鉄錆の女王機兵

荻原数馬

文字の大きさ
上 下
16 / 40
砂狼の回顧録

砂狼の回顧録-13

しおりを挟む
 他人から見ればひどく歪な、だがふたりにとって幸せな共同生活が始まった。
 狩りから帰れば出迎える女性がいて、夜は抱き合い求め合い一緒のベッドで眠る。
 ディアスは今まで部屋に戻ってもやることなどなく、帰れば銃の分解と組み立てをひたすらやって、眠くなれば寝るという生活を繰り返していた。
 味気ないどころではない。今にして思えばひたすら気分が落ち込んで死にたくなっていたのも当然であるような気すらしていた。
 人と交わることでようやく理解した。あの頃は異常であったと。なによりそれが己に課せられた役どころだと受けいれ諦めていたことが異常だ。
 手足を失った女の為にただひとりライフルを担いで荒野を走り回る。それを他人は愚かと指差して笑うだろう。
 違う、そうではないのだとディアスは自信をもって言えた。彼女がいるからこそ、自分は路傍の石ではなく人間でいられるのだと。
 ディアスが帰るとカーディルはすぐにシャツをはだけて、膝までしかない足を開き体を求めるようになった。一晩に何度も、それが毎日だ。
 彼女はひょっとすると淫乱なのではなかろうかと考えつつも、ありがたく応じていたディアスであったが、事態はどうもそれほど単純ではなかった。
 カーディルの望み、思考方向はディアスの役に立ちたい、喜んで欲しいというその一点にのみ向けられている。ではそれを如何に成すかといえば、肉体的奉仕の他に術はなかった。
 他にも理由はある。ディアスが狩りに出かけている間、カーディルはこの部屋にただひとり残されることになる。
 地下の薄暗い小部屋で、何の娯楽も労働もなく、ただ灰色の天井を眺めているしかない日々。
 入院していたときだってそれほど他人との会話があったわけではないが、街の喧騒は遠くから聞こえていたし、人の気配も感じられた。ここは完全に外界と遮断されているのだ。
 耳が痛くなりそうなほどの静寂のなか、何時間も恋人の帰りを待つしかない。だんだんと自分の存在が希薄になっていくように感じていた。肉体の熱さと悦びだけが己の存在を確認させた。
 そんな彼女の心配をしてかディアスが雑誌を何冊か買って来たこともあったが、この状態で文字が頭に入るはずもない。数行読んで放り出し、また数行眺めて脇に置くといったことを繰り返すだけであった。
 考える時間だけが無限にあった。このような環境での考え事は常に悪い方へ、悪い方へと向かってしまいがちである。
 ドアを開けてディアスが出ていったまま帰ってこないのではないかという不安にかられていた。ミュータントに襲われ命を落とすか、自分に愛想が尽きて捨てられるか。それはいつ、何の前触れもなく起こってもおかしくないことであった。
 ある日、ディアスが頭を負傷して帰ってきたことが彼女の不安を増大させた。固く巻きつけた包帯からうっすらと血が滲み出ている。
「なに、ほんのかすり傷だよ」
 ディアスは心配かけまいと笑って言うが、カーディルは即座に嘘だと看破した。
 彼女とて数ヵ月前までハンターとして活動していたのだ。どういった種類の傷なのか見ただけである程度わかる。あれは一歩間違えれば致命傷となっていた傷だ。
「いや、ちょいと油断してしまってね。普段なら普通に避けていたところなんだが……」
 嘘だ。彼は相手を舐めてかかって油断するような男ではあるまい。恐らく中型のミュータントを見つけて無理をしたのだろう。誰の為かと考えるまでもない、カーディルの為だ。
 ディアスはなおも視線を逸らしながら下手くそな嘘を並べようとしていたが、カーディルがその体にしがみついて言葉を遮った。
「お願い、どこにも行かないで……」
「え? ああ、行かないよ。ずっと君のそばにいる」
 しがみつくカーディルの腕に力がこもる。ずっと一緒にいて欲しいとは言葉通りの意味だ。この生活を続けていこうという話ではない。それをわかって欲しい。
「おねがい、ディアス。どこにもいかないで、ずっとそばにいて、わたしをすてないで……」
 何かがおかしい。ディアスは背筋に悪寒が走るのを感じた。カーディルは泣きながら、不明瞭な言葉を何度も繰り返している。
 ディアスはカーディルの頬を両手で包み、少し上を向かせた。目が、どこか虚ろだ。正気の光が薄れている。
 この顔は見覚えがあった。犬蜘蛛の巣から助け出した直後の状態だ。しかし何故だ、心の傷は完全とは言わずとも、治療できたのではなかったか?
 先程のカーディルの言葉を思い出す。どこにも行かないで欲しい、捨てないで欲しい。どちらもディアスに関わることだ。
 突如、鉄球を呑み込んだような息苦しさと重苦しさに襲われた。脂汗が全身から滲み出る。
 ひとりにしておいたから、こうなったのか。
 薄暗い地下室でディアスの帰りをただ待つことしかできず、いつか帰って来なくなるのではないかという不安と恐怖に耐え、耐え抜いて、彼女の精神は削り取られていたのではないか。
(俺が、彼女を追い詰めていたのか……?)
 だが、それでは、どうすればよかったというのか?
 生きるにも前へ進むにも金が必要だ。己の能力を活かして効率よく稼ぐにはミュータント狩りの他にはあるまい。
(結局、俺たちの運命は最初から詰んでいたということか。現実から目を逸らして悪あがきをしていたのか。知れきった末路を迎えた、それだけだ……)
 カーディルの体を強く抱き締め、頬をすり合わせながらいった。
「一日くらい狩りを休んだっていい。明日はずっと、一緒にいようか」
「うん……」
 意識が不明瞭ではあるが、どこか嬉しそうな答えが返ってきた。
 これが破滅への第一歩だと頭のなかで激しく警鐘が鳴らされるが、もう、どうしようもない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...