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焙煎兄弟
「母の記憶」
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度合家。西風が冷たい七つ下がり。
煎蒔は庭に焚火台を置き、指先から軽く火を出して炭に点火した。此留來は洗ったさつま芋を運び、その後をコッペが小ぶりな羽でパタパタ羽ばたき付いて来ている。
煎蒔に紹介され、ひとつ屋根の下で此留來と丸二日間一緒に過ごしたコッペは、女の子らしくて優しい此留來がすっかり好きになったらしい。何かと付きまとっている。
此留來はスラリとした美少女だ。肌は色白で、薄茶色の長いサラサラの髪が控えめにきらめいている。ついでに性格も控えめで、これまでの人生いろいろあったのだろう、人の顔色を気にしてばかりいる。パッと見は落ち着いた印象だがけっこうおっちょこちょいで忘れっぽい一面もある。
「此留來。そんな格好じゃ風邪ひいちまうぞ?」
暖かい季節が終わりかけ、この頃は肌寒い日が増えてきた。此留來はノースリーブワンピースだけで上着を何も羽織っていない。煎蒔は、此留來の肩に止まろうとしたコッペを払いのけ、自分の上衣を脱ぎ此留來に掛けてやった。
「あ、ありがとう、煎蒔さん。カーディガン出してたのに忘れちゃって」
此留來ははにかんだみたいな笑顔で煎蒔を見上げた。
「な、なにするッペか煎蒔っっ。コッペは虫じゃないッペよ!!」
払いのけられたコッペは落っことされてプンプンしている。
「おい、コッペ。此留來に手ぇ出すんじゃねえぞ。うちには俺たちで……つうか、アニキが一人で勝手に徹夜してつくった剛鉄の掟ってもんがあるんだからよ」
さつま芋を炭に入れながら、煎蒔はコッペを下目でねめつけた。
「コ、コッペのこの体でどおやって手ぇ出すッペか!? だいたいコッペは煎蒔みたいないやらしい女好きとは違うッペよぉ~~っっ」
「ああ!? コッペてめえケンカ売ってんのかぁ!? この際言わせてもらうけどよ。てめえそのチマチマモコモコしたペット系の体をいいことに此留來にやたらベタベタくっ付きやがってよ。調子こいてんじゃねえぞ!!」
煎蒔はコッペの方に向き直り、怒りをあらわに声を荒げた。コッペはコッペで白い体を真っ赤にして怒りを表し、羽をバタバタとバタつかせ煎蒔の目の前まで上昇した。
「コッペは長く飛べないから此留來の肩に乗せてもらってるだけッペよ!! ベタベタしてるワケじゃないッペェェ~~!!」
「だったら俺の肩に止まれや!! 高く付くけどなぁっっ!!」
「煎蒔の肩になんか死んでも止まらないッペェェ~~!!」
「や、やめましょう。二人ともっ。ほら、お芋を焼かないとっっ」
二日前の感動の再会はどこへやら、いきなり始まった煎蒔とコッペの口ゲンカを此留來は芋でつって止めようとした。だが、まだ食べられる状態ではない芋くらいではおさまらない。どんどん言い合いをエスカレートさせる煎蒔とコッペを一瞬にして止めたのは、二人の間に突如割って入った恐るべき威力の衝撃波だった。煎蒔とコッペは吹き飛んだ。焚火台はギリギリ無事だった。
「しょうもねえケンカではしゃいでんじゃねえぞ! 煎蒔! ギャーギャー騒いでねえでちっとは仕事しろや!!」
