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まだまだ夜は長い

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アドリア・フェブル。
彼の家は浄化師という、西の森に溜まる澱みを浄化する、国に一人の希少な家系の生まれの次男坊だ。
浄化師は自身の長い髪に澱みを取り込み、魔力で浄化をして澱みを払う。
澱みとは、国民のストレスや悪意、凝り固まった黒い感情がいつしか西の森の一角に溜まり続け澱みとなって吹き出す。
澱みは生態系を狂わせ、森の動植物達も澱みの影響でより凶暴な魔獣と化す。
澱みを放って置くと、どんどん広がり、やがて人々の住む街まで呑み込まれてしまうと考えられている。
そうならないよう、定期的に澱みを浄化する必要があった。
浄化を行えるのは国最高の魔術師でもある。

彼の父はまだ現役で子供達に家督を引き継いでいないため、後継者が決まるまではと、一つ上の兄レイモンドと共に髪の毛を腰まで伸ばしていた。
まぁ、それも、順調に兄が特化を卒業すれば引き継ぐだろうと踏んでいる。
兄は父に勝るとも劣らない優秀な魔術師の呼び声も高いからだ。

父親はさっさと浄化師を引退し、愛妻とともにのんびり魔道具作りに専念したいのが本音だろうが、自分が飛び級して成人と共に家督を継いで苦労したため、子供達には特化卒業までは学業に専念し、学生時代を謳歌してもらいたいと思っているのだろう。

アドリアとしてはさっさと兄に決めてもらい、この長く鬱陶しい髪の毛を切りたいのが本音だ。

父親のクリストファーは人外と言われるほどの美貌の持ち主で、アドリアも父親によく似ているのだが、明朗快活な雰囲気はどちらかというとその父、アドリアからすれば祖父のレオナルドによく似ていた。
祖父レオナルドは今尚元気いっぱい、周辺諸国の魔獣退治に飛び回っており、ちょくちょく兄とアドリアも手伝いに駆り出される。
お陰で美しい見かけによらず武闘派の面もあった。

ちなみに彼の母は日本という異世界からやって来た「渡り人」と呼ばれる人で、澱みを限界まで溜め込んだクリストファーが、苦し紛れにクラウディオの父ビルのギルドに委託した、全ての条件を満たした者だけが読める「依頼書」によってまんまとやって来たところをとっ捕まえて結婚した経緯がある。
もちろん魔力の相性は最高のようで、いまだに熱が冷めず、周りも引くほど溺愛している。
魔術師の愛は重いと言われるが、アドリアはまだそこまで思える人には出会えていない。




アドリアの家は王都と西の森の中間にある大きな屋敷で、父と母、兄、妹二人、家族以外では、フェブル家に代々仕える専門の執事たち、メイドや料理人など多くの使用人が住んでいる。
兄妹は五人だが、姉ヴァレリーはカミーユの兄、ヴァンサンに嫁いでいるため、もう家を出ていた。


学校から家に転移して来て、久しぶりに会うアドリアの父母への挨拶もそこそこに、すぐに自室に入るとソファをクラウディオに勧め、自分も向かい側に腰を下ろした。

「急に泊まりたいだなんて、何かあったん?」

勝手知ったる、とはいえ、高等部以降だから一年以上は来ていなかった。

「クラウディオはで忙しかったしね。もしや子供でも出来た?」
「アホかっ!そんなんじゃねぇよ。それに子供はクリストファーさんの子種封じ飲んでたから、絶対に無い」

「子種封じ」とはクリストファーが開発した、超強力な避妊薬だ。
世の中は避妊といえば、避妊魔法が主流だが、カミーユのロックス家は避妊魔法が効かない。
よって必然的に子沢山一族となっていたのだが、20年ほど前にクリストファーがロックス家の子種に対抗出来るよう、開発したのが「子種封じ」という薬だった。
男が飲めば、その名の通り、子種が封じられ、完璧な避妊が出来る。
今ではロックス家御用達とまで言われているのだ。
クラウディオは魔法だけでは万が一があると思い、念には念をと子種封じまで飲んでいた。

クラウディオの様子を見て、「知ってる。冗談だよ」とアドリアはソファで足を組み替え、小首を傾げた。

「それで、話って?」
「それが・・・・記憶を無くしていた番の事なんだが・・・・」
「カミーユだったってわけかな?」
「!!!」

向かいのソファに座ってたクラウディオが勢いよくアドリアを見た。
その様子を見たアドリアは、「やっぱりね」と呟くと家の執事頭のアルスが淹れてくれた紅茶を優雅に飲む。
相変わらず、彼の紅茶は絶品だ。

