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住処へ 4
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瞳を閉じ、深く呼吸を繰り返してから開く。すると、眼光まで鋭くなっている。
ハインが、すっと俺の横に移動した。多分、警戒したのだ。俺を守るために距離を詰めたのだと分かる。
けれど、俺は別に身の危険を感じてはいなかった。
彼女の雰囲気は一変したけれど、危険な気はしない。何故かとても美しい。目を離せなかった。凛として綺麗な彼女から。
そして、フッと鋭く息を吐くと同時に、サヤは動いた。
拳が空気を裂き突き出され、脚が高く上がり空間を薙ぐ。体を捻りながらさらに身を屈め、また拳が振るわれる。黒髪がフワリと広がって、身体の動きを追っていく。
舞のようだった。剣技で言うところの型のようなものなんだろう。
飛び跳ねたり蹴り上げたり、流れるように動く。
と、いきなりハインが動いた。
腰の剣を鞘ごと引き抜き、あろうことかサヤに向けて踏み込み、振り下ろしたのだ。
「ハイン!」
制止の声は無視され、剣は過たず、サヤに迫る。
ハインが本気で攻撃したのが分かる。俺なら気付いたらいきなりぶん殴られているに違いない速さ。横からだから見えているだけだ。
しかし、彼女は違った。急な展開だろうに、悲鳴をあげるでもなく、弾む様に、右に半歩だけ身体を外し、身を捻るようにしながら左の拳の甲で剣の腹を弾く。
ビシッという音。
「……⁈」
「⁉︎」
そこで彼女の舞は終わった。
左の拳はハインの剣の軌道を逸らし、受け止めている。が、大した衝撃も受けていない様子。器用なことに、打撃の重みは流してしまったらしい。
右の拳はハインの顔の手前、顎から紙一重で止められていた。剣を弾くと同時に、一気に距離を詰め、同時に一撃を繰り出していたようだ。一瞬すぎて、全然分からなかった……。
流石のハインも驚いたのだろう。動くに動けないのが分かる。
俺も驚きのあまり、声すら出なかった。
言っとくけど、ハインはそこそこ強いんだよ? これのどこが素人よりマシな程度⁉︎
だが、驚いたのは俺たちだけではなかったらしい。
「わっ、嘘⁈ ゴメンなさいっ、なんか勝手に体が動いたというか……やたら軽かったというか……っ、絶好調だったみたいです! 申し訳ありませんっ」
サヤは両手ををささっと背中に引いた。若干腰も引けている。今までの気迫が嘘のように霧散してしまっていた。
申し訳なさそうな顔で、眉を下げる。
いや、先に手を出したのはハインなんだから、どっちかというと君はハインを責めていいと思うんだけど。
そう言おうと口を開きかけた俺の目の前で、もう一つ信じられないことが起こった。
なんと、ハインの剣が真ん中からパキンと折れて落ちた。鞘ごと。
「…………」
「ぅうえぇ⁉︎」
「ひああぁぁ⁉︎な、なんで、なんで⁈」
ハインは呆然と言葉を失い、俺は意味のない奇声を上げることしかできず、サヤは泣きそうな顔で大混乱。
ないないない、だってこれ鉄製だよ? 拳で叩いて折れるようなもんじゃないからね⁉︎
「お、落ち着こう。きっとあれだ、剣が古かったんだ。たまたまだよ、うん、たまたまっ!」
「そ、そう? そうですよね? 金属なのに叩いて折れるっておかしいですよね!」
「失礼な。確かに長年使っておりますが、手入れはきちんとしてありますし、つい先日も研ぎに出しましたし、充分使用に耐えるものですよ」
一生懸命現実を飲み込もうとしているのにハインが否定する。
鞘から剣を引き抜くと、見事に中程から先が無かった。
いきなり強力な負荷が掛かったのだと解る。曲がりもせず、きっちり綺麗に、まるで切り取られたかのように折れているのだ。
ハインの言葉通り、ちゃんと手入れの行き届いた曇りも錆もない刀身。
鞘の方はというと、こちらは多少破片も飛び散っているようだ。というか凹んでいたりもする。これも鉄製です。
恐る恐る剣の有様を覗き込む俺とサヤをさせるがままにして、ハインは剣をひっくり返したり、断面を見たり。そして暫く考えた後……。
「もう一つ気になっていたのですが……先ほどサヤは、我々の話が普通に聞こえていたと言いましたね?
初めの方の、怒鳴り合いならまだしも……全て聞こえていたのですか?」
「え? はい……多少聞き取りにくくはありましたけど……普通に聞こえてました」
「……レイシール様、窓の外に出て、こちらに背を向けたまま、何かを喋っていただけますか」
急に話を変えたハインの意図が分からない。
あえて現実逃避してみました。……と、いうわけでもないだろうし……?
