43 / 61
39 冷たい声
しおりを挟む
「『おすわり』」
部屋に響くサイベリアンの声は冷たい。最初にプレイしたときのような優しい響きはなかった。
早まったことをしたかもしれない。健介はそう思ったが、ここまで来て「プレイ」を拒否することも逃げることもできるはずがなかった。
言われるままにその場に座る。サイベリアンは床にぺたりと正座した健介を置いて移動し、一人ソファに腰をかけた。
無言が薄明るいプレイルームを支配する。このまま次の命令が与えられるまで座っていればいいのか、それともサイベリアンの側に侍るべきか……。
そわっと腰を浮かせた瞬間、「『動くな』」と鋭い命令がとんだ。
「うっ」
命令とともに浴びせられる威圧感に健介の身体はじっとりと冷や汗をかく。
(これは……威圧?)
苛立ちの混じった命令は健介の心を着実に削っていった。
どうして、サイベリアンはわざわざ自分を探し出してまでプレイをしようと思ったのか、健介にはひとつも理解できない。
「『脱いで』」
健介はいわれるままに、着ていたガウンを脱いでその場に落とし、部屋の真ん中に立ち尽くした。あばら骨の浮いたがりがりの身体は部屋が薄暗いとはいえ、サイベリアンの前でさらすには貧相すぎる。着ている下着も、かろうじて股間が隠れるほど小さな布が腰の紐で止められているだけの、いわゆるTバックの紐パンだ。自分に似合うはずもないそんなものを身に着けたままの情けない姿で美しいサイベリアンの前にさらしている。
いたたまれなさに思わず俯く。
すると、その下着すらも許さないと言うように「全部だよ。全部『脱ぐんだ』」とサイベリアンから厳しい命令が下された。
褒められもせずに次々と新たな命令を出される。
今ですら限界なのに──。
だが、命令に背いてこれ以上怒りを買うのは得策ではない。
指先は冷たいのに手は汗でびっしょりとぬれている。結ばれた紐を解こうとするが、震える指先が言うことをきかない。
早く解かなくてはと思うのに、上手くいかず情けなさに泣きたくなってくる。
何度目かの試みののち、ようやく紐をほどいて、下着を脱ぐとしょんぼりとした健介の股間が露になる。
さりげなく両手で股間の前を隠すように組むと、見透かされたように「両手は後ろに」と言われてしまう。
命令ではないそれにおずおずと手を後ろに回し、隠すものが何もなくなった前をサイベリアンに見せる。
(褒められない……)
言うことをきいているのに、少しも褒めてくれない。健介の心はどんどん追い詰められていく。
「『おいで』」
健介は両手を後ろで組んだまま、サイベリアンの座るソファへと近づいた。目の前まで来たところで、「『おすわり』」と再び座るように命令を下された。
どうして褒めてくれない?
何がいけないのか?
どうしたらいいのか?
言われたことはちゃんと従っているのに、何がダメなのか……。
健介は軽いパニックに陥っていた。
「顔色が良くない。怯えているの?」
怯えるに決まっている。命令されるだけで、ひとつも褒めてもらえない。
これは本当にプレイなのか。
だが、経験の浅い、知識もない健介にはこれが正しいのか間違っているのかもわからなかった。
「怯えているのか聞いている」
なんと答えたら正解なのかもわからない。黙っていると、サイベリアンは「『言え』」と命令で健介に答えを要求してきた。
「あ、あ、ぅう……しゃ……、」
怯えていると素直に言いたい。だが、言っても言わなくても怒りを買う。それなら自分にはどうすることができるというのだろう。
健介の瞳から堪えきれなくなった涙があふれる。
「あぁ……う、うぅ、しゃちっ……ひぐっ」
このプレイを一刻も早く止めたくて、嗚咽まぎれに「セーフワード」とやらを口にする。セーフワードに「社畜」を選んだのはただの思い付きだった。だが、皮肉にもぴったりの言葉だと思う。
嫌なことにも限界まで耐え、理不尽なことにも唯々諾々と従う。異世界に来ようが自分の性質はかわらない。
一度決壊した涙腺は止めようと思っても止まらなかった。そのうえ鼻水まで垂れてくる。涙と鼻水で健介の顔はぐっちゃぐちゃだ。そうでなくとも見目の良くない顔は不細工このうえないことになっているだろう。だが、健介にはどうしようもなかった。
「はぁ……」
サイベリアンがため息をつく。
健介はぼろぼろと涙をこぼしながら、心の中で「ため息をつきたいのはこっちだよ!」と思ったが、それを口にすることができていたらこんなことにはなっていない。
もう、いますぐにでもプレイを止めて、真っ裸のままでもかまわないから部屋から飛び出したかった。
「すまない」
すると、サイベリアンがソファから立ち上がり、健介を抱きしめて謝罪を口にする。何に謝られてるのかわからない健介はリアンの腕に抱きしめられるまま呆然とした。突然の出来事にどうしてそうなったのかわけがわからず、驚きに涙は止まっていた。
垂れた鼻水やら涙やらでびしゃびしゃだった顔のまま、サイベリアンのシャツに顔をうずめることになっている。普段の健介なら「あぁ、汚れる」とか気になるところだが、そんなことも思いいたらないほどに、困惑していた。
部屋に響くサイベリアンの声は冷たい。最初にプレイしたときのような優しい響きはなかった。
早まったことをしたかもしれない。健介はそう思ったが、ここまで来て「プレイ」を拒否することも逃げることもできるはずがなかった。
言われるままにその場に座る。サイベリアンは床にぺたりと正座した健介を置いて移動し、一人ソファに腰をかけた。
無言が薄明るいプレイルームを支配する。このまま次の命令が与えられるまで座っていればいいのか、それともサイベリアンの側に侍るべきか……。
そわっと腰を浮かせた瞬間、「『動くな』」と鋭い命令がとんだ。
「うっ」
命令とともに浴びせられる威圧感に健介の身体はじっとりと冷や汗をかく。
(これは……威圧?)
