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55. 他国の王女が義理の姉になった件①
しおりを挟むむかしむかし地球というところに、「ローマの休日」という映画がありました。
某国王女と新聞記者の恋物語。しかし結局、身分違いで二人はハッピーエンドとはいきませんでした。
ところがところが、オリアナ版なんちゃって「ドイボンゴの休日?」は、王女様が身分を捨て、オリアナに亡命?騒ぎを起こし、力技のハッピーエンドに持ち込んだ!
突然だが、今、マルコは兄・カイトの結婚式に出席している。お相手は、なんとセスピーリオ国の王女マイセン殿下。身分を捨てたので元王女、今は平民のただのマイセン嬢だ。
このマイセン王女は、セスピーリオ国から書類作成補助係を視察したいという突然の申し入れと共にやってきた視察団の代表。というのは表向きで、裏の目的はいまだ婚約者のいないオリン公爵レオン閣下狙いだったはず。それがなぜこうなった?
そもそも数年前のオリアナ王太子ご成婚で、来賓としてドイボンゴ入りしたセスピーリオ国王夫妻が、たまたまレオンを見かけ、国に戻ると「オリアナにはとんでもない美青年がいる」と興奮して王女に話したことがきっかけで、会ってもいないレオンに恋心を募らせたマイセン王女。妄想を膨らませ、どうしてもレオンに会いたいと、無理やり補助係視察団に名を連ねてドイボンゴにやってきた。
しかし王女は知らなかった。
オリアナには絶対に敵にしてはいけない者たちがいたことを。
どれほど我儘であろうと、小娘ごときが太刀打ちできるはずがなかった。とはいえ身分は他国の王女だ。粗雑に扱えば外交問題に発展してしまう。それを回避しつつ、愛するマルコに王女の真意を知られることなく、いかに王女を駆除するか。
駆除するにしても、二度とオリアナに来たくないとか、あからさまなマイナスイメージを植え付けるのは得策ではない。オリアナにとっては、それほど重要な相手ではないセスピーリオ国であっても、将来的に紙の輸出量が倍増して、いい取引先になるかもしれない。よってイメージを損なう戦略を選択するのは賢いとはいえない。
そこで王妃と妃殿下は策を講じた。講じた策とは、王妃と妃殿下のありのままの姿(この場合のありのままとは、マルコという推しに対する思いと、腐女子であること)を見せることだった。
なんだそんなこと、それは策と言えるのか、などと思う事なかれ。王族とは見栄を張ってなんぼの生き物。張れるなら、いくらでも張ろう、見栄とプライド(字余り)。
そういうふうにしか生きられない王族が、他国の王族に自らのありのままの姿を見せるなどというのは、天地が逆さになってもあり得ない。友情など、国をまたいだ王族同士には存在しないのだ。
よって今回、王妃と妃殿下の作戦は、マルコへの愛によってなされた捨て身の作戦、マルコへの愛なくしてはできない行為だった。
さてオリアナを訪問して、最初にマイセン王女が面食らったのは、歓迎昼食会だった。
急遽、セスピーリオ国が予定をねじ込んだ視察であったにも関わらず、昼食会は豪華だった。ただ豪華というだけでなく、母国セスピーリオでは見たこともない様式で、野外でしかも桟敷席なるものがあった。
今にも雨が降りそうなのに、それでも野外なのはまあいいとして、桟敷席とはなんぞや。聞けば「平民が会場の両側に陣取って、さながら舞台を見るように会場を見渡せる席」だという。
しかも王妃は、主賓たる王女への挨拶が終わると、さっさと桟敷席に消えてしまった。王妃だけでなく王太子妃までも消えた。
オリアナ貴族からの挨拶を受けながら、王女はさり気なく桟敷席をチェック。すると王妃は、ある席にどっかりと居座り、楽しそうに歓談中。そこへ妃殿下も加わった。これではまるで桟敷席がメイン会場のようだ。
そのうち王妃の居座る席あたりから、ひときわ大きな歓声があがるが、人が群がっているので、王女の位置からはまったく見えない。
だったら見える位置まで行ってみよう。王女も桟敷席に入っていった。
そうして王女が見たのは、小さい顔の綺麗な男の子に頬杖をさせ、それを悶絶して喜んでいた王妃の姿だった。意味が分からず茫然としている王女に「これは王妃様の趣味なんですのよ」と、王太子妃が耳打ちした。驚愕だった。
王女の母、セスピーリオ国の王妃の趣味はアンティーク花瓶の収集だ。アンティークといってもピンキリで、高いものだと驚くほど値が張った。そうして集めた花瓶を王宮のあちこちに飾って、母は満足していた。
王女の叔母である公爵夫人の趣味は髪飾りの収集。宝石を散りばめた髪飾りは高価なものだと、その髪飾り一つの値段でお屋敷が購入できるほどだが、叔母は金に糸目を付けずに収集していた。
この二人以外の高位貴族夫人の趣味も、みな似たり寄ったり。高価な物も購入できるという資産力を見せつけ、そうして手に入れた戦利品?を、これでもかと見せつける。
これこそが貴族。そう王女は思ってきた。
それがオリアナ王妃の趣味とは「小さい顔の綺麗な男の子に頬杖させて、それを鑑賞する」こと?これが趣味?
