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砂狼の回顧録
砂狼の回顧録-20
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左腕を切り落とし、戦車と一体化し、そして半年の時が流れた。
今、ディアスとカーディルの乗った漆黒の戦車は荒野を駆けている。初めての実戦投入である。
戦車の後ろには機関銃を4門搭載した装甲トラックが続いている。荷台にカメラと様々なコンピュータを積み込んだデータ収集用の車両であり、マルコもそこに同乗していた。
じっくりと慣らしたおかげでカーディルが車酔い、あるいは義肢酔いとでも呼ぶべきものは起こさなくなった。
時間をかけただけマルコは社員たちから随分と文句を言われたようだ。それだけに今回の遠征で結果を出すことに意気込んでおり、緊張もしていた。
ディアスたちにしても、なんだかんだで自分たちを守ってくれたマルコの為にも実力を示したい。また、実戦で結果を出せずやはりこいつらは使えないと義肢を取り上げられて追い出されてしまってはたまったものではない。
適度な緊張感に包まれた一行は中型ミュータントを探して走り回っていた。野犬サイズの小型ミュータントは何度か見かけたが、高さ数メートルクラスの中型はなかなか見当たらない。
「居て欲しい時はいなくて、居て欲しくないときに来るのよねこういうのって」
「中型ミュータントに居て欲しいだなんて願う日が来るとは思わなかったよ」
「そうね、あのときは……」
そこでふたりとも言葉に詰まる。犬蜘蛛に襲われ、仲間が一瞬で惨殺され、カーディルが拐われたあの日のことは言葉にはしたくない。
どれだけ時間が経とうとも全ての思い出が色あせるわけではなかった。セピア色の写真にかかった血の色は薄れない。
ピー、という電子音が静寂を破った。ディアスの脇に設置されたモニターにモノクロで砂嵐まじりのマルコの姿が映し出された。
「やあ、おふたりさん。ドライブ楽しんでる?」
「何かイベントがないと彼女を退屈させてしまいそうです。近くに景色の良いレストランとかありませんか」
笑い合うふたりをカーディルは少し意外そうに見ていた。いつの間に冗談を言い合えるほど仲良くなったのだろう、と。
浮気の心配があるわけではないがディアスに自分の知らない一面、交遊関係があるということがなんとなく気に入らず、カーディルは唇を尖らせた。
「人間用のは知らないがね。ハンターオフィスの情報によるとこの先でミュータントが食事でもしたんじゃないか、って」
「お客さんの種類はわかりますか?」
口調こそふざけているが、その表情は真剣そのものだ。
「腸を喰われたハンターの死体が見つかったというだけの話だからねぇ。細かい情報はなにもないんだな、これが」
なんとも頼りない話だがこの付近に中型ミュータントがいるかもしれないという、重要なのはその一点だ。
「ディアス、ここで止まって索敵範囲を広げてみるわ。後ろにもそう伝えて」
カーディルは車両を停止させ、目をつぶり全神経をアンテナへと向ける。2倍、3倍と感度を高め、あらゆる生命の存在を探ろうとした。ゴーグルに光の粒が浮かび上がるレーダーのイメージが展開する。
座禅を組む僧侶のような厳粛さを感じさせるその姿に、ディアスは何も言えず見守るしかなかった。何の反応も示さないところを見るとここら一帯に中型ミュータントはいないということだろうか。
残念であり、安心もしている複雑な心境であった。
今日は空振りだ、誰もがそう思っていた。マルコと研究員たちが落胆と安心の吐息を漏らし帰り支度でも始めようかと立ち上がったとき、突如としてカーディルが叫んだ。
「三時方向に生命反応! 中型ミュータント、来るわ!」
弾かれたように皆が準備に取りかかった。ディアスは砲塔を旋回させ敵を待ち受ける。装甲トラックも指示された方向に機関銃を向けた。
荒くなる呼吸、汗ばむ手。まばたきもせず照準を覗きこむ。
影が飛び出してきた。
ここだ、と最高の自信を持ったタイミングで放った徹甲弾。しかし予想以上に敵は素早くその身体を掠めることしかできなかった。
トラックに至っては反応すらできなかった。1発も応射することなく敵の体当たりを受けて大きく揺れる。
マルコたちはふわり、と宙を浮く感覚を味わった。数秒にも一瞬にも思える体験の後、激しく壁に叩きつけられる。
装甲トラックが横転したのだ。荷台上部に取り付けられた機関銃が虚しく青空を撃つ。
「カーディル、回り込んでくれ!」
振り向いて叫ぶディアス。 だが、戦車は動かない。
「あ、あぁ……ッ」
歯をかちかちと打ち鳴らし、その場に固まるカーディル。ゴーグルに顔半分が覆われていても怯えの色はハッキリと見てとれる。
敵は横転したトラックによじ登り、その足で荷台の横腹を撃ち抜いた。たった一撃で20ミリ厚の装甲が貫かれ、数センチ大の穴が開けられた。
そうだ、よく知っている。あいつが素早いのも、足の一撃が強烈であることも。
「つくづく縁があるらしいな……」
