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収穫 3

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 帰り道に、川岸近くにある一軒の農家が目につく。
 ん……。ちょっとだけ……寄り道するか。

「サヤ、少しごめん」

 前置きしてから、農家に足を向けた。
 ここはカミルの家なのだ。
 怪我の具合と、姉のユミルが気になった。

 トントンと扉を叩く。暫く物音が無い。「カミル」と、声を掛けたら、慌てた様な足音がして扉が開いた。

「なんだ、レイ様か。雨降ってんのにどうしたんだ?」
「ここんとこ、お前の足の具合聞いてなかったろ?それと……ユミルを見かけないから、体調崩してるんじゃないかと思ったんだ」

 この兄妹には親がいない。病気と事故で、早くに亡くしてしまっているのだ。
 祖父はいたが、高齢だし……畑仕事はもっぱら子供達の手に委ねられる。
 それ故、姉のユミルが無理をしがちだ。特に、今はカミルの怪我もある。俺が聞くと、カミルは、あー……と、居心地悪そうに頭を掻いた。

「俺の足は、もう大丈夫だよ。レイ様のお陰で膿まなかったし。姉ちゃんは……風邪」

 言葉を濁すが、なんとなく、室内から血の匂いがする。……眉間にしわを寄せると、誤魔化しそびれたと思ったらしいカミルが言いにくそうにした。

「カミ……」
「レイシール様。待ってください」

 途中でサヤに止められて、俺は背後を振り返る。
 サヤが、小さく首を横に振っている。言うなってことか?だが……。

「カミルくん……。ユミルさんの体を冷やさない様にね。お腹を温めるといいから……白湯を飲んだり、するといい。あと、丸まってると少し楽になるって教えてあげて。
 数日すれば治る。初めは調子が掴めないから、貧血になりやすいと思うけれど……病気じゃないから、大丈夫」

 顔を出さない様にしつつ、サヤが早口に言う。
 そして、お邪魔しましたと、俺の手を引き帰りましょうと促した。

「サヤ……だが……なんか様子がおかしかったぞ?
 あそこは両親共に早く亡くしている。祖父も高齢なんだ。だからユミルが……」
「存じてます。畑で話をたくさん聞けましたから。
 村の人たちも気にしてらっしゃいますから大丈夫ですよ。それから、ユミルさんは今、レイシール様にはどうにもできない問題で悩んでらっしゃるだけですから……」
「なんで?なんでサヤは分かってるんだ?
 俺ってそんなに頼りにならないか?俺に伏せて話をする理由はなんなんだよ!」

 先ほどのハインのこともあり、ちょっとムッとしてしまった。
 俺には分からない……。ハインもサヤも、農民達すら俺には分からないって言う……。

「違います。レイシール様が頼りにならないからとかじゃなく……女性の問題です。
 ユミルさんは……たぶん生理……月の汚れが始まったんですよ。
 初めのうちは、身体が慣れないから……しんどかったり、貧血になったりもします。
 さっき血の匂いがしたのを気にされたんでしょう?    それなら尚更、レイシール様が立ち入ってはいけないんです。ユミルさんはきっと、恥ずかしいでしょうから……」

 サヤの説明を聞いている間に、俺も顔から血が噴き出しそうになった。
 月の汚れって……そういえばユミルは十四歳だ……全然意識してなかった俺の鈍感さにびっくりだ……。
 俺が真っ赤になってしまったのを見て、サヤが笑う。
 そういえば、サヤにも言わせたことになるのだ……恥ずかしい話を、させてしまった!

