣味と腕を磨く目的で、たまに屋台を出してる。
 なあ、この中で一番高かったのはどれだ?」
「それです。その海渡りの蝶。まいどあり」

 男性は笑って、座っていた木箱を開き、中から小箱を取り出した。
 そして絹布で髪飾りを包み、小箱の中へ丁寧に収めて、俺に差し出した。

「それはサヤのだ」

 横を指差す。
 当然と言うか、サヤは大いに慌てた。

「だ、ダメですっ、そんな高価なもの、私には不要です!   も、貰えませんっ」
「まだ足りない。あの意匠を買うっつったろ。お前は金で受け取る気が無さそうだから、物にしてるまでだ。
 サヤの金銭感覚を養いつつ、俺は料金を払える。更に、サヤの審美眼も確認できる。
 こいつも、腕を認めて貰えて収入になる。良い事づくしだろ?」

 そう説明したのだが、サヤはオロオロするばかり。
 俺は溜息をつきつつ、箱を男から受け取った。正直、まだまだ足りない。あの意匠には金貨で五枚ほどの価格を希望しているのだが、場合によっては更に倍、払っても惜しくない。
 なにせ、上着の意匠だけで、六点、細袴で三点、ホルターなんとかの短衣一点と、盛り沢山だ。懇意にしている意匠師になら、四倍は払う。
 つまりサヤとの取引は初めてであるから、様子見を兼ねて金額も低く設定させてもらっているのだが……それすら受け取ってもらえないと困る。
 そんなわけで、この海渡りの蝶とやらは、サヤに受け取ってもらうしかないのだ。
「これは、俺も良いなと思った。こいつの腕は買ってるんだ。
 もうちょっと力がついたら、暖簾分けできるんじゃないのか?」
「何を言うんだか。俺は接客がからっきしなんで、暖簾分けは無理ですよ」
「だから、接客しろって言ってるだろうが。自分の好きなもん作りたいなら、自立するしかねぇんだぞ?」

 男と雑談をしながら、サヤの手にポンと押し付ける。
 俺が手を離すから、サヤは慌ててそれを受け止めた。受け止めたが困っている……。
 それは分かっていたが、あえて視線をそちらにやらず、男との雑談を続けた。
 因みに、金貨約二枚というこの金額だが、一般の従者の給料とすれば一ヶ月分に相当する。
 サヤの意匠にどれほど価値があるか、察して頂きたいものだ。
 そんな感じで接客方法を伝授することに専念していたのだが、サヤが勇気を振り絞ったのか、俺の袖を引いてきた。
 やっぱり目が遠慮しているので、サヤが口を開く前に、釘を刺しておく。
 何もサヤの為だけにしてるんじゃない。こっちにも利点はあるんだ。

「サヤ、これは、こいつの為でもある。
 いくら精巧で素晴らしい細工でもな、俺が買ったんじゃ意味ねぇの。
 使ってくれる奴が持たなきゃ、価値が無い。
 サヤは、これを大切にするよな?   使ってみて、思うことがあったら、またこいつにそれを教えてやってくれ。それが腕を上げる助けになる。
 俺が買って、女に貢いだところで、貰い物貶す女はいねぇだろ?   それで終わりになっちまったんじゃ、こいつの為にならねぇんだよ」

 俺がそう言うと、サヤは口を閉ざした。
 薄い紗の生地越しに、見開かれた目が微かに見える。
 な、なんだよ……?   その目がなんか、やたらキラキラとしてみえた。
 サヤは視線を俺から離し、手の中の小箱を見て、何か思案する素振りを見せる。振り返って、自分が歩いてきた方向を見返した。そしてまた俺を見る。
 今までと何か違う、視線だった。なんというかその……面映ゆい感じのやつだ。
 言葉にするなら、感動した!   的な。なんなんだ、その視線は……?

「あの……お名前を、教えて頂けますか」

 そのむず痒くなるような視線を俺から離したサヤが、男にそう声を掛ける。
 おお、サヤが自分から男に話し掛けた……。
 すると「俺のですか?」と、そいつが素っ頓狂な声。
 その後若干狼狽えて俺を見たから、小さく頷いておく。教えてやれば良いだろ。将来の顧客獲得になるかもしれないんだし。

「ロ、ロビンです……」
「ロビンさん……。ありがとうございます。これ、大事にします」
「あ、はい……どうも……」

 受け取ってくれる気になったらしいな。そりゃ、良かった。

「じゃ、次行くぞ」

 挨拶して屋台を離れる。サヤはぺこりとお辞儀をして、後に続いた。
 ん?
 横を見る。サヤが横にいる。距離は一歩ぶん、開いてはいるが……。
 胸の前に両手があり、先ほどの小箱と飾り紐を大事そうに握っている。
 俺の視線に気付いたのか、こちらを見上げてきて、ふんわりと笑った。
 …………。
 うん、まあ、顔の半分が見えなくて何よりだった。
 目が見えてたら、抱きしめたくなるほどに愛くるしかったと思う。
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