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砂狼の回顧録
砂狼の回顧録-21
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死神の鎌のごとき前足が何度も振り下ろされる。その度にトラックの装甲に穴が開き、太陽が降り注ぐ光の柱が作り出された。
箱形の荷台を改造した研究室のなかに閉じ込められた者たちの行動は様々である。気絶する者、泣きわめく者、なんとか外に出ようとする者。
マルコは息を潜めて端に寄っていた。気配を殺したところで犬蜘蛛相手にどうにかなるものでもないだろうが、それしかできることはない。
甘かった。何があっても装甲トラックの中なら安全だと高を括ってはいなかったか。ミュータントのデータなら集めた、写真もいくらか見た。だが、実際に装甲一枚を隔てて対峙すれば、もうどうしてよいのかわからない。
「博士、外には出ないでください! 俺が奴を引き剥がします!」
転がり落ちたモニターから聞こえる救世主の声。この場で頼れるのはこの男しかいない。
だが、どうやって? 戦車は先ほどから動いていない。何かトラブルだろうか、それとも犬蜘蛛に何かされたのだろうか。恐怖に晒されたなかではこうも頭が回らないのかと、マルコは自分自身に苛立った。
(結局、僕は机上の天才だったというわけか。現場に出れば役立たず……? ふざけるな、絶対に生き延びてやる)
カメラが壊れ、音声を伝えるしかしないモニターを両手で掴んで固定した。
(さあディアス、生き延びるためにお前は何をしてくれる? ライフル一丁で中型に立ち向かった狂人め!)
一方、ディアスはライフルを掴んで外に飛び出そうとしていた。これも、マルコに用意してもらったものだ。最新式とは言えないが、以前使っていた骨董品とはモノが違う。
ハッチを開こうとしたところでふと思い立ち、カーディルの肩に手を置いた。びくり、と震えて顔をあげる。そんなカーディルに優しく、そして力強く語りかけた。
「今は俺が一緒にいる。見ていろ、ふたり一緒なら出来ないことはなにもないって証明してやるさ」
「待ってディアス、行かないで。危ないことしないで……ッ!」
カーディルの悲痛な叫びを振り切ってハッチを開けて躍り出た。上半身を出し、ライフルを構えスコープに犬蜘蛛の姿を収める。
まさかあの時の小犬ではなかろうか、そんな考えが頭を過る。すぐに馬鹿な考えだと改めた。成長がそれほど早ければ地表はとっくに犬蜘蛛で埋め尽くされて人類は駆逐されている。
ディアスの殺気に気づいたのか、犬蜘蛛が振り返る。廃墟で見たあの赤い瞳が再びディアスを射ぬく。憤怒に彩られた色鮮やかな朱、鮮血の色。
ディアスは気圧されることもなく、むしろ闘志を掻き立てられ引き金に指を添えた。
「俺たちだって、あの時とは違う……ッ」
対ミュータント用ライフル弾が犬蜘蛛の眉間に向けて放たれた。ディアスの意志が乗り移ったかのごとく弾丸は真っ直ぐに進み、寸分の狂いなく犬蜘蛛の顔面に突き刺さった。
倒せたか、そんな確認など行わず戦車内に滑り込んだ。こんなもので奴は死なない、そう確信していた。事実、犬蜘蛛が怯んだのは一瞬のことで怒り狂って戦車に向けて飛びかかってきた。
眉間はあらゆる生物にとって弱点である。それと同時に頭蓋骨の最も硬い部分でもある。弾丸は眉間にめり込み止まっていた。
ディアスの体が戦車内に収まると同時に急速発進し、犬蜘蛛と距離を取る。
カーディルは立ち直ったようだ。ディアスは振動の中で笑みを浮かべ、壁に手をつきよろめきながらなんとか砲手の席についた。
ふたりの間に言葉はない。だがそこには確かな信頼があった。
走りながら砲塔を旋回させ、照準をピタリと犬蜘蛛に合わせる。流れるような完璧な動作だ。カーディルの眼に怯えの色はもう無い。
(絶対にこの人を殺らせはしない。それが、それだけが私の全てだから!)