「ご、ごめん……!」

 視線を逸らして謝る。サヤは、いいえ、気にしてませんよと言った。

「レイシール様は、男性ですから。
 男の方には分かりにくい事情ですよね。
 ハインさんも、その辺は専門外でしょうし……。これからは、私が注意しておきますから」
「うう……うん。お願いするね……」

 とっさにそう返してみたものの、はたと気付く。
 そういえば、サヤにもそれがやってくるのだ……。
 その場合どうすればいいんだ……サヤも数日部屋に籠るのか……?    毎月⁈
 それって女性だとバレてしまわないか⁇

「……あの……ギルさんとルーシーさんが、その辺のものに関しては、準備して下さいましたから大丈夫ですよ」

 若干困った顔で、サヤは苦笑しながらそう言った。俺の考えていたことが丸見えだったらしい。昨日届いた荷物の中に、サヤ以外開けるの禁止と書かれていたものがあったが……下着だと思っていたら、それ以外も入っていたのか。頼りになる友人がいてくれて良かった……。

「そ、そうなんだ……良かった……」

 ……良かったのか?    仮にも出血なんだよな?    それって体調を崩してしまったりしないのか?
 不安であったが、あまり根掘り葉掘り聞くのも憚られた。
 とりあえず今回は、この話を終わらせることにする。
 今は、女性の身体の問題より前に、氾濫をどうするかがあるしな……。

「それはそうと……。川の補強って、どうされるんですか?    あのままではないんですよね?」

 ちょうど同じことを考えていたらしいサヤが話を変える。俺はうんと頷いて、指折りやることを上げていった。

「雨がやんだら土を盛って、叩いて固めたり……岩で補強したりしないとな。
 少しでも高くした方が良いんだが……正直雨季になると土が緩む。あまり効果があると言えないんだ……。
 やらないよりは、やった方が良いさ。
 ただ、仮住居の建設もある……。こちらにだけ人手を割くことはできない。
 そうなると、高さもそう稼げないし……」
「あの……?   土を盛るって……普通に、盛るのですか?    その……土のまま?」
「?土は、土のまま以外何かある?」

 サヤの質問の意図が分からない……。小首を傾げると、サヤは少し考える素振りをした。
 しかし、すぐにそれを止める。そして別の質問をしてきた。

「仮住居を建設……っていうのなんですけど……この前、レイシール様は、別館を使えないかって言ってましたよね……。それはやはり……難しいのですか?」
「うん……別館とはいえ、領主一族の持ち物だからね……。使用人ならともかく農民には……前例がないだろうし……」
「ここの農家の方たちみんなが入れるくらい、部屋が余っているのに……。
 それが使えれたら、農家の方達総出で川の補強ができるのに……」
「うん……本当にね。
 ……やっぱり、一度掛け合ってみよう。無理だろうけど……万が一ということもある。
 近いうち、異母様たちも帰ると思うから……その時に」

 それを考えると憂鬱だった。
 帰ってくる……。暫くゆっくりしていたけれど、この忙しい時期に……。できるなら、暫く別邸へ行っていて欲しいくらいだ。そうすれば、少々無理ができる。それこそ、許可無しに農民達に別館を使わせても、良いと思うのだ。……後は怖いけれど、そこは俺が責任を取れば良い。

 そんな事を考えているうちに、別館に帰り着く。
 外套の雨粒を払ってから、サヤと二人中に入った。
 濡れた外套を入り口に出してあった衣装掛けに引っ掛けて、食堂に向かう。
 食堂からは良い匂いがしていた。ああ、もう昼になるしな……。

「お帰りなさいませ。そちらの椅子に手拭いを置いてありますら、拭いて下さい。
 少々寒いかもしれませんが、食後すぐに風呂を使いますから、暫く我慢して下さい」

 ハインが調理場から顔を覗かせてそう言う。
 手には鍋が一つ。それを机の上の、鍋敷きに乗せた。
 ……なんだこれ……ドロドロの何かだ……。ポテトサラダを連想するような……!

