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【11】
「ヒ・ミ・ツ・・・のペンダントちゃん」③
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「なあ、ロンヤ。こいつはいったい何者だ?」
「え……いや、自分にはさっぱり……」
「だよな。俺もだ」
「焙義さんもさっぱりなら、自分なんかそりゃ、全然……」
北の街、ブアイスディー中心部にある二百星ホテルの一室。
ロンヤは直立不動で、焙義は一人掛けのソファに浅く腰をかけ、
二人は目の前の寝椅子に横臥する一人の見知らぬ男を、疑惑のまなざしで眺めていた。
男は長旅で腰を痛め、起き上がれないらしい。
全身グレー系の装いで地味だが、身分はかなり高いようだ。
家来数名が男を取り囲んで立ち、護衛の目を光らせている。
この家来たち、焙義とロンヤが泊まっている宿屋を唐突に訪ねて来るや、
「主人の待つホテルまで来てほしい」と、熱心に頼みこんできた。
どうやらお忍びらしく、自分たちがどこの誰なのか、どんな事情があるのか一切告げずに「主人が直接お話されます」の一点張りで、
むろん断ったのだが彼らはしつこく熱意もハンパなく、
二人は半ば押し切られる形で不承不承にホテルへ赴いたのだった。
しかし、100%一方的に連れて来られた訳でもない。
彼らはなぜか焙義とロンヤ、モモタローやヒロキの名前まで知っていた。
それが気になり、30%ちょっとは自分たちの意志で付いて来たのだ。
そんなこんなでホテルに着き案内された部屋まで来てみると、主人の男が腰痛で横たわっていた……という不可解な経緯だ。
「ぶ、無作法を許してくれたまえ。
本来なら私が君たちの宿へ向かうべきだったのだが、この通り、どうにも動けなくなってしまって……
ハハッ。情けないっ」
痛みをこらえつつ、男は焙義とロンヤの警戒心を解こうとムリヤリ笑顔をこしらえる。
「名乗るのが遅れて申し訳ない。
私はヨージアン=ガフェルズ。
君たちが助けてくれたコラルンジェラの父親だよ」
「……コラルンジェラ?」
焙義はやおら立ち上がり、ロンヤの隣りに並んだ。
「コラルンジェラさんて……あの、ミロさんにトランクを置き引きされた……?」
「ああ。あん時の天然ボケ……じゃない。世間知らずの……いや、なんつうか、その、温室育ち、お花畑の……」
「焙義さん、もうやめた方が……」
言い直しを繰り返し、しどろもどろでだんだん自分みたいにスローになっていく焙義を見かね、ロンヤは耳元でささやいた。
「ハハハッ。いいんだよ、気にしなくて。
娘が天然ボケなのは何を隠そうこの私の血を受け継いだせいなんだよぉ~
世間知らず温室育ちってのも私たち親のせいなんだよねぇ~
アハッ、お花畑はどおかなぁ~?
い、いたたっっ」
笑って上体を起こそうとしたヨージアンだったが、腰にピシッと激痛が走るや、背中を丸めて身もだえた。
「あ、あの……大丈夫……ですか?」
ロンヤは反射的に駆け寄ろうとする。
が、家来に止められヨージアンに近づく事はできなかった。
家来は家来でこちらを警戒しているらしい。
「ちょっと待てよ? ガフェルズって……
アンタ……じゃない。オタク、ひょっとしてドリンガデス国の王族なのか? あ、ですか?
てことは、あのコラルンジェラも……元い、コラルンジェラ殿も……」
苦手な敬語をぎこちなく扱い、焙義はきいた。
すると、もだえ苦しむヨージアンに代わり、家来たちが交代で、全てを簡潔明瞭に語り始めた。
コラルンジェラがブルヴァオンレ王の従姉妹にあたるという、衝撃の事実から始まったのだが……
ここからは、焙義とロンヤにとって驚きの連続だった。
コラルンジェラが焙義らと別れた後日、あの極悪人ガアス=パラスに襲われそうになりミロが守ったという驚き、
現在ミロがコラルンジェラの住むノンヴォワイド城で庭師見習いとして働いているという驚き、
そして焙義とロンヤが何より疑問だったここへ呼ばれた理由、どうして自分たちの名前まで知っていたのか――
ヨージアンは、コラルンジェラとミロから焙義たちブレンドの青年の話を聞き、
娘が旅先で一文無しになる危機を救ってくれた青年らに礼をするためはるばるブアイスディーまで出向いて来たというのだ。
律儀なヨージアンらしい行動だ。
「けどよ。俺たちがブアイスディーに滞在してるってのは、どうやって……」
「チョセコポアから、サトナシではなくこちらへ進路変更したようですね。
足どりをたどるのは容易ではありませんでしたが、王家の力を以ってすれば決して不可能ではありません。
ところで、後のお二人はいかがされましたか?」
「とっくにブアイスディーから離れてるよ。
天下の王家様もそいつはまだたどれてねーんだな」
「そ、そうでしたか。では、くれぐれもよろしくお伝えください。
ヨージアン様はこのようなご様子ですので、とても後のお二人を追う事はかないません」
「これ以上追わなくていいけどよ。
けどアンタら、『主人が話す』とか言いながら結局てめえらで全部話しちまってるじゃないか。
どーせなら会った時にざっくりでも説明してもらいたかったぜ」
「ちょっ、焙義さんっ。言い過ぎ……!