一階のガレージから慧焙の怒声が聞こえると、煎蒔はすごすごと兄の居るガレージへ移動した。
「度合 魔修理屋」
慧焙と煎蒔は、家具や建具、生活用品など、大から小まであらゆる物の修理を本業としている。もともと手先が器用な兄弟にはピッタリの仕事だ。素材によっては魔力を活用する事もある。
見た目は少年でも優に百歳を超えている二人は人間界では成人として扱われており、彼らだけで立派に生計を立てていた。
兄弟が普段着ている上衣は仕事着で、濃紺と白の色合いにシンプルな柄と屋号入りの和風上衣だ。
煎蒔の方には屋号とは別に派手な唇柄の刺繍があり、唇柄は煎蒔のやる気を引き出し仕事の効率を上げる必要不可欠なものだった。煎蒔にとって「唇」は尊い愛の象徴なのだ。
「二人ともお疲れさまです。ちょっと休憩して召し上がってくださいね」
此留來が焼き芋を乗せたトレーを手に、慧焙と煎蒔に声をかけた。肩にはコッペを乗せている。仕事場であるガレージでドラム缶に座り、四人は焼き芋を食べながらしばらく雑談した。
「モグ、モグ。焼き芋ってホカホカで美味しいッペね!」
細かくちぎった芋を極小の口へ運び、コッペは喜んだ。
「そんなにちっちゃくちぎっても味って分かるものなんですねぇ」
目をパチパチさせて此留來は感心する。
「コッペには分かるッペ!」
「旨いと言えば、ヨウナおばさんのミートパイ思い出すよなぁ~ 母さんは料理あんま得意じゃなくて、ヨウナおばさんがよく焼いて持って来てくれてたっけな」
煎蒔は懐かしそうに言った。
「おばさんもみんなも、変わりないのか?」慧焙がきいた。
「みんな元気ッぺよ! 此留來と正反対で、魔界の女子二人は変わらず凶暴でおっかないッぺ!」
「誰なんですか? そのヨウナおばさんと女の子二人って……」
「魔界で暮らしてた時に隣りに住んでた一家だよ。ヨウナおばさんと娘のナンシーとリッキー。俺たちの幼なじみさ。姉妹そろって男勝りで気が強くてよ。長女のナンシーは特におっかねえんだよなぁ~」
「それがあいつらのいいところだろ?」
慧焙がすかさずほほ笑んで言うと、ほんの少し此留來の面持ちが曇った感じになった。
「ヒロキはどおなんだ?」慧焙が続けてきく。
「ヒロキも変わらずプラプラしてるッぺよ。ケンカ相手の煎蒔が居なくなって、ずっと退屈してるんじゃないッペか?」
「ああ、ヒロキってのも幼なじみでな。俺らと同じブレンドなんだ。遊牧民てやつで自由気ままに生活してんだよ」
三人の話に付いてこられない此留來に気づき、煎蒔は先に説明した。
「魔界にたくさんお友達が居るんですねっ」
此留來はニッコリと笑った。気のせいだったのか、先ほどの曇り顔はなくなっている。
「此留來は? 魔界に住んでたことはあるッペか?」
「え……?」
コッペの問いかけに、此留來は今度は困り顔になった。
「えっと、私……子供の頃の記憶が曖昧で 人間界の記憶しかないんです」
「そおッペか」
「施設で育って、里子に出されたことも何度かあったんですけど返されてしまうばかりで……」
「ホオッ? 此留來はこんな可愛くていい子なのになんで返されるッぺ?」
「里親がすぐに年とっちまうからだろ?」煎蒔が代わりに答えた。
「里親が高齢になる度に施設に返される、その繰り返しだったんだよな? ロンヤがそう言ってたぜ。あいつもみなしごで人間界育ちの混血だからな」
