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40秒ではマグネットつけまを支度することしか出来ない冒険大好きSFおばさん
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「気に入らないね」と叔母さんは言った。「大体ありゃなんだい? 最近流行りのあれ――あれだよ」
「これから人間はデジタル空間に移行するとかっていうあれのこと?」
「そうそれ!」
「カケルは物知りだね」なんて言いながら叔母さんはビューラーのようなものを片手に仕切り直すと、鏡の中の自分とひたすら格闘しはじめた。一体いつになったら支度終わるんだろ。
元はと言えば「40秒」で支度しなと叔母さんが言うから黒いリュックだけ背負って玄関で待ってたのに。
肝心の叔母さんが全然来ないものだから心配して部屋へ駆けつけてみれば、やっとこれからメイクをするなどとふざけているのかいないのかわからないことを言うので、暇を持て余した僕は「SFとは何か」、手持ち無沙汰に彼女に聞いたのだった。なんでこの人に聞いちゃったんだろ。
「力を手に入れた人間が碌なことをしないなんてことは昔からあるさ。それでも科学の力を借りてなんとか――まぁ多少姿形を変えるくらいのことはあるかもしれないけどね――多少遠慮してでもこの星に人間を存在させ続けようと発展してきたのが人の紡いできた科学や技術じゃないのかい? それを一転地上から人を消してしまおうってんだから、考えだした奴はよっぽど人が憎いかそもそも人じゃないか――」
「その技術が生まれたきっかけが人殺しの為であっても?」
「なんだ、あんたもうその本読んじゃったの?」
「ううん、まだ序章だけ」
手持ち無沙汰にリュックから『思想としてのパソコン』を取り出して眺めていると、叔母さんは「そうかい」とだけ呟いて、また鏡と格闘をはじめた。こころなしか鏡越しに見えた叔母さんの口元には笑みが浮かんでいるように見えた。
「そういえば昔、本阿弥光悦って人がいてね」
まだ支度終わらないの? とは思った。でもまあ叔母さんの話が飛び過ぎてついていけないのはいつものことだし、手はちゃんと動かしているみたいだからまあいいか。
「書道も達筆な人だけどわたしはあの人の作った硯箱、なんだか好きでね」
舟橋なんちゃら硯箱とか言っていた気がしたが、気がしただけで正確な名前ではないかもしれなかった。つまるところ叔母さんは、いつか展示会で実物を目にしたときの存在感が忘れられないのだそうだ。それにしても話飛び過ぎじゃない?
「あのこんもりした硯箱の蓋の真ん中に斜めにかけられた舟橋、鉛なんだってさ」
鉄砲玉とはえらい違いだね、なんて淡々と喋りながら含み笑いを残すと、叔母さんは再び鏡を振り返り、ビューラーのようなものをぐいっとやって、最後にどや顔で呟いた。
「ええやん」
いつだったか、『夢とはバリを取りヤスリをかけたあとの追いレジンのようなもの』なのだと叔母さんが言っていた。その時は正直、この人は一体何を言ってるんだろうと思った。
夢はあらゆるものを包み込む、とても大きい枠を持った言葉なんだと――。
だから夢を殊更に語る人がいたら、よくよく気をつけて見なきゃいけないよというのが叔母さんの口癖だった。
その夢の中には一体何が隠されているのか――。
別に叔母さんのメイクのことを言ってるわけじゃない。ただ敏感肌って荒れたときはメイク辛そうだなとか思うくらいで、ふだんはわりとふつうの人だ。
ファンデが塗れないときにはアイメイク強めにして視線を逸らして誤魔化しているのだといつか叔母さんが言っていたから、世の中の女子はきっと視線誘導にも長けているのだろう。
「これから人間はデジタル空間に移行するとかっていうあれのこと?」
「そうそれ!」
「カケルは物知りだね」なんて言いながら叔母さんはビューラーのようなものを片手に仕切り直すと、鏡の中の自分とひたすら格闘しはじめた。一体いつになったら支度終わるんだろ。
元はと言えば「40秒」で支度しなと叔母さんが言うから黒いリュックだけ背負って玄関で待ってたのに。
肝心の叔母さんが全然来ないものだから心配して部屋へ駆けつけてみれば、やっとこれからメイクをするなどとふざけているのかいないのかわからないことを言うので、暇を持て余した僕は「SFとは何か」、手持ち無沙汰に彼女に聞いたのだった。なんでこの人に聞いちゃったんだろ。
「力を手に入れた人間が碌なことをしないなんてことは昔からあるさ。それでも科学の力を借りてなんとか――まぁ多少姿形を変えるくらいのことはあるかもしれないけどね――多少遠慮してでもこの星に人間を存在させ続けようと発展してきたのが人の紡いできた科学や技術じゃないのかい? それを一転地上から人を消してしまおうってんだから、考えだした奴はよっぽど人が憎いかそもそも人じゃないか――」
「その技術が生まれたきっかけが人殺しの為であっても?」
「なんだ、あんたもうその本読んじゃったの?」
「ううん、まだ序章だけ」
手持ち無沙汰にリュックから『思想としてのパソコン』を取り出して眺めていると、叔母さんは「そうかい」とだけ呟いて、また鏡と格闘をはじめた。こころなしか鏡越しに見えた叔母さんの口元には笑みが浮かんでいるように見えた。
「そういえば昔、本阿弥光悦って人がいてね」
まだ支度終わらないの? とは思った。でもまあ叔母さんの話が飛び過ぎてついていけないのはいつものことだし、手はちゃんと動かしているみたいだからまあいいか。
「書道も達筆な人だけどわたしはあの人の作った硯箱、なんだか好きでね」
舟橋なんちゃら硯箱とか言っていた気がしたが、気がしただけで正確な名前ではないかもしれなかった。つまるところ叔母さんは、いつか展示会で実物を目にしたときの存在感が忘れられないのだそうだ。それにしても話飛び過ぎじゃない?
「あのこんもりした硯箱の蓋の真ん中に斜めにかけられた舟橋、鉛なんだってさ」
鉄砲玉とはえらい違いだね、なんて淡々と喋りながら含み笑いを残すと、叔母さんは再び鏡を振り返り、ビューラーのようなものをぐいっとやって、最後にどや顔で呟いた。
「ええやん」
いつだったか、『夢とはバリを取りヤスリをかけたあとの追いレジンのようなもの』なのだと叔母さんが言っていた。その時は正直、この人は一体何を言ってるんだろうと思った。
夢はあらゆるものを包み込む、とても大きい枠を持った言葉なんだと――。
だから夢を殊更に語る人がいたら、よくよく気をつけて見なきゃいけないよというのが叔母さんの口癖だった。
その夢の中には一体何が隠されているのか――。
別に叔母さんのメイクのことを言ってるわけじゃない。ただ敏感肌って荒れたときはメイク辛そうだなとか思うくらいで、ふだんはわりとふつうの人だ。
ファンデが塗れないときにはアイメイク強めにして視線を逸らして誤魔化しているのだといつか叔母さんが言っていたから、世の中の女子はきっと視線誘導にも長けているのだろう。
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