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【10】

「カバンの中も机の中も見つからないなら踊るしかない」②

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 場所は変わって、同じゴービーッシュ城のグラインだけ、三階。

 グライン嶽で最も幅のある、まるで大ホールのような廊下のはしにはところどころにちょっとしたテーブルとイスが置かれてあり、宏大な城内に多数もうけられた休憩場所のひとつとなっている。
 
 そこに、床にいつくばり、お尻をき出してテーブルやイスの下をのぞき込む、王女らしからぬキャヴァの姿があった。

「結局、ギリザお兄様へのプレゼントは出てこないままだわ」

 キャヴァは、どこかで落としたであろうギリザンジェロへの贈り物を日々地道じみちに探していた。
 
 しかし、半端はんぱなく広いこの城内では、先代王の遺種いだねを見つけ出すのと同じくらいに困難な事だ。

 キャヴァがギリザンジェロのために買ったプレゼントは小さな小さな鼻ピアスで、しかもそれを失くした場所に心当たりが全くない、まさに手探り状態なのだ。

 普通なら、ギリザンジェロのバースデーパーティーのあの夜、自分が巻き起こした猛吹雪により「ピアスもお兄様と共にはるか遠くへ吹き飛ばされたに違いないわ」と、一番に考えそうなものだが……

 だが、キャヴァ自身は自らの魔力でギリザンジェロを追い出した過去など、あっさりすっぱり、すっかりと忘れ去っていた。


「何をしている。あさましい」

 テーブルの下にもぐり込んでいるキャヴァに厳しい声をかけたのは、第二王子のドラジャロシーだった。

「……ドラジャお兄様……」

 キャヴァはモソモソと身をよじらせながらテーブル下から這い出ると、床に座ったままでドラジャロシーを見上げた。

「はしたないところをお見せしてしまいましたわ。穴があったら入りたい……」

 透明に近い肌の色をうっすらとピンクに染め、キャヴァは恥じらいを見せた。

「ほら穴ならばこの城にはいくらでもある。好きなだけ入るがいい。テーブルの下よりはるかに居心地も良かろう」

 象牙ぞうげ色の冷たい視線、冷たい言葉を投げかけながらもドラジャロシーはキャヴァに手を差し出し、それとなく立ち上がる手助けをした。

「お兄様、ありがとう」

 キャヴァは立ち上がるなりイスに腰を下ろすと、背筋を伸ばして「フゥーッ」と息をついた。

「あ、お兄様もお座りになって。久しぶりにいろいろとお話しましょうよ。

 アッロマーヌ国王女を迎えての会食かいしょくの場以来ですものね。でもあの時だって、ゆっくりお話なんてできなかったでしょう?」

 怪訝けげんおもちで自分を見ているドラジャロシーに、キャヴァはニッコリとほほ笑みかける。

「仕方がないな」

 ドラジャロシーは母親ゆずりの無愛想な素振そぶりで、キャヴァの正面にあるイスに座り足を組んだ。

「……ところで、何を探していたんだ?」

「え? えっと……ギリザお兄様へのお誕生日のプレゼントよ」

「兄上の? 今頃か?」

「もちろんお誕生日に用意していたわ。パーティーが終わったら渡すつもりで、自己流にラッピングしようとお部屋に置いてあったの。

 置いてあったはずなのに、いつしか無くなっていて……」

「それでずっと探しているのか? 新たに買えばいいものを」

「ダメよ。あのピアスには苦労して……」

 そこまで言いかけて、キャヴァは軽く口を押さえ無言になった。

「苦労? いったいどのような苦労なのだ」

「えっと……だから、その……

 たくさんのお店をまわって、ギリザお兄様にふさわしいデザインのピアスを苦労して手に入れたから……」

 キャヴァは明らかに滑舌かつぜつが悪くなり、挙動きょどう不審ふしんにさえなっている。

「なぜピアスを? 兄上はピアスなど」

「お、お兄様の高いお鼻に付ければステキだなと思って……」

「鼻だと!? 鼻ピアスなのか!? ますます理解に苦しむわっっ!!」

 挙動不審に加え、おかしな事ばかり言うキャヴァに疑念ぎねんいだき、ドラジャロシーはまっすぐ、キャヴァのシェルピンクの目を凝視ぎょうしした。

「何やら魂胆こんたんがありそうだな、キャヴァ。

