鉄錆の女王機兵

荻原数馬

文字の大きさ
上 下
11 / 40
砂狼の回顧録

砂狼の回顧録-08

しおりを挟む
 ノックをして、返事も聞かずに病室へ入る。
 カーディルは顔を向けて口許を歪めてみせた。作り笑いでもいい、歓迎の意思を示してくれた、それだけで充分だ。心から笑えるような心境でないことはディアスも十分すぎるほどに理解している。
 少々大袈裟であり、ロマンティックに過ぎる表現ではあるが、ふたりの世界が壊れていないことにディアスは胸を撫で下ろした。
「さっき、廊下であいつに会ったよ」
 名前を覚えていないので適当に言った。存在そのものは不快であるが、話の種になることだけは感謝していた。今日は無言で見つめあい、無言で帰るような後味の悪い見舞いにならずに済みそうだ。
「ついさっきアルダが見舞いに来てくれたのよ。今さら」
 今さら、という単語に侮蔑の色が混ざっていることにディアスは内心でにやりと笑った。カーディルもあの女の訪問を苦々しく思っているようだ。ふたりだけの世界、その花壇は踏み荒らされてはいない。
 アルダ、その名を聞いてようやく思い出した。
(そういえば居たな。いつもカーディルの周りをちょろちょろしていて、男たちの人気のおこぼれにあずかろうとしていた奴が)
 そんな女が今のカーディルを見て何を思ったか。そもそも何をしに来たのか。かつて羨望を一身に受けていた者が落ちぶれた姿を見下し、悦に入るためか。そう考えるとまたドス黒い感情が湧いて出てきた。
 さっきから怒ったり安心したりと忙しいことだと、ディアスの冷静な部分が自嘲する。
「何を話していたんだ? あまり良い予感はしないが」
「ご名答。最初に『助けてあげられなくてごめん』って形ばかり謝って、後はほとんどあなたの悪口ね。ディアスが先走ったのが悪い、みんなで協力していればこんなことにはならなかった。そればっかりよ」
「で、君はそれを信じたのかい」
 その問いにカーディルは軽く鼻をふんと鳴らす。
「まさか。逆に理解できたわ、こいつら私を見捨てたんだって。自分は何も悪くないってことにしたくてディアスにケチをつけているんだ、ってね」
 ひとりを助けるために仲間全体危険にさらすような真似は避ける。動けない者を切り捨てる。ハンターの行動としては正しい。だが、それは責任を他人に押し付けるようなものではない。生きるために捨てたのだとハッキリ言えばいいことだ。
 やはりあいつらは中途半端だ。仲間を切り捨てたうえでまだ善人でいたいのか。ディアスの中にかつての仲間たちを懐かしむ気持ちは一片たりとも残っていなかった。
「一刻を争う場面だと、そう思ったんだ」
「そうでしょうね。一旦街に戻って休憩、補給。それからのんびり出発だ……なんてやっていたら、私は今ごろ首だけよ?」
 ふう、と息を吐いて天井を見上げる。汚れたキャンバスに彼女は何を見ているのか。
「メニュー豊富な悪口のフルコースを並べるアルダに聞いたのよ、あんたその時なにをしていたの、って」
「辛辣だな。どう答えても恥を晒すことになるだろうが、あいつは何て?」
「別に何も。聞こえなかったふりをしてひとりでしゃべり続けたわ」
「薄汚い女だ……」
 ディアスの呟きに、カーディルは大きく頷いた。
「ああ、それよそれ。あいつの人間性を表現するのに何かしっくりくる言葉があるような気がしていたんだけど、それだわ。品性が薄汚いのよね」
 他人の悪口で盛り上がるのはあまり健全な楽しみかたとは言えないが、こんなにも会話が弾むのは久しぶりで止めどきを見失った。
 少しだけ生気を取り戻したカーディルの横顔を、ディアスは目を細めて眩しげに見つめていた。
「あなただけよ、私の話をまともに聞いてくれるのは……」
 熱をもった、潤んだ瞳がディアスへと向けられた。長い睫毛の奥、蠱惑的な眼差しに魅入られたディアスは今、ハッキリと自覚した。自分は、彼女を愛しているのだと。遠くから眺め、憧れ、そして諦めていた頃とは訳が違う。
(誰に命令されたわけでも強要されたわけでもない。義理でも義務でもない。俺だ、俺が彼女に生きて欲しいと願っているから戦っているのだ。こんな簡単なことを見失ったから、卑屈な顔をして荒野を這いずり回ることになったのだ。ああ、俺は大馬鹿者だ!)
 光明の見えぬどん底の生活ではあるが、ディアスの今までの無気力な人生で最も充実感を覚えた瞬間でもあった。
 消灯時間が迫っている。カーディルは暗闇の中で独り残されると暴れることがあるので灯りをつけたままの就寝が許されているが、見舞い客は帰らなければならない。
 入院費の支払いが遅れているのだ。ちょっとくらいいいだろう、と我が儘をいえば病院側の心証がさらに悪くなる。名残惜しいが引き下がる他はない。
 ディアスは立ちあがり、カーディルの頬を優しく撫でた。少しだけ艶を取り戻した肌は指先に吸い付くかのようだ。
「もう一度、その、いいかな……?」
 照れた顔で身を固くするディアスに、カーディルは微笑み頷いた。視線が絡み合い、互いの指を弄び、そして唇が触れあった。
 以前のような打算的で、契約書に判を押すようなキスとは違う。今は体に生気が溢れ、互いの気持ちが通じあっている。
 それだけでこうまで違うものかとディアスは目を見開いた。痺れるような快楽が背にまで伝わり、ぶるりと身を震わせた。
 カーディルの指先がディアスの手からするりと逃れ、そのまま首へと回された。唇が熱い、舌先が微かに触れる。
「ん……」
 彼女の方から求められているということが、ディアスの心を幸福感で満たした。
 空いた右手が自然と胸のふくらみへと吸い寄せられた。カーディルの身がピクリと跳ねる。
(いかん、調子に乗りすぎたか……)
 杞憂であった。ディアスの焦りを感知してか、唇を離したカーディルがディアスの耳を舌先でなぞり、妖しくしく囁いた。
「あなたのやること、したいこと。私は全て受け入れる。何も拒まないわ……」
 ディアスの体を軽く押して、互いの顔が見える程度の距離をおくと、いたずらっぽい笑みを浮かべて、赤い舌をちろりと出した。
「ただこの部屋、鍵がかからないのよね」
 その笑顔に、ディアスさはかつての日常をほんの少しだけ取り戻したという確信を得た。感動で胸が熱い。
 ディアスはカーディルの左手を両手で包み込むように握り、深々と頭を下げた。
「ありがとう、カーディル」
「え? いや、お礼を言わなくちゃならないのは私の方だと思うわけで……」
「俺は、君のおかげで救われた」
「いやぁ……どう考えても救われているのは私の方なわけで……ね、ちょっと、聞いてる?」
 カーディルの戸惑いをよそに、ディアスはいつまでも頭を上げようとしない。滲み出る涙が引っ込んでくれないので身動きがとれなかった。
 結局、見回りの看護師に叱られてペコペコと頭を下げながら追い出されることになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