分からないが……とりあえず、言われた通り、露台に出て窓を閉め、ハイン達の方に背中を向けたまま「ハインはいつも怖い顔」と呟く。怖いので結構な小声で。
そして振り返ると……歪んだ窓硝子の向こうで、サヤが明らかに困った顔をしていた。
窓を開け、室内に戻る。
「やってきたけど?」
「私には何も聞こえませんでした。ではサヤは?」
「………き……聞こえました……」
ちらりと俺を見、ハインを見て、なんでそんなことを言ったのと言いたげな顔。
「じゃあ、言ってください」
「……い、良いんですか?」
俺がこくんと頷くと、サヤさんは絞り出すような小さな声で……。
「ハインはぃつもこわぃかぉ……」
「ほぉ……」
「うん、正解」
凄い。あんな小さな声が本当に聞こえたんだ……。
初めはびっくり、ただ凄いとだけ思った。だが、よくよく考えてみると、なんか変だぞと気付く。
だって俺は、相当小声で言った。しかも窓に背を向けて。
窓に耳を貼り付けて聞いても聞こえないのでは?ましてや……
「サヤは……ハインより後ろにいたのに……聞こえた?」
三人でしばし沈黙した。
到底、聞こえないような声を聞き取り、鉄の鞘に入った剣を拳で叩くだけで折る。
これは、偶然? それとも、サヤが異界の人間だからなのか?
サヤを見ると、何か怯えたかのように、俯き青い顔をしている。
サヤは剣を折って驚いていた。
あの顔が演技だとは思えない……。
「一応聞くけど……サヤは、鉄を折ったのは、はじめて?」
「は、はい……そんな、ありえないです……。
さっきも言った通り、私は二段……十段階ある階級の、たった二段目なんです。
師範は、昇段試験受けるかって言うてくれてはったけど……師範かて鉄を叩き折るとか、できると思えへん……」
おどおどとサヤが答える。気持ちに揺らぎがあるためか、言葉遣いに気を回す余裕もないのか、訛りが戻ってしまっている。
俺は、サヤを泉から引き上げた瞬間のことを、思い返した。
泉から出た手を、俺は右手で握った。そう、左手は泉の岸辺についていたはずだ。
全力で、力一杯引いたよな…うん。そうしたら、スルッと抵抗もなく、一気に持ち上がって…サヤと目が合ったんだ……。それまで俺は、重さを何も感じていなかった…。
そして、サヤが水面を離れたと瞬間に、重さが掛かった?
握力の低い右手だったから、負荷に耐えられず、すぐ手も離してしまったんだ…。で、俺の上に落下した。
「うん。とりあえずあれだ。サヤのいた場所と、こことでは、何かが違うってことでいいんじゃないかな」
こことは違う場所からやって来たサヤという存在の不思議。
全く違う世界から来て言葉が通じる不思議。
サヤは夕方と言っていたのに、今は朝だと言う不思議。
理由を探したってどうせ分からない。そして、今更それが増えたってなんだというのか。
「サヤにとって良いことだと思おう。
人より秀でた能力がある。それだけのことだよ」
「え……アマゾネスとか、狂戦士とか……怖いとか、思わへんの?」
あっさりと考えることを放棄した俺に、サヤがびっくりした顔をする。
そしてまた出てくる謎の呪文。
「アマゾネス……それも謎の単語だ。意味が分からない。
でも、狂戦士は違うんじゃないかな? サヤは別に、戦場に身を置きたいわけじゃないよね?」
「う、うん……別に、敢えて戦いたないし……」
「ほら、じゃあ違う。それから、怖いとかはないよ。
どちらかというと、サヤは可愛い? 綺麗? そんな分類かな。
怖いっていうのは……こんな感じだよ」
「……左様ですか」
ハインを指差すと、いつもの眼力でギロリと睨まれた。
うん。怖い。
「そんなことより、俺は重大なことを思い出したんだ。
朝食! もういい加減、食べさせてくれ! こんなんじゃ頭も働かないと思う!」
まずは落ち着くために、食事と、休息を取るべきだ。
俺の主張に、ハインがポンと手を打つ。
「そうでした。サヤ、手伝ってください。貴女のぶんも用意しなくてはいけませんから」
そう言って、返事も待たずにスタスタ行ってしまう。
サヤは、「え?あっ……は、はいっ」と、とりあえずハインに従うことにしたようだ。ハインを追って、部屋を出て行く。
俺は、それを見届けてから、長椅子にどさりと身を投げた。
なんなんだ……今日は一体何が起こってるんだ……。
嫌な夢を見て飛び起きて、泉に行って不思議な少女を拾って、その少女が異界の人間で、鉄を素手で折ったり妙に耳が良かったり……ここまで盛り込んでまだ朝だ!
