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機械仕掛けの絆
機械仕掛けの絆-05
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カーディルが逃げ込むように部屋に帰る。ディアスはまだ戻っていなかった。
丸子製作所の敷地内、その隅にある物置小屋を改造した家だ。
戦車と接続し初戦闘をこなした後もしばらくは病室を自宅がわりに使っていたのだが、夜中にうるさいという苦情を受けて移ることになったのだ。
マントを脱ぎ、砂を払ってハンガーにかける。
紺色の袖のないスーツ。スカートは膝上までしか丈がないミニスカートだ。義肢の取り外しを優先した服装だが、このまま外を歩くには少々恥ずかしい格好だ。
ベッドに腰かけ、丸テーブルに置いた軽食の箱をぼんやりと眺める。
「なにやっているんだろう、私……」
あれだけ惨めな思いをして手に入れたのはこれだけか、と。しかもこの程度の軽食なら工場内の売店でも買えたかもしれない。
自分は何も出来ない人間だ、などと言えば周りの人たちは否定してくれるだろう。戦車を手足のごとく操ることは彼女にしか成し得ず、倒したミュータントの数がそれを証明している。
だがカーディルが欲する評価はそれとは別のところにある。
(戦車を操れる、それはあくまで兵器としての評価。私自身の価値はどうなんだろう……)
じっと手を見る。そこにあるのは三本爪のロボットアーム。
ひとりでいると思考が悪い方へ、悪い方へと転がり落ちる。これは愛する者を抱く資格のある腕なのか、いつかディアスに愛想をつかされたりはしないかと。
また、涙が滲みそうになった。
足音が聞こえる。カーディルはびくりと身を震わせて体を起こした。5年前から周囲の物音には敏感に、臆病になっている。今もそれは変わらない。
すぐに警戒を解いた。足音だけでわかる、これはディアスのものだ。
トン、トン、トーンとリズムを変えたノック。これもディアスが帰ってきたという合図だ。いきなり開ければカーディルが怯えるため、こうした決まりを作った。
「ただいま……」
「お帰りなさいッ!」
ディアスが言い終わるか終わらないかというタイミングで、カーディルが勢いよくしがみついてきた。
カーディルの身体はさほどでもないが、彼女が付けている義肢は手足四本合わせて相当な重量がある。ディアスの体が一瞬ぐらりと揺れるが、この場面で倒れるのは少し格好悪い。男気の見せ所だとばかりになんとか踏ん張った。
ロボットアームがディアスの背に回され、その場で固定されてしまった。
楽しげにディアスの胸に顔を埋めるカーディルの姿を見ていれば振り解く気にもなれず、踵に力を込めて出入り口に立ったままである。
手にはカタログ、肩にはライフル、正面から恋人ががっちりホールド。
(俺に、どうしろというのだ……?)
ふと部屋を見回すとテーブルに小さな箱が乗っているのが見えた。ディアスの視線を追ったカーディルが少しだけ気まずそうな顔をする。
「これは?」
「ええと……夕食。市場にね、行ってはみたんでけどね、どこにどういうお店があるのかよくわからなくて、適当に買ったら、出てきたのが合成ミートサンドっていうオチでさ……」
目を泳がせながら、まるで初めてのおつかいに失敗した子供のようだと思いながら弁解する。
拘束から解かれたディアスは、今度は自分からカーディルを抱き寄せ、耳元で囁いた。
「焦らなくていい。ゆっくりと、ゆっくりと慣れていけばいい」
何が起きたのか、今どういった気持ちなのか、ある程度の察しはついているようだ。嬉しいやら恥ずかしいやら微妙な気分である。
「あなたも何かお土産でも買ってきたの?」
「これかい? マルコ博士の所でもらった製品カタログさ」
話しながら椅子に座り、椅子を引き寄せミートサンドを頬張った。そこで一瞬、動きが止まる。無言で冷蔵庫を開けて、果汁0パーセント合成オレンジ風ジュースを取り出し、コップを二つテーブルに並べた。
こいつで流し込め、という意味なのだろう。そこまで不味いのかと、向かいのベッドに座ったカーディルは少々気まずい思いであった。
おススメに従い、三本爪でミートサンドを掴んでひと口かじる。そして思った。怒りも殴りもしないディアスは聖人かなにかだろうかと。
後悔の象徴を胃のなかで処分し、ジュースを飲み干して一息ついたところでディアスが真剣な顔をして
「ひとつ相談があるのだが……」
と、言い出した。
カーディルは思わず身構えた。経験上、改まって相談があるなどと言われるのは大抵がろくな話ではない。
「他に女ができたっていう話なら、そいつをブチ殺すわ」
「世界一いい女と同棲しているのに浮気の必要などあるものか」
「んっふふ……あなたのそういうところ、本当に好き」
カーディルは満足げな顔をして、少し恥ずかしそうに目を逸らすディアスを眺めていた。
彼は本来、異性に対して器用なタイプではない。好きとか愛しているとか、そうしたことを口にするのに恥ずかしさを感じている。挨拶がわりに言えるようなことでもない。
それでもなおカーディルを喜ばせるためならばと頑張って口にする姿に、
(なんというか、可愛いなぁ)
ひとり頷くカーディルであった。
「それで、相談ってなに?」
悪い話ではなさそうだと感じて安心して話を促す。
