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片恋 3

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 今通ったばかりの廊下をまた戻り、自室に向かう。
 その間も、頭の中にずっと繰り返されるのは、サヤのこと。そしてカナくんのこと。
 俺はカナくんに似てるのかな……だからサヤは、俺に慣れたのかな……。カナくんは強いんだろうな……サヤをあんな風に、強くするんだからきっと……サヤ以上の使い手なんだろう……。
 カナくんはサヤの……恋人なのかな……。十六歳なら……夫であっても、おかしくないんだ……。
 そんな風に、考えたくもないことが頭の中を繰り返し埋めていくのだ。

 おばあちゃん、かなくん、もう、あえへんのやろか……。
 すぐにかなくんが、きてくれたから……たいしたことは、されてません……。

 馬鹿みたいにサヤのカナくんと呼ぶ声が、頭をぐるぐるとかき回す。
 そのせいで、呼ばれていることに気付かなかった。
 そのまま階段を上り、部屋の扉が視界に入った時、急に目の前に何かが飛び出す。

「うおっ⁈」

 ぶつかりそうになってあわてて一歩引いたら、それはルーシーだった。
 真っ赤な目で、ボロボロと涙をこぼしているものだから、唖然としてしまった。何事⁈

「あっ、あの……私、知らなくって……サヤさんに、そんな経験あるとは、思わなくって……。
 傷つけるつもりは、無かったんです。ただサヤさんが、レイシール様に嫌われたくないって、思ってるんだって、そう思ったから……ごめんなさい!」
「へっ?いや……ご、ごめん……。もしかして、話し掛けてた?」
「レイシール様が怒るのも当然ですから!    だけどっ」
「いや、怒ってない、怒ってないよ⁈    ごめんっ、ちょっと考え事中で、全然聞いてなかったんだ!」

 しまった……。なにを聞き逃したんだ?    ルーシーにすら気付かないなんて……末期だ……。俺の頭は相当鈍くなってる。
 泣く彼女を必死でなだめる。もう、正直に言って謝るしかない。

「ごめんルーシー。ほんと、怒ってないんだ。ちょっと、自分のことで頭いっぱいになってた……。
    サヤは大丈夫だよ。ルーシーのことを心配してた。元気付けようとしてくれたって言ってたから、悪気がなかったのも分かってる。
 だからそんな風に泣かないで。大丈夫だから。
 あ、サヤの服を持ってきてくれたんだね、ありがとう……。起きたら、渡しておくから……」

 俺が必死でなだめ、謝ると、ルーシーは顔をごしごしと擦りながら頷いた。
 サヤの服を受け取る。だけど、立ち去ろうとはしなくて、まだ何か言いたそうな感じにしているものだから……話を聞くことにした。今は、頭が働く気がしないんだけど……仕方ない。

「さっきサヤが、私に迷惑かけてるって、落ち込んでたって話……ギルから聞いたよ」
「はい……。レイシール様が、優しくしてくれるのが心苦しいって、言ってました。
 感謝してるけど、逆に迷惑かけてる気がして、申し訳ないって。気を遣わせないようにしたいのに、そんなこともできないって……」
「逆だよね。私が気を遣ってるんじゃなくて、サヤがそうしてるのに……。
 さっきギルにも言われたんだ……、私は周りにすごく、気を遣わせてしまうみたい……。全然迷惑してないのに、サヤを不安にさせてしまうんだ……。駄目だよねほんと。もっとしっかりしてなきゃいけないのに……」
「……レイシール様は、サヤさんのこと、面倒だなんて、思ってないですよね?」
「思うわけないよ!思うわけない……。サヤは、慣れない場所で、一生懸命頑張ってると思うし……私の方がよっぽど面倒臭い奴だろうし……」
「そうなんですか?」
「そうだよ。自分ではなにもできないんだ……。ギルやハインや、サヤに助けてもらってばっかりだよ……」

