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【11】

「ポツンと二つ島では、撮影クルーは歓迎されない」①

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「ハアッ、ハアッ、ハアッ。

 お、俺はもうダメだ……

 お前は……お前だけでも生きて戻れ……!」

「バカ言うなっ。

 一緒に戻るんだよっ!」

「息が……ハアッ、ハアッ。

 それに目がかすんで、よく見えない……

 これ以上はムリだ……!」

「あきらめるな! 舟はすぐそこだ!!」

「……お前……だけでも……」

「おい! しっかりしろ!!」

「生き……て……」

「な、何やってんだ!! 

 立てれよ!! 目を開けろ!!

 おいってばよ!!」

 
 ――ぼやけた月が脆弱ぜいじゃくな光を落とす、海沿いの道。

 男は、背中に深い切り傷をった仲間を支え、ここまでようよう辿たどり着いた。

 舟にさえ乗れば、自分たちの島に帰る事が出来る。

 それなのに……

 その舟を間近まぢかにしながら、力尽きて倒れた仲間はどんなに呼びかけても、どんなにさぶっても目をひらかない。動かない。

「……ちくしょう!!」

 男は泣く泣く仲間の身体から手を離し、フラリと立ち上がるや、自身もいためている足を引きずり必死で舟へと向かって行った。

 仲間の死をいつまでもやみ、悲しんでいる時間はない。

 仲間の亡骸なきがらを運び、舟に乗せる余裕よゆうもない。

 “敵”がいつ追って来るかもしれないからだ。


「よし! 間に合った……!」

 男はかろうじて、舟に乗った。

 全方位に注意を払いつつ、ふるえる手でしっかりかいにぎりしめる。

 波は決しておだやかではない。

「すまない。許してくれ……」

 置き去りにした仲間の亡骸をまぶたに焼きつけ、男は無我むが夢中むちゅうで舟をいだ。

 余力よりょくを振りしぼり、がむしゃらに漕いで、漕いで、漕ぎまくる。

 体力も気力も限界げんかいだった。

 そうやって、死ぬ気で懸命けんめいに舟を漕ぎ続け、男が命からがら帰って来た島は、

 つねに荒波にかこまれた過酷かこくな環境におかれていた。

 が、この荒波は、ただ過酷なだけではない。

 男たち島民とうみんを、外部の敵から守ってくれているのだ。

 魔力を持たない、彼ら弱者じゃくしゃである“人間”を――

 
 島の周りの潮流ちょうりゅうは、ひとつ目みたいなうずをいくつも巻いて激しくぶつかり合っている。

 もし島に上がれたとしても、ゴロゴロと転がる無数むすう巨岩きょがん

 剣山けんざんのごとく切り立つ懸崖けんがい数々かずかずはばまれ、容易よういには先へと進めない。

 侵入しんにゅう者を寄せつけない、天然の忍び返しのようだ。

 たとえ先へ進んだとしても、その選択をした時点じてんで完全アウト。

 四方しほう八方はっぽう岩だらけの岩海がんかいでは早い段階だんかいで方向感覚を失い、

 峻烈しゅんれつなる岩場を行けば行くほど肉体は悲鳴を上げ創傷そうしょうは増えるばかり。

 身も心もボロボロになり、それでも出口を求めてひたすらさまよい、

 そのうち、途方とほうに暮れる間も与えられずに絶望ぜつぼうし……いずれは絶命ぜつめいするだけだ。

 しかも驚愕きょうがくすべき事にこれらは全て、魔族の魔力が一切いっさい通用しない。

 荒れる波も岩々も、魔力で蹴散けちらす事も粉砕ふんさいする事も不可能なのだ。

 つまり、魔族の脅威きょういにさらされずに生活できる。

 だからこそ、人間たちはどんなに困難こんなんきわめてもこの島に住んでいる。

 たくみに舟をあやつり激しい波をもかいくぐるすべを、彼らは日々命がけの訓練に習得しゅうとくしてきた。

 島で暮らしていくにはどうしても必要だからだ。

 ひとたび海へ出ると、一瞬の油断ゆだん些細ささいなミスでも命取りとなる。

 そんなきびしい激浪げきろうを、よほどの悪天候でない限り、彼らは全神経をそそ絶妙ぜつみょうな櫂さばきで毎回えているのだ。

 それだけにとどまらない。島民である人間たちは、岩海を抜ける秘密の通路まで持っていた。

 むろんそれはただの通路ではない。

 彼らの先祖たちが捨て身の覚悟で試行錯誤しこうさくごを重ねに重ね、血と汗と涙を繰り返し流し、

 数えきれぬほど多くの犠牲ぎせいを払い気の遠くなるような年月をかけて切りひらいた、

 生きるためのとうとい道なのだ。


 ――ポツとう
 
 これが、この島の名である。

