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異母様 3

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「木の壁を作って、その後ろに土を盛って固める。それは、こんな感じですよね」

 執務室に帰るとサヤが失敗書類の裏側に、何かを描き始めた。
 始めは何を描いているのか分からなかったのだが、ハインが「川の断面?」と、呟いたのを聞き、それを意識して見ると……おお、成る程。確かに、川の断面だった。器用だな……見たこともないものを描くなんて。

「川沿いの道の手前までに、土を盛る感じですよね?でないと、道が塞がってしまうし…」
「うん。そうだね。
 道を埋めてしまうわけにもいかないから、高さを稼ごうと思うと、壁を二枚作って、その間に土を入れて、固める感じになる」
「……それだと、あまり補強の意味が無いです」
「意味が無い?」
「結局、水嵩が増すと、後ろ側の木の壁に、川の水と、土の重みが全部かかることになるんです。それに……土が隙間から、流れてしまいませんか?」
「そうなんだよね……とはいえ、固めても固めても……結局削れる。木の板で防いでいるんだけど、隙間無くとはいかないし……」

 それを聞き、サヤは大きく息を吐く。そして、悲壮感を漂わせたような、暗い顔で「土は、袋に入れるべきだと思います」と、言った。

「私の国では土嚢どのうというものを作ります。麻袋などに土を入れて、それを積み重ねるんです。土のみより流れにくいはずで、岩より隙間ができにくい……はずです」
「成る程。袋で纏めてしまえば、削られ難いですね……しかも岩と違って、形が変わる」
「はい。ただ、やはり、それをただ積み重ねるのでは強度が足りないと思います。
 それで……土留めというものを作ります。地面深くに杭を打ち込んで、板を挟み、そこに土嚢を積みあげる……。
 つまり、レイシール様たちが、今までしていた作業とほぼ変わりません。板壁は一枚だけ。その後ろに積み上げるのは、土ではなく、土入りの袋です」

 サヤの言葉が終わると、ハインが何故か執務室を出た。
 そして、茶葉を入れる綿の袋いくつかと、土を盆に乗せて持ってくる。
 袋に土を入れ、積み上げ、次に土だけで山を作り、手でぎゅっと押し固める。
 そこに、あろうことか水差しの水を掛けたのだ。

「成る程……流れ難い」

 袋詰めの土は、全部流れてしまたりはしなかった。水は濁ったが、そのまま袋に留まって、積み上がっている。手で固めた方は、部分的に崩れてしまった。一目瞭然だ。

「凄いな!それだけで結構違う!じゃあそれを……」
「待ってください!それだけじゃあ、きっと足りないんです‼︎」

 画期的な方法に飛びつこうとした俺を、サヤが声を張り上げて止める。
 そして、泣きそうな顔をするのだ。
 なんで?どうしたんだ⁈
 さっきからずっと変だ。素晴らしいことを提案している筈なのに、ずっと……なんでそんな、辛そうな顔をするんだ?

「私の国には……河川敷というものがあります。
 川幅の大きな川によく見られるんですけど……こんな感じです」

 新しい紙に、また何かを描き出すサヤ。それは、さっきと同じ川の断面のようだったが、形が一部違っていた。川の隣、道の部分を通り越して、その後ろに土が盛ってある。
 つまり、畑の真ん中に、盛り土がしてある図なのだ。

「なんでこの形をしているのか……今まで考えたことはありませんでした。
 でもきっと、そうなんだなって……。
 川が増水すると、勢いが増します。すると、どれだけ補強された場所でも、必ず削れます。
 この河川敷は……たぶん、川幅を広くすることで、水圧を抑えるんだと思います。逃げ場があれば、力は分散しますから。
 ずっと、ずっと、川の対策をしてきたっておっしゃってました……。そして、どうにかしないといけない問題なんですよね……。なら、川と、道の間に土嚢を積むのでは駄目だと思います」

 サヤの悩んでいた部分が、やっと明確になった。
 そうか……畑を犠牲にしてしまう案だから、あんなにも長い間悩んでたのか。
 それでも、ずっと考えて、今後や、領民にかかる税金のことも考えて、サヤはこれを口にしたのだ。

