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11章
8これ以上ここに居たくない
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足早にホールを後にしたシロウはそのまま薄暗い廊下を歩き続ける。
誰もいない場所に行きたい。もう部屋にもどりたい。
ただその一心で来た道を戻る。人気がなく静まり返った廊下はひんやりとしていて、シロウを少しだけ冷静にさせた。
走るように出てきたシロウは少しだけ息をついて、辺りを眺める。窓から見える景色は月明りに照らされて薄明るい。屋敷の周りには他に灯りがなく、暗く美しい森だった。誰もいない薄暗い廊下と鬱蒼とした森はシロウに山と木に囲まれた日本にある古い祖母の家を思い出させた。
両親を亡くした後に祖母に引き取られてから、最近まで姉と二人で暮らしていたその家を。
櫻子と二人には広すぎたあの家と、そこで暮らした姉との日々を。
見ていた景色がじわりと滲む。
気づいたら外を眺めながら、はらはらと涙がこぼれていた。シロウはそれを拭いもせず、ただ頬を流れるままに立ち尽くす。
「シロウ……」
間も無く追いついたリアムがふわりとシロウを抱きしめた。
漏れる息のように小さく呼びかけて、回した手で背中を優しくなでる。その手の温かさに、シロウはさまざまな感情が胸の中でないまぜになって、なにがなんだかわからなくなった。
「うぅ……うぁあ……」
抱き締められた腕の中で、小さな子供のように声を出して泣いた。
悲しいのだろうか……。
姉の結婚はうれしい。ようやく自分の幸せのことを考えてくれるようになったし、ノエルもいい人だ。
寂しいのだろうか……。
それは確かに、自分の中の姉の存在は何よりも大きい。だが、結婚したからといって、姉弟であることには変わりはない。ただ、姉の一番はきっと、自分では無くなってしまうだろう。
でも、シロウの一番もきっと櫻子ではなくなる。
怖いのかもしれない……。
姉には何も言っていない。
リアムを好きになったことも、恋人になったことも。
(姉さんはわかってくれるだろうか……)
この関係が恥ずかしいと思っているわけではない。
だが、リアムとのことをどういったらいいのかわからなかった。
会って数週間の相手を好きになるなんて──。
ましてや、付き合う相手が男性だなんて、姉は露程にも思っていなかっただろう。
姉さんに変だって、男の人と付き合うなんておかしいって言われたくない。正面切って、否定されるのが怖いから何も言わなければ、知られなければと考える、相変わらず弱くてずるい自分がいる。
「シロウ」
リアムの大きな手があやすようにシロウの背中を撫でる。
リアムはどうしてシロウが泣いているのかわからないが、何かに傷ついているメイトの心を少しでも慰めたかった。
パーティの喧騒も届かない薄暗い廊下で、しばらくリアムはシロウを抱きしめていた。その間もずっとリアムはシロウの背中を撫でたり、髪の毛をすいたりしながら、「側にいる……、大丈夫……」と声をかけてシロウが落ち着くのを待った。
「……ふぅ……」
満足いくまで泣いたのか、少しは落ち着いたのか、腕の中で小さなため息をつくと、シロウはおろしていた両手を上げて、リアムの胸を少し押し返す。
リアムはその両手を掴み、自分の腰に巻きつけて、自分を抱きしめ返すように促し、シロウのつむじに小さくキスをした。
再びシロウの背中に腕を回して、ぎゅっと強く抱きしめる。
「落ち着いた?」
肯定も否定もせず、シロウはリアムの胸に頭を押し付けた。二人とも、何も言わずにお互いの体温を確かめるように抱き合う。
子供のように泣きじゃくって、慰められたのが少し恥ずかしいが、何も聞かずにただ側にいてくれるリアムがシロウには嬉しかった。
リアムの肩口に子供のように頭を押し付ける。
すーっと吸い込んだ空気は優しく甘い香りがして、それがなぜかシロウの気持ちを落ち着かせる。
リアムが側にいてくれたら大丈夫だとそんな気がしてきて、シロウは少しだけ前向きになれる気がした。
なんの解決策も説明も思いつかないが、姉に嘘はつきたくないし、櫻子ならきっとわかってくれると、わかってもらえるようにリアムが好きだと姉に伝えようとシロウは思った。
「部屋に戻りましょう」
シロウはリアムに顔を埋めたまま呟く。
リアムは体を離すと、初めにおでこに優しく、次に唇へ軽くキスをして、「そうだね」と返事をした。
シロウの手を握って、元来た廊下を歩き出そうとする。
「あの、そっちはホールでは……」
