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自己紹介 1

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「……何これ」

 食堂に下りると、何故か麺麭パンが積んであった。
 麺麭卵野菜麺麭麺麭肉卵麺麭みたいな……そんな順番で積まれていたのだ。意味がわらない。
 なので、ついそう呟いてしまったのだが、サヤが眉を下げた笑顔で答えを返す。

「サンドイッチです」
「美味でしたので採用しました」

 ハインがこともなげにそう言って、皿を机に並べていく。

「……意味があって積み上げてあるの?」
「私の世界の料理です。
 えっと……ハインさんが、作ったものが冷めてしまったと言ってらっしゃったので……これなら冷めても美味しいかなって、思って」

 え?だってついさっき下に降りたばかりだよね?
 俺が部屋で時間つぶしに費やしたのはせいぜい十数分……。だったそれだけの時間で、料理したってこと?
 唖然とするしかない……。一体何が起こった⁉︎
 言葉のない俺に、サヤさんはそんな訳ないじゃないですかと手を振る。

「マヨネーズだけ作って、それをパンに塗って、朝食の具材を挟んだんです」

 ハインが作っていた朝食を、そのまま利用して作った料理ということらしい。
 なるほど……。確かに挟まっているのは、いつも見慣れた朝食の内容そのものと言えるな……。
 卵と薫製肉、そして萵苣レタス。うん、いつも通りだ……。
 この白い何か以外は。

「……これは一体何でできているんだ?」

 ドロリとした、妙な物体だ。少し黄味がかった色をしている。うちの食材に、こんなものはなかったよな?
 不思議に思っていると、サヤが「マヨネーズです。卵黄と、お酢と、油……あと、ちょっとのお塩で作れる調味料なんですよ」と言う。
 味が全然想像できないが……ハインは当然味見してるよな?
 そう思いつつハインを見ると……眉間のシワは綺麗に伸ばされていた。
 ハインが険悪な顔してない!いつぶりなんだこんなスッキリした顔⁈

「秀逸です。
 正直、このようなものは想像すらできませんでした。サヤは凄いです。
 しかも作り方を教えていただけるとは」
「いえ、これは別に、私が考えたわけではないですよ?
 私の国ではよく使われているものなんです。
 サンドイッチ以外でも、いろいろ調理に使えるので……それはまた今度教えますね」
「それはもう是非」

 照れたように笑うサヤに、穏やかな顔のハイン。
 正直違和感がありすぎて逆にちょっと怖い……。
 汁物を配膳するハインは、何だかさっきまでの様子が嘘のように上機嫌である。
 新しい調味料に気持ちが浮き立ってしまっているのだろう。
 サヤは思いの外有能なようだ。もうハインの心を鷲掴みしたも同然じゃないか。
 とりあえず席に着き、これをどうやって食せば良いんだと思案する。

「そのまま手に持って、がぶってしたら良いですよ」

 サヤがそう言って、お手本よろしく麺麭から麺麭までを手に取る。
 俺もサヤにならって同じようにする。
 手で持って食べる食事なんて、面白いな、洗い物も少なくて良い。
 そう思いつつかぶりついた訳だが……。

「んんー!」

 なんか今まで食べたことない味がする!
 酸味があるのに何かまろやかな、不思議な味だ。
 それが野菜や卵をまとめているかのよう。一言で言うなら美味としか表現できない!
 卵や野菜の分量で味がいちいち変わるのが面白い。
 あっという間に一つ目を食べ終えてしまい、二つ目に手を伸ばす。
 こちらには卵と薫製肉が挟んである。そしてそれもやはり美味だったのだ!
 肉にも合うのか!    凄いなマヨネーズ!

「具はいろいろ変えて楽しめますよ。
 茹でた卵やツナを、マヨネーズで和えたものとか、海老や生ハムやアボカド……。
 厚切りトマトやベーコン、チーズとか」

 知らない名前の食べ物も多々出てきたが、色々挟むものを変えて楽しめるらしい。
 季節の野菜や肉によって味も変わるに違いない。

「では、昼は茹でた卵を用意しましょう」
「お昼もサンドイッチにするんですか?    茹で卵を作るなら……ポテトサラダも美味しいので、そちらを作りませんか?    ジャガイモがあればまあだいたい出来ますよ」
「食べてみたい!」

 これがこんなに美味いなら、サヤの作る料理は相当期待できるってことだな!
 思わぬサヤの有能さに、俺は自分の凡人ぶりが若干がっかりだ!