しかも、敬語……どっかにいっちゃってるし……」
相手は王族とその家来だ。
ロンヤはたまらず焙義の肩に手を掛けた。
「うううっ、いいんだよ、気にしなくて……
君の言う通りだよ。
だが、悪いのはこの者たちではなく私だ……
私が……ううっ、不甲斐ないばかりに……」
家来の手を借り、ヨージアンはゆっくり、ゆっくりと、上体を起こすのに成功した。
「ふぅ~、改めて……
その節は、娘が大変世話になったね。
本当にありがとう。恩に着るよ。
是が非でも君たちに直々に会って礼がしたかったのだよ。
君は……バイギ君。それから君はロンヤ君だね?
娘とミロから四人それぞれの個性を聞いていたのですぐに分かったよ」
王族とはにわかに信じられぬ程、ヨージアンはフレンドリーで、親しみやすい温もりにあふれていた。
確かに、コラルンジェラと親子なのはうなずける。
強い不審感からとっていた焙義の刺々しい態度も、次第にやわらかくなっていく。
「……わざわざどうも。
しかし、ミロをつかまえ改心させたのは俺……いえ、私ではなく友人のモモタローでありまして」
「ハハッ。バイギ君、ムリせずいつも通りのしゃべり方でかまわないよぉ~
モモタロー君はもちろんだが、私は君たちみんなに多謝多謝なんだよっ。
娘に友のように親しく接してくれたのがたまらなく嬉しかったのだ」
ヨージアンは、若いブレンドの友達が出来たと満面の笑みで思い出話をするコラルンジェラを目に浮かべ、口元をほころばせた。
焙義もロンヤも縁のなかった、愛情深い「父親」の顔で――
RRRRR……
不意に、ヨージアンの手元電話が鳴った。
「ああ、グッドタイミングだね」
ヨージアンはコートの懐中から電話を取り出すと、
「二人とも、もっと驚くだろうよぉ~」
父親の顔から一転、いたずら小僧みたいなしたり顔で通話ボタンを押し、
どういう訳か家来を介して電話を焙義に渡してきた。
「へ? お、俺……?」
意味不明のまま、焙義は戸惑いつつも電話を手に取った。
(……そうか。なんとなく想像できちまったぜ。
向こう側で待ちかまえているのは、おそらくお花畑……)
サプライズを仕掛け、ワクワク小鼻を広げているコラルンジェラなのだろうと予想し受話口を耳に当てた焙義だったが、
鼓膜に届いたのはコラルンジェラではなく、想像をはるかに超えた人物の声だった。
『……お兄ちゃん?』
――――豆実だ。
焙義の引きしまった口元が、先ほどのヨージアンに負けないくらいみるみるほころんでいく。
「豆実……豆実なのか?」
『そう。私よっ。
ウソみたいっ! ホントにお兄ちゃんだ……!!』
豆実はかすかに涙声になっている。
焙義の声を聞いたとたん安心しきってしまい、張りつめていた気持ちが涙腺と共に一気にゆるんだのだ。
「どおなってんだ。豆実、お前がなんだってこの電話に……」
『コラルンジェラさんの手元電話からかけてるの。
今、コラルンジェラさんと一緒なの。プルダちゃんとミロさんも一緒よ』
「プルダも? つうか、お前たちどこに居るんだ? サンドヨッツじゃないのか?」
『サンド……あ~、そっか。そこからか。
うんと長くなっちゃうけど、実はね……』
――――――――――――――――
「なあ、ロンヤ。頭ん中片づいたか?」
「え……いや、自分はまだ……」
「だよな。俺もだ」
「焙義さんもまだなら、自分なんかそりゃ、全然……」
自分たちの宿屋に戻ってから小一時間、とっ散らかった脳内を整理すべく、焙義とロンヤは静かに奮闘していた。
「てっきり、豆実ちゃんとプルダちゃんは、サンドヨッツで普通に過ごしているもんだとばかり……」
「ったく……何やってんだ、アイツら。
おばさんもよく認めたもんだぜ」
――豆実とアップルダがパンブレッド、サンドヨッツ村を発ってから今日に至るまでの一部始終は、かなり濃い内容だった。
「山賊を倒してくれたギベタスさんて……それこそ、何者なんだろうね」
「その人がいなけりゃ、二人そろってよその国へ売り飛ばされていたかもしれねえ」
考えただけでゾッとする。
焙義は、豆実とアップルダの無事を安堵すると同時に、仮名ギベタスなる男に心から感謝した。
だが、行方知れずで連絡もとれないクッペについては心がかりだ。
ヨージアンが別れ際、クッペの捜索に協力する事を約束してくれたのだが……
この大国で、自分たちの居場所を突きとめた王家の力に期待するよりほかない。
ヨージアンとコラルンジェラ親子はクッペの捜索のみならず、豆実らがブアイスディーへ安全にたどり着けるよう、
なんと二人に身辺警護を付ける約束までしてくれた。
「なんか……煎路さん流で言うと×1000の恩返し……だね」
「恩返されるようなこと、俺たちは特にしてねえってのに悪いよな。
あの親子には足向けて寝られねーよ」
「でも、いいの?
二人を、サンドヨッツに帰さなくて……」
「そおしたいのは山々だがな。どおせ帰りゃしねえだろ?
