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予兆 2
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しまった……。始めに思ったのはそれだった。
「はあああぁぁ~黒髪‼︎ 誤情報じゃ無かったんだ! 素晴らしい、素晴らしいですレイ様!
ちょっと君話を聞かせて、君の家族の髪の色は? 近所の人の髪の色は⁈ 先祖の髪の色とかどこまで知ってるか教えグエエエェェ!」
「黙れこの馬鹿! ビビってんだろうがサヤが‼︎」
サヤに飛びつきにかかったマルの首根っこをギルが鷲掴みにし、俺はサヤを背中に庇った。
髪……そうか、サヤが珍しい黒髪だということをすっかり失念していた……っ。
ていうか、隠さなきゃいけない部分が多すぎる……、三人頭付き合わせて考えたのに結局ボロが出てしまった!
「まあ……髪はどうせ隠せませんでしたよ……」
ハインが溜息を吐きつつ零す。その横でルーシーが威嚇中の猫のようにフーッ! と怒っている。「ひどいっ、サヤさんをびっくりさせないで!」という事らしい。
「マル……。サヤは俺の従者見習いなんだ。そんな風に慌てなくても、しばらくは俺と一緒にいる。だから、がっつくな」
「レイ様がハイン以外の従者を持つなんて⁉︎ 三年内の発生確率二割以下で計算してたのに予想外だなぁ。この子を雇った要因はなんなんでしょう? やはり髪の色とか?」
「……俺はそこにさして興味ないよ……。
子供が一人で街道を歩いているから……迷子かと思って声を掛けたんだ。そうしたら、雨季の仕事探しでメバックに行くっていうから……」
「分かりました。一人で行かせるのが不安で馬車に乗せた。それでハインに怒られた。道中で事情を聞いて、心配で雇うことにした。そしてハインに怒られた。で、雇ってみたらなんか思いの外優秀で、ハインに文句が無くなった。ってとこですか?」
「…………分かってるなら説明しなくて良いね」
馬鹿みたいに設定通りだ……。俺たちの作戦が大成功ということなのか、マルの千里眼効果なのか、俺の行動が読み易いのか……。どうでも良いけど、ハインに怒られるのは必須なんだね…。
「へえぇ、ところでお名前は?お幾つですか?」
「鶴来野小夜、十四歳です」
「兄弟は? 家族は? 親戚は? みんな黒髪?」
「えっ……と……」
「やめなさいって言ったでしょ」
俺が叱ると、ギルがマルの頭を鷲掴みにした。そのままギリギリと握力を込めていくので、マルがイタイイタイと抗議の声をあげる。その間に、俺はサヤに小声で話し掛けた。サヤ以外には聞き取れない、最小の小声で。
「サヤ……サヤが遠い異国から来たという設定は、そのままだ。あとは、サヤの国のことを話せばいい。話さない方がいい内容については、俺たちができるだけ阻止するから」
俺がそう言うと、背中に触れていたサヤの手がピクリと動いた。
「い、いいんですか?」
「ある程度伝えれば、多分暫くは納得する。今回はそれで巻く。ここまでと思えば、止めるから、話していい」
どうせ話さなきゃいつまでたっても同じ質問が繰り返されるのだ。
そして、あまりに隠せばマルがあの手この手で情報収集を始めてしまう。それよりは、こちらで与える情報を操作できる方がいい。
「兄弟は……いません。家族は……両親と、祖母が一人。親戚は……二十人前後いると思います。
だいたいみんな黒髪か、茶色がかってますけど……」
律儀だ……。きっちり質問に答えた……。
そんな部分に苦笑してしまう。サヤらしいと言うか、なんと言うか…。
「私は、日本という、遠い異国から来ました。ルートは説明できません。遠すぎて……。
そこでは黒髪は、普通です。こんなに珍しがられるとは、思っていませんでした」
「ルートというのは、なんて意味ですか?」
「えっ……い、行き方?」
「おおお、異国語なんですね。なのに広域語を流暢に喋るのですねぇ!