「バレバレだよ。凄い挙動不審だし」
「え!まさか、カミーユに気づかれてないよな」
「あぁ、それは無いよ。番なんてガヴァンの中でも稀なケースだろう?」
「そうだな、俺とおふくろくらいだろうな、番を感じ取れる程竜性が強いのは」
「番だとわかって、カミーユを伴侶にしたいの?」
「・・・・」

頷きたい気持ちはあれど、自分にはその資格は無いと考えているクラウディオは無言になるしかなかった。
俯いて黙り込むクラウディオにアドリアはやれやれと首を振る。
いつもの堂々とした態度はどこへいったのだ。

「クラウディオにとっては番は唯一最愛の人なんだろうけど、正直、普通の人間の俺らからしたら、番って言われてもピンと来ないんだよ」
「わかってる。カミーユに俺の事情を押し付ける気持ちはない」
「そう思ってるなら、話は簡単じゃ無い?要はカミーユがクラウディオに惚れれば問題無いわけだろ?昔に比べて、同性婚増えてるんだしさ」
「・・・・」
「おい、まさか、今までずーっと相手から惚れられてばかりで、自分から惚れたのは初めてだから、どうアプローチしたら良いかわからない、とか言わないよな」

大きな体を益々縮こませたクラウディオは小さくコクンと頷いた。

「おいおい、マジかよ」アドリアは小さく呟いて、呆れたようにクラウディオを見つめた。

「ま、俺も自分からアプローチした事ないけどね」

ケロリとした顔でアドリアが言う。
彼もまた、恋人になりたがる人など、いくらでもいるからだ。
だが、彼には現在恋人はいない。

「う~ん、カミーユは魔力多いし、魔術師希望だよな。魔力の相性が良ければ、可能性は高いと思うよ」

竜性の番ほどでは無いが、魔術師も魔力が多い者ほど、見た目云々より相手の魔力に惹かれるところがある。
魔力の相性が悪ければ、頭痛や眩暈や吐き気まで起こす事があるので、中々無視できないところがあった。
魔力の相性はどこでも直接触れれば感知出来る。
触られて心地良いと感じれば、概ね相性が良いとされる。

「カミーユと握手してたよね、どうだった?」
「心臓バクバクで覚えてない」
「全く・・・・番が現れた途端にヘタレになるって、どういうもんかな」
「うっ・・・・でも、悪くは無かったと思う」
「じゃあ、カミーユ次第ってわけだね。クラウディオ、カミーユに惚れてもらうよう、地道に頑張れ。それには今までみたいは生活だったら無理だぞ」
「それは、もちろん。カミーユ以外、伴侶にする気無い」
「はは。まさか、そんな事言う日が来るとはね~。でも、良かったよ。いつか誰かに刺されんじゃ無いかと思ってたからな。将来もちゃんと考えとけよ。俺の大事な親友なんだ、安心して任せられる奴じゃなきゃ、いくらクラウディオだって絶対に阻止してやるからな」

最後には真面目な顔になってキッとクラウディオを睨むと、グサリと釘を刺したアドリア。
クラウディオも背筋を伸ばして、決意の籠った目でアドリアを見た。

「大丈夫だ。俺も覚悟を決めた。絶対に俺を選んで後悔はさせない」

生気の無かった黄金の瞳が、揺らめく炎のように生き生きと輝くのを見て、アドリアの表情が知らずに緩む。

「あほう。言う相手違うだろ」

彼なりにずっとこの男を心配していたのだった。
番が絡むとヘタレが発動してるが、元々人並み外れた長身に恵まれた体格と美貌、ガヴァンへ婿入りしたとはいえ、王族の血を引いているだけあり、カリスマ性も溢れている。

国内でチマチマとしているより、実家の商会を背負って世界を股にかけて丁々発止とやり合う豪商の方が合っている。
本気でやる気を出した彼ならいずれガヴァン一族の長になるだろう。

この分なら奴は心配ないな、胸の内でアドリアは思っていた。
しかし・・・・

「問題はロックス家だよなぁ。あの家、末っ子のカミーユの事、相当溺愛してるぞ。一筋縄ではいかないからな」

眉根寄せ、腕を組んで天井を仰ぐ。

カミーユ本人は、一族と異なる自分をみそっかすだと思っているが、あの一家は自分達とは色合いも容姿も何もかも違うからこそ、「宝珠」の様に思って大事にしている所がある。
いささか悪評のあるクラウディオなど、おいそれとカミーユに近づけさせてくれないかもしれない。

アドリアとクラウディオは揃って顔を見合わすと、はあ、とため息をついた。

まだまだ、夜はこれからだった。




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