「に、人間界はシビアッペね!!」
「人間は年とるのが早えからな……」慧焙がボソッとつぶやいた。
慧焙と煎蒔は、此留來の過去を自分たちの方からはいっさいきいていなかった。だから今、此留來が話した事は初耳だった。
「でも私の場合は、私に何か原因があったのかもしれません」
「ホオ~? 此留來、なんでそお思うッペ?」
「なんとなく……」
此留來は淡いブラウンの目を泳がせた。
「さてと。仕事すっぞ煎蒔。期限までに間に合わねえ。ごちそうさん」
慧焙は急に立ち上がり、作業台へと戻った。まるで此留來の話を断ち切るみたいに。
「此留來、旨かったぜ。ありがとなっ」
煎蒔も立ち上がり、兄の元へ小走りになった。
解体したドレッサーを組み直す慧焙は、いつも以上に真剣なまなざしだ。
持ち込まれた時には修復不可能に思えたオンボロボロボロのドレッサーが、本来の古風で繊細な趣きを残しつつ新品のごとく再生されていく。
「さすがアニキだなぁ。そいつを受けた時はなんで断らねえのか無謀に思えたけどよ」
「お前どんだけこの仕事やってんだよ。こんな方がやりがいあるってもんだろ? なんとか元通り、キレイにしてやりてえじゃねえか。年老いた客だったし若え頃から相当な愛着があるんだろうぜ」
「『元通りキレイしてやりてえ』か……それってもしかして、円とダブらせてんじゃねえだろうな」
「んなワケねえだろっ。俺はそこまで女々しかねえよっっ」
「ホントかねぇ~? ついでにもひとつきくけどよ。なんでアニキは此留來に冷たく当たるんだ?」
「あ?」
「アニキはアレ、いわゆる家長なんだぜ? そのアニキに冷たくされたら此留來の居場所がなくなっちまうだろうがよ」
「俺は誰にでもこんなだよ。此留來にだけじゃねえ」
「ロンヤにはもっと普通じゃねえか。やっぱアレか? 女を同居させんの最初は猛反対だったし剛鉄の掟なんかつくったくれえだしよ。まさかアニキ、今になって此留來を追い出す腹じゃねえだろうな?」
「バカか、お前は。そんなつもりならとっくに……いや、最初から反対貫いてるさ」
「……だな。アニキはそんな薄情じゃねえよな」
「どうでもいいけど口より手ぇ動かせや。来月の新月までに今ある仕事全部すませてしばらく休暇とる予定だからよ」
「はあ!?」
慧焙の唐突な言葉に、煎蒔はあんぐり口を開けっぱなしになった。
「な、なんだよ。聞いてねえぞっ」
「当たり前だ。さっき決めたんだからな。つうことで今日から新規の預かりはナシだ。分かったらさっさと働け」
「おいおい。勝手が過ぎるだろっ。理由聞かせろよっ」
「勝手は承知だ。客には申し訳ねえが、そこは俺が丁重に頭下げるからよ」
「新月までたった数日しかねえんだぜ? 全部の修理終わらせるなんざそれこそ無謀だろっ。なに考えてんだよ!?」
「来月の新月っつってるだろうが。一ヵ月ちょいあればどうにかなるだろ」
「ならねえよっ! あと数日だろうが一ヵ月だろうがおんなじだっ! ムリなもんはムリなんだよ!! 現実を直視しやがれ!!」
ガレージに並ぶ数多くの修理依頼品を指さし、煎蒔はがなり立てた。頭がクラクラする。このままでは残業続きは確定だ。女の子を追いかける日課も時間を短縮するハメになってしまうだろう。
(アニキの奴。悪いクセが出やがったな。独裁者め……!)