はぁ……と、溜息をついて、暖炉横の衝立に視線をやる。
………片付けなきゃ。ハインもサヤも行ってしまったし……。
そう思いつつ立ち上がり、衝立を畳んでいくと、濡れた服が、きっちり畳まれて、籠の中に収めてあった。
貸した俺の上着が一番上に、畳まれている。
律儀だなぁと思うと同時に、サヤの顔と、艶やかな黒髪を思い出す。
異界の人間は、皆あんなに風に美しいのだろうか……。
微笑んだら本当に綺麗で可愛くて……なのに、出会ってから今まで、ほぼ彼女を困らせ、泣かせてばかりだ。
雇うと決めたからには、俺は彼女を守らなければならない。
いつかサヤが故郷に帰れる日まで。
何から守る?当然、まずは、異母様と兄上からだ……。
「作戦……立てないとなぁ……」
サヤは女性だ。兄上に見つかれば何をされるか分からない。
強いのは分かったけれど……兄上に手を出させるわけにはいかない。俺は妾の子で、兄上は跡継ぎ。立場が違うのだ。身を守る為であっても、罰せられるのはこちらになる。
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そんな時、どうやって彼女を守ればいい?
やっぱり、雇うべきじゃなかったかな……。例えばそう、信頼できる人間に、事情を説明して預けるとか…その方が、彼女の為だったか?
「いや……あの泉から出てきたんだ。帰り道もあそこかもしれない……。遠く離れてしまったら、良くないよな……」
言い訳するように自分で呟いて、急に恥ずかしくなってしまった。
「まあいい、食べてから考えよう。今は頭働かないし」
結局衝立を畳んだだけで、片付けも保留して俺は部屋を出た。
一階の食堂にしている部屋に向かうのだ。
ハインのことだから、そろそろ降りないとまた顔が怖くなるに違いないのだから。
ほどなく、汁物の良い香りが鼻腔に届く。俺の腹が、思い出したかのようにきゅうっと鳴った。
ハインが、すっと俺の横に移動した。多分、警戒したのだ。俺を守るために距離を詰めたのだと分かる。
けれど、俺は別に身の危険を感じてはいなかった。
彼女の雰囲気は一変したけれど、危険な気はしない。何故かとても美しい。目を離せなかった。凛として綺麗な彼女から。
そして、フッと鋭く息を吐くと同時に、サヤは動いた。
拳が空気を裂き突き出され、脚が高く上がり空間を薙ぐ。体を捻りながらさらに身を屈め、また拳が振るわれる。黒髪がフワリと広がって、身体の動きを追っていく。
舞のようだった。剣技で言うところの型のようなものなんだろう。
飛び跳ねたり蹴り上げたり、流れるように動く。
と、いきなりハインが動いた。
腰の剣を鞘ごと引き抜き、あろうことかサヤに向けて踏み込み、振り下ろしたのだ。
「ハイン!」
制止の声は無視され、剣は過たず、サヤに迫る。
ハインが本気で攻撃したのが分かる。俺なら気付いたらいきなりぶん殴られているに違いない速さ。横からだから見えているだけだ。
しかし、彼女は違った。急な展開だろうに、悲鳴をあげるでもなく、弾む様に、右に半歩だけ身体を外し、身を捻るようにしながら左の拳の甲で剣の腹を弾く。
ビシッという音。
「……⁈」
「⁉︎」
そこで彼女の舞は終わった。
左の拳はハインの剣の軌道を逸らし、受け止めている。が、大した衝撃も受けていない様子。器用なことに、打撃の重みは流してしまったらしい。
右の拳はハインの顔の手前、顎から紙一重で止められていた。剣を弾くと同時に、一気に距離を詰め、同時に一撃を繰り出していたようだ。一瞬すぎて、全然分からなかった……。
流石のハインも驚いたのだろう。動くに動けないのが分かる。
俺も驚きのあまり、声すら出なかった。
言っとくけど、ハインはそこそこ強いんだよ? これのどこが素人よりマシな程度⁉︎
だが、驚いたのは俺たちだけではなかったらしい。
「わっ、嘘⁈ ゴメンなさいっ、なんか勝手に体が動いたというか……やたら軽かったというか……っ、絶好調だったみたいです! 申し訳ありませんっ」
サヤは両手ををささっと背中に引いた。若干腰も引けている。今までの気迫が嘘のように霧散してしまっていた。
申し訳なさそうな顔で、眉を下げる。
いや、先に手を出したのはハインなんだから、どっちかというと君はハインを責めていいと思うんだけど。
