鉄錆の女王機兵

荻原数馬

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機械仕掛けの絆

機械仕掛けの絆-06

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 丸テーブルに置かれたカタログ。広げたページを押さえるディアス。カーディルはそれをじっと凝視していた。
 美しく繊細な五本指の揃った義肢。それこそ泣きたくなるほど欲し、涙をこらえて諦めていたものではなかったか。だが何故今になってそんな話を……?
「順を追って説明するが……」
 ディアスの言葉に、カーディルは呪縛から解かれたように顔をあげた。
「いつものようにミュータントの眼を換金したあと、マルコ博士のところに諸々の支払いに行ったのさ。で、そこで言われたんだ。戦車のローンは完済したって」
「完済? あれ、終わるようなものだったんだ」
 重厚な戦車、己がもうひとつの手足を思い浮かべる。金銭、そして運命という意味で一生縛り付けられるものと思いこんでいた。
 よくよく考えてみれば5年間ミュータントを狩り続けていたのである。正確に数えてはいないが百以上の首を討ったであろうか。最新鋭の戦車1輛、買い取れたとしてもおかしくはない。
 生活の質があまり変わっていないので徒歩で狩りをしていたときとは稼げる額が段違いだという実感がまるで無かった。
 また、そうした思考は外部に対する無関心から来たものでもある。ディアスが側にいてくれればいい、ひとりの時は厳重に鍵をかけてこの部屋に閉じ籠っていればいい。そうやって余計なことは考えないようにしていた。
(ひょっとして私、人間性がかなり歪んでいるのでは……?)
 今さらながらそう思わざるを得なかった。
「それで博士からカタログを渡されて、戦車の改造をしないか、趣味に金を使わないか、またローンを組んでやってもいいと、色々言われてね」
「あのオッサン、よほど私たちに借金を背負わせたいのね」
 カーディルが少し呆れたようにいった。言いながら、はて歳はいくつなのだろうかと頭の隅で考えた。マルコの薄笑いが思い浮かぶ。5年前からほとんど変わっていないようだ。
「金に追われていないと俺たちがミュータント狩りをさぼるか辞めるかすると思っているんだろうな。一言、こういう実験に付き合ってほしい、こいつのデータを取ってきてほしいと言ってくれれば、いつでも喜んでやるのだが……」
 何かと怪しげな人物である。性格に問題がないわけではない。
 だが今の生活がマルコあってのことであるのは事実であり、特に義理堅いディアスは強く恩義を感じていた。
(俺の命はカーディルに捧げたもので彼のために死ぬことはできないが、要請があれば彼のために働くことは吝かではない……)
 と、いうのがディアスの立場である。
 カーディルがしばし考えた後、ぽつりと呟く。
「多分、理解できないのでしょうね」
「何が?」
「自分がひとから感謝されているということが」
「ああ、そうかもしれないな」
 人間関係に興味の薄い男だ。自分自身に対する評価さえ例外ではないのかもしれない。
「俺たちが金を欲していれば安心するというのであれば、そうしてやろうかと思うのだが」
「それにしても、これは……」
 高すぎる。戦車以上とまではいかないが、四肢を合わせれば相当な金額だ。
 戦車のローンを組んだときはそれしか生きる道がなかったからだ。安定した生活が見えた今、莫大な借金という重荷を改めて背負うことには躊躇してしまう。
 しかもその金がカーディルのためだけに使われるというのであればなおさらだ。
「ねえディアス、あなたは何かないわけ? 趣味とか、お金があったらやりたいこととか」
 今日はよく趣味ついて聞かれる日だ。苦笑しながら答えた。
「ハンターなんてやっている男の望みなんて、決まっているよ」
「それは?」
「強い戦車と、いい女」
 あまりにも堂々と言われ、何も反論ができなかった。
 同業者たちからも一目置かれ、戦車を駆って荒野を疾走し、人類の天敵であるミュータントと互角以上に渡り合える。そんな男が物置小屋に押し込められ不味いミートサンドを食わされる生活を送りながら、これで十分満たされているというのだ。
 自分はこんなにも愛されているのかとカーディルは感動に身を貫かれる思いであった。もっとも今回に限って言えば不味いミートサンドを食わせたのは彼女であるが。
 俯き黙りこむカーディルの肩に、大きな手が添えられる。
「答えは急いでいないからゆっくり考えるといい。新しい義肢を付けるもよし。他に金を貯めてやりたいことがあるならそれもよし。ある程度稼いでからハンターを辞めたっていい。博士には悪いけどね」
 安心させるよう、ディアスは優しく微笑んでいる。
「ただ、どんな道を選ぶにせよ理由のなかに俺への遠慮を入れる必要はない」
「私の望み通りにしていい、ってことね」
「そういうことだ」
(私の望みは何か、そんなものは最初から決まっている。ずっとディアスと一緒にいたい。この生活を続けていきたい……)
 明日にでも義肢を見に行こう。そう決めたが、まだ返事はしなかった。その前にやっておきたいことがある。
「義肢を外してくれる?」
 カーディルはそう言って蠱惑的に笑い、左右のロボットアームを前に突き出した。ディアスは頷き腕から取り外しにかかる。慣れてきたとはいえ神経接続式の義肢は脳に負担がかかる。そのため寝るときや、ゆっくり休みたいときは外すことにしているのだ。
 以前、疲れて帰ってそのまま寝てしまい、朝になって盛大に嘔吐した覚えがある。あの時は掃除が大変だった。
 腕を外して丁寧にケースに収めると、次に足の取り外しにかかった。
 作業がしやすいようカーディルは膝までしかない足を大きく広げた。スカートが短いのでこうすると下着が丸見えになる。
 やりやすいようにしてくれるのはありがたいが、ここまで広げる必要があるのか。ディアスが顔をあげると、微笑むカーディルと視線が重なった。
「欲しいのでしょう? いい女が」
 と、口では挑発しながら表情は照れて赤みがさしている。
「ああ、欲しいね」
 足の取り外しを終えると、ディアスはカーディルをベッドに横たえ覆い被さった。武骨な指がカーディルの服のボタンをひとつひとつ外して胸を露にさせる。湿り気を帯びたショーツを下ろして、なぞるように優しく愛撫した。
「んッ……うん……!」
 寝るとき以外にもこうして抱かれるときは必ず義肢を外すことにしていた。女として扱われるときに、あれが自分の一部であるなどと見られたくはなかった。
 ディアスの愛情に応え、カーディルの白い肌にじわりと汗が滲み、薄桜色に染まる。
 手足が無いのでカーディルから何かをすることはできない。全てディアスのなすがままである。それがかえって彼女には、
(私、この人のものになっているんだ……)
 と、興奮を呼び起こし熱く昂ぶった。吐息が熱を帯び、腰を弾ませ甘く切ない喘ぎが響く。
 ことが済んで、黒髪をベッドの上に扇状に広げて天井を見上げている。心地よい疲れのなか微睡んでいると、体をなぞる冷たい感触があった。
 ディアスが濡れタオルで体を拭いてくれているのだ。
(こういうときは自分の手で抱き寄せてキスしたいわ……)
 義肢を買おう。ディアスには負担をかけてしまうが、その分だけ全身全霊をかけて愛してあげよう。そんなことを考えながらディアスの奉仕に身を委ね、本格的な眠りに落ちた。
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