ディアスはカタログを開き、目当てのページを見つけてカーディルの方へと向けた。
「新しい腕、欲しくはないか?」
「……んん?」
あまりにも唐突な話に、首を捻ることしかできなかった。
丸子製作所の敷地内、その隅にある物置小屋を改造した家だ。
戦車と接続し初戦闘をこなした後もしばらくは病室を自宅がわりに使っていたのだが、夜中にうるさいという苦情を受けて移ることになったのだ。
マントを脱ぎ、砂を払ってハンガーにかける。
紺色の袖のないスーツ。スカートは膝上までしか丈がないミニスカートだ。義肢の取り外しを優先した服装だが、このまま外を歩くには少々恥ずかしい格好だ。
ベッドに腰かけ、丸テーブルに置いた軽食の箱をぼんやりと眺める。
「なにやっているんだろう、私……」
あれだけ惨めな思いをして手に入れたのはこれだけか、と。しかもこの程度の軽食なら工場内の売店でも買えたかもしれない。
自分は何も出来ない人間だ、などと言えば周りの人たちは否定してくれるだろう。戦車を手足のごとく操ることは彼女にしか成し得ず、倒したミュータントの数がそれを証明している。
だがカーディルが欲する評価はそれとは別のところにある。
(戦車を操れる、それはあくまで兵器としての評価。私自身の価値はどうなんだろう……)
じっと手を見る。そこにあるのは三本爪のロボットアーム。
ひとりでいると思考が悪い方へ、悪い方へと転がり落ちる。これは愛する者を抱く資格のある腕なのか、いつかディアスに愛想をつかされたりはしないかと。
また、涙が滲みそうになった。
足音が聞こえる。カーディルはびくりと身を震わせて体を起こした。5年前から周囲の物音には敏感に、臆病になっている。今もそれは変わらない。
すぐに警戒を解いた。足音だけでわかる、これはディアスのものだ。
トン、トン、トーンとリズムを変えたノック。これもディアスが帰ってきたという合図だ。いきなり開ければカーディルが怯えるため、こうした決まりを作った。
「ただいま……」
「お帰りなさいッ!」
ディアスが言い終わるか終わらないかというタイミングで、カーディルが勢いよくしがみついてきた。
カーディルの身体はさほどでもないが、彼女が付けている義肢は手足四本合わせて相当な重量がある。ディアスの体が一瞬ぐらりと揺れるが、この場面で倒れるのは少し格好悪い。男気の見せ所だとばかりになんとか踏ん張った。
ロボットアームがディアスの背に回され、その場で固定されてしまった。
楽しげにディアスの胸に顔を埋めるカーディルの姿を見ていれば振り解く気にもなれず、踵に力を込めて出入り口に立ったままである。
手にはカタログ、肩にはライフル、正面から恋人ががっちりホールド。
(俺に、どうしろというのだ……?)
ふと部屋を見回すとテーブルに小さな箱が乗っているのが見えた。ディアスの視線を追ったカーディルが少しだけ気まずそうな顔をする。
「これは?」
「ええと……夕食。市場にね、行ってはみたんでけどね、どこにどういうお店があるのかよくわからなくて、適当に買ったら、出てきたのが合成ミートサンドっていうオチでさ……」
目を泳がせながら、まるで初めてのおつかいに失敗した子供のようだと思いながら弁解する。
拘束から解かれたディアスは、今度は自分からカーディルを抱き寄せ、耳元で囁いた。
「焦らなくていい。ゆっくりと、ゆっくりと慣れていけばいい」
何が起きたのか、今どういった気持ちなのか、ある程度の察しはついているようだ。嬉しいやら恥ずかしいやら微妙な気分である。
「あなたも何かお土産でも買ってきたの?」
「これかい? マルコ博士の所でもらった製品カタログさ」
話しながら椅子に座り、椅子を引き寄せミートサンドを頬張った。そこで一瞬、動きが止まる。無言で冷蔵庫を開けて、果汁0パーセント合成オレンジ風ジュースを取り出し、コップを二つテーブルに並べた。
こいつで流し込め、という意味なのだろう。そこまで不味いのかと、向かいのベッドに座ったカーディルは少々気まずい思いであった。
おススメに従い、三本爪でミートサンドを掴んでひと口かじる。そして思った。怒りも殴りもしないディアスは聖人かなにかだろうかと。
後悔の象徴を胃のなかで処分し、ジュースを飲み干して一息ついたところでディアスが真剣な顔をして
「ひとつ相談があるのだが……」
と、言い出した。
カーディルは思わず身構えた。経験上、改まって相談があるなどと言われるのは大抵がろくな話ではない。
「他に女ができたっていう話なら、そいつをブチ殺すわ」
「世界一いい女と同棲しているのに浮気の必要などあるものか」
「んっふふ……あなたのそういうところ、本当に好き」
カーディルは満足げな顔をして、少し恥ずかしそうに目を逸らすディアスを眺めていた。
彼は本来、異性に対して器用なタイプではない。好きとか愛しているとか、そうしたことを口にするのに恥ずかしさを感じている。挨拶がわりに言えるようなことでもない。
それでもなおカーディルを喜ばせるためならばと頑張って口にする姿に、
(なんというか、可愛いなぁ)
ひとり頷くカーディルであった。
「それで、相談ってなに?」
悪い話ではなさそうだと感じて安心して話を促す。
ディアスはカタログを開き、目当てのページを見つけてカーディルの方へと向けた。
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