おとなしそうでも豆実はけっこう頑固だからな。
アイツらだけでウロウロされるくらいなら、傍においとく方が心配がねえよ」
「だね……こっちは、煎路さんを探し出すまで、ブアイスディー周辺を離れられないしね。
じ、自分のせいなんだけど……」
煎路人形を置き去りにした自らの愚行をいまだ引きずり、ロンヤは密かに自己嫌悪に陥っていた。
「それはそうと……焙義さん。
豆実ちゃんのペンダントって、なに?」
「母親の形見だよ。豆実にとっては宝みてえなもんさ」
「でも、あの、自分はそんなの、見たことないけど……」
「人間界には持って行かなかったからな」
「宝物なのに?」
「ああ。
けどよ。豆実のペンダントを、なんでコラルンジェラが……」
豆実から聞いた話では、二人はクッペを探してトリンケルツの街を歩いている途中で道に迷い、たまたま声をかけてくれたミロと仲良くなった。
ミロはコラルンジェラのお供でトリンケルツに来ていたのだ。
短い時間ですっかり意気投合した三人は、休憩がてらある喫茶店に入り、
豆実とアップルダはそこで初めてミロの主人、上流の香り漂う美女、コラルンジェラと会った。
もちろん、豆実たちはロクハタス(=ギベタス)の忠告はしかと胸に留めていた。
留めていたはずなのに、自己コントロールがまるで効かず喫茶店へと引き寄せられてしまったのだ。
やはり、豆実のペンダントの導きだったのか――
時間は、豆実とアップルダが道に迷った時にまでさかのぼる。
地図とにらめっこしつつ、誰かに尋ねようとキョロキョロしている二人にミロが声をかけたのは、実は偶然ではなかった。
ミロはコッソリ二人を尾行し、声をかける機会をうかがっていたのだ。
さらにさかのぼり、豆実とアップルダがロクハタスと別れた直後の事。
コラルンジェラは馬車の中からたまたますれ違った少女、豆実のペンダントが目に入り、心臓が止まるほど驚倒した。
義理の伯母のペンダントにそっくりな色、形だったからだ。
近くで確認したくても、いきなり呼び止めたのでは訝しまれ、逃げられてしまうのが落ち。
そこで、コラルンジェラの元に二人を連れて来る役目を買って出たのがミロだった。
泥棒《どろぼう》だったミロなら、尾行なんかはお手のものだ。
あくまで偶然を装って道を教え、さりげなく喫茶店まで誘うのも、ミロはとても上手くムリなくやってのけた。
「なにげなく入ったものの……
豆ネェ。ぼく達フツーにやばいよね……」
「ええ。場違いなのは確かね……」
豆実とアップルダは、やたら豪華な内装の店内を見回し、困惑した。
向かいの席では、コラルンジェラがニコニコして肩をすくめている。
彼女が何者であるのかは、席に着きお互い自己紹介した際に判明した。
上流だと予想はしていたが、まさかの王族だったとは想定外の驚愕なる真実。
つまりここは、庶民など一歩も、いや、足先1ミリすら踏み入れてはならない王域、
ウルトラスーパーハイグレードな喫茶店なのだ。
あまりに恐れ多く、二人は気後れからカチコチに固まってしまった。
「そんなに固くならなくてもよろしいのコクですわよ?
リラックスなさってのコクですわっ」
「……な、なんだろ、豆ネェ。“コクコク”って……
王家の抹殺指令暗号とか……?」
「しっ。プルダちゃんは黙ってて……」
「またそれを言うっ。ぼくだって発言する権利があるんだ……!」
「いいから黙ってて……!」
「お二人とも、どうかなさってのコク?」
「なんでもありませんっ!」
ヒソヒソ声で言い合っていた二人が、背筋をシャキーンと伸ばして声を合わせた。
どんなにニコニコしていても、悪名高いガフェルズ一族の女。
サトナシ祭の中継でテレビ画面に映し出されていた、あのエゴイスチックな第一王子の身内なのだ。
油断してはならない。怒らせてはならない。
豆実とアップルダは、息がつまる程に緊張していた。
コラルンジェラの口から、懐かしい名前の数々が出るまでは……
「ねえ、ミロさん。
こちらのマメミさんて、バイギさんと似たような上着じゃありませんのコク?」
「言われてみれば……はいっ。似てますね」
「今頃みなさんどうなさっているのコクかしら。
モモタローさんもヒロキさんも、それからロンヤさんも……」
「え……?」
豆実とアップルダは目をまん丸く、キョトンとした。
「やだ。あたくしったら、ごめんなさいのコクですわ。
関係のない話なんかして……」
「……か、関係……」「……なくない……」
「その人たち、関係大ありです!!」
二人は再び声を合わせ、そろってイスからお尻を浮かせるや、コラルンジェラの方へと身を乗り出した。
この場で、この状況で、焙義たちの名前を耳にするとは……
コラルンジェラとミロが焙義たちの知り合いだったとは……
これはきっと、奇跡のめぐり合わせなのだ――
豆実とアップルダは焙義たちを通じてコラルンジェラとも完全に打ち解け、身分の壁を越えミロ同様に仲良くなった。
「あら? マメミさん、ペンダントをしてらっしゃるのコクね?