もともと言葉足らずな慧焙だが、時折、今回のように誰にも相談せず一人で決めて有無を言わさず従わせる事がある。
来月……次の次の新月。
煎蒔はカレンダーに目をやった。そしてその日付けを見ると、ムリヤリ休暇をとろうとしている兄の胸中がすぐに読みとれた。
「母さんの命日……」
そう口にした煎蒔を、慧焙は一瞥した。
「ああ。前から考えてはいたがナンシー達の話が出て決心したんだ。みんなの言葉に甘えて家も母さんの墓も任せたまんま、一度も魔界に帰ってなかったしな」
「……それならそおと先に説明しろよ。確かに全然帰ってねえよな。コッペがしびれ切らして会いに来たくらいだもんな」
二人はしばらく黙り込み、修理作業の音だけがガレージに響いていた。
「慧焙さん、煎蒔さん。あの……ただいま」
そこへ、もう一人の同居人である弟分のロンヤがのっそりと現れた。
浅緑のポロシャツの上に、兄弟と同じ上衣を羽織っている。ロンヤは煎蒔と同じくらいに上背があり、寝グセがついたような黒髪の、メガネがよく似合うおっとり系の少年だ。とにかくのんびり屋で、何をするにもマイペース。それがかなりのスローペースである。
「お帰り、ロンヤ」
「平井のじいさんちの古時計、直ったのかよ?」
慧焙と煎蒔は朗らかにロンヤを迎えた。
「うん。まあ、時間はかかったけどね。だけどその間おじいさんがずっとしゃべってて……それに付き合ってたら余計に時間がかかって……だから、えっと、また遅くなってごめんなさい」
ロンヤは話し方ものろくさい。
「仕方ねえよ。独り暮らしの年寄りは退屈してるからよ。お前が気長に話を聞いてくれるのが嬉しくてたまらないんだろうぜ」
「そうかな……あ、慧焙さん。この後は辺見のおばあさんちの電球交換に行って来ます……おばあさんの話し相手もしてたら多分、戻りは晩ご飯前になるかも……」
「いつも悪いな、ロンヤ。助かるぜ」
「ばあさんち行く前に焼き芋食ってけよ」
「あ、おじいさんちでいろいろいっぱい頂いたから……おなかもいっぱいで……」
ロンヤも兄弟の修理屋で働いている。スロー過ぎるロンヤはもっぱら独居老人の自宅へ出向き、修理がてら彼らの昔話や世間話の聞き役に従事していた。
「あのぉ~、慧焙さま。お客様がいらしてますけど……」
庭から此留來が呼びかけた。此留來の後ろには、見知らぬ初老の女性が立っている。慧焙は作業の手を止め庭へ出た。
「申し訳ない。修理の依頼ならこっちの都合で当分受けられないんで信頼できる同業を紹介しますよ」
「あら、すみません。そうではなくて……修理のお願いではなく、私は度合 慧焙さまにお会いしたくて参りましたの」
「は? アンタ……じゃねえ。オタク、誰ですか」
慧焙は訝しげにきいた。
「私は、玉野 環と申します。先日亡くなった丸ノ内 円の娘でございます」
「まど……か?」
初老の女性の思いがけない言葉に、慧焙は絶句した。
煎蒔は庭に焚火台を置き、指先から軽く火を出して炭に点火した。此留來は洗ったさつま芋を運び、その後をコッペが小ぶりな羽でパタパタ羽ばたき付いて来ている。
煎蒔に紹介され、ひとつ屋根の下で此留來と丸二日間一緒に過ごしたコッペは、女の子らしくて優しい此留來がすっかり好きになったらしい。何かと付きまとっている。
此留來はスラリとした美少女だ。肌は色白で、薄茶色の長いサラサラの髪が控えめにきらめいている。ついでに性格も控えめで、これまでの人生いろいろあったのだろう、人の顔色を気にしてばかりいる。パッと見は落ち着いた印象だがけっこうおっちょこちょいで忘れっぽい一面もある。
「此留來。そんな格好じゃ風邪ひいちまうぞ?」
暖かい季節が終わりかけ、この頃は肌寒い日が増えてきた。此留來はノースリーブワンピースだけで上着を何も羽織っていない。煎蒔は、此留來の肩に止まろうとしたコッペを払いのけ、自分の上衣を脱ぎ此留來に掛けてやった。
「あ、ありがとう、煎蒔さん。カーディガン出してたのに忘れちゃって」
此留來ははにかんだみたいな笑顔で煎蒔を見上げた。
「な、なにするッペか煎蒔っっ。コッペは虫じゃないッペよ!!」
払いのけられたコッペは落っことされてプンプンしている。
