鉄錆の女王機兵

荻原数馬

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砂狼の回顧録

砂狼の回顧録-18

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 義肢の調整と稼働は順調であった。だが神経接続式の戦車はそう簡単にはいかなかった。
 動く。動くには動くが本来のコンセプトである手足のごとく自在に動かせる新兵器にはほど遠く、普通に動かした方がずっとマシという状態であった。
 また、しばらく動かしているとカーディルが体調不良を訴えるのである。
 実験開始から二週間ほどのある日、カーディルとディアスは戦車に乗り込んで工場裏手の演習場を走っていた。
 カーディルの肩と膝に、本来の手足と同じ太さのチューブが付けられており、頭には大きなゴーグルを装着している。
 ディアスは介添えとしてすぐ傍に控えていた。
 一時間ほど走るとカーディルの顔に脂汗が滲み出した。顔の上半分がゴーグルに覆われているのでディアスからは気付きにくい。恐らくもっと前から悪寒を感じていただろう。
 ようやく異変に気付いたディアスが己の迂闊さを責めながら叫んだ。
「もう限界だ、実験を中止しよう!」
「大丈夫、まだ、いけるわ……」
 気丈に答えるもその声に力はなく、すぐに言葉が途切れて顎があがった。
 まずい、と思う間もなく激しく嘔吐し、びしゃびしゃと音を立てて胃液と朝食のブレンドが床にぶちまけられた。狭い戦車内に刺激臭が充満する。
 ディアスは素早く水筒を取り出し、カーディルの口に当て傾けた。口に含んでうがいして吐き出す。もう一口、今度は飲み込む。
 タオルを濡らしカーディルの口元を拭いて、吐瀉物処理キットを取り出して汚物の処理にかかる。実に手慣れた動きであった。もう、何度もこんなことを繰り返している。
 通信機を取り上げ、有無を言わせぬ口調で言い放つ。
「今日の訓練はこれで中止にします、よろしいですね!」
 工場でデータを取っているマルコの返事も聞かずに受話器を叩きつけ、カーディルの四肢から伸びたチューブを取り外しにかかった。
 ゴーグルを上げると、カーディルの疲労した顔があらわになる。だか、その眼にはまだ闘志の光が宿っていた。
「待って、まだ、やれるわ……」
 荒く息をつきながらも強がるカーディル。その額をディアスは指で軽く弾いた。
「痛ッ、何すんのよ」
「己の体調を把握し、適切に行動せよ……、ハンターの鉄則だ。無理をしました、やられました。それは俺たちの世界ではただの間抜けだよ」
 短く、それでいてハッキリと叱りつけたあと、安心させるように優しく微笑みかけた。
「頼むよ、君の身になにかあったら俺はとても悲しい。ここはひとつ、俺のためと思って退いてはくれないか」
 カーディルとしてもここまで言われては引き下がらざるを得ない。軽くため息をつく。それは己の強情さと、ディアスに心配をかけてしまったことに対するものだ。
「ごめん。それじゃあ、部屋までエスコートしてくれる?」
 ディアスは操作を通常モードに切り替え、戦車を工場へと向けて走らせた。
 まだ操縦に慣れていない。壁に激突して破壊するようなことはなくなったが、おっかなびっくり動かしていると有様で振動もひどい。
 ディアスのすぐ隣の席にシートベルトで固定されたカーディルはまだ吐き気が収まっていないのか、青白い顔をしている。
 そんな彼女にまた水筒を差し出すと、どうせ帰るのだからと一気に飲み干した。
「いつになったら成功するのかしらね……」
「焦るなよ。人類初の試みなんだ、そう簡単に成果が出るはずもない」
「それはそうだけど……」
  何かを言いかけて、口を閉じた。言葉にはしなくてもディアスにはその気持ちがよく理解できる。思いを繋ぐように言葉を続けた。
「俺たちはずっと目に見えない不安に追われ続けてきた。君が焦る気持ちはそのまま俺のものでもある。それでも確実に前へ進んで来たんだ。それだけは自信を持ってもいいと思う」
「そうね。最悪からの出発だったけど、あのころよりはずっと、ね」
 戦車が工場にたどり着くまで、どこか遠くを見るようなディアスの横顔をカーディルは飽きずに眺めていた。
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