上 下
32 / 1,121

予兆 2

しおりを挟む
 しまった……。始めに思ったのはそれだった。

「はあああぁぁ~黒髪‼︎    誤情報じゃ無かったんだ!    素晴らしい、素晴らしいですレイ様!
 ちょっと君話を聞かせて、君の家族の髪の色は?    近所の人の髪の色は⁈    先祖の髪の色とかどこまで知ってるか教えグエエエェェ!」
「黙れこの馬鹿!    ビビってんだろうがサヤが‼︎」

 サヤに飛びつきにかかったマルの首根っこをギルが鷲掴みにし、俺はサヤを背中に庇った。
 髪……そうか、サヤが珍しい黒髪だということをすっかり失念していた……っ。
 ていうか、隠さなきゃいけない部分が多すぎる……、三人頭付き合わせて考えたのに結局ボロが出てしまった!

「まあ……髪はどうせ隠せませんでしたよ……」

 ハインが溜息を吐きつつ零す。その横でルーシーが威嚇中の猫のようにフーッ!    と怒っている。「ひどいっ、サヤさんをびっくりさせないで!」という事らしい。

「マル……。サヤは俺の従者見習いなんだ。そんな風に慌てなくても、しばらくは俺と一緒にいる。だから、がっつくな」
「レイ様がハイン以外の従者を持つなんて⁉︎    三年内の発生確率二割以下で計算してたのに予想外だなぁ。この子を雇った要因はなんなんでしょう?    やはり髪の色とか?」
「……俺はそこにさして興味ないよ……。
 子供が一人で街道を歩いているから……迷子かと思って声を掛けたんだ。そうしたら、雨季の仕事探しでメバックに行くっていうから……」
「分かりました。一人で行かせるのが不安で馬車に乗せた。それでハインに怒られた。道中で事情を聞いて、心配で雇うことにした。そしてハインに怒られた。で、雇ってみたらなんか思いの外優秀で、ハインに文句が無くなった。ってとこですか?」
「…………分かってるなら説明しなくて良いね」

 馬鹿みたいに設定通りだ……。俺たちの作戦が大成功ということなのか、マルの千里眼効果なのか、俺の行動が読み易いのか……。どうでも良いけど、ハインに怒られるのは必須なんだね…。

「へえぇ、ところでお名前は?お幾つですか?」
「鶴来野小夜、十四歳です」
「兄弟は?    家族は?    親戚は?    みんな黒髪?」
「えっ……と……」
「やめなさいって言ったでしょ」

 俺が叱ると、ギルがマルの頭を鷲掴みにした。そのままギリギリと握力を込めていくので、マルがイタイイタイと抗議の声をあげる。その間に、俺はサヤに小声で話し掛けた。サヤ以外には聞き取れない、最小の小声で。

「サヤ……サヤが遠い異国から来たという設定は、そのままだ。あとは、サヤの国のことを話せばいい。話さない方がいい内容については、俺たちができるだけ阻止するから」

 俺がそう言うと、背中に触れていたサヤの手がピクリと動いた。

「い、いいんですか?」
「ある程度伝えれば、多分暫くは納得する。今回はそれで巻く。ここまでと思えば、止めるから、話していい」

 どうせ話さなきゃいつまでたっても同じ質問が繰り返されるのだ。
 そして、あまりに隠せばマルがあの手この手で情報収集を始めてしまう。それよりは、こちらで与える情報を操作できる方がいい。

「兄弟は……いません。家族は……両親と、祖母が一人。親戚は……二十人前後いると思います。
 だいたいみんな黒髪か、茶色がかってますけど……」

 律儀だ……。きっちり質問に答えた……。
 そんな部分に苦笑してしまう。サヤらしいと言うか、なんと言うか…。

「私は、日本という、遠い異国から来ました。ルートは説明できません。遠すぎて……。
 そこでは黒髪は、普通です。こんなに珍しがられるとは、思っていませんでした」
「ルートというのは、なんて意味ですか?」
「えっ……い、行き方?」
「おおお、異国語なんですね。なのに広域語を流暢に喋るのですねぇ!
 そうかぁ。この大陸には少ない民族なんですね……。それなら、黒髪の少ないことにも理由がつくのかな…?
    それにしても人生で初、黒髪!    いやぁ、白髪はいるのに黒髪はいないなんて納得できなかったんですよ。髪色の比率を計算し直さなきゃなぁ」

 そんな妙な事してたんですか貴方……。相変わらず、マルはマルだ。

「ところでレイ様は、いつから銀髪に?髪色って途中から変えられるものなんですか?」
「そんなわけないだろ。洗い方を改めたらこうなったんだよ」
「……洗い方を、改めた?」

 …………あれ?

「なんですかそれ!    なんか特殊な技術なんですかっ、どう改めたら髪色が変わるんですかああぁぁ!」

 ひいぃっ、与えなくていい情報を与えてしまった!