そうかぁ。この大陸には少ない民族なんですね……。それなら、黒髪の少ないことにも理由がつくのかな…?
それにしても人生で初、黒髪! いやぁ、白髪はいるのに黒髪はいないなんて納得できなかったんですよ。髪色の比率を計算し直さなきゃなぁ」
そんな妙な事してたんですか貴方……。相変わらず、マルはマルだ。
「ところでレイ様は、いつから銀髪に?髪色って途中から変えられるものなんですか?」
「そんなわけないだろ。洗い方を改めたらこうなったんだよ」
「……洗い方を、改めた?」
…………あれ?
「なんですかそれ! なんか特殊な技術なんですかっ、どう改めたら髪色が変わるんですかああぁぁ!」
ひいぃっ、与えなくていい情報を与えてしまった!
「………収集つかなくなって来たな……」
「………なるべくしてなった感じですね……」
マルにしがみつかれて悲鳴をあげる俺を生贄にして、ギルとハインは溜息をついたのだった。
◆ ◆ ◆
「私の国の建造物は基本的に木造で、道は土。石畳なんて引いてありません。ですから、普通に生活していても砂まみれ、埃みまれになるのです。それで、洗うという事に特化したのだと思います……たぶん……」
サヤがしどろもどろ話を続けている。俺がマルの質問に答えられなかったので、自然とそうなってしまった。
サヤは、たまに空中を見上げつつ、ぽつぽつと話す。自分の中で、言えることと言えないことを、ある程度吟味しているのだと思った。配慮のできる子でほんと助かる…。
「はぁ~。海を挟むとずいぶん変わるのですねぇ」
「私の国は、特別隔離された島国だったので。
海を渡るのが命懸け……季節や、潮の流れで運ばれる場所も変わりますから……」
「そうでしょうねぇ。そりゃ、帰ろうと思っても帰れないわけだ。ふむふむ。興味深いなぁ、面白いなぁ!」
「もう、いい加減にしてくださいな! 辛い過去を根掘り葉掘り……マルさんには配慮が無さ過ぎです! この話はもうおしまい‼︎」
ルーシーがサヤの頭を抱きすくめ、庇いながらマルをなじる。マルはえぇそんなぁと、悲嘆にくれた声を上げるものの、文句は受け付けませんと突っぱねられた。
ルーシー強いな……。いいんじゃないかこれ、マル対策に。
「そうしてやってくれ。サヤだって辛いと思うから。
今日はたくさん話を聞けたろ?今度は俺の用事を済ませてくれないか」
マルを呼んだのは氾濫についての情報収集のためなのだ。珍しいサヤを披露するためじゃない。そこを思い出してもらわないと。
「はぁ、……仕方ないなぁ。まあいいか、また今度話を聞かせてもらいます」
一応、珍しい話を堪能できたマルは納得したらしい。案外あっさりと諦めた。
とりあえず仕入れた情報の吟味を優先するつもりなのかもな。
「レイ様には、言わなきゃなぁと思ってることがいくつかあるんですよねぇ。
今年は川の氾濫を見越して、準備しといてもらわないとだし」
なんでもない事のように言う内容がとんでもない。
一瞬呆気にとられた俺は、次の瞬間、右手が勝手に動いて、マルの肩を掴んでいた。
「どういう事⁉︎」と、俺がマルを締め上げる番だ。
「いえね、アギー領の材木の値段が上がってましてねぇ。
情報集めてみたら、今年の頭頃にまた下町を焼く大火災が発生したみたいなんですよねぇ。
あそこいい加減、あの密集状態をなんとかした方がいいと思いませんか?」
「知らねぇよ……他領の火災問題は関係ねぇだろ。自領の水害問題なんだよ今は」
ギルが呆れた風に横槍を入れる。するとマルは、だからその話ですよとギルに返した。
「あんまり昔の情報が無いんで、分析に苦労してるんですよ。
でも、アギー領で火災が起こった後とか、水位が上がってる気がして。拾えるとこだけ拾い上げて計算していったんですけどね。なんか気のせいとか、偶然とかじゃない感じなんですよねぇ。
アギーに鉱脈がみつかるまでは、水位上昇は見えないんですよ。
アギーが発展して、街が拡張されていくにつれ、水位の上昇が見られだしましてね、大火災。あれが度々起こるようになってから、もう少し加速した感じなんですよねぇ」
洗われたはずなのにやっぱり跳ねてる髪をばりばりと掻いて、マルが言う。
さて、と、前置きしてから、切り替わった。無表情のマルに。
「はあああぁぁ~黒髪‼︎ 誤情報じゃ無かったんだ! 素晴らしい、素晴らしいですレイ様!