 ポツ島の隣りにはもうひとつ、フツとうと呼ばれる小さな島があり、フツ島を取り巻く荒波、岩海はポツ島同様どうように過酷をきわめている。
 
 ことなるのは、島の少ない面積の大半を手つかずの原生林げんせいりんめているという点、そして何より、人間ではない他の種族が住んでいるという点だ。

 双方そうほうの島には、両岸から太いつなで渡された釣橋つりばしが一本だけ存在する。

 だが、ポツ島に住む人間たちは誰も橋を渡りはしない。近寄りさえしない。

 なぜなら、フツ島あちらに住む種族をヘタに刺激しげきしたくはないからだ。

 ポツ島こちら闖入ちんにゅうするわけでもなければ人間をおそって来る訳でもない。

 そっとしておきさえすれば、自分たちの平和な毎日をおびやかされる心配もないのだ。


 しかし、昔からポツ島の住人の間では、自分たちの頭領とうりょうがフツ島の種族の頭領とひそかにやりとりをわしているとのうわさが、おりれてささやかれてきた。

 最近では噂の信憑しんぴょう性が色濃くなっている。

「なあ。例の話、まんざらデタラメでもないらしいぞ」

「ホントかよ。見た奴でもいるのか?」

「ああ。リーダーが真夜中に、あの橋の向こう側から歩いて来るのを目撃もくげきしたんだってよ」

「真夜中に? 橋の向こうから……? そりゃあやしいわ。

 普通みんな、橋の周辺にすらこわくて近づけねえもんな……」

「だったらおかしくない? 近づけないってのにどうやって目撃したのよ?」

「そいつは嫁とケンカして追い出されちまって野宿のじゅくしてたそうなんだけどな。

 釣橋がきしむ音が聞こえてきてやたら気になって眠れなくなってよ。

 そんでおそる恐る橋の方へ行ってみたら……

 こっちへ渡って来るリーダーの姿があったってワケなんだ」

「声はかけなかったの?」

「なんかこう……とてもかけられる雰囲気ふんいきじゃなかったみたいだぜ?」

「まあ、リーダーはもともと独特どくとくなオーラしょってるしなぁ……」

 彼らの言う「リーダー」とは、この島で人間たちのまとめ役をしている頭領の男だ。

 頭領はじりけのない純粋な人間でありながら、生まれつき不思議ふしぎな力を持っていた。

 先祖代々受けがれてきた、一般に「超能力ちょうのうりょく」と言われる特殊とくしゅな能力である。


「けどよ。実際リーダーがフツ島あっちの連中に会っていたとして、いったいどんな話をしてるんだろうか……」

「話以前に、どういった種族なのかしら。

 芒星ぼうせい魔族や吸血きゅうけつ魔族みたいに凶暴きょうぼうじゃなきゃいいけど……」

「凶暴な種族なら俺たちとっくに皆殺しにされちまってるさ。

 だいいち、芒星魔族や吸血魔族がみんながみんな凶暴ってワケでもねえだろ?」

「そりゃ……そうなんだろうけど……」

「んなことよりさ。リーダーがコソコソと俺らにかくしてる理由はなんなんだぁ??」

「もしかしたらリーダーは魔族の手先てさきなんじゃないかって、ここんとこそんなひどい噂まで飛び交ってるみたいじゃない?

 ほら。“あんな力”持ってるし……」

 となり合っていながら、フツ島の種族について何ひとつ明かされてはいない。

 だからこそ、さまざまな憶測おくそくが一人歩きするばかりで、

 とかく脳裏のうりにまとわりつく不安は尽きない。

 仕方のない事だ。

 なにしろ、お互いその気になれば橋一本で簡単に往来おうらいできてしまうのだから――


 なぞのベールに包まれた小さな原始げんしの陸地、フツ島。

 鬱蒼うっそうとした密林みつりんの奥深く――

 刺々とげとげしい草木をかき分けかき分け行くと、とつとして、一面ツタにおおわれた巌窟がんくつの壁が現れる。

 が、よそ者であればほとんどの者がそれを巌窟とは気づかずに、そのまま見過ごしてしまうだろう。

 すっかりツタにのみ込まれ岩肌いわはだ目視もくしできない上、

 洞口ほらぐち隙間すきまのように幅狭はばせまで、一見いっけん岩間いわまと区別がつかずなかなか見つけ出せないのだ。

 おまけに、この巌窟は自然がつくり出した錯視さくしアートさながらで、

 洞口を始めいたる所で目の錯覚さっかくおちいり、まどわされるばかり。

 内部は非常に奥が深く、複雑な構造こうぞうとなっており、難解なんかいな迷路のごとく無数の細道が入り乱れている。

 普通ならこんなややこしい所に住みたくはないが……

 人目ひとめはばかる逃亡者など、いわゆる「わけアリもの」には最適の住処すみかと言えよう。

 祖国を追われ、全てを失いひっそりと生きる“過去の王子”もしかり――
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