「………収集つかなくなって来たな……」
「………なるべくしてなった感じですね……」

 マルにしがみつかれて悲鳴をあげる俺を生贄にして、ギルとハインは溜息をついたのだった。


                    ◆     ◆     ◆


「私の国の建造物は基本的に木造で、道は土。石畳なんて引いてありません。ですから、普通に生活していても砂まみれ、埃みまれになるのです。それで、洗うという事に特化したのだと思います……たぶん……」

 サヤがしどろもどろ話を続けている。俺がマルの質問に答えられなかったので、自然とそうなってしまった。
 サヤは、たまに空中を見上げつつ、ぽつぽつと話す。自分の中で、言えることと言えないことを、ある程度吟味しているのだと思った。配慮のできる子でほんと助かる…。

「はぁ~。海を挟むとずいぶん変わるのですねぇ」
「私の国は、特別隔離された島国だったので。
 海を渡るのが命懸け……季節や、潮の流れで運ばれる場所も変わりますから……」
「そうでしょうねぇ。そりゃ、帰ろうと思っても帰れないわけだ。ふむふむ。興味深いなぁ、面白いなぁ!」
「もう、いい加減にしてくださいな!    辛い過去を根掘り葉掘り……マルさんには配慮が無さ過ぎです!    この話はもうおしまい‼︎」

 ルーシーがサヤの頭を抱きすくめ、庇いながらマルをなじる。マルはえぇそんなぁと、悲嘆にくれた声を上げるものの、文句は受け付けませんと突っぱねられた。
 ルーシー強いな……。いいんじゃないかこれ、マル対策に。

「そうしてやってくれ。サヤだって辛いと思うから。
 今日はたくさん話を聞けたろ?今度は俺の用事を済ませてくれないか」

 マルを呼んだのは氾濫についての情報収集のためなのだ。珍しいサヤを披露するためじゃない。そこを思い出してもらわないと。

「はぁ、……仕方ないなぁ。まあいいか、また今度話を聞かせてもらいます」

 一応、珍しい話を堪能できたマルは納得したらしい。案外あっさりと諦めた。
 とりあえず仕入れた情報の吟味を優先するつもりなのかもな。

「レイ様には、言わなきゃなぁと思ってることがいくつかあるんですよねぇ。
 今年は川の氾濫を見越して、準備しといてもらわないとだし」

 なんでもない事のように言う内容がとんでもない。
 一瞬呆気にとられた俺は、次の瞬間、右手が勝手に動いて、マルの肩を掴んでいた。
「どういう事⁉︎」と、俺がマルを締め上げる番だ。

「いえね、アギー領の材木の値段が上がってましてねぇ。
 情報集めてみたら、今年の頭頃にまた下町を焼く大火災が発生したみたいなんですよねぇ。
 あそこいい加減、あの密集状態をなんとかした方がいいと思いませんか?」
「知らねぇよ……他領の火災問題は関係ねぇだろ。自領の水害問題なんだよ今は」

 ギルが呆れた風に横槍を入れる。するとマルは、だからその話ですよとギルに返した。

「あんまり昔の情報が無いんで、分析に苦労してるんですよ。
 でも、アギー領で火災が起こった後とか、水位が上がってる気がして。拾えるとこだけ拾い上げて計算していったんですけどね。なんか気のせいとか、偶然とかじゃない感じなんですよねぇ。
 アギーに鉱脈がみつかるまでは、水位上昇は見えないんですよ。
 アギーが発展して、街が拡張されていくにつれ、水位の上昇が見られだしましてね、大火災。あれが度々起こるようになってから、もう少し加速した感じなんですよねぇ」

 洗われたはずなのにやっぱり跳ねてる髪をばりばりと掻いて、マルが言う。
 さて、と、前置きしてから、切り替わった。無表情のマルに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

公爵閣下、私があなたと愛を育むつもりだと思っているのでしたらとんだ勘違いですよ~息子を愛していますので、あなたからの愛は必要ありません~

ぽんた
恋愛
アン・ロックフェラー公爵令嬢は、諦め人生を送っている。王子との運命の婚約に結婚。そして、離縁。将軍であるクレイグ・マッキントッシュ公爵に下賜された再婚。しかし、彼女は息子を得た。最愛の息子レナード(レン)を。国境警備で不在のクレイグに代わり、マッキントッシュ公爵領でレンとすごす日々。この束の間のしあわせは、クレイグが国境警備から帰ってきたことによって打ち砕かれることに。アンは、ふたたび諦めることを決意するのだった。その方がラクだからと。しかし、最愛の息子のため最善を尽くしたいという気持ちと葛藤する。 ※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】妻に逃げられた辺境伯に嫁ぐことになりました

金峯蓮華
恋愛
王命で、妻に逃げられた子持ちの辺境伯の後妻になることになった侯爵令嬢のディートリント。辺境の地は他国からの脅威や魔獣が出る事もある危ない場所。辺境伯は冷たそうなゴリマッチョ。子供達は母に捨てられ捻くれている。そんな辺境の地に嫁入りしたディートリント。どうする? どうなる? 独自の緩い世界のお話です。 ご都合主義です。 誤字脱字あります。 R15は保険です。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

処理中です...