遮蔽物は何もない。犬蜘蛛と砲塔は直線で結ばれた。貫通してもトラックに当たるようなこともない。全ての条件が整った。
ディアスは息を吐き、止め、引き金を引いた。
空気を引き裂く轟音。犬蜘蛛の粘っこい涎が垂れる半開きの口に、ライフル弾とは比べ物にならぬほどの暴力的な鉄塊が捩じ込まれた。
犬の頭を粉砕し、蜘蛛の体を抉り取り、砲弾は岩壁へと吸い込まれた。
どす黒い体液を撒き散らし犬蜘蛛は無惨な肉片へと成り果て崩れ落ちた。断末魔の叫びすら無い。
運命の宿敵、逃れられぬ死神の、あまりにもあっけなく哀れな末路に、ふたりは言葉が接げなかった。
「ざまあみろ、とでも言うべき場面なのかしらね……?」
誰よりも犬蜘蛛を恨んでいるであろうカーディルも、この時ばかりはどうすればよいのかわからなかった。
「とにかく博士に連絡しよう。あの様子じゃ、こっちの状況なんかわからないだろうし」
「まだ生きてりゃいいけどね」
「あの人が簡単にくたばると思うかい?」
「ないわね。絶対に生きてるわ」
ふたりは確信していた。もっともそれはマルコという人物に対する信頼というよりも、ゴキブリの評価に近い感想ではあったが。
箱形の荷台を改造した研究室のなかに閉じ込められた者たちの行動は様々である。気絶する者、泣きわめく者、なんとか外に出ようとする者。
マルコは息を潜めて端に寄っていた。気配を殺したところで犬蜘蛛相手にどうにかなるものでもないだろうが、それしかできることはない。
甘かった。何があっても装甲トラックの中なら安全だと高を括ってはいなかったか。ミュータントのデータなら集めた、写真もいくらか見た。だが、実際に装甲一枚を隔てて対峙すれば、もうどうしてよいのかわからない。
「博士、外には出ないでください! 俺が奴を引き剥がします!」
転がり落ちたモニターから聞こえる救世主の声。この場で頼れるのはこの男しかいない。
だが、どうやって? 戦車は先ほどから動いていない。何かトラブルだろうか、それとも犬蜘蛛に何かされたのだろうか。恐怖に晒されたなかではこうも頭が回らないのかと、マルコは自分自身に苛立った。
(結局、僕は机上の天才だったというわけか。現場に出れば役立たず……? ふざけるな、絶対に生き延びてやる)
カメラが壊れ、音声を伝えるしかしないモニターを両手で掴んで固定した。
(さあディアス、生き延びるためにお前は何をしてくれる? ライフル一丁で中型に立ち向かった狂人め!)
一方、ディアスはライフルを掴んで外に飛び出そうとしていた。これも、マルコに用意してもらったものだ。最新式とは言えないが、以前使っていた骨董品とはモノが違う。
ハッチを開こうとしたところでふと思い立ち、カーディルの肩に手を置いた。びくり、と震えて顔をあげる。そんなカーディルに優しく、そして力強く語りかけた。
「今は俺が一緒にいる。見ていろ、ふたり一緒なら出来ないことはなにもないって証明してやるさ」
「待ってディアス、行かないで。危ないことしないで……ッ!」
カーディルの悲痛な叫びを振り切ってハッチを開けて躍り出た。上半身を出し、ライフルを構えスコープに犬蜘蛛の姿を収める。
まさかあの時の小犬ではなかろうか、そんな考えが頭を過る。すぐに馬鹿な考えだと改めた。成長がそれほど早ければ地表はとっくに犬蜘蛛で埋め尽くされて人類は駆逐されている。
ディアスの殺気に気づいたのか、犬蜘蛛が振り返る。廃墟で見たあの赤い瞳が再びディアスを射ぬく。憤怒に彩られた色鮮やかな朱、鮮血の色。
ディアスは気圧されることもなく、むしろ闘志を掻き立てられ引き金に指を添えた。
「俺たちだって、あの時とは違う……ッ」
対ミュータント用ライフル弾が犬蜘蛛の眉間に向けて放たれた。ディアスの意志が乗り移ったかのごとく弾丸は真っ直ぐに進み、寸分の狂いなく犬蜘蛛の顔面に突き刺さった。
倒せたか、そんな確認など行わず戦車内に滑り込んだ。こんなもので奴は死なない、そう確信していた。事実、犬蜘蛛が怯んだのは一瞬のことで怒り狂って戦車に向けて飛びかかってきた。
眉間はあらゆる生物にとって弱点である。それと同時に頭蓋骨の最も硬い部分でもある。弾丸は眉間にめり込み止まっていた。
ディアスの体が戦車内に収まると同時に急速発進し、犬蜘蛛と距離を取る。
カーディルは立ち直ったようだ。ディアスは振動の中で笑みを浮かべ、壁に手をつきよろめきながらなんとか砲手の席についた。
ふたりの間に言葉はない。だがそこには確かな信頼があった。
走りながら砲塔を旋回させ、照準をピタリと犬蜘蛛に合わせる。流れるような完璧な動作だ。カーディルの眼に怯えの色はもう無い。
(絶対にこの人を殺らせはしない。それが、それだけが私の全てだから!)
遮蔽物は何もない。犬蜘蛛と砲塔は直線で結ばれた。貫通してもトラックに当たるようなこともない。全ての条件が整った。
ディアスは息を吐き、止め、引き金を引いた。
空気を引き裂く轟音。犬蜘蛛の粘っこい涎が垂れる半開きの口に、ライフル弾とは比べ物にならぬほどの暴力的な鉄塊が捩じ込まれた。
犬の頭を粉砕し、蜘蛛の体を抉り取り、砲弾は岩壁へと吸い込まれた。
どす黒い体液を撒き散らし犬蜘蛛は無惨な肉片へと成り果て崩れ落ちた。断末魔の叫びすら無い。
運命の宿敵、逃れられぬ死神の、あまりにもあっけなく哀れな末路に、ふたりは言葉が接げなかった。
「ざまあみろ、とでも言うべき場面なのかしらね……?」
誰よりも犬蜘蛛を恨んでいるであろうカーディルも、この時ばかりはどうすればよいのかわからなかった。
「とにかく博士に連絡しよう。あの様子じゃ、こっちの状況なんかわからないだろうし」
「まだ生きてりゃいいけどね」
「あの人が簡単にくたばると思うかい?」
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