上 下
18 / 61

18 ここぞとばかりに

しおりを挟む
 
 ケンは困惑した表情で動かない自分の足を見下ろしている。その表情がいじらしく可愛い。
 「『おいで』」とコマンドを発すれば、今度は驚きの表情を浮かべながら自分の近くまでゆっくりと歩いてきた。
「『いいこ』。よくできました」
 そう言って、目の前の黒髪を慈しみを込めてサラサラと撫でる。受け入れている、リアンはそう感じた。
「こっちを『見て』」
 コマンドに従い、下げていた視線があがって黒曜石の瞳にリアンの瞳が写し出される。視線を絡めたまま、「『いいこ』だ。初めてのコマンドはどう? 抵抗感はある?」と聞けば、「あ、いや……ない、です」と答えた。
 そのまま続けてよいかを尋ねると、ケンは大きくうなずいた。
 もっと、もっとこの人を可愛がりたい。いっぱい褒めて撫でてあげたい。
「じゃあ、『四つん這いになって』」
 ケンは素直に獣の体勢をとる。
「『キスして』」
 そうコマンドを発すると、ケンは束の間悩み、リアンの爪先にキスをしようと頭を下げた。
(うそうそ!? 従順過ぎて心配になるんだが!)
 一瞬頭の中で叫んで、ケンの前に手を差し出した。そこに小さなキスをすると、顔を上げて、「出来たよ?」という目でリアンを見上げている。
 なんなんだ!この可愛い生き物は!
 初めて会った相手。しかも見ず知らずの。
 そのDomからのコマンドに少しの抵抗もなく従がって、こちらが期待する以上の態度と表情を返してくる。
 リアンは目眩がしそうだった。
 気を取り直して、「『いいこ』。よく出来たね」と褒めて、頬を優しく撫でる。リアンは椅子から立ち上がり、四つん這いのケンの隣にしゃがみ、ペットの大型犬にするようにその肩や腰を撫でてやった。
 ケンは身体をぴくぴくと振るわせ、撫でる手に擦り付いて鼻を鳴らす。
「可愛い……」
 思わず漏れた呟きは、撫でられてうっとりと浸っているケンには聞こえていないようだ。
 全身を撫でていて気づいたが、とにかく細い。骨と皮だ。顔色もプレイを始めて、目に見えて不調な様子は無くなっている。不健康なほどに痩せているのはどうしようもない。落ち窪んだ目、痩けた頬が痛ましい。美味しいものを食べさせて、
何不自由ない、何も心配することない生活を送らせたい。俺のコマンドで身体の隅々まで支配したい。
 そんなことを考えながら、側でくふくふと鼻を鳴らして擦り付いている可愛い人を眺める。

「『仰向けになって』」
 コマンドを発すると、ケンはとろんとした表情でのろのろと体を動かして仰向けになる。そして、その後すぐにハッとした。
(おや……?)
 先程までくんくんと子犬のような声をあげながら、リアンの手に擦り付いていたのに、今は顔を真っ赤にして恥じらいながら前を隠している。
 「『見せて』」と声をかけると、落ち着かなそうに瞳を揺らし、最後は観念したかのように、大きく股を広げて、両手をあげた。
 その様はまるで降参したか、飼い主に撫でられたい犬の姿そのものだった。
 
  あぁ、なんて可愛らしいのだろう。
 自分がsubだと言うこともつい先程まで知らなかった男は自分の命令を素直に受け入れて、一生懸命に応えようとする。
 まだ何の手垢もついていないこのsubが本当に愛おしくてたまらないとリアンは思った。
 額にかかる前髪を払って、瞳を見つめる。頭を撫でて、耳元で優しく「『よくできたね、いいこ』」と褒めると身体をびくりと大きく震わせた。

 「えっ?」というケンの驚きの声が聞こえたかと思うと、慌てて体を起こし、前を隠すように背を丸めてその場で小さくうずくまる。
 その行動こそが物語っていて、リアンはケンの身体に何が起こったのかを察した。
(うそうそうそっ! 嘘だろ!?)
 ケンはおそらく達してしまったのだろう。その恥ずかしさに、隠れようとしている。
 可愛い……。
 コマンドに従順で、色欲に忠実。
 このSubを外に出していては危険だ。すぐに他のDomにいいようにされてしまう。そんな危機感が湧いてくる。
 このSubに自分のコマンドを刻みこまなくては──。

「どうしたの? 動いていいって言ってないよ」
 内心の焦りを笑顔で隠して囁くと、「ご、ごめんなさい。申し訳あ、りませ、ん」とうずくまったまま謝罪を口にする。
「どうしたのか聞いているんだよ」
 追い詰めるように問いかける。
「ほら」
「あ、あの……あ、」
 表情は見えない。だが、ケンがぐるぐると頭の中で悩んでいることはうかがえた。
 リアンはここぞとばかりにコマンドを発した。
「『言って』」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

処理中です...