鉄錆の女王機兵

荻原数馬

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闇に潜む弾丸

闇に潜む弾丸-05

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 命の気配なく、だが確かに血の臭いが漂う闇の荒野。疾走する二つの異形。人機一体の戦車と、人馬合成のミュータント。
 レーダーで周囲の地形を把握しながら高速で走ることは神経接続によって戦車を手足のごとく操るカーディルにしかできないことだ。しかし、その重圧も生半可なものではない。岩に乗り上げる、岩壁に激突する、ミュータントに追い付かれる。どれもが死に直結する綱渡りだ。
 大量の情報が脳へと直接流れ込む。それらを整理し、反映し、ただひたすら逃げる。生身ではあり得ぬ脳への負荷、カーディルの額にじっとりと脂汗が滲む。
 気を抜けば意識がシャットダウンしてしまいそうだ。
「カーディル、ここらで奴を仕留めるぞ!」
「待ってましたぁ!」
 ディアスの宣言にカーディルはほっと息をつく。まだミュータントを倒したわけでもないが、一歩前へ進んだことは確かだ。ディアスが自分の負担も考えてこの場を選んだのかと思えば申し訳なくもあり、こんな時だが少し嬉しくもあった。
 再度、照明弾が光なき天へと放たれる。白色に照らし出された、あちこちに岩が突き出た戦場。今更ながらこんなところを走っていたのかと思えばゾッとする。
 履帯を滑らせ、石つぶてを弾き飛ばしながら戦車は180度旋回し、その場に停止した。
 決戦の気配を感じたか、人馬も10メートルほど離れたところで止まった。さらに身を沈め、いつでも飛びかかれる体勢をとっている。
 人馬が横ばいにじりじりと動く。砲塔はその姿を追い旋回する。不用意に撃つわけにはいかない。
 こいつは先ほどディアスの狙撃を避けたのだ。明らかに、弾丸を視認して避けた。先に撃てば、負ける。じりじりと息が詰まるような時間が過ぎ去った。
 前触れもなく、音もなく、人馬が跳躍した。
 10メートルなど猛獣にとって一瞬で詰められる距離である。躍りかかってそのまま戦車を潰してしまおうという魂胆であったのだろう。
 だが相手は数年間ミュータントと戦い続けてきた猛者である。全て読まれていた。狩人はこの瞬間を待っていたのだ。
 人馬が動くと同時に戦車は急速に後退した。跳躍している間は当然、方向転換などできはしない。そしてディアスはすでに照準を合わせていた。つい先程まで自分たちが居た地点に。
 跳躍は明らかに迂闊であっただろう。これはディアスにとっては想定内であった。
 このミュータントは街を大した危険の無い、ただの餌場と認識している。つまりは人間を舐めていたのだ。睨み合ってはみたもののすぐに面倒になり、脆弱な人間など押さえつけてしまえばどうとでもなる、と。
(やはり忍耐はハンターの必須スキルだな……)
 人馬が着地するかしないか、そのタイミングで徹甲弾が放たれた。
 ゆらゆらと舞い降りる照明弾に照らされた人馬の表情が、恐怖に歪んだように見えた。とっさに人間の腕で頭を庇うが、そんなもので徹甲弾は防げない。
 無意識にとった命への渇望、その祈り。全てが無意味に引きちぎられた。胴体を破壊し突き抜け、徹甲弾は血風を散らし闇夜に消える。バケツをひっくり返したように血が流れ、ぐずぐずに崩れた内臓がべしゃり、と零れた。
 月明かりの無い、人工的な明かりが揺らめく夜空に向けて人馬は悲しげに嘶き、乾いた大地にその身を捧げた。
「いよっしゃあ!」
 カーディルが快哉の声をあげるが、ディアスの耳にはそれがずっと遠くから聞こえたように感じた。彼は今、スコープを覗いて人馬の最後をじっと見ていた。
 あのミュータントには感情があったのだろうか、恐怖を感じていたのだろうか。とっさに頭を手で庇うなど、あまりにも人間くさい仕草だ。人間の手足を持ったことと何かしら関係があるのだろうか。
 わからない。何も、わからなかった。
「これであいつに食われた人たちも浮かばれるってもんよね!」
 彼女は素直に喜んでいる。確かに人間の立場からすればこれは仇討ちであり、正義であろう。街の平和を脅かし、人々を喰らう化け物を討伐したのだ。
 だが、あのミュータントにしてみれば、ただ食事をしただけではなかろうか。
 奴は人間の腸を食い荒らした。自らも腸を撒き散らして死んだ。
 全てが終わった今、無惨な死を遂げた化け物を悼むことは、犠牲になった者たちへの冒涜となるのだろうか……?
「ディアースッ、どうしたの?」
 いつまでも俯いて動かぬところを不審に思ったか、カーディルが声をかけてきた。思考の沼から解放されたように、ディアスは顔をあげる。考えを気取られぬよう、無理にでも笑って見せた。
「いや、なんでもない。ちょっと疲れてね」
「そうね、早く帰ってゆっくり寝たいわ。それで、三日間くらいずっと外に出ないでベッドでゴロゴロしたい」
「いいね、実に壮大な野望だ」
 気を取り直し、クーラーボックスと鋼鉄のスプーン、警戒用のライフルといったミュータントトレジャー採取セットを用意してハッチを開けた。目玉を抉ってようやく決着だ。
 荒野の気温は昼と夜とでこうも違うものかと、身を震わせながら人馬の成れの果てへと近づいた。
 生死の確認のためじっとその顔を見つめる。歯をむき出しにし、血の涙を流すその表情は死してなお強烈な憎悪を向けてくるようだ。
「お前たちはどのように産まれ、何のために生きているのだろうなぁ……」
 ディアスの呟きに答える者はなにもない。
 瞼を閉じてやろうと手を伸ばしかけて、やめた。
 この無念の顔こそ、人馬が最後に遺したものではないだろうか。この顔を見たハンターたちの心胆を寒からしめてこそ、死者の目的は達せられるのではないか。
 ならばそれを尊重しよう。勝手な想像だ、余計なお世話かもしれない。だが他にしてやれることは何もない。
 構えたライフルを下ろし、屈んでスプーンを人馬の眼に対して垂直に立てる。抉り出すべく力を込めると、ツンと新鮮な血の臭いが漂った。
 スプーンを差し込んだ瞬間、突如として影が飛び出してきた。
 間一髪、ディアスは身をよじって影の突撃をかわすが、ライフルは弾き飛ばされてしまった。
(しまった……ッ!)
 己の迂闊さを呪いたくなった。敵の油断を利用して勝利を得たというのに、自分が油断によって危機に陥るとはなんと無様なことだ。
 これもマルコとの会話のなかにヒントはあった。予測、警戒して然るべきことではないか。
 丸腰のディアスの前に立ちはだかる影。二体目の人馬である。
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