「それに、この規模だと……相当な出費になりますね。
 まず、道と畑を潰すことになる……。橋も掛け直さなければなりません。この夏だけで終わる工事では無さそうですよ」

 そうなのだ。これだと蛇行部分だけではなく、結構広範囲に工事が必要になってしまう。
 この夏の対策としては難しい……年単位で掛かるんじゃないだろうか……。

「全部をいっぺんにしようと思うと、無理だと思います。
 ですけれど……たぶん、氾濫対策を終えた後に、補強をする形で、河川敷は作れると思うんです」
「どういう意味だ?」
「雨季の氾濫対策として、畑と道を一部犠牲にしますが、土留めを外側に作り、土嚢を積み上げます。
 そして、雨季が終わったら、その土嚢の壁をを更に補強し、河川敷にします。そして、河川敷のこの、盛り土の上に、道を作るんです。
 そうすれば、上を人や荷物が通るので、常に踏み固められていく状態になるんじゃなかったかなって……うろ覚えなんですけれど……。私の国では、そんな形になってるんです」

 図がなかったら想像できなかった。
 サヤは、土嚢壁の上から更に土や岩で補強し、上部を道にした図を描き上げた。
 それは、風景を変えてしまう壮大な計画だ。なんて凄い……たかだか十六歳の娘の口から出てくるような内容ではなかった。

「申し訳ありません……私が言ったのは、結果から見た内容……空想です。
 だから、本当は違うかもしれない……でも……」
「でも、このままでは駄目だと、思ったんだね?」

 俺がサヤの言葉を補うと、泣きそうな顔でこくりと頷く。
 俺は腕を組んで考えてから、分かったと、サヤに告げた。

「ありがとう。検討する」

 今はそれしか言えない。
 けれど、サヤのいう土嚢というのは、確かに意味があった。土は流れず、留まっていたのだ。
 そして、画期的な対策が必要なのも確かなのだ。

「サヤ、この図を、新しい紙を使って良いから、描き直してくれる?」
「は、はい」
「ハイン、手紙を出したばかりで申し訳ないんだけどさ、もう二通送りたいんだよ。ギルと、商業会館のマル宛」
「マルに……ですか?」

「うん」と返事をしつつ、文面を考える。
 サヤを隠すつもりでいたけれど……これは無理だ。
 マルの協力を得なければ、これは実行できないと思う。
 サヤは壁の内側に土を盛って固めるのでは、外側にだけ重みが掛かると言った。
 言われてみれば、確かにそうだと思うが、そこらのちょっと学がある程度の人間には、パッと思いつけることではないと思う……。
 普通に考えたら、木の壁二枚に土を盛る方が、強固な壁であるとすら感じるのだ。
 けれど、サヤは、壁一枚で土嚢を背後に積み上げる方が強度が上がると言った。
 それは、きっとこの形に意味があるのだ。マルに見てもらい、土を盛るのと袋に入れるのではどう違うのか、今までの対策と、サヤの提案が、どれほどの差があり、どれほど費用が掛かるのか、計算してもらう必要がある。
 サヤのこと……マルに伝えても、良いのだろうか……。
 サヤが異界の人間であることを、マルが悪用するとは思わない。だが、情報に最も価値を置くマルは、それ故に、情報を得ることを優先するかもしれない……。サヤの情報を渡してでも得ようとする情報があるならば……。

 そこまで考えて、やはりマルに言うべきではないような気がした。
 けれど……サヤの言ったものを、サヤの言う通り作るのではなく、誰かが意味を理解できなければいけない気がしたのだ。
 サヤは十六歳の少女だ。彼女は自分の知るものを自分なりに考えて教えてくれたに過ぎない。それをただ鵜呑みにして実行するのは違う気がする。

 そういえば、サヤはずっと何か苦しそうにしていた……。畑を潰す提案をする所為だと思っていたけれど……なんかそれもしっくりこないな……。
 はずです……はずです……思うんです……サヤの節々が引っかかる……。
 風呂を提案してる時と全然様子が違った……その差はなんだ?
 泣きそうな顔のサヤの瞳の奥に、何がちらついていたかをもっと考えなければ……今、彼女のありのまま、全てを知っているのは俺たちだけなんだから。