ちょっと君話を聞かせて、君の家族の髪の色は? 近所の人の髪の色は⁈ 先祖の髪の色とかどこまで知ってるか教えグエエエェェ!」
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髪……そうか、サヤが珍しい黒髪だということをすっかり失念していた……っ。
ていうか、隠さなきゃいけない部分が多すぎる……、三人頭付き合わせて考えたのに結局ボロが出てしまった!
「まあ……髪はどうせ隠せませんでしたよ……」
ハインが溜息を吐きつつ零す。その横でルーシーが威嚇中の猫のようにフーッ! と怒っている。「ひどいっ、サヤさんをびっくりさせないで!」という事らしい。
「マル……。サヤは俺の従者見習いなんだ。そんな風に慌てなくても、しばらくは俺と一緒にいる。だから、がっつくな」
「レイ様がハイン以外の従者を持つなんて⁉︎ 三年内の発生確率二割以下で計算してたのに予想外だなぁ。この子を雇った要因はなんなんでしょう? やはり髪の色とか?」
「……俺はそこにさして興味ないよ……。
子供が一人で街道を歩いているから……迷子かと思って声を掛けたんだ。そうしたら、雨季の仕事探しでメバックに行くっていうから……」
「分かりました。一人で行かせるのが不安で馬車に乗せた。それでハインに怒られた。道中で事情を聞いて、心配で雇うことにした。そしてハインに怒られた。で、雇ってみたらなんか思いの外優秀で、ハインに文句が無くなった。ってとこですか?」
「…………分かってるなら説明しなくて良いね」
馬鹿みたいに設定通りだ……。俺たちの作戦が大成功ということなのか、マルの千里眼効果なのか、俺の行動が読み易いのか……。どうでも良いけど、ハインに怒られるのは必須なんだね…。
「へえぇ、ところでお名前は?お幾つですか?」
「鶴来野小夜、十四歳です」
「兄弟は? 家族は? 親戚は? みんな黒髪?」
「えっ……と……」
「やめなさいって言ったでしょ」
俺が叱ると、ギルがマルの頭を鷲掴みにした。そのままギリギリと握力を込めていくので、マルがイタイイタイと抗議の声をあげる。その間に、俺はサヤに小声で話し掛けた。サヤ以外には聞き取れない、最小の小声で。
「サヤ……サヤが遠い異国から来たという設定は、そのままだ。あとは、サヤの国のことを話せばいい。話さない方がいい内容については、俺たちができるだけ阻止するから」
俺がそう言うと、背中に触れていたサヤの手がピクリと動いた。
「い、いいんですか?」
「ある程度伝えれば、多分暫くは納得する。今回はそれで巻く。ここまでと思えば、止めるから、話していい」
どうせ話さなきゃいつまでたっても同じ質問が繰り返されるのだ。
そして、あまりに隠せばマルがあの手この手で情報収集を始めてしまう。それよりは、こちらで与える情報を操作できる方がいい。
「兄弟は……いません。家族は……両親と、祖母が一人。親戚は……二十人前後いると思います。
だいたいみんな黒髪か、茶色がかってますけど……」
律儀だ……。きっちり質問に答えた……。
そんな部分に苦笑してしまう。サヤらしいと言うか、なんと言うか…。
「私は、日本という、遠い異国から来ました。ルートは説明できません。遠すぎて……。
そこでは黒髪は、普通です。こんなに珍しがられるとは、思っていませんでした」
「ルートというのは、なんて意味ですか?」
「えっ……い、行き方?」
「おおお、異国語なんですね。なのに広域語を流暢に喋るのですねぇ!