 人の手を煩わせてばかりだ……。そう思って溜息を吐くと、ルーシーは「なんだか、私と一緒」と言った。そしてやっと笑う。

「サヤさんが……似たようなこと言ってました。
 人の手を煩わせてばかり……、面倒がられて、最後には嫌われる……って。
 誰かにそんな風に、言われたみたいで……。でも、レイシール様じゃなかったみたい。
 レイシール様に、嫌われたくないって、言ってる風だったから……。サヤさんはあんなに優しくて、綺麗なんだから……嫌う男の人なんているはずないって、そう思って……。
 こんなことしてしまって、申し訳ありません……。でも、サヤさんの気持ちを、伝えたかったの!」

 一生懸命話すルーシーに、ああ、サヤの言うとおり、優しい子なのだなと思った。
 そして、次にルーシーの口から出た言葉に、慌てる。

「サヤさんは……捨てられたの?」
「ええっ⁈」
「だって、レイシール様に、拾われたって、言ってました。
 未成年の女の子一人で放り出す親なら、面倒がったり、嫌ったりするかなって……」
「ちっ、違うよっ、サヤはその……は、はぐれたんだよ!異国の地で、迷子になっちゃったんだ!」
「そうなんですか?」
「そうそう。初めての土地だから、行き先も分からなくて……迷っていたから、保護したんだよ。捨てられたんじゃない……。サヤはあんなにいい子なんだから……嫌う人なんて、いないよ」
「そうですよね。でも……じゃあなんであんなこと、言ったんだろ……。誰に嫌われたのか……あ、女の人かな。美人だし、妬まれちゃったりしたのかもしれませんね」

 勝手に考えてうんうんと頷くルーシー。俺もうんうんと頷いておく。余計なことは言わないでおこう……なんかまた、変な事になりそうだし……。

「サヤを、心配してくれてありがとう、ルーシー」

 お礼を言うと、びっくりした顔をした。そして、えへへと、照れたように笑う。
 とりあえずそれでなんとか収拾がついた。
 ルーシーと別れ、部屋に戻る。
 サヤはまだ眠っていた。よかった……耳が良いから、起こしてるかもしれないと不安だったのだ。

 寝台を覗き込むと、サヤの長い睫毛が、頬に影を落としていた。心なしか、血の気が戻っている。顔を近づけると、微かな呼吸音。自然と頬に触れそうになって、慌てて手を引っ込めた。
 どうかしてる……。眠る女性に、触れようとするなんて……。ましてサヤは、男に触れられるなんて、論外だろう。寝顔だって、見られたくないはずだ。
 さっきと同じように、寝台に背をつける形で座り込む。
 下手にサヤを見てると、変な気を起こしそうだと思ったのだ。触れたくなってしまう……。

「サヤ、俺は……ね。サヤの苦しいの、ちょっと分かる気がするんだ。
 幼い時、死にかけたっていうか……殺されかけたっていうか……。自分の意思の外からかかる重圧には、身に覚えがある。それの後に、続くことにも…………。
 だから……そのね……苦しくなったら……。こうやって話を聞くくらいしか、してやれないと思うけど……。吐き出したい時は、言ってほしい。
 ごめんね……。カナくんの代わりには、ならないと思うけど……」

 それでも、ここにカナくんはいないから……。ここでくらい、守らせてほしい。
 サヤを帰すまで、どれくらいの時間があるのか分からない。
 早く帰してあげなきゃ…サヤには家族がいる………幼馴染も……。
 本来ここにいるべき子じゃないんだ。だから………帰したくないなんて、思っちゃいけない。ずっといて欲しいなんて、思っちゃいけないんだ……。

 いつの間にか、俺のサヤを守りたいと言う気持ちは、義務ではなく、責任でもなく、俺のしたいことにすり替わってしまっていた。たった三日、一緒にいただけなのに……。なんでだ?全然分からない……。
 我儘になってしまってる自分に溜息を吐く。
 駄目だ……何かを欲しいなんて思っちゃ駄目だ……。俺にはその資格が無い。許されていない。そしてまた無くした時、死にたくなるほど辛くなるって、分かっているのだから…………。
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