 思いの外美味な朝食を堪能した。
 サヤはあまり食欲なさげで、ハインの汁物を美味しいと言ってはいたが、サンドイッチには手をつけなかった。
 まあ、正直あまり食事を楽しめる気分でもないのだろう……。そう思ったので、あまり追求はしないでおくことにする。
 食後のお茶を用意してから、もう一度俺たちは、俺の私室に戻ってきた。
 暖炉前の長椅子にサヤを座らせてから、俺は執務机の椅子を持参し、その向かいに座る。
 ハインは俺の斜め後ろで直立。

「さて。とりあえず、お互いをもっと知ることにしよう。
 先ほどサヤの自己紹介は受けた。だから、次は俺とハインだね。
 それと、ここの事と、生活して行く上での注意と問題点を話し合うつもりだ。
 では、俺の自己紹介から」

 そう前置きして話を始めた。

 俺の名はレイシール・ハツェン・セイバーン。十八歳。
 セイバーン男爵家のニ子。セイバーンの後継は九歳年上の兄上と決まっている。
 俺は妾の子で、兄上は正妻アンバー様の子であるから、これは当然のことだ。
 父上は現在病の療養中でここではなく、馬車で一日ほど離れた、バンスの別邸にいる。
 セイバーン(村)には医者が居らず、医者を確保しやすい環境が別邸だったのだ。
 兄上と、異母様……アンバー様は、月の半分をこの別邸で過ごしており、俺はここに残り領主代行をしている。
 俺の母は妾であり、父上の仕事の助手という立場だったので、母が亡くなった時、自ずとそうなった。
 そんなわけで、俺は二年前から領主代行という立場である。

 俺の特徴は、全て母親譲りと言える。
 腰に届く髪は灰髪で、瞳は藍色。そしてこの顔……。全て母に似た。
 学舎に居た頃は「奇姫」や「姫」なんて不名誉なあだ名だったと白状しておく。本来なら八歳からの入学となる学舎に六歳で入ったから、余計小さくて女の子みたいだったんだ。
 流石にここ数年で一気に背も伸び、体つきもがっしりしてきたので勘違いもされにくくなり、正直ホッとしている。
 この無駄に長い髪を切ればもう少し男らしく見えると思うのだが、貴族の男は成人するまで髪を切れない。なのであと二年の我慢が必要。
 一応学舎は卒業間近だったのだが、母の急死で呼び戻されたため、卒業資格を得ることは出来なかった。
 在学中に右手を少々負傷し、薬指に若干障害が残ってしまった為、剣が握れず、持てるのはせいぜい短剣まで。
 そんなわけだから、乗馬も上手いとは言えない……指一本で案外不自由するのが貴族社会なのだ。
 とはいえ、俺は所詮跡取りではないし、剣の腕も乗馬の腕もさして必要とされていない。
 気楽な立場なのと、ハインという優秀すぎる従者がいる為、全く苦労していない。

 で、次はハインの紹介だ。
 ハイン。二十一歳。姓は無い。
 九年前から俺の従者。
 背は俺より若干低いが、筋肉は俺の五割り増しだと思う。
 着痩せするので目立たないが、腕も腹もがっちり筋肉で覆われている。
 並みの従者五人分程の仕事を平気でこなす超有能な従者だ。
 どういった頭の構造をしているのか、あり得ない効率の良さで仕事を片付けてしまうのだ。そして俺の世話や、護衛までやってのける。
 人生の全てを計算でやりくりしているので、予定していなかったことを急に挟まれると怒る。
 主に俺の思いつきの行動とか、条件反射とかが大抵怒られる。
 とはいえ、それでもやり繰りしてなんとかしてしまうから凄い。
 諸事情あり、ハインしか従者を持たない俺だが、この有能ぶりで苦労知らずなのだ。

 ハインは青髪を短く刈っていて、瞳は黄金色。
 眉間にシワさえ刻まなければ、男前と言える顔立ちをしていると思うのだが……残念なことに、そのシワが取れることは滅多にない。その希少な一回がついさっきあった。びっくりだ。
 眉間のシワが精悍な顔をより凶悪にしているうえ、吊り目なのでとても悪人顔になる。
 更に口も悪く遠慮も無いし案外思考も黒いので、普段のハインしか知らない人は大抵怖いという印象になる。まあ、一緒に長くいる俺の印象も怖いだから、誤解でもなんでもないのだけど。
 俺を守り、世話することが自分の人生より優先されているという、若干価値基準がおかしいところがある。
 それというのも、ハインが俺の従者となった理由が関係しているのだが……まあ、そこは今はいいか。
 趣味と睡眠以外の時間は全部俺のもの。と、公言して憚らないのだが、それはちょっと変だから、もっと普通に自分に時間を使ってほしいと常々思っている。
 そんな高性能だが残念な性質のハインの趣味は料理だ。
 美味しい食事は生きている実感を得られるらしい。だからさっき見て分かったと思うけど、ハインを懐柔するなら料理だ。食べた事がないものを与えるとか、新しい食材とか調味料とか。怒られ過ぎそうな時はそれで交渉してみることをお勧めする。

 そんな自己紹介の最中もハインの眉間のシワは余計なことを言うたびに増えていく。
 だがハインを従者の基準にすると、普通の人間は過労死すると思うので、これを基準に考えてはいけないと言っておく必要があると思ったのだ。
 だから最後に「ハインの仕事の二割くらいが通常の仕事量だと思って」と付け足しておいた。