そう言おうと口を開きかけた俺の目の前で、もう一つ信じられないことが起こった。
なんと、ハインの剣が真ん中からパキンと折れて落ちた。鞘ごと。
「…………」
「ぅうえぇ⁉︎」
「ひああぁぁ⁉︎な、なんで、なんで⁈」
ハインは呆然と言葉を失い、俺は意味のない奇声を上げることしかできず、サヤは泣きそうな顔で大混乱。
ないないない、だってこれ鉄製だよ? 拳で叩いて折れるようなもんじゃないからね⁉︎
「お、落ち着こう。きっとあれだ、剣が古かったんだ。たまたまだよ、うん、たまたまっ!」
「そ、そう? そうですよね? 金属なのに叩いて折れるっておかしいですよね!」
「失礼な。確かに長年使っておりますが、手入れはきちんとしてありますし、つい先日も研ぎに出しましたし、充分使用に耐えるものですよ」
一生懸命現実を飲み込もうとしているのにハインが否定する。
鞘から剣を引き抜くと、見事に中程から先が無かった。
いきなり強力な負荷が掛かったのだと解る。曲がりもせず、きっちり綺麗に、まるで切り取られたかのように折れているのだ。
ハインの言葉通り、ちゃんと手入れの行き届いた曇りも錆もない刀身。
鞘の方はというと、こちらは多少破片も飛び散っているようだ。というか凹んでいたりもする。これも鉄製です。
恐る恐る剣の有様を覗き込む俺とサヤをさせるがままにして、ハインは剣をひっくり返したり、断面を見たり。そして暫く考えた後……。
「もう一つ気になっていたのですが……先ほどサヤは、我々の話が普通に聞こえていたと言いましたね?
初めの方の、怒鳴り合いならまだしも……全て聞こえていたのですか?」
「え? はい……多少聞き取りにくくはありましたけど……普通に聞こえてました」
「……レイシール様、窓の外に出て、こちらに背を向けたまま、何かを喋っていただけますか」
急に話を変えたハインの意図が分からない。
あえて現実逃避してみました。……と、いうわけでもないだろうし……?
分からないが……とりあえず、言われた通り、露台に出て窓を閉め、ハイン達の方に背中を向けたまま「ハインはいつも怖い顔」と呟く。怖いので結構な小声で。
そして振り返ると……歪んだ窓硝子の向こうで、サヤが明らかに困った顔をしていた。
窓を開け、室内に戻る。
「やってきたけど?」
「私には何も聞こえませんでした。ではサヤは?」
「………き……聞こえました……」
ちらりと俺を見、ハインを見て、なんでそんなことを言ったのと言いたげな顔。
「じゃあ、言ってください」
「……い、良いんですか?」
俺がこくんと頷くと、サヤさんは絞り出すような小さな声で……。
「ハインはぃつもこわぃかぉ……」
「ほぉ……」
「うん、正解」
凄い。あんな小さな声が本当に聞こえたんだ……。
初めはびっくり、ただ凄いとだけ思った。だが、よくよく考えてみると、なんか変だぞと気付く。
だって俺は、相当小声で言った。しかも窓に背を向けて。
窓に耳を貼り付けて聞いても聞こえないのでは?ましてや……
「サヤは……ハインより後ろにいたのに……聞こえた?」
三人でしばし沈黙した。
到底、聞こえないような声を聞き取り、鉄の鞘に入った剣を拳で叩くだけで折る。
これは、偶然? それとも、サヤが異界の人間だからなのか?
サヤを見ると、何か怯えたかのように、俯き青い顔をしている。
サヤは剣を折って驚いていた。
あの顔が演技だとは思えない……。
「一応聞くけど……サヤは、鉄を折ったのは、はじめて?」
「は、はい……そんな、ありえないです……。
さっきも言った通り、私は二段……十段階ある階級の、たった二段目なんです。
師範は、昇段試験受けるかって言うてくれてはったけど……師範かて鉄を叩き折るとか、できると思えへん……」
おどおどとサヤが答える。気持ちに揺らぎがあるためか、言葉遣いに気を回す余裕もないのか、訛りが戻ってしまっている。
俺は、サヤを泉から引き上げた瞬間のことを、思い返した。
泉から出た手を、俺は右手で握った。そう、左手は泉の岸辺についていたはずだ。
全力で、力一杯引いたよな…うん。そうしたら、スルッと抵抗もなく、一気に持ち上がって…サヤと目が合ったんだ……。それまで俺は、重さを何も感じていなかった…。
そして、サヤが水面を離れたと瞬間に、重さが掛かった?