あたくしに見せてくださらないのコク?」
おかげで、コラルンジェラは本来の目的であったペンダントの話にごく自然に触れ、それとなく切り出す事ができた。
「ええ。コラルンジェラ様になら喜んで」
「まっ。『コラルンジェラ様』なんてイヤのコクよ?
あたくし達、お年は離れていてももうお友達のコクなんですもの。
ミロさんにもそう言ってるのに、彼は“様”付けをやめてくれないのコクですわ」
「勘弁してくださいよ。俺もお城で働いてる以上はケジメってものがありますから。
コラルンジェラ様の方こそ、いい加減俺に“さん”付けはやめてください。
呼び捨てでいいんですよっ」
ミロは困り顔で軽く抗弁した。
二人がそんなやりとりをしている間に、豆実はワンピースの中にしまい込んだペンダントを取り出して鎖を外すと、
手の平に乗せてコラルンジェラが見やすいようにと差し出した。
「まあ……なんてステキのコク……」
ペンダントに目を凝らしコラルンジェラはつぶやいたが、
ユーディアライトの石の輝きや美しさなど、実際は二の次だった。
第一に、豆実のペンダントを確かめたかったのだ。
(こうして間近で見ると……似ているなんてレベルではないのコクよ。
コナウディアおばさまのペンダントそのもの……)
ますますペンダントを熟視するコラルンジェラ。
その時、コラルンジェラの手元電話にヨージアンから着信があり、
『朗報だよっ。コラルンジェラ。
ブアイスディーでブレンドの青年たちが宿泊している宿を発見した。
さっそくこれから会いにアアアッ!! ウアアッ!!
こ、こ、腰がぁ~っっ!! うっ、うう……
あ、あとで……連絡して……ウオオ~ッ!!』
――との、喜ばしい? 知らせを受けた。
「お父様ったら。あんなにはしゃいだりして……
子供みたいのコクよ」
コラルンジェラは細くため息をつき、電話をテーブルに置くとペンダントに視線を戻した。
ところが、視線の先にはすでにペンダントはなく、ちょうど豆実が首にかけ直しているところだった。
(しまったのコクよ! お父様ったらなんてバッドタイミング!
マメミさんさっさとペンダントをしまってしまったじゃないのコク!
だけどもしかしたら……お父様の電話のせいではなくて、マメミさんがあたくしを怪しんだのかもしれないのコク。
あんなふうに真剣にペンダントを観察してしまったのコクだから……)
もう一度見せてほしいとはとても言い出せず、コラルンジェラは小さく落胆した。
とどのつまり、ペンダントが亡き義伯母の形見だと確信できぬまま時間が経ち……
窓の外は、いつのまにか夕闇が迫ろうとしていた。
「コラルンジェラ様……じゃなくてコラルンジェラさん。
私たち、いったん宿に帰りますね」
「あ……そうのコクね。あたくしもそろそろ帰りますから、宿まで馬車でお送りしますわのコクよ。
貴女方のお連れの方にもきちんとご挨拶しておきたいのコクですし」
「ギベタスさんに……ですか?」
「お二人があたくしに騙されているんじゃないかって、その方も気が気ではないのコクでしょうから」
「でもさぁ。ギベタスさん、今夜は遅くなるかもだよ」
「そうなんですのコク?
お会いできなければ、明日にでも出直しますのコクですわ」
「あの、コラルンジェラさん。
身辺警護といい、私たちのためになぜそこまでしてくださるんですか……?」
どこか怪訝な顔つきで豆実に問われ、コラルンジェラは一瞬口をつぐんだ。
「……大げさに感じるかもしれませんわのコクね。
けれど、あたくしも人生初の一人旅でものすごく怖い体験をしたのコクですわ。
貴女たちも体験したのコクでしょう?
だから、だからもう二度と……」
ガアス=パラスのにやけ面が脳裏をかすめ、コラルンジェラはギュッと目を閉じ首を左右に振った。
「コラルンジェラ様っ。に、二度なんかないですよっ」
ミロもまた、恐怖の記憶がよみがえりそうになったのか、じゃっかん手が震えている。
あんなに明るかった二人の表情がこわばり、じわじわと血の気を失っていく――
豆実は激しく後悔し、反省した。
(私ったら、疑うようなことを……
ご厚意を素直にお受けしていれば、お二人とも辛い体験なんか忘れていられたのに……)
ただ、豆実はほんの少し不安になったのだ。
やけにペンダントに見入っているコラルンジェラを目の当たりにした瞬間、
なんの抵抗もなく誘われるまま喫茶店へ来た自分、ペンダントの意のままになっている自分が不安で不安でたまらなくなっていた。
思えば、ロクハタス(=ギベタス)もペンダントを気にかけている。山賊みたいに金銭などが目当てではないものの……
「コラルンジェラさん。
私のペンダントに、見覚えがあるんでしょうか……?」
豆実は思いきって、コラルンジェラに直球できいてみた。
すると、パラスの回想におびえていたコラルンジェラが振りきるようにパッと目を開け、豆実をしばらく凝視した。
「……やっぱり、感づかれていたのコクね」
「はい。かなり関心がおありのようだったので……」
「あたくしの知人のペンダントに酷似しているからのコクよ」
「知人の……?」
「……ええ……」
日没前の、純黒に支配されつつある黄金色の空へと視線を流し、
