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Episode9

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 むかし、狭い闘技場のなかで生きていた頃の幸也は、生に頓着していなかった。

 闘技場に身を置いている自分が、明日死ぬかもしれない身であることをよく承知していたし、そのことにさして不満もなかった。自分が生きている場所は、そういうところだと受け入れていた。
 そんな境遇で、幸也が辛うじて死を免れていたのは、単に死ぬきっかけがなかったということと、それからニックの存在があった。幸也の、唯一の友が幸也を生に繋ぎ止めていたのだ。

 だから幸也は、自分かニックが死ななければならないということを知ったとき、迷わず「それならば自分が」と思った。自分が死んで彼が生きるのなら、それ以上望むことは何もない。そう思ったので、悔いなく力を尽くした結果、幸也は負けて死ぬことを受け入れることができた。

 幸也は彼の曇りのない心を尊敬していたし、彼にはもっと、陽光の降りそそぐ明るくまっとうな場所で生きて欲しいと願っていた。
 そしてその考えは、幸也は今も変わっていない。


##


「幸也せんぱーい! ぼうっとして、何考えてたの?」

 机に頬杖をついて考え事をしていた幸也は、佑に顔を覗き込まれてはっと我に返った。見ると、彼は何だか得意気だ。

「へへ、びっくりした? おれひょっとして、初めて幸也を驚かせられたんじゃない?」

 愉しげな表情で笑う佑に、幸也は少し呆れた。どうしてそこまでして、幸也を驚かしたいのかと思った。

「別に、驚いてない。ちょっと考え事をしていただけで……」
「なになに? 夕ごはんのこととか?」
「ちがう」

 おれを勝手に腹ぺこキャラにするな、と幸也は突っ込む。

「んー、なんだろ。じゃあおれのこと?」

 真っ直ぐな目で、佑がそう尋ねた。
 幸也は、ふいと目を逸らした。

「なんでそうなる。食事と、おまえのこと以外にも、考えることは色々あるんだよ……」

 そう言いながら、幸也はそれこそ少し動揺していた。言い当てられたことが少し気まずくてばつが悪く、ほんの少し癪に感じた。だから咄嗟に否定してしまった。

 ……別に、いつも幸也は佑のことばかり考えている訳ではない。たまたま、今は、佑のことを考えていただけで。

 話題を変えたくて、幸也は少し大きめの声で「それより」と切り出した。

「おまえを待ってる間、今出てる課題をやっちゃったから後は暇なんだけど。このあと、どうする?」

 今は読みかけている本もないので、部室に留まる理由はない。以前、佑と映画を見てから、何となく早めに切り上げた部活の後、二人で寄り道をしながら帰るのが恒例になっていた。
 そのつもりで尋ねたが、佑は「んー」と少し考えた後、ふと思い付いたように意外な提案をしてきた。

「じゃあさ、先輩今日おれんち来ない? ちょうどこの間買って進めてるゲームがあるんだよね」

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