少し戸惑った声を出すシロウにリアムは「部屋はこの反対、ホールの先の廊下だよ」と言って、歩き出した。
誰もいない場所に行きたい。もう部屋にもどりたい。
ただその一心で来た道を戻る。人気がなく静まり返った廊下はひんやりとしていて、シロウを少しだけ冷静にさせた。
走るように出てきたシロウは少しだけ息をついて、辺りを眺める。窓から見える景色は月明りに照らされて薄明るい。屋敷の周りには他に灯りがなく、暗く美しい森だった。誰もいない薄暗い廊下と鬱蒼とした森はシロウに山と木に囲まれた日本にある古い祖母の家を思い出させた。
両親を亡くした後に祖母に引き取られてから、最近まで姉と二人で暮らしていたその家を。
櫻子と二人には広すぎたあの家と、そこで暮らした姉との日々を。
見ていた景色がじわりと滲む。
気づいたら外を眺めながら、はらはらと涙がこぼれていた。シロウはそれを拭いもせず、ただ頬を流れるままに立ち尽くす。
「シロウ……」
間も無く追いついたリアムがふわりとシロウを抱きしめた。
漏れる息のように小さく呼びかけて、回した手で背中を優しくなでる。その手の温かさに、シロウはさまざまな感情が胸の中でないまぜになって、なにがなんだかわからなくなった。
「うぅ……うぁあ……」
抱き締められた腕の中で、小さな子供のように声を出して泣いた。
悲しいのだろうか……。
姉の結婚はうれしい。ようやく自分の幸せのことを考えてくれるようになったし、ノエルもいい人だ。
寂しいのだろうか……。
それは確かに、自分の中の姉の存在は何よりも大きい。だが、結婚したからといって、姉弟であることには変わりはない。ただ、姉の一番はきっと、自分では無くなってしまうだろう。
でも、シロウの一番もきっと櫻子ではなくなる。
怖いのかもしれない……。
姉には何も言っていない。
リアムを好きになったことも、恋人になったことも。
(姉さんはわかってくれるだろうか……)
この関係が恥ずかしいと思っているわけではない。
だが、リアムとのことをどういったらいいのかわからなかった。
会って数週間の相手を好きになるなんて──。
ましてや、付き合う相手が男性だなんて、姉は露程にも思っていなかっただろう。
姉さんに変だって、男の人と付き合うなんておかしいって言われたくない。正面切って、否定されるのが怖いから何も言わなければ、知られなければと考える、相変わらず弱くてずるい自分がいる。
「シロウ」
リアムの大きな手があやすようにシロウの背中を撫でる。
リアムはどうしてシロウが泣いているのかわからないが、何かに傷ついているメイトの心を少しでも慰めたかった。
パーティの喧騒も届かない薄暗い廊下で、しばらくリアムはシロウを抱きしめていた。その間もずっとリアムはシロウの背中を撫でたり、髪の毛をすいたりしながら、「側にいる……、大丈夫……」と声をかけてシロウが落ち着くのを待った。
「……ふぅ……」
満足いくまで泣いたのか、少しは落ち着いたのか、腕の中で小さなため息をつくと、シロウはおろしていた両手を上げて、リアムの胸を少し押し返す。
リアムはその両手を掴み、自分の腰に巻きつけて、自分を抱きしめ返すように促し、シロウのつむじに小さくキスをした。
再びシロウの背中に腕を回して、ぎゅっと強く抱きしめる。
「落ち着いた?」
肯定も否定もせず、シロウはリアムの胸に頭を押し付けた。二人とも、何も言わずにお互いの体温を確かめるように抱き合う。
子供のように泣きじゃくって、慰められたのが少し恥ずかしいが、何も聞かずにただ側にいてくれるリアムがシロウには嬉しかった。
リアムの肩口に子供のように頭を押し付ける。
すーっと吸い込んだ空気は優しく甘い香りがして、それがなぜかシロウの気持ちを落ち着かせる。
リアムが側にいてくれたら大丈夫だとそんな気がしてきて、シロウは少しだけ前向きになれる気がした。
なんの解決策も説明も思いつかないが、姉に嘘はつきたくないし、櫻子ならきっとわかってくれると、わかってもらえるようにリアムが好きだと姉に伝えようとシロウは思った。
「部屋に戻りましょう」
シロウはリアムに顔を埋めたまま呟く。
リアムは体を離すと、初めにおでこに優しく、次に唇へ軽くキスをして、「そうだね」と返事をした。
シロウの手を握って、元来た廊下を歩き出そうとする。
「あの、そっちはホールでは……」
少し戸惑った声を出すシロウにリアムは「部屋はこの反対、ホールの先の廊下だよ」と言って、歩き出した。
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