「サヤの料理?」
「はい。ホワイトシチューっていうんです。
 途中からハインさんにお願いしたんですけど、凄いですね。あの説明だけでちゃんと出来てる。美味しそう」
「サヤの説明で充分理解できましたので。
 これも面白い製法ですね。楽しかったですよ」

 口角を上げて、ハインがそう言う。今日二度目の笑顔だ。
 料理が絡むとほんと上機嫌というか……。普段からこれくらい和やかなら良いのにな。

「味見しますか?」
「必要無いと思いますよ。ハインさんが美味しく無いもの作るわけないですから」
「そうですか?サヤの思う味と違うかもしれませんが……」
「各家庭で味は違います。それが当然ですから。ハインさんの味覚は信用してるので、楽しみです」

 俺の髪の湿り気を手拭いで挟むようにして取りながら、サヤがそう言って笑う。
 俺はその手をやんわりと止めて、サヤの肩に大ぶりな手拭いを巻くように掛けた。

「俺は良いから……。サヤは先に自分の身体を拭いて。風邪を引く」

 サヤの前髪からも水滴が滴っていたのだ。
 俺の世話ばかりして自分事を後回しにしていた。仕事とはいえ……女性が身体を冷やすのは良くない。俺より小さいのだから、身体も冷えているはずだ。

「すぐに食事をしましょう。体も温まりますよ」

 ハインがそう言って、深皿にシチューをよそう。
 新しい料理が楽しみだ。


                    ◆          ◆          ◆


 美味な食事を堪能し、お茶を飲んで人心地ついてから、風呂の時間となった。
 はたして大鍋は風呂として機能するのか。
 問題なかった。寧ろ気持ち良いかもしれない。
 鍋の底を小さな火で熱し続ける訳だが、底に沈めた簀で直接触れない為熱くないし、身体を沈めると、水量も増えるので、思っていた程には水も必要なかったのだ。
 サヤによると、まず風呂の外で身体を流し、汚れを落としてから湯船に浸かるらしい。
 風呂の前にサヤが櫛で髪の汚れを落としてくれたので、頭から湯を被ってざっと流してから、湯に浸かった。じんわりと染み込むような温かさが心地よい。熱くなりすぎたら、鍋横に用意してある水を足して調節するそうだ。

「湯に浸かるだけで、皮脂などもある程度落とせますから、衛生面は随分良くなります。
 湯浴みするより短時間で綺麗にできますしね」
「ああ……。湯浴みは、結構寒いし、あまり好きじゃなかったんだが……これは気持ち良いかもなぁ」
「あまり浸かりすぎるとのぼせて頭がクラクラしますから、ほどほどで上がって下さい。
 垢などを落としたいときは、湯に一旦浸かって暫く身体を温めた後、外に出て手拭いで擦ります。
 体の表面をふやかしてあるので、あまりこすらなくても綺麗になりますよ」

 衝立越しにサヤから風呂の使い方を教わり、風呂を楽しんだ。
 次は、体が冷えているからという理由でサヤが利用した。
 本来は火の番が必要だが、女性の入浴なので、我々は一旦食堂へ退避する。

「あれは確かに気持ち良いかもな……。正直、本館の風呂より良い気がする。
 冷めないんだよ。あっちのは湯を継ぎ足すから、手間も人手もいるしすぐ冷めるからな」
「流石綺麗好き民族ですね。しかし、ここにも効率ですか……。
 サヤの民族は……農作業といい、風呂といい……効率化が得意なのでしょうか……?」
「ああ、 それは言えてるかもな」

 そんな話をしてるうちにサヤの入浴は終わり、上気した頬のサヤが嬉しそうな顔で出て来た。

「やっぱり良いなって思いました。
 お風呂……毎日ではないにしろ、これからは使えるんですよね……」
「そうですね。レイシール様も気に入ってらっしゃるようなので、三日に一度使うくらいで考えておきましょうか。
 では、私も使わせてもらいます。ああ、火の番は結構ですよ。調節してから入りますから」

 ハインがそう言って調理場に消える。

 で、余談なのだが。
 結果として、二日に一度の利用が定着することとなる。
 ハインが殊の外、風呂を気に入ったのだ。気持ち良かったらしい。
 サヤは喜び、俺も依存は無かったので了承したのだった。
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