「おい、コッペ。此留來に手ぇ出すんじゃねえぞ。うちには俺たちで……つうか、アニキが一人で勝手に徹夜してつくった剛鉄の掟ってもんがあるんだからよ」
さつま芋を炭に入れながら、煎蒔はコッペを下目でねめつけた。
「コ、コッペのこの体でどおやって手ぇ出すッペか!? だいたいコッペは煎蒔みたいないやらしい女好きとは違うッペよぉ~~っっ」
「ああ!? コッペてめえケンカ売ってんのかぁ!? この際言わせてもらうけどよ。てめえそのチマチマモコモコしたペット系の体をいいことに此留來にやたらベタベタくっ付きやがってよ。調子こいてんじゃねえぞ!!」
煎蒔はコッペの方に向き直り、怒りをあらわに声を荒げた。コッペはコッペで白い体を真っ赤にして怒りを表し、羽をバタバタとバタつかせ煎蒔の目の前まで上昇した。
「コッペは長く飛べないから此留來の肩に乗せてもらってるだけッペよ!! ベタベタしてるワケじゃないッペェェ~~!!」
「だったら俺の肩に止まれや!! 高く付くけどなぁっっ!!」
「煎蒔の肩になんか死んでも止まらないッペェェ~~!!」
「や、やめましょう。二人ともっ。ほら、お芋を焼かないとっっ」
二日前の感動の再会はどこへやら、いきなり始まった煎蒔とコッペの口ゲンカを此留來は芋でつって止めようとした。だが、まだ食べられる状態ではない芋くらいではおさまらない。どんどん言い合いをエスカレートさせる煎蒔とコッペを一瞬にして止めたのは、二人の間に突如割って入った恐るべき威力の衝撃波だった。煎蒔とコッペは吹き飛んだ。焚火台はギリギリ無事だった。
「しょうもねえケンカではしゃいでんじゃねえぞ! 煎蒔! ギャーギャー騒いでねえでちっとは仕事しろや!!」
一階のガレージから慧焙の怒声が聞こえると、煎蒔はすごすごと兄の居るガレージへ移動した。
「度合 魔修理屋」
慧焙と煎蒔は、家具や建具、生活用品など、大から小まであらゆる物の修理を本業としている。もともと手先が器用な兄弟にはピッタリの仕事だ。素材によっては魔力を活用する事もある。
見た目は少年でも優に百歳を超えている二人は人間界では成人として扱われており、彼らだけで立派に生計を立てていた。
兄弟が普段着ている上衣は仕事着で、濃紺と白の色合いにシンプルな柄と屋号入りの和風上衣だ。
煎蒔の方には屋号とは別に派手な唇柄の刺繍があり、唇柄は煎蒔のやる気を引き出し仕事の効率を上げる必要不可欠なものだった。煎蒔にとって「唇」は尊い愛の象徴なのだ。
「二人ともお疲れさまです。ちょっと休憩して召し上がってくださいね」
此留來が焼き芋を乗せたトレーを手に、慧焙と煎蒔に声をかけた。肩にはコッペを乗せている。仕事場であるガレージでドラム缶に座り、四人は焼き芋を食べながらしばらく雑談した。
「モグ、モグ。焼き芋ってホカホカで美味しいッペね!」
細かくちぎった芋を極小の口へ運び、コッペは喜んだ。
「そんなにちっちゃくちぎっても味って分かるものなんですねぇ」
目をパチパチさせて此留來は感心する。
「コッペには分かるッペ!」
「旨いと言えば、ヨウナおばさんのミートパイ思い出すよなぁ~ 母さんは料理あんま得意じゃなくて、ヨウナおばさんがよく焼いて持って来てくれてたっけな」
煎蒔は懐かしそうに言った。
「おばさんもみんなも、変わりないのか?」慧焙がきいた。
「みんな元気ッぺよ! 此留來と正反対で、魔界の女子二人は変わらず凶暴でおっかないッぺ!」
「誰なんですか? そのヨウナおばさんと女の子二人って……」
「魔界で暮らしてた時に隣りに住んでた一家だよ。ヨウナおばさんと娘のナンシーとリッキー。俺たちの幼なじみさ。姉妹そろって男勝りで気が強くてよ。長女のナンシーは特におっかねえんだよなぁ~」
「それがあいつらのいいところだろ?」
慧焙がすかさずほほ笑んで言うと、ほんの少し此留來の面持ちが曇った感じになった。
「ヒロキはどおなんだ?」慧焙が続けてきく。
「ヒロキも変わらずプラプラしてるッぺよ。ケンカ相手の煎蒔が居なくなって、ずっと退屈してるんじゃないッペか?」
「ああ、ヒロキってのも幼なじみでな。俺らと同じブレンドなんだ。遊牧民てやつで自由気ままに生活してんだよ」