 自己紹介の間に、ハインの不機嫌が大復活だ。
 ある意味これが普通なので、怖いけどホッとした。なんか穏やかなハインはハインじゃないみたいなんだよな。
 自己紹介が終わったところで一息つき、俺には従者がハイン一人しかいない理由を、伝えておくことにする。

「本来もう少し、持つべきなんだけど……信用できて、足枷の無い者を厳選するとなると、なかなかそうもいかなくてね……。
 ハインを酷使しすぎていると分かっていても、どうにも出来ないでいたんだ。
 だから、サヤが仕事を手伝ってくれると、とても有難い。
 その……俺は兄上や異母様には……快く思われていない。妾の子だからね。
 その所為で、セイバーン領内では、下手に人を雇えないんだ。その人や、家族に迷惑がかかるかもしれないから……」

 学舎から帰ってきた当初は、使用人との距離感が掴めず、無駄に罰や叱責を受けるようなめに合わせてしまった。
 異母様からしたら、俺はセイバーンの一族に相応しくない……家族ではないという感覚なのだと思う。だが、使用人は俺を父上の子として扱わねば不敬となってしまうのだ。俺に頼まれごとをすれば、聞かないわけにはいかない。
 そこを帰って間もない俺は間違えてしまったのだ。申し訳ないことをしたと思う。
 なので、今はあえてセイバーンに仕える使用人には接触を控え、関わらない様にしている。

「俺が個人でサヤを雇うので、扱いはハインと一緒だ。
 セイバーンに仕えるのではなく、俺に仕えてもらうことになる。
 例え異母様や、兄上に何か命令されたとしても、それに従う必要はないからね。
 ただ、貴族相手に不敬となる態度をとってはいけない。
 匙加減が分かりにくいと思うんだけど、暫くはハインと一緒に行動するから、その間に憶えてほしい。
 仕事内容は、基本的に俺やハインの補佐。それと、生活上の雑務だね。
 これも、暫くハインと行動して、一通りできる様になって貰うから。
 あとは……ああ、住み込みになるから、まずは部屋を決めてもらおう。
 今日中に部屋を整理しなきゃ、夜寝る場所に困ることになる」

 思いつきのまま発言したのだが、それまで黙って真剣に話を聞いていたサヤが、慌てた様に口を挟む。

「えっ?ここに、住むんですか⁉︎」

 俺とハインを見比べて、何か言いたげに口を開きかけてから、また止める。
 あ、そうか……。まあ、そうだよな。でも、一人暮らしはとてもじゃないがお勧めできない。特に女性は。兄に知れたら何が起こるか分からないからだ。
 だから敢えて、決まったこととしてサヤに伝える。ここに住むのは決定事項として。

「うん。ハインもここに住んでるしね。
 元々が使用人達の住居だから、部屋は多いし、かなり余ってるから大丈夫だよ。
 あ、ちゃんと鍵のかかる部屋だから安心して」

 そう言うと、心なしかホッとした顔をするサヤ。「そっか。マンションみたいなものですよね……」と自分で納得していたが、マンションが分からないのでなんとも言えない。
 まあなぁ、他人の男二人と一緒の場所に住めって言われたらビックリするか。
 けれど鍵で納得してくれるなら良かった。
 俺はこれで、この話を終了するつもりだったが、ハインが口を開く。

「サヤのいた場所ではどうかは知りませんが、未成年の女性が、一人で暮らすのはお勧めしませんよ。
 特に、この村には危険な男がおりますので、あなたは一人暮らしすべきではない」
「き、危険な男…?」

 ……ああもう!

「順を追って説明しようと思ってるのに、なんでそう先々喋るんだ!」
「ここで言わずいつ説明するんですか。
 サヤ、この村に家を借りることは出来るんですよ。
 ですが、当然私たちの目が届かないので、不埒者に襲われても対処できません。
 私やレイシール様と共にいれば、その危険な男は側に来ないのです」

 危険に一番近い場所ですが、一番安全なんですよと、ハインが言う。
 俺は頭を掻き毟ってから大きくため息をついた。
 そりゃまあ、ちゃんと伝えなきゃいけない事なんだけど……なんだけど……まずは部屋を用意して、きちんと安心して眠れる場所を確保してからにしようよ……。でないと、サヤのほっとできる空間が無いことになる。
 こういう敏感な話は、ちゃんと逃げ込める場所を確保してからにすべきじゃないか?
 そう思ったのだが、サヤは不安だけ煽られているような状況だ。半泣き顔で俺を見てくるから、仕方なく先に説明をすることにした。

「そう……。ここに居てもらうのが、一番安全だと思ったんだ。
 俺とハインの目が届く場所なら、万が一の場合も介入できるから。
 ……ハインの言う危険な男というのはね、俺の、兄上の事なんだ……」
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