そうかぁ。この大陸には少ない民族なんですね……。それなら、黒髪の少ないことにも理由がつくのかな…?
それにしても人生で初、黒髪! いやぁ、白髪はいるのに黒髪はいないなんて納得できなかったんですよ。髪色の比率を計算し直さなきゃなぁ」
そんな妙な事してたんですか貴方……。相変わらず、マルはマルだ。
「ところでレイ様は、いつから銀髪に?髪色って途中から変えられるものなんですか?」
「そんなわけないだろ。洗い方を改めたらこうなったんだよ」
「……洗い方を、改めた?」
…………あれ?
「なんですかそれ! なんか特殊な技術なんですかっ、どう改めたら髪色が変わるんですかああぁぁ!」
ひいぃっ、与えなくていい情報を与えてしまった!
「………収集つかなくなって来たな……」
「………なるべくしてなった感じですね……」
マルにしがみつかれて悲鳴をあげる俺を生贄にして、ギルとハインは溜息をついたのだった。
◆ ◆ ◆
「私の国の建造物は基本的に木造で、道は土。石畳なんて引いてありません。ですから、普通に生活していても砂まみれ、埃みまれになるのです。それで、洗うという事に特化したのだと思います……たぶん……」
サヤがしどろもどろ話を続けている。俺がマルの質問に答えられなかったので、自然とそうなってしまった。
サヤは、たまに空中を見上げつつ、ぽつぽつと話す。自分の中で、言えることと言えないことを、ある程度吟味しているのだと思った。配慮のできる子でほんと助かる…。
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「私の国は、特別隔離された島国だったので。
海を渡るのが命懸け……季節や、潮の流れで運ばれる場所も変わりますから……」
「そうでしょうねぇ。そりゃ、帰ろうと思っても帰れないわけだ。ふむふむ。興味深いなぁ、面白いなぁ!」
「もう、いい加減にしてくださいな! 辛い過去を根掘り葉掘り……マルさんには配慮が無さ過ぎです! この話はもうおしまい‼︎」
ルーシーがサヤの頭を抱きすくめ、庇いながらマルをなじる。マルはえぇそんなぁと、悲嘆にくれた声を上げるものの、文句は受け付けませんと突っぱねられた。
ルーシー強いな……。いいんじゃないかこれ、マル対策に。
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一応、珍しい話を堪能できたマルは納得したらしい。案外あっさりと諦めた。
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今年は川の氾濫を見越して、準備しといてもらわないとだし」
なんでもない事のように言う内容がとんでもない。
一瞬呆気にとられた俺は、次の瞬間、右手が勝手に動いて、マルの肩を掴んでいた。
「どういう事⁉︎」と、俺がマルを締め上げる番だ。
「いえね、アギー領の材木の値段が上がってましてねぇ。
情報集めてみたら、今年の頭頃にまた下町を焼く大火災が発生したみたいなんですよねぇ。
あそこいい加減、あの密集状態をなんとかした方がいいと思いませんか?」
「知らねぇよ……他領の火災問題は関係ねぇだろ。自領の水害問題なんだよ今は」
ギルが呆れた風に横槍を入れる。するとマルは、だからその話ですよとギルに返した。
「あんまり昔の情報が無いんで、分析に苦労してるんですよ。
でも、アギー領で火災が起こった後とか、水位が上がってる気がして。拾えるとこだけ拾い上げて計算していったんですけどね。なんか気のせいとか、偶然とかじゃない感じなんですよねぇ。
アギーに鉱脈がみつかるまでは、水位上昇は見えないんですよ。
アギーが発展して、街が拡張されていくにつれ、水位の上昇が見られだしましてね、大火災。あれが度々起こるようになってから、もう少し加速した感じなんですよねぇ」
洗われたはずなのにやっぱり跳ねてる髪をばりばりと掻いて、マルが言う。
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