上 下
13 / 1,121

知識 2

しおりを挟む
「……健康?」
「何故身綺麗が健康に関わってくるのですか……」

 また不思議なことを言い出したな……。
 サヤの話はなんだかいまいち脈略がないと、分かってきた気がするぞ。

「清潔にすると、病気になりにくいんです。
 今、この空間にも、病原菌……病気の元となる小さな生物が沢山います。
 目に見えないくらい小さな生物です。
 その生物は、呼吸や食事などで体内に取り込まれています。
 健康であれば、そんなちっちゃな生物になんて負けませんから、少々侵入してきても、身体が退治します。
 でも、不潔にしていたりすると、身体自体に病気の菌が沢山くっついてます。
 家の中が不潔だったりすると、当然家の中の菌も増えます。
 そうなると身体に入ってくる菌の量も増えます。
 えっと……一対一で戦うのは、難しくありませんよね?
 でも、多数に攻撃されると、大変でしょう?
 体に入ってくる菌の数が増えると、当然負けやすくなるんです。
 結果、病気になりやすくなります」

 サヤの話に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
 病気って、そんな風にしてなるの⁉︎というものと、なにそれ本気で言ってる⁉︎という……なんと表現していいか分からない感情だ。
 ハインも、目を見張っている。馬鈴薯を剥く手すら止まってしまった。
 目に見えない生物とか……なんでサヤはそんなものを知ってる⁉︎本当にそんなものがいるのか?

「それは……本気で言ってるの?」
「はい。信じられないかもしれませんけど、本当ですよ?
 ……いえ、私の世界では、そうなんです。ここが全く一緒とは思えませんけれど……。
 例えば……うーん……生水。
 その辺で汲んだだけの生水と、煮沸した水とでは、お腹を壊す可能性が違うと思いませんか?」

 サヤの例えに、俺も思考を巡らせる。確かに……それは違うよな……。でもなんでかって言われると……なんでだろう?

「怪我をした時、傷口が膿んだりしますよね。それは、何故だと思います?」
「何故……?たまたま、何か運が悪かったとかではなく?」

「違います。傷口から、体にとって良くない菌が侵入したからなんです。
 膿は、白血球……血の中の、侵入者と戦う兵隊と、侵入してきた菌の死骸等です。
 生水の場合は、目に見えない微生物や菌……これが煮沸で死んだから、体に悪影響を与えなかったという事です」

 ちょっ、と、待って……なんかもう、頭がついていかないんだ。
 え?ハッケッキュウ?膿が死骸?
 目を白黒させて必死で話についていこうとするが、俺には理解不能だ。
 そんな俺を見て、サヤがもっと噛み砕いた説明をしてくれる。

「刃物で怪我をしただけの傷口は、すぐに治りますよね。
 だけど、その傷に泥が付いていたら、膿みやすくなります。
 毎日お風呂に入って清潔にしている人の傷口の周りには菌が少ないですが、不衛生な方の場合はすぐ近くにたくさん菌がいます。
 戦場に出ている兵士さんは、自分の怪我の治療なんてそっちのけで、泥まみれになって戦うので、傷が膿みやすいです」

 あ、それなら解る。確かに、遠征に行った兵士には、小さな傷が命取りとなって死ぬ者や、腕や足を切り落とすような惨事になる者がいる。傷口から悪魔が入ったと言うのだ。もしかして、その悪魔が、サヤの言う菌なんだな?

「そう。そうなんです。それから、病気の大流行とか、たまにあるでしょう?
 あれも菌が原因なんです。
 知らない間に拡大しているように見えますけど、菌は、病気の人の体内でたくさん増えるんですよ。病気の人が熱を出すのは、その菌と戦っているからです。そして、病気の人の咳や、嘔吐物から菌がばら撒かれて、それを吸って周りの人が感染するんです。
 だから、家族とか、職場とか、同じ場所に居た人が移るんですよ。
 うがい、手洗い、アルコール消毒などで、菌を退治したり、洗い流したりして、感染をある程度防ぐこともできます。
 お風呂にはいるのが良いのも、菌を洗い流したり、体を温めることで、免疫力が高まる……だと、分からないのかな……。
 えっと……菌は、熱に弱いものが多いので、体を温めるだけで、たくさん倒すことができるんです」

 なんとなく分かってきた。我々が悪魔に魅入られたとか言っているようなことが、大抵は菌が原因だということか。
 ハインも、食いつかんばかりに聞き入っている。相当興味があるのかな?    こんな真剣な顔も久しぶりな気がするぞ。

「サヤ。生水で体を洗うより、湯で洗う方が効果的なのですね?
 それは、服や食器の汚れが、湯の方がよく落ちるのと同じような理由ですか?」
「はい、そうです。
 それと、体を温めることで、血の循環が良くなります。血の循環が良くなると、敵を倒す兵士の生産が増えるんです。だから、菌の侵入に強くなります」

 ひいては、健康になります。
 サヤがそう言って話をまとめる。
 凄い……凄いな。本当に、綺麗にするだけで病気が防げるなら、そんな良いことはないよな……。医者は高値だ。それこそ、農民達が風呂に入る習慣を付けたら、病気になる者が減って、家計の助けにもなるのじゃないか?
 俺が興奮気味にそう語ると、サヤが嬉しそうに微笑み同意する。

「確かに、そうだと思いますよ。
 あと、怪我をした時、適当にその辺である水で流すのではなく、その日のうちに、一度沸騰させた水で洗うと、膿み難いかもしれませんね」
「よしっ、じゃあ農民たちに周知しなくてはなっ」
「それはまだ意味がありません」

 盛り上がる俺とサヤに、ハインが横槍を入れる。
 意味がない?    とはどういうことだ?

「今の説明で、一体村人のうちの何人が理解できるやら……。
 ましてや、湯に浸かるのが良いと分かったところで、薪や、水汲み……そもそも風呂の設置。
 問題が山積みです。
 私たちですら、風呂は高価だと言っているのに、農民では一生かけても無理でしょう」

 そう言いつつ、皮を剥いだ馬鈴薯を輪切りにしていく。結構分厚く。
 それを、卵を茹でていた鍋に投入。次は玉葱を手に取った。

「これは極力薄切りでしたね…」
「あっ、は、はい…」

 サヤが我に帰り、洗濯物の入った籠を壁際に置くと、調理台に戻った。
 そして、タンタンとテンポよく胡瓜を薄切りにしていく。
 ハインは、玉葱の皮を剥き、半量ほどを薄切りにし始めた。

 その合間に、片手鍋をざっとヘラでかき回す。ジュッという脂の爆ぜる音。どうやら肉か何かを焼いているようだ。

「サヤの話はとても興味深いです。
 ですが、実現するのは難しいですよ。
 できるならば、まず私たちで検証し、安価にできる手段を模索したいところですが……それも難しいでしょう?」

 淡々と言う。
 それは……確かにそうだな……。
 自分たちですら風呂を用意する手段がない。サヤの素晴らしい知識があったとしても、使えなければ意味がないのか……。
 なんだかとても気分が高揚していたのに、一気に冷水を浴びせられた感じだ。
 はあ……と、溜息をつくと、胡瓜を切っていたサヤが、ふと顔をあげた。
 胡瓜を小皿に入れ、少量の塩をかけて、なぜか揉むように混ぜる。そうしながら言うのだ。

「手段…………。なくもないです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

運命の番でも愛されなくて結構です

えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。 ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。 今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。 新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。 と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで… 「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。 最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。 相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。 それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!? これは犯罪になりませんか!? 心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。 難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。

処理中です...