コラルンジェラはある男性の種を思い起こしていた。
母親から剣のペンダントを譲り受けた王子。
幼い時分より大好きだった従兄弟、ハイマウンゲルの、
光と闇を併せ持った虎眼石のごとき種を――
「え……いや、自分にはさっぱり……」
「だよな。俺もだ」
「焙義さんもさっぱりなら、自分なんかそりゃ、全然……」
北の街、ブアイスディー中心部にある二百星ホテルの一室。
ロンヤは直立不動で、焙義は一人掛けのソファに浅く腰をかけ、
二人は目の前の寝椅子に横臥する一人の見知らぬ男を、疑惑のまなざしで眺めていた。
男は長旅で腰を痛め、起き上がれないらしい。
全身グレー系の装いで地味だが、身分はかなり高いようだ。
家来数名が男を取り囲んで立ち、護衛の目を光らせている。
この家来たち、焙義とロンヤが泊まっている宿屋を唐突に訪ねて来るや、
「主人の待つホテルまで来てほしい」と、熱心に頼みこんできた。
どうやらお忍びらしく、自分たちがどこの誰なのか、どんな事情があるのか一切告げずに「主人が直接お話されます」の一点張りで、
むろん断ったのだが彼らはしつこく熱意もハンパなく、
二人は半ば押し切られる形で不承不承にホテルへ赴いたのだった。
しかし、100%一方的に連れて来られた訳でもない。
彼らはなぜか焙義とロンヤ、モモタローやヒロキの名前まで知っていた。
それが気になり、30%ちょっとは自分たちの意志で付いて来たのだ。
そんなこんなでホテルに着き案内された部屋まで来てみると、主人の男が腰痛で横たわっていた……という不可解な経緯だ。
「ぶ、無作法を許してくれたまえ。
本来なら私が君たちの宿へ向かうべきだったのだが、この通り、どうにも動けなくなってしまって……
ハハッ。情けないっ」
痛みをこらえつつ、男は焙義とロンヤの警戒心を解こうとムリヤリ笑顔をこしらえる。
「名乗るのが遅れて申し訳ない。
私はヨージアン=ガフェルズ。
君たちが助けてくれたコラルンジェラの父親だよ」
「……コラルンジェラ?」
焙義はやおら立ち上がり、ロンヤの隣りに並んだ。
「コラルンジェラさんて……あの、ミロさんにトランクを置き引きされた……?」
「ああ。あん時の天然ボケ……じゃない。世間知らずの……いや、なんつうか、その、温室育ち、お花畑の……」
「焙義さん、もうやめた方が……」
言い直しを繰り返し、しどろもどろでだんだん自分みたいにスローになっていく焙義を見かね、ロンヤは耳元でささやいた。
「ハハハッ。いいんだよ、気にしなくて。
娘が天然ボケなのは何を隠そうこの私の血を受け継いだせいなんだよぉ~
世間知らず温室育ちってのも私たち親のせいなんだよねぇ~
アハッ、お花畑はどおかなぁ~?
い、いたたっっ」
笑って上体を起こそうとしたヨージアンだったが、腰にピシッと激痛が走るや、背中を丸めて身もだえた。
「あ、あの……大丈夫……ですか?」
ロンヤは反射的に駆け寄ろうとする。
が、家来に止められヨージアンに近づく事はできなかった。
家来は家来でこちらを警戒しているらしい。
「ちょっと待てよ? ガフェルズって……
アンタ……じゃない。オタク、ひょっとしてドリンガデス国の王族なのか? あ、ですか?
てことは、あのコラルンジェラも……元い、コラルンジェラ殿も……」
苦手な敬語をぎこちなく扱い、焙義はきいた。
すると、もだえ苦しむヨージアンに代わり、家来たちが交代で、全てを簡潔明瞭に語り始めた。
コラルンジェラがブルヴァオンレ王の従姉妹にあたるという、衝撃の事実から始まったのだが……
ここからは、焙義とロンヤにとって驚きの連続だった。
コラルンジェラが焙義らと別れた後日、あの極悪人ガアス=パラスに襲われそうになりミロが守ったという驚き、
現在ミロがコラルンジェラの住むノンヴォワイド城で庭師見習いとして働いているという驚き、
そして焙義とロンヤが何より疑問だったここへ呼ばれた理由、どうして自分たちの名前まで知っていたのか――
ヨージアンは、コラルンジェラとミロから焙義たちブレンドの青年の話を聞き、
娘が旅先で一文無しになる危機を救ってくれた青年らに礼をするためはるばるブアイスディーまで出向いて来たというのだ。
律儀なヨージアンらしい行動だ。
「けどよ。俺たちがブアイスディーに滞在してるってのは、どうやって……」
「チョセコポアから、サトナシではなくこちらへ進路変更したようですね。
足どりをたどるのは容易ではありませんでしたが、王家の力を以ってすれば決して不可能ではありません。
ところで、後のお二人はいかがされましたか?」
「とっくにブアイスディーから離れてるよ。
天下の王家様もそいつはまだたどれてねーんだな」
「そ、そうでしたか。では、くれぐれもよろしくお伝えください。
ヨージアン様はこのようなご様子ですので、とても後のお二人を追う事はかないません」
「これ以上追わなくていいけどよ。
けどアンタら、『主人が話す』とか言いながら結局てめえらで全部話しちまってるじゃないか。
どーせなら会った時にざっくりでも説明してもらいたかったぜ」
「ちょっ、焙義さんっ。言い過ぎ……!