ディアスは忌ま忌ましげに呟き、荷台に覆い被さるミュータントを睨み付けた。
彼らにとっての悪夢の体現者。醜悪なる死神。
犬蜘蛛である。
今、ディアスとカーディルの乗った漆黒の戦車は荒野を駆けている。初めての実戦投入である。
戦車の後ろには機関銃を4門搭載した装甲トラックが続いている。荷台にカメラと様々なコンピュータを積み込んだデータ収集用の車両であり、マルコもそこに同乗していた。
じっくりと慣らしたおかげでカーディルが車酔い、あるいは義肢酔いとでも呼ぶべきものは起こさなくなった。
時間をかけただけマルコは社員たちから随分と文句を言われたようだ。それだけに今回の遠征で結果を出すことに意気込んでおり、緊張もしていた。
ディアスたちにしても、なんだかんだで自分たちを守ってくれたマルコの為にも実力を示したい。また、実戦で結果を出せずやはりこいつらは使えないと義肢を取り上げられて追い出されてしまってはたまったものではない。
適度な緊張感に包まれた一行は中型ミュータントを探して走り回っていた。野犬サイズの小型ミュータントは何度か見かけたが、高さ数メートルクラスの中型はなかなか見当たらない。
「居て欲しい時はいなくて、居て欲しくないときに来るのよねこういうのって」
「中型ミュータントに居て欲しいだなんて願う日が来るとは思わなかったよ」
「そうね、あのときは……」
そこでふたりとも言葉に詰まる。犬蜘蛛に襲われ、仲間が一瞬で惨殺され、カーディルが拐われたあの日のことは言葉にはしたくない。
どれだけ時間が経とうとも全ての思い出が色あせるわけではなかった。セピア色の写真にかかった血の色は薄れない。
ピー、という電子音が静寂を破った。ディアスの脇に設置されたモニターにモノクロで砂嵐まじりのマルコの姿が映し出された。
「やあ、おふたりさん。ドライブ楽しんでる?」
「何かイベントがないと彼女を退屈させてしまいそうです。近くに景色の良いレストランとかありませんか」
笑い合うふたりをカーディルは少し意外そうに見ていた。いつの間に冗談を言い合えるほど仲良くなったのだろう、と。
浮気の心配があるわけではないがディアスに自分の知らない一面、交遊関係があるということがなんとなく気に入らず、カーディルは唇を尖らせた。
「人間用のは知らないがね。ハンターオフィスの情報によるとこの先でミュータントが食事でもしたんじゃないか、って」
「お客さんの種類はわかりますか?」
口調こそふざけているが、その表情は真剣そのものだ。
「腸を喰われたハンターの死体が見つかったというだけの話だからねぇ。細かい情報はなにもないんだな、これが」
なんとも頼りない話だがこの付近に中型ミュータントがいるかもしれないという、重要なのはその一点だ。
「ディアス、ここで止まって索敵範囲を広げてみるわ。後ろにもそう伝えて」
カーディルは車両を停止させ、目をつぶり全神経をアンテナへと向ける。2倍、3倍と感度を高め、あらゆる生命の存在を探ろうとした。ゴーグルに光の粒が浮かび上がるレーダーのイメージが展開する。
座禅を組む僧侶のような厳粛さを感じさせるその姿に、ディアスは何も言えず見守るしかなかった。何の反応も示さないところを見るとここら一帯に中型ミュータントはいないということだろうか。
残念であり、安心もしている複雑な心境であった。
今日は空振りだ、誰もがそう思っていた。マルコと研究員たちが落胆と安心の吐息を漏らし帰り支度でも始めようかと立ち上がったとき、突如としてカーディルが叫んだ。
「三時方向に生命反応! 中型ミュータント、来るわ!」
弾かれたように皆が準備に取りかかった。ディアスは砲塔を旋回させ敵を待ち受ける。装甲トラックも指示された方向に機関銃を向けた。
荒くなる呼吸、汗ばむ手。まばたきもせず照準を覗きこむ。
影が飛び出してきた。
ここだ、と最高の自信を持ったタイミングで放った徹甲弾。しかし予想以上に敵は素早くその身体を掠めることしかできなかった。
トラックに至っては反応すらできなかった。1発も応射することなく敵の体当たりを受けて大きく揺れる。
マルコたちはふわり、と宙を浮く感覚を味わった。数秒にも一瞬にも思える体験の後、激しく壁に叩きつけられる。
装甲トラックが横転したのだ。荷台上部に取り付けられた機関銃が虚しく青空を撃つ。
「カーディル、回り込んでくれ!」
振り向いて叫ぶディアス。 だが、戦車は動かない。
「あ、あぁ……ッ」
歯をかちかちと打ち鳴らし、その場に固まるカーディル。ゴーグルに顔半分が覆われていても怯えの色はハッキリと見てとれる。
敵は横転したトラックによじ登り、その足で荷台の横腹を撃ち抜いた。たった一撃で20ミリ厚の装甲が貫かれ、数センチ大の穴が開けられた。
そうだ、よく知っている。あいつが素早いのも、足の一撃が強烈であることも。
「つくづく縁があるらしいな……」
ディアスは忌ま忌ましげに呟き、荷台に覆い被さるミュータントを睨み付けた。
彼らにとっての悪夢の体現者。醜悪なる死神。
犬蜘蛛である。
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