三人の話に付いてこられない此留來に気づき、煎蒔は先に説明した。
「魔界にたくさんお友達が居るんですねっ」
此留來はニッコリと笑った。気のせいだったのか、先ほどの曇り顔はなくなっている。
「此留來は? 魔界に住んでたことはあるッペか?」
「え……?」
コッペの問いかけに、此留來は今度は困り顔になった。
「えっと、私……子供の頃の記憶が曖昧で 人間界の記憶しかないんです」
「そおッペか」
「施設で育って、里子に出されたことも何度かあったんですけど返されてしまうばかりで……」
「ホオッ? 此留來はこんな可愛くていい子なのになんで返されるッぺ?」
「里親がすぐに年とっちまうからだろ?」煎蒔が代わりに答えた。
「里親が高齢になる度に施設に返される、その繰り返しだったんだよな? ロンヤがそう言ってたぜ。あいつもみなしごで人間界育ちの混血だからな」
「に、人間界はシビアッペね!!」
「人間は年とるのが早えからな……」慧焙がボソッとつぶやいた。
慧焙と煎蒔は、此留來の過去を自分たちの方からはいっさいきいていなかった。だから今、此留來が話した事は初耳だった。
「でも私の場合は、私に何か原因があったのかもしれません」
「ホオ~? 此留來、なんでそお思うッペ?」
「なんとなく……」
此留來は淡いブラウンの目を泳がせた。
「さてと。仕事すっぞ煎蒔。期限までに間に合わねえ。ごちそうさん」
慧焙は急に立ち上がり、作業台へと戻った。まるで此留來の話を断ち切るみたいに。
「此留來、旨かったぜ。ありがとなっ」
煎蒔も立ち上がり、兄の元へ小走りになった。
解体したドレッサーを組み直す慧焙は、いつも以上に真剣なまなざしだ。
持ち込まれた時には修復不可能に思えたオンボロボロボロのドレッサーが、本来の古風で繊細な趣きを残しつつ新品のごとく再生されていく。
「さすがアニキだなぁ。そいつを受けた時はなんで断らねえのか無謀に思えたけどよ」
「お前どんだけこの仕事やってんだよ。こんな方がやりがいあるってもんだろ? なんとか元通り、キレイにしてやりてえじゃねえか。年老いた客だったし若え頃から相当な愛着があるんだろうぜ」
「『元通りキレイしてやりてえ』か……それってもしかして、円とダブらせてんじゃねえだろうな」
「んなワケねえだろっ。俺はそこまで女々しかねえよっっ」
「ホントかねぇ~? ついでにもひとつきくけどよ。なんでアニキは此留來に冷たく当たるんだ?」
「あ?」
「アニキはアレ、いわゆる家長なんだぜ? そのアニキに冷たくされたら此留來の居場所がなくなっちまうだろうがよ」
「俺は誰にでもこんなだよ。此留來にだけじゃねえ」
「ロンヤにはもっと普通じゃねえか。やっぱアレか? 女を同居させんの最初は猛反対だったし剛鉄の掟なんかつくったくれえだしよ。まさかアニキ、今になって此留來を追い出す腹じゃねえだろうな?」
「バカか、お前は。そんなつもりならとっくに……いや、最初から反対貫いてるさ」
「……だな。アニキはそんな薄情じゃねえよな」
「どうでもいいけど口より手ぇ動かせや。来月の新月までに今ある仕事全部すませてしばらく休暇とる予定だからよ」
「はあ!?」
慧焙の唐突な言葉に、煎蒔はあんぐり口を開けっぱなしになった。
「な、なんだよ。聞いてねえぞっ」
「当たり前だ。さっき決めたんだからな。つうことで今日から新規の預かりはナシだ。分かったらさっさと働け」
「おいおい。勝手が過ぎるだろっ。理由聞かせろよっ」
「勝手は承知だ。客には申し訳ねえが、そこは俺が丁重に頭下げるからよ」
「新月までたった数日しかねえんだぜ? 全部の修理終わらせるなんざそれこそ無謀だろっ。なに考えてんだよ!?」
「来月の新月っつってるだろうが。一ヵ月ちょいあればどうにかなるだろ」
「ならねえよっ! あと数日だろうが一ヵ月だろうがおんなじだっ! ムリなもんはムリなんだよ!! 現実を直視しやがれ!!」
ガレージに並ぶ数多くの修理依頼品を指さし、煎蒔はがなり立てた。頭がクラクラする。このままでは残業続きは確定だ。女の子を追いかける日課も時間を短縮するハメになってしまうだろう。
(アニキの奴。悪いクセが出やがったな。独裁者め……!)