❤️レムールアーナ人の遺産❤️

apusuking
SF
 アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。  神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。  時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。  レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。  宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。  3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ

宇宙人へのレポート

廣瀬純一
SF
宇宙人に体を入れ替えられた大学生の男女の話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】最弱テイマーの最強テイム~スライム1匹でどうしろと!?~

成実ミナルるみな
SF
 四鹿(よつしか)跡永賀(あとえか)には、古家(ふるや)実夏(みか)という初恋の人がいた。出会いは幼稚園時代である。家が近所なのもあり、会ってから仲良くなるのにそう時間はかからなかった。実夏の家庭環境は劣悪を極めており、それでも彼女は文句の一つもなく理不尽な両親を尊敬していたが、ある日、実夏の両親は娘には何も言わずに蒸発してしまう。取り残され、茫然自失となっている実夏をどうにかしようと、跡永賀は自分の家へ連れて行くのだった。  それからというもの、跡永賀は実夏と共同生活を送ることになり、彼女は大切な家族の一員となった。  時は流れ、跡永賀と実夏は高校生になっていた。高校生活が始まってすぐの頃、跡永賀には赤山(あかやま)あかりという彼女ができる。  あかりを実夏に紹介した跡永賀は愕然とした。実夏の対応は冷淡で、あろうことかあかりに『跡永賀と別れて』とまで言う始末。祝福はしないまでも、受け入れてくれるとばかり考えていた跡永賀は驚くしか術がなかった。  後に理由を尋ねると、実夏は幼稚園児の頃にした結婚の約束がまだ有効だと思っていたという。当時の彼女の夢である〝すてきなおよめさん〟。それが同級生に両親に捨てられたことを理由に無理だといわれ、それに泣いた彼女を慰めるべく、何の非もない彼女を救うべく、跡永賀は自分が実夏を〝すてきなおよめさん〟にすると約束したのだ。しかし家族になったのを機に、初恋の情は家族愛に染まり、取って代わった。そしていつからか、家族となった少女に恋慕することさえよからぬことと考えていた。  跡永賀がそういった事情を話しても、実夏は諦めなかった。また、あかりも実夏からなんと言われようと、跡永賀と別れようとはしなかった。  そんなとき、跡永賀のもとにあるゲームの情報が入ってきて……!?

処理中です...