 お前はおとなしい性格だが、時に驚くほど大胆だいたん不敵ふてきな行動に出る事は俺もよく知っている。

 あの母上の血が流れているだけにな」

「な、何がおっしゃりたいの? お兄様……」

「ただの鼻ピアスではなかろう。

 話してみよ、キャヴァ。話の内容次第では、ピアス探しに力を貸してやってもいいんだぞ」

「え……? 本当に……?」

 ギリザンジェロへのプレゼント、鼻ピアスには録音機が仕掛けられている。

 その事実は誰にも知られたくはない。

 そのため、キャヴァは失くしたピアスをたった一人で毎日探し続けていた。

 それも、侍女じじょたちにも知られないようひそかに、限られた時間にのみ――

 そんな日々にそろそろ疲れと限界を感じていたキャヴァは、ドラジャロシーにならと、恥をしのんで録音機の件を打ち明け協力してもらう事にした。


「なるほど。身に付ければ作動する録音機をな……」

「鼻に付けておけば、ギリザお兄様のお声をしっかりと拾えるでしょう?」

「それで鼻ピアスだったのか。

 キャヴァ。お前もなかなかやるではないか」

「なかなかやるだなんて……あまりいい気はしないわ。

 わたくしはただ……」

「兄上がフル―テュワの王女にうつつをぬかしているのが気に入らんのだろう?

 心配には及ばん。兄上やつが勝手に盛り上がっているだけですぐにフラれるだろうからな。

 わざわざ録音機そんなものを用意せずとも」

「いいえ、そうじゃないわ。わたくし嫉妬しっとから録音機あんなものを仕込んだ訳じゃないの。

 むしろその逆で……あ……」

 キャヴァは再び、口を押えて無言になった。

「逆だと? どういう意味だ、キャヴァ」

 ……言えるはずがない。

 いずれギリザンジェロと結婚したのちもイケメン貴族とのアバンチュールを思う存分ぞんぶん楽しむため、

 今からギリザンジェロの不貞ふてい、その他もろもろの愚行ぐこう、とりわけ父王に対する悪口の数々を証拠として残しておき、

 自らの火遊びをとがめられた際それらを突きつけ逆におどしをかけて黙認もくにんさせる計画をたてているなどと、

 口がけても、死んでも言えるはずが……


「そ、それよりお兄様。ギリザお兄様と連絡がとれないの。

 母上さまの話では父上さまにけしかけられて、魔馬まばレースでギンギンとり合った挑戦魔馬の飼い主を仕留しとめに出かけられたそうなんだけど。

 いくら電話しても応答がないのよ。何かご存知ぞんじ?」

「さあな。生きていることだけは確かだろう。

 バカは長生きすると言うからな」

「それを言うなら、バカは風邪をひかない……でしょう?

 ドラジャお兄様ったら、相変わらずギリザお兄様と仲が悪いのね」

「お前の方こそ、そのみょうな様子からすれば兄上との不仲説はまんざら単なるうわさではなかったようだな」

「あら。不仲なんてことはないわ。わたくしはギリザお兄様とそれなりに割りきって上手うまくやってく自信はあるもの。

 ただし、お兄様が他のどなたを好きになろうと、第一王妃のイスだけは決して譲りはしないけれど」

 消え入りそうな声ながらも、キャヴァは珍しく強めの口調でそう言い放った。

 が、そんなキャヴァにドラジャロシーはすかさず茶々ちゃちゃを入れる。

「フン、キャヴァよ。

 俺が王位継承者である以上、その第一王妃とやらのイスはお前の物にはさせないぞ。

 次期王となるのはこのドラジャロシー様なのだからな」

 キャヴァの言葉を打ち消すようにドラジャロシーもまた強くそう言い放ち、

 すっくと立ち上がるや、太い円柱えんちゅうと円柱の間から雄大ゆうだい連山れんざんの大パノラマを眺望ちょうぼうした。

「……やっぱりまだ、あきらめてはいないのね。ドラジャお兄様……」

「当然だろう。すなわち俺はお前の夢をつ敵であるということに変わりはない」

「……夢……  敵……

 そういえば最近、時々イヤな夢をみるの。

 ギリザお兄様のお部屋に近い廊下へと通じる裏階段にね、わたくしの知らない女の子が立っているの。

 わたくしが『誰?』って呼びかけるとその子は一瞬振り返るのだけれど、わたくしを無視して名乗らないまま階段をかけ上がって行くの。

 わたくしが必死で追いかけてもなかなか追いつかない。

 やっとその子の肩に手が届いたと思ったらそこで毎回必ず目がめてしまうのよ?