 しまった、ちょっと脱線したか。
 マルだ。マルはきっと、この計画を楽しむ筈だ。
 この計画の中枢に立つことを、マルの報酬にできないだろうか……。たくさんのことを知りたい彼には、きっととても楽しいことだと思う。むしろ除け者にした方が後が怖い気がする……。そうだな……隠しておくより、取り込む方が有益だ。

 マル宛の手紙を、書くことにした。
 マルの助言を受け、氾濫対策を行なっていること。
 その段階で、土嚢というものを提案されたこと。土を盛るのと、土嚢を積むのとでの、強度の違いが知りたいこと。
 その上で……マルを信頼していること。だから、協力を請いたいのだと。
 壮大な計画なので、会った時に話すからと。

 ふと気がつくと、いつの間にか執務室には俺しか居なかった。机の端の方に、サヤの描き直した川の断面図が数枚重ねて置いてある。
 あ、しまった。
 久しぶりだな。自分ではたいした時間考えていたつもりはないのだけれど、たまにやってしまう。思考にどっぷり浸かって、周りが全く見えなくなるのだ。
 何を話し掛けられたかも全く思い出せない。ハインのマルにですか?    を最後にさっぱりだ。
 失敗したことに気付いて頭を掻きむしった。
 あああぁぁ、サヤにも見られた……俺が間抜けな顔でぼーっとしてるのをきっと見られた……最悪だ。前これでギルに揶揄われたのだ。顔に落書きまでされた。
 流石にサヤは落書きしてないと思うけど……と、窓に映る自分を確認する。
 わ。落書きは無いけど、日中回ってないか?    もう昼なんじゃあ?    俺はいったい何時間ぼーっとしてたんだ⁉︎
 俺が風のように去った数時間を後悔していると、執務室の扉がコンコンと叩かれ、そっと開いた。

「レイシール様、気が付かれました?」

 サヤだった。俺の間抜け顔を見られたと思うと一気に顔が熱くなる。
 落ち着け俺、今更だ。もう散々間抜けなところは見せたろ……。そもそも怖い夢にうなされてるなんてことを知られてる時点で、最悪は経験済みだ。そう、もう俺の評価は落ちきってるから、今更だ。……なんか余計落ち込む……。

「ご、ごめん……。たまに……心ここに在らずになるというか……」

 しどろもどろ謝罪すると、サヤはふんわりと微笑んだ。

「はい。ハインさんから伺いました。
 すごく考えてらっしゃる時はそっとしておくようにって。
 申し訳ありません、いつ考えから抜け出されるか、分からなかったので、私たち昼食を済ませてしまったんです。
 レイシール様のぶんを、温め直しますから、どちらで取られますか?」

 あれ?あまり気にしてない……。

「……俺の部屋で良い?」
「畏まりました。では、お持ちしますね」

 パタンと扉が閉まり、俺はしばらく呆然とする。
 なんか普通だった……。全然馬鹿にする風もなかったし、笑うでもなかった……なんでだ?

「はっ、違う。もう昼なら、手紙を出さなきゃ……早馬が出せなくなるっ」

 大慌てでギルへの手紙を書く。
 えっと、文章考える時間が無い……まあいいか、マルはともかくギルにだし。
 水に強い繊維って何がある?土を入れたいんだけど。
 この前送った大店会議ちょっと待って、内容変わりそう。
 近いうち行くのは一緒。もしかしたら明日かも。

 思うままを箇条書きにして封筒に突っ込んで、蝋で蓋をした。
 マル宛と、ギル宛。確認してから執務室を出て、ハインを探すが居ない。仕方がないので、調理場に顔を出してサヤに聞いた。

「サヤ、ハイン知らない?」
「先ほど、村人さんがいらっしゃって、出ていかれました。
 収穫が終わったみたいです。すぐ戻るって、仰ってました」
「分かった、ありがとう」

 すぐ戻るったってな……もう時間ギリギリだろうし……いいや、俺が持って行こう。
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