次は絶対死なせない

真魚

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4話

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 舞踏会でエラをカイル皇子に紹介できなかったサディアスは、なかなか進捗のない現状に焦っていた。
 エラはもうどこに出しても恥ずかしくないほどの令嬢だ。
 いつ殿下にお会いしても大丈夫なのだが、なかなか自然に二人が出会うような状況を作れない。

 エラは控えめだったその美しさが花咲き、洗練された女性の魅力を携えるようになった。
 学院で特段どこかの令息と恋仲だという話は聞かないが、年頃の娘が養父に秘めた恋心など話てくれるとは思えない。

 それでもエラは私に懐いてくれている方だ。
 先日は王宮の図書室への入室をおねだりされて、取り計らった。
 カイル殿下をなんとか図書室へ誘導したりできないかとも考えたが、殿下が読みたい本は司書が執務室まで届けてしまうため、断念した。

 そして、目下最大の問題は、来週から学院に隣国セント・ロレンスの王子が短期留学に来てしまうことだ。
 記憶では、まだ聖女の力は発現していないにも関わらず、エラはセント・ロレンスの王子に見そめられ、王子のたっての希望で一緒に帰国してしまう。
 セント・ロレンスに聖女が現れたという話を聞いたのは、確か我が国が天災に見舞われ苦しみ始めた頃のことだ。

 干魃の兆候は既に出始めている。
 もう作物の苗を畑に移す時期なのだが、土が乾いて移せないでいるという。

 複数の問題を同時に抱え、サディアスはカイル皇子に外遊の許可を出してもらおうと執務室に足を運んだ。

「……つきましては、サン・ビセンテ地方を中心に、状況の確認に行って参りたいと思います」
 サディアスは水不足や作付けの状況を説明し、二週間の外遊の許可を申し出た。
「承知した。……私も一緒に行く事にしよう」
 カイル皇子の意外な一言に、サディアスはチャンス到来! と心の中でガッツポーズを決めた。

 外遊にはエラを連れて行くつもりだった。セント・ロレンスの王子になど、会わせる訳にはいかないからだ。
 それがカイル殿下も同行とは、願ったり叶ったりだ。
 
 サディアスは冷静な顔のまま、カイル皇子に日程などの確認を行い、上機嫌で執務室を後にした。

  ※

 サディアスは、外遊の途中、貸切の宿で夕食を取りつつ、向こうの席で一人食事をとるカイル皇子が時折厳しい視線をこちらに向けてくるのが気になっていた。

 向かい合って座っているエラは、食後のお茶を飲みながら初めて見た王都の外の景色について楽しそうに話している。

 ……よかった。学院の授業を休ませてまで連れて来てしまったからな……
 しかし、なぜ、もう旅程を五日もこなしているというのに、エラとカイル殿下がお話しする機会を作れないのだ……
 もしかして、私の気づかない所で、実は言葉を交わさずとも惹かれあっている……なんてことは……なさそうだ。

 自分の恋ですら成就させたことがない私に、人様のキューピッドになるなんて芸当は所詮無理だということか?
 いや、諦めてはいけない。
 殿下のお命と、国家の命運が掛かっているのだ。
 なんとしても……

 サディアスがお茶を飲み終えた頃、カイル皇子が席を立って二人のテーブルまで来た。
「サディアス、少し酒に付き合え」
「はっ。エラも同席させてよいでしょうか?」
 その提案にカイルが一瞬顔をしかめたのを、サディアスは見逃さなかった。

「女性を遅くまで酒に付き合わせるものではない。お前だけ部屋に来い」
 カイルはサディアスを丁寧に諭し、一人部屋に戻っていった。


(ダメだ……カイル殿下はエラにまったく興味がない……まずい……間に合わない……)
 サディアスは重い足取りで、宿の二階のカイルの部屋に向かった。

 ノックして部屋に入ると、地方の宿にしては上質な革張りのソファーにカイル皇子が深く座り、くつろいでいた。
 サディアスは持ってきたウィスキーを氷を入れたグラスに注ぎ、カラリと混ぜてカイル皇子に渡した。

「たまにはいいものだな。王宮ではこうお前とゆっくり話す機会もない」
 そう言って酒を味わうカイル皇子は、さらりとした長めの前髪が目元にかかり、気怠げな雰囲気すら色気がある。
 サディアスは先程の焦りを忘れ、自身も同じ酒を飲みながら、敬愛する主君との二人だけの時間に浸った。