 不吉な夢でしょう?」

「不吉と言うよりリアルな夢だな。しかも一度きりでないとは……

 その娘の顔を覚えているのか?」

「夢の中では鮮明せんめいなのに覚醒かくせいするとうろ覚えなの。

 印象的なのは、外の夕焼けに溶けこみそうなオレンジ色っぽいたてロールの髪よ。

 本能で分かるわ。あの子はわたくしをおびやかす存在なんだって……

 きっと実在じつざいする子なのだわ。第一王妃の座を狙うわたくしの敵なのかもしれない……」

 夢の悩みを語るうち、キャヴァはやや感情的になり、小さく身をふるわせた。



 一方いっぽう、キャヴァの話を聞いていたドラジャロシーはこの時、

 自分の中にもどこかでずっと引っかかっていたうろ覚えな記憶があった事を思い出していた。

 そしてそのうろ覚えな記憶が何だったのかが判明するのに、ほとんど時間はかからなかった。

(そ、そうだ……あの時も、あの時にも兄上は……)

 ある二つの場面を思い返したドラジャロシーは、キャヴァとは別の感情で身を震わせた。

「ドラジャお兄様? どうかなさって?」

「…… べ、別に……

 その夢の娘だが、実在するとは限らんだろう。夢はしょせん夢なのだからな……

 とにかくまずは鼻ピアスを見つけ出すぞ。お前の話は興味をそそる内容だったからな。約束は守ろう」

 おのれの身の震えに気づかれぬよう、ドラジャロシーは少しずつキャヴァから離れ、離れたとたんにぐんぐん歩く速度を上げていき、早足はやあしで廊下を突き進んで行った。

 急ぎ足になるのは無理もない。

 ドラジャロシーの脳に、忘れていた……と言うよりは、たいして気にとめてはいなかったが気にはなっていた“ある物”の記憶がクッキリとよみがえったのだ。

 兄のバースデーパーティーの夜、うす暗いシェードの住処すみかで出くわした兄の耳下で、キラリときらめいた金色の光――

 その後、審判しんぱんひな五段ごだんの場にて兄の耳下に再度ハッキリと認めた純金の光――

(間違いない……! あれは鼻ピアスだ! 何がどうなってそうなったのかは知らんが、鼻ピアスは兄上に突き刺さっていたのだ! つまり、すでに録音機は作動しているという事だ!)

 ギリザンジェロをおとしめる、絶好のチャンス――

 鼻ピアスを手中しゅちゅうにおさめれば、もしかしたら目ざわりな兄を父の玉座ぎょくざから遠ざける事が出来るかもしれない。

(だが待てよ?

 アッロマーヌ王女を迎えるため帰城きじょうした兄上の耳下には何もなかったような……

 定かではないが……

 クソッ。自然にとれたのか? あり得ない。飾りの石がとがっていたのかまあまあグッサリ刺さっていたはずだ。強力な衝撃でも受けない限りそう簡単にはとれないだろう。

 ならば、さすがに気が付いて自分で外したのか? あのちょう鈍感どんかんな兄上が……!?

 いや、気が付いたのはマトハーヴェンかマキシリュかもしれん……)

 ドラジャロシーの頭の中はたちまち、鼻ピアス=録音機でいっぱいになっていた。

(まずは、審判雛五段の後、兄上のたどった足どりを調査しなくてはならない。目撃者ならいくらでもいるはずだ……!)

 想像しただけで気の遠くなるような、途方とほうもないギリザンジェロの鼻ピアス探し。

 ドラジャロシーはこの機に兄の弱みをにぎり次期王の座を一気いっきに手元に引き寄せるべく、
 
 自分を支持する『第二王子派』の兵らを地方より内密に召集しょうしゅうするまでの決意を固め、

 何が何でも鼻ピアスを我が物にしようと無謀むぼうな大捜索を決行しようとしていた――
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