しかも、敬語……どっかにいっちゃってるし……」
相手は王族とその家来だ。
ロンヤはたまらず焙義の肩に手を掛けた。
「うううっ、いいんだよ、気にしなくて……
君の言う通りだよ。
だが、悪いのはこの者たちではなく私だ……
私が……ううっ、不甲斐ないばかりに……」
家来の手を借り、ヨージアンはゆっくり、ゆっくりと、上体を起こすのに成功した。
「ふぅ~、改めて……
その節は、娘が大変世話になったね。
本当にありがとう。恩に着るよ。
是が非でも君たちに直々に会って礼がしたかったのだよ。
君は……バイギ君。それから君はロンヤ君だね?
娘とミロから四人それぞれの個性を聞いていたのですぐに分かったよ」
王族とはにわかに信じられぬ程、ヨージアンはフレンドリーで、親しみやすい温もりにあふれていた。
確かに、コラルンジェラと親子なのはうなずける。
強い不審感からとっていた焙義の刺々しい態度も、次第にやわらかくなっていく。
「……わざわざどうも。
しかし、ミロをつかまえ改心させたのは俺……いえ、私ではなく友人のモモタローでありまして」
「ハハッ。バイギ君、ムリせずいつも通りのしゃべり方でかまわないよぉ~
モモタロー君はもちろんだが、私は君たちみんなに多謝多謝なんだよっ。
娘に友のように親しく接してくれたのがたまらなく嬉しかったのだ」
ヨージアンは、若いブレンドの友達が出来たと満面の笑みで思い出話をするコラルンジェラを目に浮かべ、口元をほころばせた。
焙義もロンヤも縁のなかった、愛情深い「父親」の顔で――
RRRRR……
不意に、ヨージアンの手元電話が鳴った。
「ああ、グッドタイミングだね」
ヨージアンはコートの懐中から電話を取り出すと、
「二人とも、もっと驚くだろうよぉ~」
父親の顔から一転、いたずら小僧みたいなしたり顔で通話ボタンを押し、
どういう訳か家来を介して電話を焙義に渡してきた。
「へ? お、俺……?」
意味不明のまま、焙義は戸惑いつつも電話を手に取った。
(……そうか。なんとなく想像できちまったぜ。
向こう側で待ちかまえているのは、おそらくお花畑……)
サプライズを仕掛け、ワクワク小鼻を広げているコラルンジェラなのだろうと予想し受話口を耳に当てた焙義だったが、
鼓膜に届いたのはコラルンジェラではなく、想像をはるかに超えた人物の声だった。
『……お兄ちゃん?』
――――豆実だ。
焙義の引きしまった口元が、先ほどのヨージアンに負けないくらいみるみるほころんでいく。
「豆実……豆実なのか?」
『そう。私よっ。
ウソみたいっ! ホントにお兄ちゃんだ……!!』
豆実はかすかに涙声になっている。
焙義の声を聞いたとたん安心しきってしまい、張りつめていた気持ちが涙腺と共に一気にゆるんだのだ。
「どおなってんだ。豆実、お前がなんだってこの電話に……」
『コラルンジェラさんの手元電話からかけてるの。
今、コラルンジェラさんと一緒なの。プルダちゃんとミロさんも一緒よ』
「プルダも? つうか、お前たちどこに居るんだ? サンドヨッツじゃないのか?」
『サンド……あ~、そっか。そこからか。
うんと長くなっちゃうけど、実はね……』
――――――――――――――――
「なあ、ロンヤ。頭ん中片づいたか?」
「え……いや、自分はまだ……」
「だよな。俺もだ」
「焙義さんもまだなら、自分なんかそりゃ、全然……」
自分たちの宿屋に戻ってから小一時間、とっ散らかった脳内を整理すべく、焙義とロンヤは静かに奮闘していた。
「てっきり、豆実ちゃんとプルダちゃんは、サンドヨッツで普通に過ごしているもんだとばかり……」
「ったく……何やってんだ、アイツら。
おばさんもよく認めたもんだぜ」
――豆実とアップルダがパンブレッド、サンドヨッツ村を発ってから今日に至るまでの一部始終は、かなり濃い内容だった。
「山賊を倒してくれたギベタスさんて……それこそ、何者なんだろうね」
「その人がいなけりゃ、二人そろってよその国へ売り飛ばされていたかもしれねえ」
考えただけでゾッとする。
焙義は、豆実とアップルダの無事を安堵すると同時に、仮名ギベタスなる男に心から感謝した。
だが、行方知れずで連絡もとれないクッペについては心がかりだ。
ヨージアンが別れ際、クッペの捜索に協力する事を約束してくれたのだが……
この大国で、自分たちの居場所を突きとめた王家の力に期待するよりほかない。
ヨージアンとコラルンジェラ親子はクッペの捜索のみならず、豆実らがブアイスディーへ安全にたどり着けるよう、
なんと二人に身辺警護を付ける約束までしてくれた。
「なんか……煎路さん流で言うと×1000の恩返し……だね」
「恩返されるようなこと、俺たちは特にしてねえってのに悪いよな。
あの親子には足向けて寝られねーよ」
「でも、いいの?
二人を、サンドヨッツに帰さなくて……」
「そおしたいのは山々だがな。どおせ帰りゃしねえだろ?