もともと言葉足らずな慧焙だが、時折、今回のように誰にも相談せず一人で決めて有無を言わさず従わせる事がある。
来月……次の次の新月。
煎蒔はカレンダーに目をやった。そしてその日付けを見ると、ムリヤリ休暇をとろうとしている兄の胸中がすぐに読みとれた。
「母さんの命日……」
そう口にした煎蒔を、慧焙は一瞥した。
「ああ。前から考えてはいたがナンシー達の話が出て決心したんだ。みんなの言葉に甘えて家も母さんの墓も任せたまんま、一度も魔界に帰ってなかったしな」
「……それならそおと先に説明しろよ。確かに全然帰ってねえよな。コッペがしびれ切らして会いに来たくらいだもんな」
二人はしばらく黙り込み、修理作業の音だけがガレージに響いていた。
「慧焙さん、煎蒔さん。あの……ただいま」
そこへ、もう一人の同居人である弟分のロンヤがのっそりと現れた。
浅緑のポロシャツの上に、兄弟と同じ上衣を羽織っている。ロンヤは煎蒔と同じくらいに上背があり、寝グセがついたような黒髪の、メガネがよく似合うおっとり系の少年だ。とにかくのんびり屋で、何をするにもマイペース。それがかなりのスローペースである。
「お帰り、ロンヤ」
「平井のじいさんちの古時計、直ったのかよ?」
慧焙と煎蒔は朗らかにロンヤを迎えた。
「うん。まあ、時間はかかったけどね。だけどその間おじいさんがずっとしゃべってて……それに付き合ってたら余計に時間がかかって……だから、えっと、また遅くなってごめんなさい」
ロンヤは話し方ものろくさい。
「仕方ねえよ。独り暮らしの年寄りは退屈してるからよ。お前が気長に話を聞いてくれるのが嬉しくてたまらないんだろうぜ」
「そうかな……あ、慧焙さん。この後は辺見のおばあさんちの電球交換に行って来ます……おばあさんの話し相手もしてたら多分、戻りは晩ご飯前になるかも……」
「いつも悪いな、ロンヤ。助かるぜ」
「ばあさんち行く前に焼き芋食ってけよ」
「あ、おじいさんちでいろいろいっぱい頂いたから……おなかもいっぱいで……」
ロンヤも兄弟の修理屋で働いている。スロー過ぎるロンヤはもっぱら独居老人の自宅へ出向き、修理がてら彼らの昔話や世間話の聞き役に従事していた。
「あのぉ~、慧焙さま。お客様がいらしてますけど……」
庭から此留來が呼びかけた。此留來の後ろには、見知らぬ初老の女性が立っている。慧焙は作業の手を止め庭へ出た。
「申し訳ない。修理の依頼ならこっちの都合で当分受けられないんで信頼できる同業を紹介しますよ」
「あら、すみません。そうではなくて……修理のお願いではなく、私は度合 慧焙さまにお会いしたくて参りましたの」
「は? アンタ……じゃねえ。オタク、誰ですか」
慧焙は訝しげにきいた。
「私は、玉野 環と申します。先日亡くなった丸ノ内 円の娘でございます」
「まど……か?」
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宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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