握力の低い右手だったから、負荷に耐えられず、すぐ手も離してしまったんだ…。で、俺の上に落下した。
「うん。とりあえずあれだ。サヤのいた場所と、こことでは、何かが違うってことでいいんじゃないかな」
こことは違う場所からやって来たサヤという存在の不思議。
全く違う世界から来て言葉が通じる不思議。
サヤは夕方と言っていたのに、今は朝だと言う不思議。
理由を探したってどうせ分からない。そして、今更それが増えたってなんだというのか。
「サヤにとって良いことだと思おう。
人より秀でた能力がある。それだけのことだよ」
「え……アマゾネスとか、狂戦士とか……怖いとか、思わへんの?」
あっさりと考えることを放棄した俺に、サヤがびっくりした顔をする。
そしてまた出てくる謎の呪文。
「アマゾネス……それも謎の単語だ。意味が分からない。
でも、狂戦士は違うんじゃないかな? サヤは別に、戦場に身を置きたいわけじゃないよね?」
「う、うん……別に、敢えて戦いたないし……」
「ほら、じゃあ違う。それから、怖いとかはないよ。
どちらかというと、サヤは可愛い? 綺麗? そんな分類かな。
怖いっていうのは……こんな感じだよ」
「……左様ですか」
ハインを指差すと、いつもの眼力でギロリと睨まれた。
うん。怖い。
「そんなことより、俺は重大なことを思い出したんだ。
朝食! もういい加減、食べさせてくれ! こんなんじゃ頭も働かないと思う!」
まずは落ち着くために、食事と、休息を取るべきだ。
俺の主張に、ハインがポンと手を打つ。
「そうでした。サヤ、手伝ってください。貴女のぶんも用意しなくてはいけませんから」
そう言って、返事も待たずにスタスタ行ってしまう。
サヤは、「え?あっ……は、はいっ」と、とりあえずハインに従うことにしたようだ。ハインを追って、部屋を出て行く。
俺は、それを見届けてから、長椅子にどさりと身を投げた。
なんなんだ……今日は一体何が起こってるんだ……。
嫌な夢を見て飛び起きて、泉に行って不思議な少女を拾って、その少女が異界の人間で、鉄を素手で折ったり妙に耳が良かったり……ここまで盛り込んでまだ朝だ!
はぁ……と、溜息をついて、暖炉横の衝立に視線をやる。
………片付けなきゃ。ハインもサヤも行ってしまったし……。
そう思いつつ立ち上がり、衝立を畳んでいくと、濡れた服が、きっちり畳まれて、籠の中に収めてあった。
貸した俺の上着が一番上に、畳まれている。
律儀だなぁと思うと同時に、サヤの顔と、艶やかな黒髪を思い出す。
異界の人間は、皆あんなに風に美しいのだろうか……。
微笑んだら本当に綺麗で可愛くて……なのに、出会ってから今まで、ほぼ彼女を困らせ、泣かせてばかりだ。
雇うと決めたからには、俺は彼女を守らなければならない。
いつかサヤが故郷に帰れる日まで。
何から守る?当然、まずは、異母様と兄上からだ……。
「作戦……立てないとなぁ……」
サヤは女性だ。兄上に見つかれば何をされるか分からない。
強いのは分かったけれど……兄上に手を出させるわけにはいかない。俺は妾の子で、兄上は跡継ぎ。立場が違うのだ。身を守る為であっても、罰せられるのはこちらになる。
雇うと決めた以上、兄上の前に立つ日もあるだろう。始終俺が付いて回るわけにもいかないだろうから、一人になる瞬間もあるだろう。
そんな時、どうやって彼女を守ればいい?
やっぱり、雇うべきじゃなかったかな……。例えばそう、信頼できる人間に、事情を説明して預けるとか…その方が、彼女の為だったか?
「いや……あの泉から出てきたんだ。帰り道もあそこかもしれない……。遠く離れてしまったら、良くないよな……」
言い訳するように自分で呟いて、急に恥ずかしくなってしまった。
「まあいい、食べてから考えよう。今は頭働かないし」
結局衝立を畳んだだけで、片付けも保留して俺は部屋を出た。
一階の食堂にしている部屋に向かうのだ。
ハインのことだから、そろそろ降りないとまた顔が怖くなるに違いないのだから。
ほどなく、汁物の良い香りが鼻腔に届く。俺の腹が、思い出したかのようにきゅうっと鳴った。
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★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~)
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
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