おとなしそうでも豆実はけっこう頑固だからな。
アイツらだけでウロウロされるくらいなら、傍においとく方が心配がねえよ」
「だね……こっちは、煎路さんを探し出すまで、ブアイスディー周辺を離れられないしね。
じ、自分のせいなんだけど……」
煎路人形を置き去りにした自らの愚行をいまだ引きずり、ロンヤは密かに自己嫌悪に陥っていた。
「それはそうと……焙義さん。
豆実ちゃんのペンダントって、なに?」
「母親の形見だよ。豆実にとっては宝みてえなもんさ」
「でも、あの、自分はそんなの、見たことないけど……」
「人間界には持って行かなかったからな」
「宝物なのに?」
「ああ。
けどよ。豆実のペンダントを、なんでコラルンジェラが……」
豆実から聞いた話では、二人はクッペを探してトリンケルツの街を歩いている途中で道に迷い、たまたま声をかけてくれたミロと仲良くなった。
ミロはコラルンジェラのお供でトリンケルツに来ていたのだ。
短い時間ですっかり意気投合した三人は、休憩がてらある喫茶店に入り、
豆実とアップルダはそこで初めてミロの主人、上流の香り漂う美女、コラルンジェラと会った。
もちろん、豆実たちはロクハタス(=ギベタス)の忠告はしかと胸に留めていた。
留めていたはずなのに、自己コントロールがまるで効かず喫茶店へと引き寄せられてしまったのだ。
やはり、豆実のペンダントの導きだったのか――
時間は、豆実とアップルダが道に迷った時にまでさかのぼる。
地図とにらめっこしつつ、誰かに尋ねようとキョロキョロしている二人にミロが声をかけたのは、実は偶然ではなかった。
ミロはコッソリ二人を尾行し、声をかける機会をうかがっていたのだ。
さらにさかのぼり、豆実とアップルダがロクハタスと別れた直後の事。
コラルンジェラは馬車の中からたまたますれ違った少女、豆実のペンダントが目に入り、心臓が止まるほど驚倒した。
義理の伯母のペンダントにそっくりな色、形だったからだ。
近くで確認したくても、いきなり呼び止めたのでは訝しまれ、逃げられてしまうのが落ち。
そこで、コラルンジェラの元に二人を連れて来る役目を買って出たのがミロだった。
泥棒《どろぼう》だったミロなら、尾行なんかはお手のものだ。
あくまで偶然を装って道を教え、さりげなく喫茶店まで誘うのも、ミロはとても上手くムリなくやってのけた。
「なにげなく入ったものの……
豆ネェ。ぼく達フツーにやばいよね……」
「ええ。場違いなのは確かね……」
豆実とアップルダは、やたら豪華な内装の店内を見回し、困惑した。
向かいの席では、コラルンジェラがニコニコして肩をすくめている。
彼女が何者であるのかは、席に着きお互い自己紹介した際に判明した。
上流だと予想はしていたが、まさかの王族だったとは想定外の驚愕なる真実。
つまりここは、庶民など一歩も、いや、足先1ミリすら踏み入れてはならない王域、
ウルトラスーパーハイグレードな喫茶店なのだ。
あまりに恐れ多く、二人は気後れからカチコチに固まってしまった。
「そんなに固くならなくてもよろしいのコクですわよ?
リラックスなさってのコクですわっ」
「……な、なんだろ、豆ネェ。“コクコク”って……
王家の抹殺指令暗号とか……?」
「しっ。プルダちゃんは黙ってて……」
「またそれを言うっ。ぼくだって発言する権利があるんだ……!」
「いいから黙ってて……!」
「お二人とも、どうかなさってのコク?」
「なんでもありませんっ!」
ヒソヒソ声で言い合っていた二人が、背筋をシャキーンと伸ばして声を合わせた。
どんなにニコニコしていても、悪名高いガフェルズ一族の女。
サトナシ祭の中継でテレビ画面に映し出されていた、あのエゴイスチックな第一王子の身内なのだ。
油断してはならない。怒らせてはならない。
豆実とアップルダは、息がつまる程に緊張していた。
コラルンジェラの口から、懐かしい名前の数々が出るまでは……
「ねえ、ミロさん。
こちらのマメミさんて、バイギさんと似たような上着じゃありませんのコク?」
「言われてみれば……はいっ。似てますね」
「今頃みなさんどうなさっているのコクかしら。
モモタローさんもヒロキさんも、それからロンヤさんも……」
「え……?」
豆実とアップルダは目をまん丸く、キョトンとした。
「やだ。あたくしったら、ごめんなさいのコクですわ。
関係のない話なんかして……」
「……か、関係……」「……なくない……」
「その人たち、関係大ありです!!」
二人は再び声を合わせ、そろってイスからお尻を浮かせるや、コラルンジェラの方へと身を乗り出した。
この場で、この状況で、焙義たちの名前を耳にするとは……
コラルンジェラとミロが焙義たちの知り合いだったとは……
これはきっと、奇跡のめぐり合わせなのだ――
豆実とアップルダは焙義たちを通じてコラルンジェラとも完全に打ち解け、身分の壁を越えミロ同様に仲良くなった。
「あら? マメミさん、ペンダントをしてらっしゃるのコクね?
あたくしに見せてくださらないのコク?」
おかげで、コラルンジェラは本来の目的であったペンダントの話にごく自然に触れ、それとなく切り出す事ができた。
「ええ。コラルンジェラ様になら喜んで」
「まっ。『コラルンジェラ様』なんてイヤのコクよ?