 結局はいつも通り、今回の目的でもある各地の日照りの状況や、穀物の貯蓄量、国外からの輸入の可能性などの話をしていたら、かなり夜も更けてきた。

 良い感じに酒が回ったサディアスは、肝心な事を思い出した。
「殿下がご成婚なさるとしたら、どのような方を希望されますか?」
 カイル皇子がこれまで手を出してきたご令嬢、はたまたそういう意味で仲のよかったご令息にはいまいち共通点がない。
 そもそも今、身を固めるという考えをお持ちかどうかすら、あやしい。

「そうだな……」
 カイルはじっとサディアスを見つめた。
「普段は真面目で取り付く島もないほどきちんとしているのに、ふと私に優しいところを見せるような人がいい」

 カイルの返答にサディアスは、ダメだ……エラは逆ではないか……と、うなだれた。
 エラは普段は庇護したくなるような可愛らしい雰囲気をまとっているが、実は芯の通ったしっかりした娘だ。
「なるほど……」
 考えこむサディアスの横に、カイルが席を移動してきた。

「お前は、どんな人が良いのだ?」
 気付くとすぐ側で、カイル皇子がサディアスの肩に手を置き、じっと見つめている。

「はっ……私ですか……」
 サディアスは、すぐ近くから立ち上ったカイル皇子の香りに、何を質問されたかを忘れた。

 好みと言われても、登城してからこれまで、私の心はカイル殿下しか見ていない。
 国中を探しても、カイル殿下ほど麗しい見た目の人物はいないだろうし、カイル殿下ほど高潔で、それでいて少し甘えん坊で、それなのに凛々しく逞しい人間なんて、いるわけがない。
 普段一番近くで、至高の人間を見続けているのだ。
 こんなに目の肥えてしまった人間は、他の者など全てが霞んでしまう……

「そうですね……殿下のような、美しい海色の瞳をした人が良いでしょうか……」
 サディアスの回答に、カイルはまさにその青い瞳を揺らめかせ、ゆっくりと顔を近づけてきた。

(あぁぁぁぁ……カイル殿下……)
 サディアスは唇に重ねられた、温かく柔らかい感触に悶絶した。

 先日の舞踏会の日、庭園で口付けられたことをサディアスは忘れていたわけではなかった。
 むしろ、一生の思い出として、心の一番深いところに大切にしまっていた。

(……嬉しい……幸せだ……こんなことをしては、きっとばちが当たる……)

 カイルが顔を傾け、深く口付けを交わしてくると、サディアスは応えるように、カイルの舌を追った。

(……今だけ……今だけ、殿下と触れ合うことを許してほしい……)
 サディアスは誰かに許しを請い、カイルの温かい舌が口内を滑る感触に溺れた。

 カイルは唇を離し、サディアスを至近距離で見つめると、その首筋にキスを落としていった。

「あぁ……殿下……」
 自分でも情けないほど、甘ったれた声が漏れる。

 カイル皇子の柔らかい唇が触れるどこもかしこもが、喜びに震える。
 時折ピチャリと湿った舌で舐められれば、あぁ、その舌で胸の突起を舐めてもらえないかと物欲しげに胸が反る。

 カイルはサディアスのきっちり締めているタイを外し、ブラウスのボタンをゆっくり外しながらその白い胸元をはだけさせた。
 ブラウスを開かれ、顕になった乳首を指で摩られれば、硬い肉芽を弾くその動きに、痺れが股間まで響いた。

「……いけません……」
 もっと触って欲しいのに、なぜか口は逆の言葉を吐く。
「本当に?」
 カイル皇子が少し意地悪そうに笑って、サディアスの股間をカリッと指で刺激すると、サディアスは「あっ……」と腰を引いた。

 熱を持っているそこの硬さを確かめるように、カイル皇子が指を這わすと、あまりの気持ちよさに性器を押し付けるように腰が勝手に揺れてしまう。

「サディアス……」
 カイル皇子が熱にうなされたような瞳で、じっとサディアスを見つめた。
「……お前のことが好きだ……」
 そう言って再びカイルに深く口付けられたサディアスは、突如脳裏に浮かんだ黒ずんだカイル皇子の死に顔に、ビクリと固まった。

「サディアス?」
 違和感を感じたカイルが、サディアスを心配げに覗き込んだ。

「申し訳ありません。こんな……こんなこと……」
 サディアスは殴られたかのようにぐわんぐわんと回る頭で、はだけた衣服を慌てて整えた。

「申し訳ありません。まさか私が、殿下に害をなすなど……」
 吐き気を覚えるような衝撃に揺さぶられながら、サディアスはふらふらと部屋から出ていった。
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