マイセン王女は大混乱。しかし大陸は広く、いろいろな王族がいるだろう。だから、オリアナ王妃のような方も稀にいるのかもしれない。そう王女は思うことにした。正常性バイアスの発動だった。
しかし、それも長く続かない。王女に耳打ちしたオリアナ王太子妃が、うっとりして「オリアナに来て早々、レオン閣下とマルコの二人が並ぶのを見ることがお出来になるなんて、マイセン王女殿下は、持っていらっしゃるわね」といったのだ。
見れば、王妃の隣には見目麗しい美青年がいつの間にか座っていた。これが噂のレオン閣下かと思ったものの、あれほど恋焦がれた閣下なのに、王太子妃の言葉が頭の中で忙しく反芻し、レオンの顔などあまり入ってこない。
妃殿下はなんておっしゃった?レオン閣下と並ぶマルコ?マルコって、あの頬杖をついていた小さい顔の男子のことよね?その二人が一緒にいる姿を見ることができるのは、大ラッキーってこと?え?なんで?
周囲を見渡した王女は気づいた。うっとりしているのは、王太子妃だけではなかったことに!
「麗しいレオン閣下とマルコは、まるで双頭のドラゴンですわね」
「いえいえ、一対のユニコーンですわ!」
「明日は間違いなく晴れますわ!」
「晴れどころか、明日はきっと国中に吉瑞が起きますわ!」
「きっと海中から真水が沸き上がりますわね!」
「季節外れのブンゴの花が咲き乱れましょう!」
「地平線から光が発せられましょうね!」
どういうこと?この二人が揃ったら、天候さえ左右されるってこと?今にも雨が降りそうなのに、明日は晴れですって?それだけじゃないわ、見えたら大ラッキーのまさかの霊獣扱い!あまけに吉瑞?意味が分からない!あの二人は男同士よね?そうよね?
王妃の趣味を聞かされた時以上に混乱した王女は、さりげなく振り向いて後方に控えている自身の女官を見た。
その女官とはパイア・アララギ、乳母の娘で27歳、口うるさくて、時々辟易するけど、とにかく信頼している女官だ。
そのパイアがうっとりしているではないか!
パイアは貴族の娘としては完全に婚期を逸した微妙な年齢で、我儘な王女を押し付けられ、プライベートには潤いがない。女官長は王族へ媚びるだけの存在で、若い女官は口だけ達者で生意気だった。そんなパイアが異国の地で腐るのに、熟れた桃が落ちるよりも容易かった!セスピーリオ国初の腐女子誕生である。
「マイセン王女様、レオン閣下とマルコ様は、ほんとにお似合いのお二人でございますわ!」
パイア、お前もか。
どんだけ口うるさくても、王女は文句を言いながらも、パイアのいうことには従ってきた。それはパイアがいうことが道理で、いつも正しかったからだ。
だから王女は見抜けなかった。腐女子に正しいも正しくないもない。それは性癖だから。今回については、あくまでもパイアの好みでしかなく、従わなくてもよかったのだ。しかしパイアのいうことには従うという、ある意味、正常性バイアスが働いた結果、マイセン王女はあっさりとレオン争奪戦から戦線離脱した。
「…ほんとね。私もそう思うわ」
王女は力なく答えるしかなかった。
「珍しく殿下と早々に意見が一致して、ようございました」
この時点で、マイセン王女のオリアナ訪問の真の目的は潰えたといえよう。
この王女の言質を取ったゾーイ王妃とマジョリカ妃殿下は、密かにガッツポーズ!
してやったりである。
王女は一刻も早く国に戻りたかったが、建前がそれを邪魔する。補助係への視察だ。
翌日、疲れた体に鞭を打って、王女は補助係の視察に出向いた。
王女にとっては、もはや意味をなさない視察であっても、視察は視察。説明役のダダン公爵の案内に聞いてるフリをしながら、王女は建物内を移動していた。
しかしそこで出会ってしまった。
書類の確認にやってきたマルコの兄・カイトにである。
レオン閣下ほどの美青年ではない。しかしそれが良かった。レオン閣下は、こちらが委縮してしまうほど圧のある美青年だった。だけど今、目の前の先頭に並ぶ普通の美青年は、そういう圧がない。ほっこりして温かい気持ちになった。
「ダダン公爵、私に補助係の役をやらしていただけませんか?」
さっきまで明らかに心ここにあらずで聞いていた王女が、いきなりやる気を見せた。公爵は驚いた。
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