苛立ちの混じった命令は健介の心を着実に削っていった。
どうして、サイベリアンはわざわざ自分を探し出してまでプレイをしようと思ったのか、健介にはひとつも理解できない。
「『脱いで』」
健介はいわれるままに、着ていたガウンを脱いでその場に落とし、部屋の真ん中に立ち尽くした。あばら骨の浮いたがりがりの身体は部屋が薄暗いとはいえ、サイベリアンの前でさらすには貧相すぎる。着ている下着も、かろうじて股間が隠れるほど小さな布が腰の紐で止められているだけの、いわゆるTバックの紐パンだ。自分に似合うはずもないそんなものを身に着けたままの情けない姿で美しいサイベリアンの前にさらしている。
いたたまれなさに思わず俯く。
すると、その下着すらも許さないと言うように「全部だよ。全部『脱ぐんだ』」とサイベリアンから厳しい命令が下された。
褒められもせずに次々と新たな命令を出される。
今ですら限界なのに──。
だが、命令に背いてこれ以上怒りを買うのは得策ではない。
指先は冷たいのに手は汗でびっしょりとぬれている。結ばれた紐を解こうとするが、震える指先が言うことをきかない。
早く解かなくてはと思うのに、上手くいかず情けなさに泣きたくなってくる。
何度目かの試みののち、ようやく紐をほどいて、下着を脱ぐとしょんぼりとした健介の股間が露になる。
さりげなく両手で股間の前を隠すように組むと、見透かされたように「両手は後ろに」と言われてしまう。
命令ではないそれにおずおずと手を後ろに回し、隠すものが何もなくなった前をサイベリアンに見せる。
(褒められない……)
言うことをきいているのに、少しも褒めてくれない。健介の心はどんどん追い詰められていく。
「『おいで』」
健介は両手を後ろで組んだまま、サイベリアンの座るソファへと近づいた。目の前まで来たところで、「『おすわり』」と再び座るように命令を下された。
どうして褒めてくれない?
何がいけないのか?
どうしたらいいのか?
言われたことはちゃんと従っているのに、何がダメなのか……。
健介は軽いパニックに陥っていた。
「顔色が良くない。怯えているの?」
怯えるに決まっている。命令されるだけで、ひとつも褒めてもらえない。
これは本当にプレイなのか。
だが、経験の浅い、知識もない健介にはこれが正しいのか間違っているのかもわからなかった。
「怯えているのか聞いている」
なんと答えたら正解なのかもわからない。黙っていると、サイベリアンは「『言え』」と命令で健介に答えを要求してきた。
「あ、あ、ぅう……しゃ……、」
怯えていると素直に言いたい。だが、言っても言わなくても怒りを買う。それなら自分にはどうすることができるというのだろう。
健介の瞳から堪えきれなくなった涙があふれる。
「あぁ……う、うぅ、しゃちっ……ひぐっ」
このプレイを一刻も早く止めたくて、嗚咽まぎれに「セーフワード」とやらを口にする。セーフワードに「社畜」を選んだのはただの思い付きだった。だが、皮肉にもぴったりの言葉だと思う。
嫌なことにも限界まで耐え、理不尽なことにも唯々諾々と従う。異世界に来ようが自分の性質はかわらない。
一度決壊した涙腺は止めようと思っても止まらなかった。そのうえ鼻水まで垂れてくる。涙と鼻水で健介の顔はぐっちゃぐちゃだ。そうでなくとも見目の良くない顔は不細工このうえないことになっているだろう。だが、健介にはどうしようもなかった。
「はぁ……」
サイベリアンがため息をつく。
健介はぼろぼろと涙をこぼしながら、心の中で「ため息をつきたいのはこっちだよ!」と思ったが、それを口にすることができていたらこんなことにはなっていない。
もう、いますぐにでもプレイを止めて、真っ裸のままでもかまわないから部屋から飛び出したかった。
「すまない」
すると、サイベリアンがソファから立ち上がり、健介を抱きしめて謝罪を口にする。何に謝られてるのかわからない健介はリアンの腕に抱きしめられるまま呆然とした。突然の出来事にどうしてそうなったのかわけがわからず、驚きに涙は止まっていた。
垂れた鼻水やら涙やらでびしゃびしゃだった顔のまま、サイベリアンのシャツに顔をうずめることになっている。普段の健介なら「あぁ、汚れる」とか気になるところだが、そんなことも思いいたらないほどに、困惑していた。
72
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説
完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる