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St. Martin's Summer

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 ある小春日和。夢見る尖塔都市の真ん中にある図書館で、少年は羽ペン片手に何やらぶつぶつ呟いていた。

「王子とカエル、ルークとカエル……いや違うな。ルークと偽預言者カエル……あ、カエルの石――? そう、カエルの石。ルークとカエルの石」

 少年は羽ペンの先端をインク壺につけるや勢いよく羊皮紙に書きつけはじめたが――

「これじゃ趣味が駄々漏れだ」

 マルフォイに嫌われてしまうなどと独りごちながら、書き損じの羊皮紙を綺麗に折り畳んだ。

 それから細身の赤いペンケースを取り出して、簡易式万年筆を手にする少年の脳裏にある一文が閃いた。

〝大海の上に、ひとりのカエルが漂っていました――〟

 手元にあった白紙の解答用紙に思いつくまま書きつけはじめたのも束の間、少年は再び手を止めてしまった。

「これではアトランティス崩壊後の中つ国になってしまう……」

 滲むインクを見つめながら少年はぼやいた。創作とはかくも前途多難なものであろうか。

 思いのほか青いインクの鮮やかさに目が覚めて、少年はまだインクが乾いていない歴史の解答用紙を手早く折り畳むと、ポケットからスマホを取り出した。

 真っ暗な画面に映り込んだ虹色が気になって見やれば、石造りの街は窓の向こうで白いヴェールを纏っていた。

「まだ残ってたんだ」

 道端できらめく雪を見つめながら、琥珀の瞳の少年はプリズムの彼方へ思いを馳せた。
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