あたくし達、お年は離れていてももうお友達のコクなんですもの。
ミロさんにもそう言ってるのに、彼は“様”付けをやめてくれないのコクですわ」
「勘弁してくださいよ。俺もお城で働いてる以上はケジメってものがありますから。
コラルンジェラ様の方こそ、いい加減俺に“さん”付けはやめてください。
呼び捨てでいいんですよっ」
ミロは困り顔で軽く抗弁した。
二人がそんなやりとりをしている間に、豆実はワンピースの中にしまい込んだペンダントを取り出して鎖を外すと、
手の平に乗せてコラルンジェラが見やすいようにと差し出した。
「まあ……なんてステキのコク……」
ペンダントに目を凝らしコラルンジェラはつぶやいたが、
ユーディアライトの石の輝きや美しさなど、実際は二の次だった。
第一に、豆実のペンダントを確かめたかったのだ。
(こうして間近で見ると……似ているなんてレベルではないのコクよ。
コナウディアおばさまのペンダントそのもの……)
ますますペンダントを熟視するコラルンジェラ。
その時、コラルンジェラの手元電話にヨージアンから着信があり、
『朗報だよっ。コラルンジェラ。
ブアイスディーでブレンドの青年たちが宿泊している宿を発見した。
さっそくこれから会いにアアアッ!! ウアアッ!!
こ、こ、腰がぁ~っっ!! うっ、うう……
あ、あとで……連絡して……ウオオ~ッ!!』
――との、喜ばしい? 知らせを受けた。
「お父様ったら。あんなにはしゃいだりして……
子供みたいのコクよ」
コラルンジェラは細くため息をつき、電話をテーブルに置くとペンダントに視線を戻した。
ところが、視線の先にはすでにペンダントはなく、ちょうど豆実が首にかけ直しているところだった。
(しまったのコクよ! お父様ったらなんてバッドタイミング!
マメミさんさっさとペンダントをしまってしまったじゃないのコク!
だけどもしかしたら……お父様の電話のせいではなくて、マメミさんがあたくしを怪しんだのかもしれないのコク。
あんなふうに真剣にペンダントを観察してしまったのコクだから……)
もう一度見せてほしいとはとても言い出せず、コラルンジェラは小さく落胆した。
とどのつまり、ペンダントが亡き義伯母の形見だと確信できぬまま時間が経ち……
窓の外は、いつのまにか夕闇が迫ろうとしていた。
「コラルンジェラ様……じゃなくてコラルンジェラさん。
私たち、いったん宿に帰りますね」
「あ……そうのコクね。あたくしもそろそろ帰りますから、宿まで馬車でお送りしますわのコクよ。
貴女方のお連れの方にもきちんとご挨拶しておきたいのコクですし」
「ギベタスさんに……ですか?」
「お二人があたくしに騙されているんじゃないかって、その方も気が気ではないのコクでしょうから」
「でもさぁ。ギベタスさん、今夜は遅くなるかもだよ」
「そうなんですのコク?
お会いできなければ、明日にでも出直しますのコクですわ」
「あの、コラルンジェラさん。
身辺警護といい、私たちのためになぜそこまでしてくださるんですか……?」
どこか怪訝な顔つきで豆実に問われ、コラルンジェラは一瞬口をつぐんだ。
「……大げさに感じるかもしれませんわのコクね。
けれど、あたくしも人生初の一人旅でものすごく怖い体験をしたのコクですわ。
貴女たちも体験したのコクでしょう?
だから、だからもう二度と……」
ガアス=パラスのにやけ面が脳裏をかすめ、コラルンジェラはギュッと目を閉じ首を左右に振った。
「コラルンジェラ様っ。に、二度なんかないですよっ」
ミロもまた、恐怖の記憶がよみがえりそうになったのか、じゃっかん手が震えている。
あんなに明るかった二人の表情がこわばり、じわじわと血の気を失っていく――
豆実は激しく後悔し、反省した。
(私ったら、疑うようなことを……
ご厚意を素直にお受けしていれば、お二人とも辛い体験なんか忘れていられたのに……)
ただ、豆実はほんの少し不安になったのだ。
やけにペンダントに見入っているコラルンジェラを目の当たりにした瞬間、
なんの抵抗もなく誘われるまま喫茶店へ来た自分、ペンダントの意のままになっている自分が不安で不安でたまらなくなっていた。
思えば、ロクハタス(=ギベタス)もペンダントを気にかけている。山賊みたいに金銭などが目当てではないものの……
「コラルンジェラさん。
私のペンダントに、見覚えがあるんでしょうか……?」
豆実は思いきって、コラルンジェラに直球できいてみた。
すると、パラスの回想におびえていたコラルンジェラが振りきるようにパッと目を開け、豆実をしばらく凝視した。
「……やっぱり、感づかれていたのコクね」
「はい。かなり関心がおありのようだったので……」
「あたくしの知人のペンダントに酷似しているからのコクよ」
「知人の……?」
「……ええ……」
日没前の、純黒に支配されつつある黄金色の空へと視線を流し、
コラルンジェラはある男性の種を思い起こしていた。
母親から剣のペンダントを譲り受けた王子。
幼い時分より大好きだった従兄弟、ハイマウンゲルの、
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